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干物妹!うまるちゃん

大きくなったり小さくなったりする女のはなし

干物妹!うまるちゃん サンカクヘッド
影絵が趣味
影絵が趣味

先日のこと、昼休みにヤングジャンプを読んでいると、新卒のコーハイが「何読んでるんですか?」と声をかけてくる。目障りだと思いつつも「キングダムだけど」とだけ応えると、 「うまるちゃんは読んでないんですか?」 「ああ、あの大きくなったり小さくなったりする女のはなしね」とぶっきらぼうに応える。 「それはそうですけど、バカにしてるんですか!」 「いや、だって本当にそうじゃん」 という会話があった。 マンガを読んでいるところを邪魔されたから無愛想ではあったものの、バカにする気などはさらさらなく、むしろ、"大きくなったり小さくなったりする女"は個人的に漫画史においての重大なテーマですらある。"大きくなったり小さくなったりする女"をもう少し丁寧に定義して言い表すならば、比較的に写実的に描かれていた主に女性のキャラクターが一時的にデフォルメ化されることで頭身が縮小する現象とでも言えるだろうか。 近年でもっとも印象的な"大きくなったり小さくなったりする女"の代表としては、やはり『君に届け』の黒沼爽子が挙げられる。基本的には清潔で純情なラブロマンスだが、爽子の恥じらいがギャグとして描かれるときに彼女はデフォルメ化されて縮小している。先の定義で"主に女性のキャラクター"としたのは、このデフォルメ化による縮小が当初は少女マンガの表現方法として漫画史に浮上したのではないかとの推察からなっている。まず手塚治虫にはこの手のデフォルメ化はみられない。唐突なヒョウタンツギの挿入は、おそらくはこのデフォルメ化に近い要素を持っていそうだが、じっさいにキャラクターがデフォルメ化されて縮小しているわけではない、そもそも手塚治虫のキャラクターは始めからだいぶデフォルメ化されている。そこでもう少し先にすすんで「少女漫画の神様」と称される萩尾望都をはじめ、"花の24年組"の大島弓子や竹宮惠子や山岸凉子はどうかというと、描かれるキャラクターはデフォルメ化を遠く離れ、頭身は実寸サイズになってはいるものの、彼女たちが何かの拍子に不意に小さくなることはいまだみられない。そこでさらに時代を進めて川原泉のマンガを読んでみると、ここではもう明確にデフォルメ化によるキャラクターの縮小が起きている。しだいにこのマンガ表現は男性マンガにも活用されていき、たとえば、マンガ史上もっとも写実的なマンガのひとつといえる『スラムダンク』では、ファールで退場しそうな桜木花道が逃げ腰のディフェンスになり、その様子がデフォルメ化の縮小として描かれているし、当のうまるちゃんではもっとも過激で大胆なデフォルメ化の縮小が行われている。そのほか印象的なものを挙げるなら、津田雅美の『彼氏彼女の事情』、吉田秋生の『海街diary』に連なる連作などがあるだろうか。吉田秋生のデフォルメ化は、その顔が松本零士『銀河鉄道999』の星野鉄郎みたいになるというオマケ付きである。 では、いったい、いつどこで誰が、このデフォルメ化による縮小というマンガ表現を使いはじめたのか、ここを明らかにすることは漫画史を俯瞰するうえでとても有意義な試みだと思うのだ。

この世界の片隅に

漫画と映画を久しぶりに見返した!

この世界の片隅に
かしこ
かしこ

2025年のお正月にNHK広島放送で映画「この世界の片隅に」が放送されたのは、今年で原爆投下から80年が経つからだそうです。この機会に私も久しぶりに漫画と映画をどちらも見返してみました。 やはり漫画と映画の一番の違いはリンさんの描き方ですよね。漫画では夫である周作さんとリンさんの関係について触れられていますが、映画ではありません。とくに時限爆弾によって晴美さんと右手を失ったすずさんが初めて周作さんと再会した時に、漫画ではリンさんの安否を気にしますが、映画ではそれがないので、いきなり「広島に帰りたい」という言葉を言い出したような印象になっていました。映画は子供のまま縁もゆかりもない土地にお嫁に来たすずさんが大人になる話に重点を置いているような気がします。それに比べると戦時下無月経症なので子供が出来ないとはっきり描いてある漫画はもっとリアルな女性の話ですよね。だから漫画の方が幼なじみの海兵さんと2人きりにさせた周作さんに対して、あんなに腹を立てたすずさんの気持ちがすんなり理解することが出来ました。個人的には男性達に対してだけではなく、当時の価値観で大事とされていた後継ぎを残せない自分に対しての悔しさもあるのかもしれないと思いました。けれどもあえて女性のリアルな部分を描きすぎない選択をしたのは、原作である漫画を十分に理解してるからこそなのは映画を見れば明らかです。 久しぶりに漫画と映画を見返してどちらも戦争が普通の人の生活も脅かすことを伝えているのはもちろん、すべてを一瞬で無いものにしてしまう核兵器の恐ろしさは動きのある映画だから強く感じた喪失がありました。そして漫画には「間違っていたら教えて下さい 今のうちに」と巻末に記載されていることに初めて気づきました。戦争を知らない私達が80年前の出来事を想像するのは難しいですが、だからこそ「この世界の片隅に」という物語があります。どんなに素晴らしい漫画でもより多くの人に長く読み続けてもらうのは大変なので映像化ほどの後押しはないです。これからも漫画と映画どちらも折に触れて見返したいと思います。

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