ヤリマンになりたい。

この道をイけばどうなるものか #1巻応援

ヤリマンになりたい。 まおいつか
兎来栄寿
兎来栄寿

「今のダメな自分から脱却して変わりたい」「一度きりの人生を自由に楽しみたい」という人は多いでしょう。 本作では「そのためにヤリマンになりたい」という主人公が描かれます。一見、飛躍しているように思えるかもしれません。が、読めばとても理解できるお話です。 DVを受けていた祖母と、浮気をされた母を持ち2代続く母子家庭で「男なんてダメ」と小さい頃から言い聞かされて育ってきた32歳の市川ももは、母たちからの言葉が呪詛となりHをすることに罪悪感が湧き人生で一度もイケたことのない女性。 そんな彼女が変わる契機となるのが、学生時代は「地味〜ず」仲間だったはずが再会したらヤリマンになっていた友人のひまわりでした。 性に奔放で自由を謳歌するように変貌していたひまわりに憧れるももが、ひまわりを始めとするヤリマンたちに伝導され奥深きヤリマン道を歩んで行く作品です。 「ももちんの人生は、誰のものでもない。変わりたいなら、変われるんだよ」 「自分の、イキたい、ようにヤれ!」 は蓋し名言ですね。 ももの悩みは深刻で、ハプニングバーに行ったり出会いバーで会った男性の家に行ったり、経験値を積み重ねながら何とか自分の人生を解放しようとしていきます。 ただ、悩みの深さに反してかなりコメディ色も強く描かれており、楽しく読むことのできる作品でもあります。 「主導権を握って楽しむ!」 ここに振られた秀逸なルビは、ぜひ読んで確かめてみてください。冨岡義勇もびっくりです。 特にコメディ色が強まるのは、300人と関係を持ち現在は野球選手専門で食っているヤリマンプロの25歳、みゆみゆのパート。 「一回ハメたちんぽは、応援したくなりますよね…」 「明日役立つ、ちんぽ統計学」 などのパワーワード満載。 ズルムケの人より仮性包茎の人の方が好きであるというみゆみゆの言葉には、救われる男性もいるのではないでしょうか。 ヤリマンというと自分の欲望に忠実なイメージが強いかもしれませんが、相手を楽しませることに心を砕いたり、普段から初対面の人にも気を遣い会話を盛り上げようとしたりと自分にない所を持っていることに気付かされ、成長していくももが良いです。 巻末の「まんまん新聞」のちんこぺちぺちダンスなども振り切れていてとても良いです。 リアルな絵だと生々しくなりそうなところも、まおいつかさんの可愛い画風が程よく中和してくれていてちょうど良い塩梅になっています。 果てしなく続く長いヤリマン道を、あなたも本書を読んで知ってみてはいかがでしょうか。

銀の三角

萩尾SFの最高傑作

銀の三角 萩尾望都
兎来栄寿
兎来栄寿

1980年から1982年にかけて『SFマガジン』にて連載された本作は、萩尾望都SF作品の中でも特に好きであるという声がよく上がる作品です。漫画家でも、よしながふみさんや吟鳥子さんなどがこの作品の素晴らしさを折にふれて称賛しています。 萩尾望都さんは1969年にデビューし、1972年の『ポーの一族』や1974年の『トーマの心臓』で大人気を博し、多くの名作を通して少女マンガというジャンルの可能性を大きく拡張しました。そして、1975年には初のSF長編作である珠玉の名作『11人いる!』を発表。その後もSFジャンルでも『ブラッドベリSF傑作選』や『百億の昼と千億の夜』など原作付きのものや『スター・レッド』など続々と名作を描き続け、作家として円熟味が出てきたころに描かれたのがこの『銀の三角』です。 二億五千万年の周期で一巡するのを一宇宙年とする遠大な世界観の下、1000年以上を生きられる人が存在するようになった宇宙を舞台に繰り広げられる壮大な叙事詩です。読んでいる間は現実から浮遊し、最後のページを読み終えた後も暫し余韻に浸り魂が充足を得ます。 時空間を行き来するストーリーで、登場人物もクローンが登場することで話としてはかなり複雑で難解になっておりSF初心者には少々薦めにくいです。それでも表面をなぞるだけでも楽しむことはできて、しっかりと噛み砕いて味わおうとすればその分の深みを提供してくれる絶妙なバランスを保った作品です。 2000年前後からヴィジュアルノベルのジャンルで隆盛し、その10年後くらいにコンシューマーやアニメなどの世界でも遅れてブームとなったとある構成も、このころから巧みに用いていたことに読み直すと気付かされ改めて敬服します。 登場するガジェットも、今見ると現代にあるタブレットのようなものが使われているなど時代を先取ったものもありつつ、逆にそんな未来にあっても普遍的に残る音楽という文化で人の心が動く部分に感じ入るものがあります。 ラグトーリンの凛とした眼差しの美しさ。 ミューパントーの歌う見開きの神話的な荘厳さ。 表紙や扉絵のカラーイラストの美麗さも含めて、萩尾望都さんの紡ぐ絵の魅力が特に溢れている作品でもあります。 これだけの物語が、たった1冊の中で繰り広げられるという恐るべき密度に戦慄します。 流石に古びている部分もありますが、それでも今読んでもなお美しい言の葉と画力に、そしてその茫漠たる世界観に心酔します。紛れもなく、人類の至宝のひとつです。