空白の一日
江川卓と小林繁の「空白の一日」をリアルタイムで体験した身にとって、何とも言えない感傷的な気分になるものですね。小林はこの時までは将来の巨人をしょってたつ男であり、対して江川卓は大エースとなる資質を持った男。巨人ファンだった私は、結局どちらも嫌いになることはできませんでした。そんな騒動の内幕を本宮ひろ志が取材し、実録と銘打って発表したのがこの作品。「空白の一日」は単行本一冊を費やして描かれています。やはり球史に残る大事件だけのことはあり、表に出ない部分で蠢いている思惑の、なんと複雑なことか。いつもの本宮節を控えめにして、事実を客観的に積み上げていくことにより、緊迫した雰囲気と大人の事情に翻弄される青年の姿が際立ってきます。作中にある、小林さんが話をきいたあとにニヤッと笑ったというのも静かな凄みを感じさせる場面。やはりふたりとも被害者だったのでしょう。だから私はふたりとも応援したんだな、と今更ながら思います。
1977年、全日本プロレスの
「オープンタッグ選手権」
でA・ブッチャーはT・ファンクの右腕を
フォークで刺しまくって日本プロレス界の中で
最凶の悪役になった。
しかし翌年の1978年にプロレス界ではなく野球界から
一つのスポーツ界の枠を飛び越えて
日本国民から最凶悪役認定をされた野球選手が現れた。
悪役度ではブッチャーを遥かに越えた。
江川卓だ。
日本中を騒然とさせた「空白の一日」。
その日からマスコミと世間は江川卓を
叩きに叩きまくった。
「実録たかされ」という題名の意味は
たかが江川、されど江川、という意味らしい。
いま改めてこの作品を読むと、
江川、そして江川親子は極めて常識人のようで、
色々な局面で常識人としての選択・対応をしたに
すぎなかったように感じる。
しかし江川が野球選手として大物過ぎたことで
周囲が常識外に動きすぎた。
政治家や大企業、そしてマスコミが。
スポーツに純粋性を求める世間と、
スポーツの利益と影響力に群がる現実、
その狭間で、江川は結果的にではあるが
ことごとく対応を間違えてしまったのかもしれない。
筋を通し、周囲に気を使っての決断が
ことごとく裏目に出てしまったように感じる。
結果、ブッチャーやシンを超える悪役になってしまった、
そういうことではないかと思った。
そう考えれば、江川卓は被害者だ。
もっとも、作者の本宮ひろし先生の見解も
必ずしも客観的で公平ではないのかもしれないと
思う部分もある。
この漫画も、漫画としての脚色や演出はあるのだろう。
それについては実録とかノンフィクションを唄っている
作品の多くはそうであると、皮肉ではなく思うし、
実録たかされを読んだ方々それぞれで
感じ方の違いはあるだろう。
ただ作中でも描かれているが、
日本中のマスコミが一斉に江川を叩きまくり、
叩くことでメチャクチャ新聞や雑誌が売れた
という流れのなかで、あえて
江川擁護の記事を当時に雑誌に書いたこと、
江川問題勃発から20年が過ぎてなお、
この問題を作品化したという
本宮先生の姿勢と本気度には恐れ入る。
江川問題勃発が40年前、
実録たかされが刊行されて20年になる。
当時、自分も「江川、汚いな」
と思ったが、そう感じたであろう多くの方々に
一読・御一考をオススメしたい漫画です。