ビーストリングス

エンタメ性&現代性全開ファンタジー

ビーストリングス 山本四角
兎来栄寿
兎来栄寿

ファンタジーと現代文明が融合した世界設定や、獣人やモンスター系も入り混じった多種のキャラクター設定が綿密に作り込まれており、それを非常に高い画力で全編カラフルに描いて現出させている読むテーマパークのような作品です。 幕間やカバー下にも詳細設定が掲載されていますが、こういったものを読み込んで世界に浸るのが好きな人にとっては堪らないでしょう。 魔法、ダンジョン、エルフにドライアド、忍者に吟遊詩人といったファンタジー要素がある一方で、スマホ、SNS、動画配信など現代性を感じさせるものが同居している世界観の中で、様々なキャラクターが群像劇的に描かれてそれぞれの物語が展開します。 筋肉で何でも解決しがちな市長や、BL妄想の激しい秘書サキュバスなど個性溢れるキャラたちも非常に魅力的。異種族間の恋愛要素もあり、好きな方には深く刺さるかもしれません。 また、画面の密度が濃い上に作劇のテンポも非常に良く、また構成も非常に良くて(影響を受けた作品にも解る解るとニヤリとします)、並の1冊のマンガを読んだだけでは得られない満足感が生まれます。 シンプルに絵もマンガも上手いので、今後のご活躍もとっても楽しみです。

おつれあい

「おつれあい」というタイトルの絶妙さ

おつれあい 安堂ミキオ
兎来栄寿
兎来栄寿

『はたらくすすむ』安堂ミキオさんの新作です(『はたらくすすむ』を読んでいた方はニヤリとできる要素があります)。 本作では、保険レディの主人公もなかと、その旦那で少し癖のあるのぼたんの「おつれあい」を中心とした群像劇が描かれます。 『はたらくすすむ』で見せてくれた絶妙な人間ドラマは本作でも健在。味わいのあるキャラクターが続出します。 安堂さんの描くキャラクターはどうしてこんなに人間味に溢れていると感じるのか? それは、ひとえにお弁当屋さんのご主人のエピソードに代表されるような、人間の不器用さにある気がします。 他人に良く思われたいという見栄や欲望と、他人に優しくありたいという気持ちの間には隔たりがあるようで実は地続き。そのグラデーションの中で卒なく生きたり意思思疎通したりはできないけれど、根底には共に生きて行こうとする気持ちが通う人間同士の暖かさが感じられるのです。 単純に「夫婦」というにはどこか本質的に理解し合えない部分があるけれども、それでも互いに歩み寄り合える部分が確かにあり共存していくことが持続的に可能なこの関係は確かに「おつれあい」というのは絶妙な表現で、良いタイトルだと思います。 安堂さんの描くヒューマンドラマは無限に読みたいです。

獣王星 完全版

全5巻の超傑作SF #マンバ読書会

獣王星 完全版 樹なつみ
兎来栄寿
兎来栄寿

「全5巻の名作」として思い浮かぶマンガの筆頭、少女マンガでは『獣王星』です(『ポーの一族』や『アンの世界地図』など無限にありますけれども)。『OZ』も後から出た版では全5巻であり、樹なつみさんの2つの名作SFは併せて想起されます。樹なつみさんは他にも『朱鷺色三角』や『ヴァムピール』なども全5巻ですね。 『OZ』も『獣王星』もハードなSFで、重厚な設定のの下に一度読み始めると続きが気になって仕方ないサスペンス性の高いドラマが繰り広げられます。それぞれ80年代後半、90年代前半から描かれた作品ですが、今読んでも十分面白いです。 『獣王星』は、地球から離れた星系とコロニーの中で繁栄する未来の人類を描いた物語です。なぜか極秘裏にされほとんどの人がその存在を知らない流刑星である「獣王星」。そこに主人公の少年が陰謀に巻き込まれて落とされるところから物語は始まります。 常に命の危険に身を晒され生き残ることすら過酷な環境で、未知の星の生態系やルールに抗いながらサバイバルしていく部分だけでもエンターテイメント性たっぷりです。謎が謎を呼ぶ展開で、怪しい人物が多過ぎて誰の言っていることが真実なのか、真意はどこにあるこか解らなくなります。SF的な設定を巧みに用いながら目まぐるしく状況が変わっていく中で、全5巻でテンポよく駆け抜けてしっかりまとめていく疾走感はたまりません。 現代の地球とは異なる様々な価値観の下で、懸命に生きる人々に触れられるところも良質なSFの良さが溢れています。 『獣王星』に限りませんが、樹なつみさんの絵はスタイリッシュで美しく、内容的に男性が読んでも楽しめるという点でお薦めしやすいです。 #5巻くらいのマンガ

ラブロマ 新装版

全5巻完結ラブコメの金字塔 #マンバ読書会

ラブロマ 新装版 とよ田みのる
兎来栄寿
兎来栄寿

「5巻完結の名作」というと色々と思い浮かぶ作品はあるのですが、私の中で真っ先に出てくるのはこの『ラブロマ』です。新装版でも全5巻ですが、とりわけまだとよ田みのるさんがこれを初単行本として出したフレッシュな時に描かれた、初々しさも残るコピックで塗られたカラフルな表紙の方の全5巻を思い出すのです。 本作は、主人公の少年・星野がクラスメイトの根岸さんに人目も憚らず告白するところから始まります。二人が付き合うところまでは非常に早く、付き合ってからの甘酸っぱい時間がじっくりことこと煮込むように描かれます。その後に完成する美味しい料理を早く食べたいような、完成に至るまでにずっと漂ってくる甘美な匂いに浸っていたいような、不思議な感覚を与えてくれます。 二人以外の周囲の人間の個性や関係性も含めて青春の粋が詰まっており、無限にかわいらしく無限に愛しみが湧く物語です。二人を笑顔と拍手で応援するモブが好きすぎる! そして、意外と清らで品行方正なわけでもないところもまた魅力です。星野は根岸さんとキスはしたいし、乳にも触りたいし、何なら「みかん」もしたい。少し変わった性格の星野は、その欲望すらも包み隠さず明け透けに見せてちょくちょく根岸さんに殴られます。たがそれがいい。こういうのがいい。 一人一人全然違う人間同士が一生懸命生きて、時にぶつかり合いながらも同じ時を過ごして感動を共有する瞬間の尊さ、掛け替えのなさ。この作品から溢れ出るそういったシーンの輝きに、読む度に心を満たされて幸せになります。 全5巻を読んで最後に必ず笑顔になれる傑作です。

甲子園の空に笑え!

初めて「クワドラプル」という言葉を覚えた『銀のロマンティック…わはは』について

甲子園の空に笑え! 川原泉
兎来栄寿
兎来栄寿

北京の冬季五輪では、羽生結弦選手が挑戦した前人未到のクワドラプルアクセルが大きな話題になりました。 私が「クワドラプル」という言葉を知ったのは、川原泉さんの『銀のロマンティック…わはは』でした。 川原泉ファンの間でも屈指の名作とされており、花とゆめコミックス版では単巻で発売されていたのですが、電子化されているのは文庫版『甲子園の空に笑え!』の中に収録されているものだけです。『川原泉傑作集 ワタシの川原泉』というシリーズの3巻にも収録されていますが、こちらも紙版書籍のみとなっており、電書派の方からは非常に見付かりにくくなっていると思うので、これを機に紹介しておきます (『甲子園の空に笑え』自体や「ゲートボール殺人事件」も面白いのですが、そちらは別で非常に熱いクチコミが書かれていますのでそちらをご参照ください)。 本作は、元々スピードスケートの選手だったものの競技中に怪我をしてしまいフィギュアに転向することになった影浦忍と、父親が世界的な天才バレエダンサーでありながら母から教わったスケートの方が好きで初のジャンプでトリプルアクセルを飛べてしまう才能を持つ由良更紗の二人がペアを組み、ペアスケートという道で戦っていく物語です。 この作品が書かれた1986年には、まだ公式戦でクワドラプルを成功させた選手は現れていませんでした。それから2年後、カナダのカート・ブラウニング選手が1988年の世界選手権で初めて4回転トウループを成功させることとなります。伊藤みどりさんがトリプルアクセルを決めて世界を沸かせて本格的なスケートブームが日本に訪れるのもその後の時期です。川原さんがフィギュアスケートを題材として選び、(「アーティスティック・インプレッション」など現在では採用されていない基準ですが) ルールの解らない読者にも懇切丁寧な解説を挟みながら、クワドラプルに挑戦していく様を時代を少し先取りして描いたのは流石の慧眼と言うべきでしょう。 本作のみならず川原泉作品に通底する特徴としてシリアスとギャグのバランスの良さが挙げらます。中でも、この作品は特に抜群です。時にメインキャラクターが酷い境遇であったり、理不尽が襲い掛かったりするのですが、抜け感のすごい絵柄によって悲しみが緩和されながらも心の奥底にはしっかりと届く作りとなっています。シリアスな絵柄と混ざり合い、しかし決めのようなシーンでも絵が抜けているところはあり、それでいて深い感動を与えられる……。こんなにも軽やかでありながら沁みるマンガを描ける人はそうそういません。「川原節」と言うべき、独特の読み味を実現しています。 元々はB6サイズ1冊に収まるお話ですが、その分テンポも良く充実感も大きく、何度も何度も読み返したくなる名作です。 時代は移り変わり、とうとうクワドラプルアクセルを現実に行う選手が現れたことに目を細めながら、クワドラプルという単語を聞くといつもこの作品の「ある見開き」と、最後の二人の表情を思い出さずにはいられないのです。

幼なじみがイケメンすぎる

元気良すぎるモブたちも愛しいラブコメ #1巻応援

幼なじみがイケメンすぎる 茶畑真
兎来栄寿
兎来栄寿

タイトルから想像されるのは、女性が主人公でかっこいい幼なじみがいる物語でしょうか。半分はその通りなのですが、本作の特徴は男性側のみならず女性側も超絶にイケメンすぎるというところです。 ヒロインのいつきは、容姿も性格もイケメンすぎて冒頭から女生徒に告白されます。そんないつきの幼馴染で、彼女のことを想い続けている男子・あおいもまた文武両道で性格も外見も文句のつけようのないパーフェクトイケメン。 スパダリ×スパダリの両片想い、一体どうなっちゃうの〜!? という本作ですが、もうひとつこの作品で面白いのは、この二人が全校生徒の「推し」と化しているというところ。モブたちがエネルギッシュな強火オタクさながらに、二人の関係性が少しずつ進展していくのを尊さに身悶えしながら応援していく様子がたまらなく面白いです。 「寿命伸びすぎて不老不死になったわ」 「顔、良…ッ!!」 「著名美術家の彫刻かよ……」 「まぶすしすぎる 朝だっけ?って思うくらいまぶしい」 「(吐血)」 と時に語彙豊かに、時に人語を失って元気なモブたちが大好きです。 茶畑真さんは初単行本だそうですが、絵は綺麗でネーム的にも読みやすく、マンガが上手な方だなと思います。今後も楽しみです。

梅サト傑作よみきり集 ユカリさんはクローン

確かな質量を持ちながら、軽やかに沁みる短編集 #1巻応援

梅サト傑作よみきり集 ユカリさんはクローン 梅サト
兎来栄寿
兎来栄寿

『緑の罪代』や『お兄ちゃんは今日も少し浮いてる』など秀作を次々と送り出してくださっている梅サトさんの短編集です。 表題作の「ユカリさんはクローン」は、人口の1/3がクローンで占められるようになり自分と同じ顔の人が様々な場所で違うことをして活躍している世界を描いたお話。すこしふしぎ感のあるSFで、「複製された私たち」というモノローグにアイデンティティについて考えさせられました。 「放課後の最後の晩餐」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画の中の使徒たちを絵画の通りに演じてみてその気持ちに迫るという授業を描いたお話。見るだけなのと実際にやってみるのには大きな隔たりがあるのはすごく解ります。物語を普通に読むのと、人に聞かせる朗読をするために読み込むのとでは全く解像度が違うように。 「妖精裁判」や「アンコンシャスワールド」では、それぞれ1ページ丸々使った決めのページが印象に残りました。 5つ目の「最期の人形」も含めて、5篇に通底したテーマを感じさせてくれますが、そこには敢えて触れません。実際に読んで確かめてもらえればと思います。 シリアスな雰囲気の作品がメインではあるものの、肩の力を抜いて自然体でいるような軽やかさがある短編集です。過去作と同様の梅サトさん作品の良さが味わえます。 あとがきでは作者の梅サトさんがどうして梅が好きなのかが語られていますが、まさに梅が綺麗に咲き始める時期、冬が終わり雪の下から草花が芽吹くような春の訪れを少しずつ感じるこれからの季節に読むと良い塩梅な一冊だと感じました。

もっとみる