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明治4年6月、荒々しい日本海の波にさらされた寒村・柏崎県荒浜村に長七(後の牧口先生)が生まれた。冬の吹雪や高波のため、漁も満足にできない貧しい村にはめずらしく、その日はよく晴れて、漁師たちも活気づいていた。だが、貧しい長七の家は父親の長松がカラフトへ出稼ぎに。そして長七は母親とも離れ、祖父の家へと引き取られることになる…。
牧口家の養子になった長七は、名前を牧口長七と改める。そして自分の運命は自分で切り開くと、北海道へ行くことを決めた。北海道・小樽で暮らし始めた長七は警察署の給仕に合格し、勉強と給仕の仕事にと毎日を忙しく過ごしていた。しかし、給仕の先輩たちは、周囲の人たちに気に入られる長七を妬み、彼の大切な本を焼いてしまう…。
長七の志望する学校の教師になるために必要な師範学校は小樽になく、警察署長と一緒に札幌へと移った長七。努力の甲斐あって難関といわれる師範学校の試験にトップで合格した長七は、寄宿舎で共同生活を始め、新たな一歩を踏み出した。だが、長七に有意義な影響を与えてくれた先輩の中村が卒業した夜、寄宿舎が火事に…!
師範学校の付属校で教育実習生として生徒たちを教える長七は、一緒に勉強するという気持ちが通じ、生徒たちに大人気。師範学校の卒業が迫り、長七は付属校の教師に決まったことを機会に、牧口常三郎と名を改めた。ある日、北海道教育会という教育者の研究グループの会員になるよう勧められた牧口は、内村鑑三の地理学考を読み、感銘を受ける。
クマという心優しい女性と結婚した牧口常三郎。二人の間に長女が誕生した翌年の明治33年3月、彼は北海道師範学校の教論兼舎監に昇進した。だが、牧口が舎監となった寄宿舎で問題が起きてしまう。分団長や伍長たちが炊事係と手を組み、寮生たちの食事の量を少なくし、文句を言う者に制裁を加えているという。果たして牧口はどう対処するのか!?
クマという心優しい女性と結婚した牧口常三郎。二人の間に長女が誕生した翌年の明治33年3月、彼は北海道師範学校の教論兼舎監に昇進した。だが、牧口が舎監となった寄宿舎で問題が起きてしまう。分団長や伍長たちが炊事係と手を組み、寮生たちの食事の量を少なくし、文句を言う者に制裁を加えているという。果たして牧口はどう対処するのか!?
周囲の人々の励ましにより、牧口先生は念願の著者「人生地理学」を出版することができた。そして新渡戸稲造が音頭をとった郷土会が発足し、柳田国男ら新進気鋭の研究者、知識人と共に牧口もメンバーに名をつらぬいた。だが、妻子を抱える牧口の生活は苦しく、北海道での経験を生かし、大正2年4月、小学校の校長に就任。だが、その小学校は貧しい家の子が多く、不登校の生徒もいるようだった…。
大正8年12月、区の実力者で義員の高橋の画策により、3年間勤めた大正小学校の校長から西町小学校に転任した牧口。その力を誇示する高橋は、新年の挨拶に来ない牧口に対し、徹底的に除外しようとする。そして西町小学校に赴任して、まだ3ヶ月しか経っていない牧口に、またもや転任の話が。そこには、裏で糸をひく高橋の工作が…。
世界中の人間はみんな平等、差があってはならないという校長の牧口の考えに、暗かった三笠小学校の生徒たちも明るくなり、勉強に身が入るようになる。自らの給料から薬を揃え、弁当を持参できない生徒に握り飯を与え、自分の本を売って金の工面をする牧口。しかし、その牧口に議員の高橋が教職を引退させるよう画策する。牧口の留任を願う人たちは…。
牧口を慕う青年・戸田は型にはまった教育に限界を感じ、塾を開く資金をつくるため、露天商を始める。一方、牧口の長男、善治は結核で倒れてしまう。そして大正12年9月1日、関東を未曾有の大地震が襲う。その時学校にいた牧口は、急ぎ生徒たちを避難させるが…!?後に関東大震災と呼ばれるこの大地震で、東京・神奈川・千葉・埼玉などは大被害をこうむり、死者は10万人にものぼっていた…。
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