THE ALPINE CLIMBER 単独登攀者・山野井泰史の軌跡

読むと指懸垂がしたくなる #1巻応援

THE ALPINE CLIMBER 単独登攀者・山野井泰史の軌跡 よこみぞ邦彦 山地たくろう
兎来栄寿
兎来栄寿

登山家のアカデミー賞と言われるピオレドール賞の、ピオレドール生涯功労賞をアジア人として初めて受賞した登山家・山野井泰史さんの登山人生を描いた作品です。 登山マンガにハズレ無し。 近く、劇場版が放映される『神々の山嶺』を始め、『岳』や『孤高の人』など圧倒的な名作も枚挙に暇がありません。 同じ人間でありながら、極限の環境である山に挑む者たちのドラマにはいつも心が奮え、血が滾ります。 この作品がすごいのは、上記の作品のようなドラマが描かれるのですが、それが山野井さんが実際に経験したものであること。 中学生にして34箇所の打撲と裂傷を負い、親に命の危険があるからと反対されても「自分から登山を取ったら心が死ぬ」として頑として譲らず、「大人の登山クラブで基礎から学ぶ」ということを条件に、日本登攀クラブに入会してそのキャリアを始めていくという出だしです。 登山に命を賭ける人を見て、「なぜそんな危険に進んで身を晒すのか?」と理解できない人も一定数いると思います。しかし、本当に命を賭けても良いほど好きなものがある人にとっては、この気持も理解しやすいのではないでしょうか。 特に、登頂を完了した時に見える至高の景色と共に訪れる達成感は、その気持ちへの共感を掻き立ててくれます。常人の身体能力では無理なことは解っていますが、読むと自分でも指懸垂などで体を鍛えて岩壁に挑んでみたい、こんな景色を見てみたいという気持ちにさせられるくらい、読んでいて熱く掻き立ててくれる作品です。

月曜日が待ち遠しくて

ピカピカの新星が送るピュアピュアな物語群 #1巻応援

月曜日が待ち遠しくて 旗谷澄生
兎来栄寿
兎来栄寿

好きな人がいて、月曜日に学校に行くのが待ち遠しい……早く月曜日担って欲しい…… そんな感情を抱いたことは皆さんありますか? それとも、月曜日なんて永遠に来ないでくれと願う大人になってますか? 世俗の汚泥に塗れ、穢れ切ってしまった大人にとっては、『天空の城ラピュタ』でポムじいさんが飛行石を見て「すまんが……その石をしまってくれんか。わしには強すぎる……」と言った時と同じような反応を取りたくなるくらい、瑞々しさ・若々しさ・ピュアさに満ち満ちた、旗谷澄生さんの初単行本となる短編集です。 「中庭には猫がいて」 「恋は四角く切り取って」 「永久不変のきらきら星」 「きみだけに春が来る」 の4編が収録されていますが、どれを取っても「そう、こういうの!」と膝を秒間16連打したくなるような学園恋愛物語です。 ヒロインと、その相手役の関係性はどれも異なりますが、それぞれの良さみが非常に深い。 短編集ではありますが、9月にはシリーズ連載として描かれた4編が収録予定の2巻も発売予定ということで①がついています。 旗谷澄生さん、短編も良いですがきっと長編でも悶えるような恋のお話を描いてくださると思うので、今後のご活躍も楽しみです。

READY BRAVO

下請けゲーム制作会社の逆襲 #1巻応援

READY BRAVO 古谷野孝雄
兎来栄寿
兎来栄寿

『ANGEL VOICE』や『GO ANd GO』など、30年以上ずっと少年マンガのフィールドで描いてきた古谷野孝雄さんが描く初の青年マンガの舞台はゲーム業界。 本作で描かれるゲーム開発会社ジオ・ギアは、かつてはオリジナルゲームも作ったことがあるものの惨敗し、今や下請けの作業がメインの零細企業(この辺りは『東京トイボックス』のG3スタジオと似ている状況ですね)。そんな社員数20名にも満たない小さな会社が、新たな人材獲得を切っ掛けに社運を賭けて再びオリジナルの大作に挑戦していく物語です。 本作の主人公はプロデューサーでもディレクターでもない、大学生4年生の新人アルバイトである青年・有馬祐介。 元々は別の業種を目指していたものの、留年を切っ掛けに子供の頃から好きだったゲーム業界に入ろうとしたという経緯ですが、根本的に真面目で熱い人間であり、その熱が周囲にも伝播していきます。 祐介と同じくバイトで入ったにも関わらず、初日から連日遅刻を繰り返す問題児の美女・折原彩都(あやと)のとある秘密も、物語を盛り上げていきます。 面白いなと思ったのが、祐介に最初に課せられたミッション。 「15世紀後半に使われていた西洋の壺はなぜか同じような所に剥がれ痕があるが、それは何故なのか」を調べろというものです。 その謎を追う実作業の様子自体も面白いですし、ゲーム中のリアリティを生み出すためにそんな所まで本気になるこの会社は本質的に面白いものを作れるポテンシャルを秘めていると感じるエピソードでした。 挑戦に賛同するもの、家庭を守るために安定の道を進みたい者など社内の思惑もそれぞれですが、このチームが今後どんな困難を乗り越えてどんな作品を生み出すのか、とても楽しみです。 余談ですが、PS1の『バイオハザード』を見て「ほぼ映画じゃん!」と思ったという幕間のお話にも親近感が湧きました。

Papa told me

人生で最も憧れた父親キャラのひとり #父の日

Papa told me 榛野なな恵
兎来栄寿
兎来栄寿

永遠の名作と言って差し支えないでしょう。 まだ昭和だった1987年に連載が始まり、35年経った現在も『Cocohana』で続いている榛野なな恵さんのライフワークと言っても良い作品です。 本作は、年齢よりも大人びた主人公の小学生の女の子知世(ちせと、顔もスタイルも良く芸術に造詣の深い人気作家である父親の信吉(しんきち)の二人を中心にした、温かなドラマです。 キムタクの娘さんたちが「もし付き合うなら少なくともパパより格好良くないと」と言っていて、身内のレベルが高すぎると大変だなぁと思いましたが、本作の主人公の知世ちゃんも正にそんな感じです。最愛のパパは外見的にも格好良い上に穏やかで知的で優しく、愛情深く、家事も万能。同級生の男の子なんか目にも入らず、ちょっとファザコン気味になってしまい、 「同じくらいの年の男のコと遊ぶってことは つまりおもりするってことなのよ」 などというセリフが飛び出してくるのも無理はありません。 私の憧れの父親キャラとして、二大巨頭は『カードキャプターさくら』の藤隆さんとこの『Papa told me』の信吉さんでした。子供の頃に読んだ頃は、「こんなパパが欲しいなぁ」でしたが、読み返す度に歳を重ねていつしか「もし父親になるとしたらこんな風になりたいなぁ」という憧れへと変わっていきました。 本作の魅力は、何と言っても根底に流れる暖かさです。読んでいて、こんなにも心が洗われるような気持ちになる作品は寡少です。 時には傷つき目を塞いでしまいたくなることもあるこの世界で、自分が傷つけられていたことにも気付かなかったことをそうと教えてくれながら、時には衣のように、時には杖のように、優しく寄り添って心を支えてくれます。 また、プリミティブでイノセントな知世からも、そうでない登場人物からもこの世の真理を端的に表すセリフが頻出します。 「たしかに我々には 大きく欠けた部分がありますが それ故に見えてくるものもあるんですよ」 「良い芽か悪い芽かなんて育って花が咲いてみなくちゃわかんないでしょ?それに私はどんなお花も好きだわ」 といったような、ハッとするセリフも沢山あり魅力的です。 そして、 「世界の中で せめてこの腕を広げた幅くらいの安全な場所は作ってやれると思っていたのに いつの間にかそれはどんどん狭くなってくる」 というシーンに表される「子供を守る親としてできることが徐々に狭まってくる寂しさ」のような、粒度の高い感情の描写も非常に秀逸です。 疲れている時や辛い時にこそ読むと力をもらえるので、この混迷の時代にこそ再評価されるべき作品で、全人類に読んで欲しい作品のひとつです。 現在10巻ほど無料で読めるキャンペーンが行われているそうですので、ぜひこの機会に読んでみてください。

おおきくて窮屈なこの世界で。

少年は彼方の地で居場所を見つける。 #1巻応援

おおきくて窮屈なこの世界で。 あすかいくに
兎来栄寿
兎来栄寿

「君はたまたまここになじめなかった  それだけのことさ  なら別の場所に行けばいい  ″生まれた場所″(ここ)は世界の全てじゃない  居場所を作るんだ」 いつの時代にも、世界のどこの場所でも、自分の居場所がなくて苦しんでいる人はいます。そんな時に、こんな言葉を掛けてくれる人がいたら。 時は大正9年。大阪の船場で自分の居場所の無さに喘いでいた少年が、とあるきっかけでイタリアへと渡りエチオピア人の少年、ナポリの少年とバチカンで生活を共にして新たな居場所を得ていく物語です。 全く新しい環境で文化も規律も何もわからない所で始まる新生活を、違う時代に生きる私たちは主人公と同じ目線で興味深く眺めることができます。そこにはもちろん苦労もあり、アジア人であったり肌が黒いということであったりで謂れのない迫害を受ける時代の雰囲気も存在していますが、天真爛漫な主人公の性格が周りの人々にも影響を与えながら良い方向へと進んで行く感触が気持ち良いです。 煌びやかなベネツィアや荘厳さに震えるほどだったバチカンに行った時のことを思い出しながら、またイタリアに行ってジェラートを頬張りたいなと思わせられました。 世の中には幸せで愛しい窮屈さもある。そんな窮屈さを感じられる瞬間、それを生んでくれる周りの人々を大事にしたいものです。

くらまし屋稼業

骨太な時代劇、されどスタイリッシュで現代的 #1巻応援

くらまし屋稼業 ユウダイ 今村翔吾
兎来栄寿
兎来栄寿

魅力溢れる主人公が、バッサバッサと悪党を斬り倒していく。正に時代劇の真骨頂と爽快感がここにあります。 本作の主人公・堤平九郎が営むのは表向きは飴屋、しかし真の姿は「くらまし屋」。高額な報酬と引き換えに人間を「くらます」ことを生業としています。手練れが跋扈する江戸の街でそんな芸当を可能にするのは驚くべき彼の設定。現代的に言えば「チート」とも表現できるその部分はぜひ読んで確かめてみてください。男の子はこういうの大好きなんですよ。 また、本作は『Driving Doctor 黒咲』でも秀逸だった、ユウダイさんの画力の高さが非常に光ります。男は格好良く、女の子はかわいい。そして、江戸の街の風景や小道具までが非常に写実的に描かれていて目だけでも楽しめます。 ヒロインの七瀬はかわいいだけではなく頭も切れて参謀役となっているところも非常に魅力的です。派手な殺陣もありつつ、頭脳的にピンチを切り開いていくシーンもあり、抑揚のついたエンターテインメントとして楽しめます。 非常に上質な時代物で、このまま実写化されてもまったくおかしくないなと思える作品です。

真夜中の訪問者 -ハトリアヤコ作品集-

4月お薦めの解像度高め短編集 #マンバ読書会

真夜中の訪問者 -ハトリアヤコ作品集- ハトリアヤコ
兎来栄寿
兎来栄寿

注目の新鋭、ハトリアヤコさんが近年に『アフタヌーン』、『ビーム』やWeb等で発表された作品を集めた短編集です。 家賃1万円の部屋に移住したら幼馴染の生霊が現れるようになった「真夜中の訪問者」は、切れる縁の一方で、繋がる縁もあるということにしみじみと思いを馳せさせてくれます。 絶妙な距離感の高校生の日常が描かれる「根部くん干垣くん」は、自然体が気持ち良くスッと入ってくる掌編。8人しかいない野球部の試合を休んで、本初子午線を見に行くというシチュエーションが好きです。 小学校の同窓会に行くコンビニバイトの女性を描く「カタツムリ溶かす」に宿る若気の至りや歪んだ感情は、人によっては強く共感し刺さるところでしょう。 学校内カーストでは下の方でありながら、とても仲の良い友達との悲喜交交の日常が切り取って呈される「鈴木と山田。」は、それぞれのワンシーンの解像度の高さが光ります。同じクラスの退学したヤンキーの彼は今どうしているのかな……。 田舎の女子大生に生じる微妙な感情が紡がれる「花のつぼみ」には、言語化し難いところを上手く掬った『ちーちゃんはちょっと足りない』を髣髴とさせる部分もあります。 「ミモザより」は読んだ後に心が軽くなり、そしてもう一度最初から読み返してしまう物語。私も3月にミモザを買ってドライフラワーで家に飾ってあります。 「日常ポリッジストーリー」は一番最近の作品ですが、今だと「タコ○○(ピー)」を思い出さざるを得ない宇宙からの来訪者が登場するお話。読了後の爽快感がとても素敵で、更なるマンガ力の高まりも感じられる作品です。 帯には幸村誠さんの「この方の描く漫画には、人の心をかきみだす何かがある!」というコメントが寄せられていますが、良感情・悪感情どちらのベクトルにも引っ張ってくれる確かな力量があり、今後のご活躍もますます楽しみです。

生理を隠し続ける女の子の漫画

小学校の保健の時間に

生理を隠し続ける女の子の漫画 倉地千尋
兎来栄寿
兎来栄寿

少年サンデーSで『清楚なフリをしてますが』を連載していた倉地千尋さんがTwitterで6年連載されていた、実体験を元にしているという作品です。 タイトル通り、初めて自身に訪れた生理のことを恥ずかしくて家族にも友人にも言えず、何とか隠し続けて生きようとする少女のお話です。 女子の体に対する知識もなく想像力も働かないクラスメイトの男子の無思慮な言葉に傷付けられてしまい、それがより自分の体に起こっている変化を隠し通そうという方向へと向かってしまうのは現実でもたくさん起こっていそうです。 保健の授業で習えること、あるいは家族から教われることは人によって大きく差があるでしょう。特に男性は知識としては習って知っていても、この作品で描かれているような個別具体的な悩みや羞恥心、苦しみというのはなかなか想像しにくいものであろうと思います。逆に言えば、このマンガを読めば理解できることは沢山あるので、保健の時間に読む教本にして欲しいくらいです。 血の付いたパンツを隠し続け、最終的に庭に数多のパンツを埋め続けた、という筆者の行動にあなたは何を思うでしょうか。 急激な体や心の変化に戸惑う第二次性徴期の心理的な動きや、友達との関係性なども非常にリアルで当時のことを思い出しながら読んでいました。あの頃の自分は、そんな状態になっていた子に対して上手く接することができていたかな……。 Kindleで全巻0円で読めるので、ぜひ多くの方に触れてみて欲しいです。

愛しの彼女は隠れオタク

残念すぎる美人彼女の正体

愛しの彼女は隠れオタク タアモ
兎来栄寿
兎来栄寿

タアモさんの『アシさん』に登場する山猫先生と、その彼氏である教師歴5年の成瀬の物語です。 付き合って3年経つにも関わらず、成瀬は山猫のことをよく知らない……というのも実は山猫先生はBL大好きな女性向け漫画家。ナウシカの腐海の植物がもぎたてフレッシュに思える程に腐りに腐り切っている残念な美人なのです。 しかし、成瀬は非常に天然で物事をすべて良いように解釈してしまいます。山猫先生が仕事でなかなか会えないことに関しても、少し浮気が頭をよぎりながらも自分なりに納得してくれます。また、たとえコラボカフェに連れて行かれても、2.5次元の舞台に連れて行かれても、他にも女オタク特有のありとあらゆる行動や妄想に巻き込んでも一切引くことなく受け入れてくれる、ある種神のような彼氏。 ただ、それでも山猫先生は彼氏よりも「彼氏と付き合う彼氏ができたらそのカプと付き合いたい」という邪な願望の方を強く抱いてしまう業の深すぎる女。 全体的に山猫先生の腐ムーブがパワフルすぎて思わず噴飯します。個人的には6話で、山猫先生と成瀬の生徒である中田さんが同カプであることを確認してすごい顔で理解し合えたことによる握手をするコマが大好きです。 なお、こちらは単体でも十分面白いですが、『アシさん』から読むことでより楽しめます。 言うまでもないことですが、タアモさんの絵は本当に可愛くていらっしゃいます。シリアスも好きですが、ギャグに振り切った作品も好きだなあ。

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