王様の仕立て屋~サルト・フィニート~

全紳士、必携必読の「大人の教科書」

王様の仕立て屋~サルト・フィニート~ 大河原遁
mampuku
mampuku

 私は仕事柄ほとんどフォーマルな格好はしないのですが、読んでいると「宝物になるような一張羅欲しい!!」という気持ちが芽生えてしまいますw  アメリカ等と同じで洋服の歴史が浅い日本では考えられないほどに、イギリスやイタリアはスーツというものにプライドを持っている国であることがわかります。それだけに大変に奥深く文化に根差していて、「粋」というものが文化圏によってこれほど異なるものかととても興味深い蘊蓄が満載でした。  そしてこの作品からはファッション蘊蓄モノとしての顔以外の、二つの表情を見出すことが出来ます。ひとつは「男の生き様論」としての側面。時に戦闘服となり時に装飾品、別のときには女性やゲストの引き立て役となる、紳士服は男の生き方の写し鏡でもあります。そしてもう一つは「フリーランス・クリエイターの仕事論」としての側面。主人公はスーツ一着に数百~数千万円という一見するとボッタクリのような価格をクライアントに提示します。しかし、彼の腕と彼が作り出す魔法にそれだけの価値を見出すことができた者だけが、その魔法を授かることができる。彼は職人の名に懸けて技術を安売りはしませんし、プライドにかけて一切の手抜きはしない。作り手としての理想像ですね。  全32冊+続編複数シリーズ続刊中とかなりの長期連載ですが、すべて読んでもまったく飽きたりネタや展開に既視感を覚えることがないのが凄い。「紳士服」というテーマの奥深さもさることながら、一話完結のそのすべてが美しい起承転結・序破急で構成されていて面白さがブレません。  これほどの傑作にもかかわらず今まで実写化などのメディアミックスが実現していないのは、やはり予算がかかりすぎるから……?

ルポルタージュ

「恋愛」が持つ意味を改めて考えさせられる。

ルポルタージュ 売野機子
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)

すごく良かった。 すごく良かった! 舞台はそう遠くない近未来である2033年。 主人公の表紙の女性は新聞記者で、とあるテロの被害者たちの追悼記事を書くために故人の遺族や友人・知人に取材してわまっていく。 故人に寄り添った丁寧な取材を通して、この社会における「恋愛」や「結婚」の輪郭を少しずつ捉えていくことになる。 ずっと読みたいと思っていたのに、こんなにいい作品と知ってたらもっと早くに読んでおくんだったと後悔・・。 何がいいって、人物と社会をすごく良く描けてるんですよねー。 それぞれの個人が抱えてる感情や悩みはあくまで秘匿されるべき個人のものなんだけど、それを取材を通していろんな人物の視点からつまびらかにしていくと、それまで外側から見えていた一面的なレッテルでは推し量れない立体的で複雑な人物像が浮き上がってくる。 「恋愛」を"飛ばし"て「結婚」するための出会い目的のシェアハウスでテロが行われるが、同じ目的のもと集まったはずの被害者たちにもそれぞれ全く事情があった。 ここでのテーマは、「恋愛」をダサいもの、古いとする潮流とそれを取り巻くいろんな事情と感情をもった人々、「結婚」、そして「性」だ。 骨太かつ心に優しく触れる繊細な描写に感動した。 恋愛なんてイマドキ流行らないよね、という風潮から逆説的に恋愛の良さ、そして悪さが浮き上がってくるなんて素敵すぎる。 この風潮に救われたように感じる人もいれば、行き場がなくなってしまう人もいる。 いたずらな社会の変化に、もてあそばれてしまった人たちがいる。 確かに、結婚という制度は時代によってどんどん変わってきている。 かつては家同士の政略結婚の意味合いが強かったが、欧米からの流れでトレンディドラマなども流行って恋愛結婚が主流になった。 そして、現代ではこの漫画の設定に少し近い現実的なもの、「婚活」という言葉が示すように就職のような「利」をとった考えで結婚する人が増えている。 恋愛自体が持つ社会における相対的な重要性は目に見えないスピードで日に日に変化していっているけど、実は「恋」の絶対的かつ本質的な部分って変わらないよね、というメッセージを感じた。 「恋」は本質的には「する」ものじゃない。 予期せず落ちるもので、突然で、とても理不尽だ。 社会的恋愛と本質的恋愛を混同するものじゃない。 本質的恋愛は、とてもロマンチックでとても残酷だ。 だから、どの時代においても社会制度が変わっても描かれるのだ。 取材を通して「恋」と一歩距離を置きつつも、「恋」を知り変わっていく主人公が愛しくてしょうがない。 あと、主人公の目が最高。 内容も最高なのだけど、なによりもあのじっとりとした色気のある目。 近年で最推しヒロインかもしれない。 素晴らしい読後感だったので、『ルポルタージュ‐追悼記事‐』での続きを楽しみにしている。

BMネクタール

パニックホラーの名作が今日電書で復活!

BMネクタール 藤澤勇希
兎来栄寿
兎来栄寿

スマホアプリでマンガを読む時代になってから、一気にサバイバル物やサスペンス物が増えました。この『BMネクタール』は今の時代にスマホ連載されていたならば、当時よりももっと話題になりブレイクしていたのではないか……そう思わせられてならない、パニックホラーの名作です。 タイトルのBMとは「バイオミート」のこと。食糧難に陥った人類が人工的に開発した栄養豊富な食糧です。しかし、その知られざる食糧の真の姿はあらゆる物を捕食し高い再生能力を持つ恐るべき怪物でした。そして、厳重に管理されていたはずのBMが解き放たれ人類に襲い掛かります。 『進撃の巨人』然り、生物の頂点にあるはずの人間が容易く蹂躙され捕食されていく姿には本能的な恐怖を喚起させられます。そしてBMのビジュアルが本当におぞましい!一見しただけで生理的嫌悪感を催すという点で、マンガという媒体の魅力を生かし切っている作品でもあります。 パニックホラー物やサバイバル物でありがちなのは途中が中弛みしてしまったり、あるいは途中までは面白かったものの最後が今ひとつな感じで終わってしまったりという展開です。しかし、この『BMネクタール』は全12巻という程よい巻数の中でテンポ良く終わりまでしっかりまとめてくれています。読み出すと続きが気になって一気読みしてしまうこと請け合い。 電書になったこの機会にぜひ触れてみて欲しい作品です。