殺し屋を引退し、その過去を隠して秘境の温泉宿・椿屋で余生を送る決意をした主人公・源さん(本名不詳)。艶っぽい女将の冴子、ベテラン番頭・捨吉らに囲まれて、温泉宿ならではのさまざまな人生のドラマを垣間見る……。「来年の社員も旅行も椿屋にする」と言う客の甘言に、女体盛りのリクエストに応えることになった捨吉。廃屋の農家を買って余世を過ごしている山岸トモヨに依頼することにし、源さんを車で迎えにやるが……。本作のヒロインの一人、山岸トモヨの登場エピソードを描いた「女体盛り」のほか、客にバイアグラを飲まされ、勃起した番頭・捨吉を静めるためひと肌ぬぐ源さんを描いた「バイアグラ異聞」など11編を収録。心に沁みるストーリーと一筆入魂の緻密な描写が読者の胸を打つ!!
温泉の湯けむりに隠れて暗殺を行う――。てっきりそんな話だと思ってました。あらら、全然違うじゃんだまされた、つぶやきながら読み進めていったらこれがなかなか掘り出し物。元殺し屋の「源さん」が過去を捨てて第二の人生を温泉宿の従業員として生きる、という話で、これがシブくて深い。温泉に訪れる客との交流に源さんの過去を絡めるだけでも結構イイ感じの人情話。さらに松茸取りの名人やら女体盛りやら夜逃げやらアナクロな感じの要素がてんこ盛りで、田舎育ちの私にとっては日本にはまだまだこんなところが残っているよな、と再確認してしまいます。私が特に好きなのは温泉街の人が集まって夜桜で花見をする場面。人工的な照明ではなく、暗闇にぼんやりと浮かび上がる桜。秘境ならこんな花見もホント、ありです。また、後半になるにつれて比重の高くなる源さんと2人の女性との心理描写も読み応えたっぷり。重厚な絵柄がそれを引き立ててくれます。しかし女体盛りが出るような秘湯なのに、近場に海の家がある海水浴場があるなんて…。モデルがあるなら一度行ってみたいものです。