我々はどこから来たのか
ゴーギャンの絵にもあるように我々はどこから来てどこへ行くのか結局よくわからない。 蛇口をひねったら水は出るし、気づいたら自分という存在が在った。 飲むと妊娠する水を飲んだからお前が産まれたと父に言われた不眠症の男と、飲むと妊娠する水が流行りだした世界。 どっちも嘘だろと思ってしまうが、どっちも嘘ではなさそうな世界で物語は進んでいく。 現実離れしているのに、へぇそうなんだと流してしまいそうなリアリティがある。誰もが抱えていそうな、でも自分だけしか抱えていないような不安や葛藤が確かに描かれている。 考えても仕方ないことは考えなくていいかもしれないし、言わなくてもいいことは言ってしまったほうがいいかもしれない。 水がどこからやってきたのかわからなくても、そこに在ることだけは確かなんだなあとぼんやり思った。
自分の腹で胎児を育てていない父親だから、子育てがうまくやれないと思っていた時期が、主人公のお父さんにはあるんだろう。
主人公が話したお父さんの言っていたことに対して、主人公の奥さんが「母親だって子供は未知の場所から突然現れたようなもの」と言い、主人公に植えられかけてい偏見の芽を摘み取ったのはなかなかだと思った。
まだ沐浴させるくらい小さい赤ちゃん。
「お父さん」の呪縛に囚われている主人公。
豪快な人だなと思ったら、産後は寝不足のせいか、横になっている奥さん。
どうして、水をテーマにしているんだろうという疑問が吹き飛ぶほど、最後の数ページのインパクトは強かった。