姫路城リビングデッド

本多忠勝、参上!武蔵vs信長!

姫路城リビングデッド 漆原玖
名無し
戦国武将マニアとか歴女とか御城マニアとか、 最近はかなりマニアックな趣味を堪能している方々が いらっしゃるようで。 自分はまったくそっちの知識も興味もありません。 東海地方在住でもあり、一般知識にプラスアルファで 郷土の武将達に少しだけ知識があるくらいで。 プロレスラーの藤波さんが御城マニアだそうで、 有名人が自分のマイホームについて語る 「俺の城」というTV番組から出演依頼が来たら 名古屋城とか松本城とか、御城について好きなだけ 語れる番組だと思って出演を快諾したとか。 そういう話を聞いても、あきれるというか なんでそこまで戦国時代に思いいれができる人がいるかな、と 疑問を感じるしかないのですが・・ 「姫路城リビングデッド」は、そんな私でも 冒頭の数ページを読んだだけで、 ああ御城って建造物としても凄いし、 大勢の人が色々な思いを込めて築城し、 何をどう考えて構築して、それを攻略するならどうしたらいいか、 そんな風に考え出したら止まらなくなる存在なんだな、 そう感じました。 確かに色々と浪漫を感じる存在だな、と。 そして最期まで読んで感じたのは 御城とは人民を守るためのもの、ということ。 けして城主の威光や権力の象徴ではない。 マニアが興味をもつにたる存在なのだな、ということ。 徳川が日本を平定し、太平の世が始まりかけたとき、 突然にゾンビが姫路城を襲ってくる。 しかも数十年前に死んだはずの信玄、謙信、信長などが 指揮をとり自らが先陣を切って攻め込んでくる。 迎え撃つのは伊賀忍者の末裔だったり宮本武蔵やその弟子。 そして城の守り神の依り代的な、城マニアの町民。 漆原先生が描く、その激闘シーンがこれまた凄くカッコイイ。 後に唐突に登場する本多忠勝なんて (イチ地元民としての偏見ですが) 料亭・柿安の前で銅像になって座っているだけの人 という印象しかなかったが、なんてカッコ良いんだ! 史実と浪漫がゴッタ煮になって沸騰しているような熱い漫画。 けれどストーリーはしっかりとしていて ただのトンデモ話ではない、よく出来た話が展開する。 戦国時代にリアルを求める人にも、浪漫を求める人にも、 SFチックなエンタメ的な面白さが好きな人にも、 是非とも読んでみていただきたい漫画。 きっと、それぞれ独特な感想を抱くと思います。
実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。

みんなが自分を否定しないで生きられますように

実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。 ペス山ポピー
野愛
野愛
生きることは難儀だなあ。 読んだ直後なんとも言えない気持ちになって思わずTwitterで呟きました。 激しい被虐趣味を持つペス山ポピーさんが様々な男性とプレイ(というか殴られる)をしながら、自らの性的嗜好や性自認の根源にあるものと向き合っていくお話です。 イケメンにボコボコに殴られて恋してハッピー、なんて一筋縄ではいきません。 殴られたいという欲求に真摯に向き合ったことで、浮かび上がった性自認。殴られて恋をしたせいで、その性自認が再び自分の首を絞めることになる。 なんて生きづらい。 男と女の二種類しかいないのは何故なんだ、恋してセックスしてそれが当たり前だなんて傲慢だ。 人の数だけ性別があっていいし、性的嗜好があったっていい。それで人類が滅んだって別にいいじゃないか。 というのは極論なのかもしれません。 でも、みんなが苦しまないで生きられたら、自分を否定しないで生きられたらそれがいちばんいいことだと思います。 ペス山さんも自分を肯定して元気に過ごしててくれたらいいなあ。 生きることは難儀です。みんな生きてて偉いです。
お前はまだグンマを知らない

焼きまんじゅう食べて死にたい

お前はまだグンマを知らない 井田ヒロト
野愛
野愛
関東地方に住みついて長くなったものの、群馬を訪れたことはない。 高速道路で通過したことはある。下仁田を横目に「ネギのとこか」と思った記憶がある。花火大会に行ったら中止になって予定が潰れたと知人から聞かされたことがある。 それくらいの認識しかなかった。 こんな危険な場所なんて知らなかった!!!!焼きまんじゅう旨そうって思ってたけど県外なので食うと死ぬ!!!! 和算の大家関孝和!!!!誇る文豪田山花袋!!!!上毛かるたガチ勢と一戦交えたいなんて思ってごめんなさい。 でもね、故郷への誇りって素敵なものです。 わたしもど田舎出身なので自虐として出身地のお話をすることはあるけれど、やっぱりそこには愛と誇りがあるのです。 きっとグンマの人達もそう。だから栃木とバチバチしちゃうんだね。餃子もレモン牛乳も美味しいけど井森美幸も中山秀征も好きだからグンマ自信持ってねグンマ。焼きまんじゅう食べたいよ。グンマがなけりゃ静かなるドンの実写ドラマはなかったんだよ。 生まれ育った地に対してプラスでもマイナスでもどっち向きでもいいから、アイデンティティ抱えてる人って幸せだと思いますよ。帰る地があるということ、人に語るべきことがあるということ、幸せでしょ。 死んでもいいからわたしは焼きまんじゅう食うぞ。
裸のマオ

女生徒と女教師の秘密の逢瀬

裸のマオ もぐこん
名無し
骨が浮き出るほど痩せている少女・マオと、彼女をデッサンモデルに誘った美術部顧問(女性)の短い逢瀬のはなし。 SNSでとてもたくさん反響があった様子で、気になりくらげバンチで読んでみました。 https://kuragebunch.com/episode/10834108156723939020 家庭の事情により不健康な生活を送っているマオの世話を焼く先生は、ただの教師と生徒として以上の感情を持ち、マオの前でそれを隠すこともなく接していた。 けれど、そんな絶対に知られてはいけない秘密の時間は、ある時あっけなく終わってしまう。 この先生は倫理に反する、むしろ犯罪ともいえる行為をしているけれど、それによりマオの心や身体が傷ついたということではなく(少なくとも作品の中では)、いち読者としては終わり方に切なさを感じました。 マオの華奢過ぎるからだと無知で未熟で無防備な様子はこちらをハラハラさせる部分もあって、ある意味先生がそばにいることで安心感が生まれていた。 でも切ないながらも、あれで良かったんだと思えるラストでした。 真面目なこというとマオの身体を見てまわりの大人が然るべき対処をするべきだったw これこそ読み手の感想が分かれる作品だと思うので、他の人の感想も知りたい。
人間失格

漫画だからこそ描けた絶望

人間失格 古屋兎丸 太宰治
野愛
野愛
太宰治『人間失格』を漫画化した作品。 原作をそのままなぞっているのではなく、現代的かつメタ視点で描かれている。 古屋兎丸先生自身がインターネット上で大庭葉蔵の日記「人間失格」を発見し、読み進めていくというストーリー。 読者は古屋兎丸の目を借りて、葉蔵の人生を追いかけていくことになる。 父を憎みながらも実家の金で裕福に暮らし、仕送りが打ち切られれば女の家に転がり込む姿に、最低だ罪人だと責めたててしまいたくなる。 煙草屋の娘に恋をして、1日に何度も煙草を買い、素直になれず揶揄う姿はなんとも可愛らしい。 他者の目を挟むことで、葉蔵という人間の可愛らしさや狡さ、いやらしさがより鮮明に浮かび上がる。女を誑かす様子なんかは、原作よりも真に迫るものがあるような。 小説『人間失格』も葉蔵の日記を読む他者の視点で描かれている。漫画『人間失格』も同じだが、古屋兎丸視点で古屋兎丸の絵で描かれているので、メタ要素がより色濃く感じられる。 葉蔵を見つめる読者である古屋兎丸を見つめる読者である自分自身。古屋兎丸の目が自分自身の目となり物語に飲まれていく。 嫌悪、軽蔑、共感、友愛…葉蔵に対して様々な感情を抱きながら、共に絶望の果てに追い込まれる自分自身をまざまざと見せつけられる。 小説『人間失格』からは「ただ、一さいは過ぎて行きます。」という一文が示す通り、すべてが過ぎ去ったあとの凪のような絶望を感じた。 対して、漫画『人間失格』からは今まさに激流に飲み込まれて苦悩しているような生々しい絶望を感じた。 それぞれの絶望の味を是非読み比べてみてほしい。 古屋兎丸先生の人間失格が素晴らしかったので 津軽×魚乃目三太先生とか、斜陽×えすとえむ先生とか 相性の良さそうな太宰×漫画家を妄想するのが楽しい…駆込み訴えをどうにか現代設定(どうやって)にしてゴリゴリのBLにしたりとかめっちゃ見たい
クマ撃ちの女

生死をかけた狩猟の現実と善悪を問う

クマ撃ちの女 安島薮太
六文銭
六文銭
3巻目になって、自分好みに面白くなってきた印象。 主人公はライターで、女性猟師チアキと一緒に狩猟現場の取材をするという話。 1巻は、狩猟の現実とか銃の扱いとかがメインだったが、2巻の最後チアキ(と、その姉)の過去の話からグッと奥行きがでて、3巻では、いわゆる違法行為を平然とするが狩りのスキルは高い師匠の話で、じわじわと自分好みに面白くなってきた。 こういうアウトローな強キャラが好きなんですよね。 なんで、出てくるとテンションあがります。 主人公たち(得てして正義、正論)とは違った独自の美学をもっていたり、キレものだったり、強さにブレがなかったりするので、謎のカッコよさがある。 主人公たちとは違う価値観で己の正しさを見せつけてくれるんです。 (るろ剣の斎藤一みたいな) そんな、チアキの師匠もすごい。 獲物がいないのに銃に弾を込めてる状態は違法なようですが、そんなものは無視。 山の中で、急に襲われて誰が守ってくれる?法律が守ってくれるのか? と言わんばかり。 確かに正論だ。 安全のために法があるはずだが、狩猟現場で安全はどっちなのか? 誰にとっての何の法なのか? 考えさせられるフレーズだ。 野生動物たちが相手の常識が全く通用しない世界に、何でも利用すると豪語する師匠。 銃、車、知識、経験を使いこなし、手際よく効率的に狩りをこなす。 邪魔な法律は無視。 目的のために、手段を選ばない男。 どっちが正しいとか言えない。 結局、ルールを守っても、死んでしまえば意味がないからだ。 ライフルとか狩猟の現場が中心で、クマを撃つとか撃たないとかの話で終わるかと思ったが、こうした法の遵守的な善悪の話もでて、ストーリーに深みがましてきた。(これも現実といえば現実だが) 3巻最後が衝撃的で、師匠どうなるんだろう…。