新刊ページで見つけたフィギュアスケート漫画。元スケオタなのでホイホイ釣られて試し読みしたところ主人公の設定がものすごく面白くて思わず購入してしまいました!

というのも、主人公・いばらは最高峰の技術を持った世界レベルの選手でありながら、競技者としての勝利への欲も、表現者としての情熱も全くないという無味乾燥な青年。試合では必ず大技を失敗するから、観客には演技時間をトイレ休憩扱いされる始末。

新たに振付師として紹介されたロシアの超一流バレエダンサー・ヴァシリーには、出会い頭に

「日本でフィギュアスケートって公務員だったりする?」
「もしかして年金は早くからもらえたりする?」
「社会的な地位が約束されている?」

と(ロシアっぽい)質問攻めにされ、「スケートなんて好きじゃないけど家族のために滑ってる、わけではない」ということを念入りに確認されたうえで「好きでやってるにしちゃ酷い演技だ」と歯に衣着せぬ厳しい評価を下される。

いばらはそれに対して、顔を引きつらせ硬直するわけでもなく、怒り狂ったり泣きわめくわけでもなく……曖昧に微笑みを浮かべて自分のために怒るコーチを宥めるだけ。
もうこれだけで面白い……!! そんな選手面白すぎる。

実際いばらは振付師をワクワクさせるような高い技術を持った選手なんだけど、振り付けを作ってみても彼自身になんの情動もないために、「鏡やオウムみたい」で退屈だと思われてしまう有様。

この「どうしてそんな情緒が死んだ状態で競技者として世界最高レベルまで登り詰めることができたんだ……!?」という疑問が、上下巻かけてしっかり答え合わせがされておりすごくよかったです。

上巻では、いばらの母が一流アスリートである20歳の息子の選曲・衣装に口を出しているという背景情報から、「あっ……お母さんヤバそう(察し)」というのがじわじわ伝わって来る。これのおかげで、いばらの「日本人だからシャイ()」という理屈では説明がつかない、ヤバいまでの自己主張のなさの原因が推察出来ます。
そして下巻でついにその母親が登場するわけですが、想像通りまあとんでもない毒親で…胸糞悪かったです。(しかもその流れでサラリといばらが幼少期に不審者から性暴力を受けていたことも明らかになります)

上下巻を通じて大きな成功や勝利のカタストロフがないところが特徴的で、それがすごく素晴らしい点だなと思います。

「20歳の男の子がほんの少しだけ良い方向に変化するだけのお話」。
はたから見たら取るに足りない些細な成長だけど、本人や周囲の人間(そして読者)にとっては驚天動地の変化を切り取って描いている、というのが素敵だなと思います。

そして何よりこの作品を語るうえで外せないのが、とんでもない絵の耽美さ……!!

https://i.imgur.com/BHfGzPs.png

(『アクトアウト 下』冬房承)

版画のように平面的なのに、顔はギリシャ彫刻のように立体的な画風なんですよね。もう完全に「美」ただそれだけを追求していて執念すら感じました。特に筋肉と瞳に命を賭けているのがビンビン伝わってきます。

さらに絵で特徴的なのが、カメラの位置(構図)です。
9割方、対象を正面から描いていて煽り・俯瞰はほぼありません。むしろ俯瞰のカットでも何故か平面的に見えてきます。

そして少年漫画ではおなじみのスピード感を表現するための効果線が使われていない。
それに加えてコマ割りが少女漫画的であるため、突然選手同士が衝突したりいきなり胸ぐらを掴むシーンでは、ちょっとびっくりするくらい迫力がありません。

けど「それでいいのだ!!」と思えるくらい、作品全体が「自分はこういう美を表現したいんだ」という独自の美意識に溢れていて素晴らしかったです。神聖さを感じるほどに美しい……。

すでに上下巻で完結していますが、芸術に身を捧げた超一流のアーティストであるヴァシリーと出会い、親の呪縛から解放され情緒が芽生えたいばら。彼が表現する心を手に入れたことで一体どれほどの選手となるのか……もうメチャクチャ気になります。続編出てほしい……!

【連載ページ】

天才バレエダンサーと出会って、眠れるフィギュアスケーターは目覚める


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