人形草紙あやつり左近

腹話術の妙技

人形草紙あやつり左近 小畑健 写楽麿
ひさぴよ
ひさぴよ

人形遣いの少年・「橘左近」が、童人形「右近」と共に事件解決に挑む推理マンガ。 腹話術によって人形を操り出すと、性格が一変するという設定がなかなか面白く、只の人形であるはずの右近が、まるで本当に生きているかのようです。どういう仕組なんだとか、その辺は深く考えずに「右近」の存在を受け入れて読むのが吉でしょう。ちょっとオカルト的な雰囲気もある推理モノなので。 連載を開始した1995年は、「金田一少年の事件簿」(1992年)や、「名探偵コナン」(1994年)といった推理マンガブームが超盛り上がっていた時期で、このブームに続こうと少年ジャンプが送り出した推理マンガという印象が今もあります。残念ながら大ヒットとはならず、短期連載に終わってしまいました。 ただ、作画・小畑健、原作・写楽麿(しゃらくまーろー)※宮崎克という強力タッグが生み出した、独特の和風ミステリー世界は、とても記憶に残るものだったと思います。そういえばアニメ化もされてましたっけ。 全4巻。スッキリとした終わり方にはなってないので、なにかの拍子で続編企画がひょっとしてあるのではないか…と、いつまでも期待してしまう作品です。

晴れ間に三日月

ドロドロでもバチバチでもない幼馴染の友情

晴れ間に三日月 イシデ電
nyae
nyae

中学生の一人息子・出海を連れて14年ぶりに地元へ戻ってきた主人公・月見には、忘れられない幼馴染・ひなたがいる。そのひなたの旦那は、出海の父親で…というあまりにも複雑な事情がふたりの間にはあった。 当のひなたはバンドマンの彼(現旦那)と海外移住をしているとおもっていたら、地元で酒屋を営んでいたため予定外の再会を果たすところから物語は始まる。 息子の父親を奪った憎き女が、いま目の前に。そしてうざったいくらいに何事もなかった顔をし、関わりを持とうとしてくるのでハラハラ。 そして、出海にはひなたの旦那が実父だなんて絶対に言えないという事態で、4人の複雑過ぎる関係性がドタバタとこじれたり、ほぐれたりする。 最後は、予想外の終わり方だった。正直「え、なんで?」と思ったけど、そこは幼馴染という長く同じ時間を共有した関係性の結果なんだろうと、納得することにした。 イシデ電さんが珍しく女性誌で描いた漫画らしく、今までと違うのかと興味があって読んだけど、この一筋縄ではいかない感じ。「女の友情」とかひとことで片付けさせない感じ。やっぱり著者らしくて好きです。

シンデレラ クロゼット

もしシンデレラの魔女が超美人で面倒見が良過ぎてその上◯◯だったら

シンデレラ クロゼット 柳井わかな
兎来栄寿
兎来栄寿

地方から上京してきた女子大生の主人公・春香は元バスケ部で今は居酒屋のバイト。汗臭い世界を渡り歩く彼女は何のオシャレもせず、メイクの知識も道具もなければまともな服すら持ってない女子力皆無の女の子。 しかし、彼女だって本当は「女の子」がしたい。自分に自信がないし、そもそもやり方が解らないからできない。でもできることなら彼氏も欲しいし、何ならバイト先に憧れの人もいる。 そんな冴えない女の子だからこそ、正にタイトル通りシンデレラのように変身した時のカタルシスもあろうというもの。シンデレラを着飾ってくれた魔女のように、春香を綺麗にする魔法を掛けてくれる美女が現れて物語は動き始めます。 柳井わかなさんの絵が綺麗で、光の美人さに説得力があります。その上で春香の意外と少し厚かましいものの憎めない性格、光の思い掛けない行動、スペックが高過ぎて裏があるのではと疑ってしまうもののどうやら純粋に良いやつっぽい黒滝、中心となる人物たちが内面的にも魅力的です。 そうして生じる不思議な三角関係。この後どっちに転がって行くのかはまったく解らず、楽しみです。 Twitterでは #シンデレラクロゼット投票 でどっち派か投稿するキャンペーンもやっているので、読んだら参加してみて下さい。

変人偏屈列伝

エジソンがヤバい…だけではない「人間讃歌」の短編集

変人偏屈列伝 荒木飛呂彦 鬼窪浩久
ANAGUMA
ANAGUMA

世界の奇妙な人たちの逸話を荒木飛呂彦と鬼窪浩久がマンガで紹介する風変わりな偉人(?)マンガ短編集。 事実は小説より奇なりと言いますが、実在の人物を荒木飛呂彦が取り上げて面白くならないはずがありません。 ニコラ・テスラに向かって「このスカタン野郎がアーッ」と怒鳴り散らす発明王エジソンの姿が有名だと思いますが、読んだ当時もかなりキレてるなと舌を巻いた思い出があります。 今となっては外道エジソンの人物像も割と普及してる気がしますが、1989年の時点で荒木先生がここまで完成させてたわけですね。 個人的に一番好きなのは『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』。 銃火器メーカー・ウィンチェスター社の社長夫人サラは、人命への罪の意識に苦しみ、生涯に渡り「悪霊から逃れるため」自身の邸宅を増築し続けたことで知られています。 夫の手掛けた銃が世界中に広まることは歴史の必然のようなものであり、彼女にはどうにも防ぎようのない出来事でした。 手の届かぬ因縁に人はどう立ち向かうのか、という『ジョジョ』のテーマでもある問いかけが本作にも通底しているのです。 いずれの短編も、とんでもない人物たちへの驚嘆、畏敬の念を綴った荒木イズム満点の紛れもない「人間讃歌」の物語です。 可能であれば初回刊行時の函入り単行本で読むと味わいが増すような…気がします! 実に奇妙なデザインなので。

百年の恋も覚めてしまう

くらもちふさこの良さをギュッと凝縮したような短編

百年の恋も覚めてしまう くらもちふさこ
かしこ
かしこ

ちょっと誤解しがちなタイトルだと思うんですけど「百年の恋も覚めてしまう」なので「冷めてしまう」話とはちょっと違います。けれどもストーリーとしては主人公の笙子が小学生〜大人になるまでの成長物語で、その時々で好きになった片想いの相手に何度も「冷める」からダブルミーニングでもあるのですが。そういうところもくらもちふさこらしくて面白いです。 小学生の時は魚屋さんちの新田君が好きだった笙子ですが、ママから「あの子目と目が離れてておもしろい顔してるわよねー」と言われて急に新田君のことが嫌いになってしまいます。中学生の時に好きだった広瀬君は声変わりする瞬間を聞いて嫌いになってしまいました。高校生の時は友達に紹介された宇佐美君のことを出会った瞬間から「もう会わないだろうな」と思ってたけど、笙子の本心に気づきながら優しくしてくれた宇佐美君の気持ちを知って切なくなったりしました。大人になった笙子は編集者になり漫画家のおつかいで昔住んでいた町の商店街に行きます。そこには新田君ちの魚屋があって二人は再会します。 ほとんどネタバレしてしまいましたが、あらすじを知っていても心に響く作品なのでぜひ読んでください。こんなに少女の気持ちに寄り添って描けるってすごいです。あんなに好きだったのに些細なことで嫌いになったり、自分の不誠実さに反省したり、誰もが経験したことあると思う。そういうことを大げさじゃないエピソードで語れる素晴らしさもある。現実の人生って細やかなことの積み重ねだから、そこを汲み取ってくれることがとても嬉しいんです。 この短編の為に作られたような一冊ですが、その判断はめちゃくちゃ正しいと思います。