さまざまな仮想社会を描いた短編が3本収録された短編集。
萌えキャラを象徴と仰ぎ「リア充アジー」を弾圧する一党独裁国家、鼻歌を歌うだけでも厳罰となる知的財産権管理が超厳格な社会、母親とつながった臍の緒を切ると死んでしまう「臍子」の居る世界…。
いずれも大胆かつ緻密な世界観設定で、読むのに僕はかなり頭使いました。

秀逸な設定と連動してキャラクターの心がグラグラと揺れ動くことで物語が駆動していくのですが、そのリアリティがすごい。
「ありえるかも」という絶妙な法律や制度が仮想されていて、それを受けたキャラクターが「こう感じて、こう行動するだろう」という感情の表出に説得力があります。

自分は本作を読んで『リベリオン』という映画が頭をよぎりました。特に一作目の『善き人のためのクシーノ』などは、おそらく意識して描かれていると思うのですが。
『リベリオン』では制度を守る人間を主人公に据えることで、制度の内側からその歪みと悪辣さを指摘し、社会の閉塞状況を打破することをある種反証的に肯定していました。
えれほん』においても同様の構造が採用され、読者は制度に囚われた人物の視点で、その欺瞞と息苦しさを反芻し、世界のあり方を仮想する箱庭的な思考実験に望むことになります。

『リベリオン』では現状の制度を否定し、異なる社会を提示する「外への働きかけ」が首肯されますが、本作では物語の結末は徹底して登場人物個々が「内へ潜心」することで決着するのが非常に印象的でした。
乱暴にまとめれば、彼らは「気持ちひとつ」で制度との関わり方を変えていくのです。
息苦しいことやネジ曲がった制度をスカッとブチ壊す物語はいくらでもありますが、本作の登場人物たちが見せるこの捉え方はとても魅力的に思えました。簡単に答えを出さず、ちょっとのことでは世界は変わらないけど、それでも踏ん張って思考を重ね続ける姿は非常に前向きで、僕は大好きです。

簡単なハッピーエンドと言えるものはひとつもなく、禅問答のような作品群ですが、圧倒的な読み応えがある一冊です。

読みたい

蛇足ながら、本作のタイトルは「エレホン」という架空国家を舞台とするサミュエル・バトラーの小説『エレホン(Erewhon)』から採られたものだと思います。

サミュエル・バトラー(Samuel Butler、1835年12月4日 - 1902年6月18日)は、イギリスの小説家。

nowhere(どこでもないところ)を反転した造語ですが、『えれほん』ではどこかにありそうな世界が丹念に描かれます。
皮肉たっぷりの言葉遊びで、イカしたタイトルですね。

エロイーズ 本当のワタシを探して

物語の始まりのシーンが好き

エロイーズ 本当のワタシを探して
ANAGUMA
ANAGUMA

本作、ベンチに座っていたエロイーズがふと記憶喪失になっていたことに気付くシーンから始まるのですが、その自然さがなんだか巧みで、ピンク色のカラートーンとともに強く印象に残っています。 メインとなるストーリーラインはサブタイトルにもある「本当のワタシ」探し。 少ない手がかりを元に記憶を失う前の自分がどんな人間だったのかを調べていく…と書くと壮大なミステリーやサスペンスのようでもありますが、そうそう大変なことが起こるわけでもないのが人生というものかもしれません。 どこにでも居る女性だった(と思われる)エロイーズ・パンソンの身の回りも、世の人のご多分に漏れずありふれた出来事ばかりだったようで、一生懸命過去の自分の身辺調査を行うほどに些細でちっぽけなことばかりが判明していきます。そのようすは親近感やおかしみと同時に、どこか空虚さというか、切なさも感じさせたり…。 「記憶を失う前の自分ってどんな人間だった?」というのを入り口に「そもそも根本的に自分ってどんな人間なんだろう?」という二重の意味で「本当のワタシ」を探すことになるのが妙味です。 そんな深いテーマもありつつ、バンドデシネとしてはかなり読みやすい部類に入ると思います。エロイーズのちょっとした仕草がどれもかわいかったり、普段縁遠いフランスでの「フツーの」暮らしが垣間見えるだけでも面白いので、読む機会があれば気軽に手に取ってみてほしい一作です。

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えれほん

えれほん

非リア充が独裁政権を握った近未来、リア充達を厳しく取り締まる住田はある指令を受けてアイドル現場を訪れるーーー風刺の効いたブラックコメディ『善き人のためのクシーノ』知的財産権が徹底的に管理される社会で刑務所の所長がテロリストたちに巻き込まれてーーー著作権が現実を侵食する『かいぞくたちのいるところ』臍の緒から切り離されると死んでしまう“アンビリクス症候群”という稀な病気を持つ人々がいる世界。女性ジャーナリストの水迫は彼らの取材を続けてゆくがーーー極限の人間の条件と選択を描く『もう人間』自由とは何かを問う三つの短編と掌編『Nowhere』を収録。

ユートピアズ

ユートピアズ

「ある春の日のことです。潤一郎くんの家に女王様がやって来ました」奴隷となった少年と女王様の日々を描いた心温まるハートウォーミングな物語『ナオミ女王様に仕えた日々』 12年の植物状態から男が目覚めてみると世界は何だかおかしな方向に…?現代の警告過剰社会を鋭く風刺した『チューブ』他、フジテレビ系列「世にも奇妙な物語」で実写化された『ヘイトウイルス』『どつきどつかれて生きるのさ』の2篇とスペインで短編映画化された『オソロ』を含む9つの物語を収録。どこにもない場所=Utopiaを独自の筆致で描く、うめざわしゅん単行本デビュー作!

ダーウィン事変

ダーウィン事変

テロ組織「動物解放同盟(ALA)」が生物科学研究所を襲撃した際、妊娠しているメスのチンパンジーが保護された。彼女から生まれたのは、半分ヒトで半分チンパンジーの「ヒューマンジー」チャーリーだった。チャーリーは人間の両親のもとで15年育てられ、高校に入学することに。そこでチャーリーは、頭脳明晰だが「陰キャ」と揶揄されるルーシーと出会う。「テロ」「炎上」「差別」……ヒトが抱える問題に、「ヒト以外」のチャーリーが、ルーシーとともに向き合うヒューマン&ノン・ヒューマンドラマ。作品集『パンティストッキングのような空の下』が「このマンガがすごい!」2017(宝島社)のオトコ編第4位にランクインし、話題になった漫画家・うめざわしゅんによる連載作品、開幕!

ピンキーは二度ベルを鳴らす

ピンキーは二度ベルを鳴らす

「同情は善意の悪癖だ」悪党うごめく夜の街に彷徨うトラブルを抱えた女たち――― DVを受ける子持ちのホステス、JKビジネスで働く少女、ワケありハーフの美女、拳銃を手にしたOL… 「他人の為に自分を犠牲にするような奴はいつまで経ってもニセモノさ」危険なアンダーグラウンドの世界で頼りになるのは、この男しかいない! 小人症のヤクザ、通称・リトルピンキーが硫酸を武器に相棒・チーフを従えて裏社会の悪を斬る! うめざわしゅんが描く破格の劇薬コミックノワール!

一匹と九十九匹と

一匹と九十九匹と

失意と疑惑と苦痛と迷い… 一体僕達は何によって救われるのか? 珠玉のオムニバスシリーズ第一集。49日間の監禁から解放された少女のその後を描く『海の夜明けから真昼まで 』。硫酸を持ち歩く小人のヤクザ「ピンキー」が夜の街を舞台に活躍する『 オーバードーズ』。その他『 ポップロンド』『 ガッコーの巣の上で』『 How To Go』(前後編)を含む6話を収録。魂を揺さぶる異端者たちの叙事詩ここに開幕!

パンティストッキングのような空の下

パンティストッキングのような空の下

時は21世紀初め、高校生の三上とひろしは待ち望んでいた。平凡で幸福な人生と、テポドンの襲来を…! (パンティストッキングのような空)12年後、ヘイトとポリティカルコレクトネス蔓延る現代日本で、おっさんとなった三上とひろしは今度こそ平凡で幸福な人生をつかむことが出来るのか!? (平成の大飢饉予告編)その他『学級崩壊』『渡辺くんのいる風景』含む4編の読切りを収録。

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