兎来栄寿
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2022/04/02
エンタメ性&現代性全開ファンタジー
ファンタジーと現代文明が融合した世界設定や、獣人やモンスター系も入り混じった多種のキャラクター設定が綿密に作り込まれており、それを非常に高い画力で全編カラフルに描いて現出させている読むテーマパークのような作品です。 幕間やカバー下にも詳細設定が掲載されていますが、こういったものを読み込んで世界に浸るのが好きな人にとっては堪らないでしょう。 魔法、ダンジョン、エルフにドライアド、忍者に吟遊詩人といったファンタジー要素がある一方で、スマホ、SNS、動画配信など現代性を感じさせるものが同居している世界観の中で、様々なキャラクターが群像劇的に描かれてそれぞれの物語が展開します。 筋肉で何でも解決しがちな市長や、BL妄想の激しい秘書サキュバスなど個性溢れるキャラたちも非常に魅力的。異種族間の恋愛要素もあり、好きな方には深く刺さるかもしれません。 また、画面の密度が濃い上に作劇のテンポも非常に良く、また構成も非常に良くて(影響を受けた作品にも解る解るとニヤリとします)、並の1冊のマンガを読んだだけでは得られない満足感が生まれます。 シンプルに絵もマンガも上手いので、今後のご活躍もとっても楽しみです。
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2022/04/02
「おつれあい」というタイトルの絶妙さ
『はたらくすすむ』安堂ミキオさんの新作です(『はたらくすすむ』を読んでいた方はニヤリとできる要素があります)。 本作では、保険レディの主人公もなかと、その旦那で少し癖のあるのぼたんの「おつれあい」を中心とした群像劇が描かれます。 『はたらくすすむ』で見せてくれた絶妙な人間ドラマは本作でも健在。味わいのあるキャラクターが続出します。 安堂さんの描くキャラクターはどうしてこんなに人間味に溢れていると感じるのか? それは、ひとえにお弁当屋さんのご主人のエピソードに代表されるような、人間の不器用さにある気がします。 他人に良く思われたいという見栄や欲望と、他人に優しくありたいという気持ちの間には隔たりがあるようで実は地続き。そのグラデーションの中で卒なく生きたり意思思疎通したりはできないけれど、根底には共に生きて行こうとする気持ちが通う人間同士の暖かさが感じられるのです。 単純に「夫婦」というにはどこか本質的に理解し合えない部分があるけれども、それでも互いに歩み寄り合える部分が確かにあり共存していくことが持続的に可能なこの関係は確かに「おつれあい」というのは絶妙な表現で、良いタイトルだと思います。 安堂さんの描くヒューマンドラマは無限に読みたいです。
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2022/03/25
全5巻の超傑作SF #マンバ読書会
「全5巻の名作」として思い浮かぶマンガの筆頭、少女マンガでは『獣王星』です(『ポーの一族』や『アンの世界地図』など無限にありますけれども)。『OZ』も後から出た版では全5巻であり、樹なつみさんの2つの名作SFは併せて想起されます。樹なつみさんは他にも『朱鷺色三角』や『ヴァムピール』なども全5巻ですね。 『OZ』も『獣王星』もハードなSFで、重厚な設定のの下に一度読み始めると続きが気になって仕方ないサスペンス性の高いドラマが繰り広げられます。それぞれ80年代後半、90年代前半から描かれた作品ですが、今読んでも十分面白いです。 『獣王星』は、地球から離れた星系とコロニーの中で繁栄する未来の人類を描いた物語です。なぜか極秘裏にされほとんどの人がその存在を知らない流刑星である「獣王星」。そこに主人公の少年が陰謀に巻き込まれて落とされるところから物語は始まります。 常に命の危険に身を晒され生き残ることすら過酷な環境で、未知の星の生態系やルールに抗いながらサバイバルしていく部分だけでもエンターテイメント性たっぷりです。謎が謎を呼ぶ展開で、怪しい人物が多過ぎて誰の言っていることが真実なのか、真意はどこにあるこか解らなくなります。SF的な設定を巧みに用いながら目まぐるしく状況が変わっていく中で、全5巻でテンポよく駆け抜けてしっかりまとめていく疾走感はたまりません。 現代の地球とは異なる様々な価値観の下で、懸命に生きる人々に触れられるところも良質なSFの良さが溢れています。 『獣王星』に限りませんが、樹なつみさんの絵はスタイリッシュで美しく、内容的に男性が読んでも楽しめるという点でお薦めしやすいです。 #5巻くらいのマンガ
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2022/03/25
全5巻完結ラブコメの金字塔 #マンバ読書会
「5巻完結の名作」というと色々と思い浮かぶ作品はあるのですが、私の中で真っ先に出てくるのはこの『ラブロマ』です。新装版でも全5巻ですが、とりわけまだとよ田みのるさんがこれを初単行本として出したフレッシュな時に描かれた、初々しさも残るコピックで塗られたカラフルな表紙の方の全5巻を思い出すのです。 本作は、主人公の少年・星野がクラスメイトの根岸さんに人目も憚らず告白するところから始まります。二人が付き合うところまでは非常に早く、付き合ってからの甘酸っぱい時間がじっくりことこと煮込むように描かれます。その後に完成する美味しい料理を早く食べたいような、完成に至るまでにずっと漂ってくる甘美な匂いに浸っていたいような、不思議な感覚を与えてくれます。 二人以外の周囲の人間の個性や関係性も含めて青春の粋が詰まっており、無限にかわいらしく無限に愛しみが湧く物語です。二人を笑顔と拍手で応援するモブが好きすぎる! そして、意外と清らで品行方正なわけでもないところもまた魅力です。星野は根岸さんとキスはしたいし、乳にも触りたいし、何なら「みかん」もしたい。少し変わった性格の星野は、その欲望すらも包み隠さず明け透けに見せてちょくちょく根岸さんに殴られます。たがそれがいい。こういうのがいい。 一人一人全然違う人間同士が一生懸命生きて、時にぶつかり合いながらも同じ時を過ごして感動を共有する瞬間の尊さ、掛け替えのなさ。この作品から溢れ出るそういったシーンの輝きに、読む度に心を満たされて幸せになります。 全5巻を読んで最後に必ず笑顔になれる傑作です。
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2022/03/15
ネタバレ
7巻収録のポメラニアン回について
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保護犬のポメラニアンをお迎えして家で飼い始めてから1年と少しが経ちました。それまでほとんどの時間をケージで育ってきたうちの子は、最初に抱き抱えた時には怯えてずっと震えていました。 しかし、今では自分からぽてぽてと歩いてきて人間にぴったりと寄り添ってくれます。毎日元気にお散歩をし、最初はあまり食べなかったご飯もパクパク食べるようになり、たくさんお昼寝して幸せそうな寝顔を見せてくれています。愛くるしいにも程があり、すっかり「うちの子かわいい」を連呼する親バカになってしまいました。 1巻発売時にもクチコミを書き、実際に犬を飼い始めてからより実感を伴ってためになりながらますます面白い『DOG SIGNAL』なのですが、最新刊の7巻にはポメラニアンが主役となる回が描かれます。 元気いっぱいの若いポメを熟年男性が飼い始めるエピソードなのですが、このお話は多くの飼い主さんやこれから飼い主さんになる方に読まれるべき大切なことを描いています。 男性は「自分がリーダーである」ということを犬に示していかないといけない、としつけの本から学び忠実に実践していきます。本に書いてある通り、時には愛犬が怖いと思うことも心を鬼にして実行していきます。しかし、その結果ポメラニアンは男性を怯えるようになり他の人にだけ心を開くようになってしまいます。 悩んだ末に相談すると、読んだ本の初版が20年以上前であり、かつて正しいとされていたオオカミの研究に基づく「飼い主はリーダーであるべき」論は既に古いものであると教わります。インターネットを常用する私自身もこの論を聞き齧っておりアップデートできていなかったので、紙媒体しか触れない世代では尚更そういう方も多い気がします。 現在正しいとされていることも未来にはどうなっているか解らないので知識を更新していくことも大切ですし、何より人間と同じように個々によっても性格が違うので「犬だからこうする」と簡単に括らず、自分の愛犬が何を望み何を嫌がるかをしっかり向き合って理解していくことが最も大事だと教えてくれます。 学びの多いマンガですが、純粋に犬のかわいさも最高です。自分が飼っている犬種だとより細かな仕草のディティールに「あるある!」と頷くこと頻り。改めてお薦めしていきたい作品です。
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2022/02/25
初めて「クワドラプル」という言葉を覚えた『銀のロマンティック…わはは』について
北京の冬季五輪では、羽生結弦選手が挑戦した前人未到のクワドラプルアクセルが大きな話題になりました。 私が「クワドラプル」という言葉を知ったのは、川原泉さんの『銀のロマンティック…わはは』でした。 川原泉ファンの間でも屈指の名作とされており、花とゆめコミックス版では単巻で発売されていたのですが、電子化されているのは文庫版『甲子園の空に笑え!』の中に収録されているものだけです。『川原泉傑作集 ワタシの川原泉』というシリーズの3巻にも収録されていますが、こちらも紙版書籍のみとなっており、電書派の方からは非常に見付かりにくくなっていると思うので、これを機に紹介しておきます (『甲子園の空に笑え』自体や「ゲートボール殺人事件」も面白いのですが、そちらは別で非常に熱いクチコミが書かれていますのでそちらをご参照ください)。 本作は、元々スピードスケートの選手だったものの競技中に怪我をしてしまいフィギュアに転向することになった影浦忍と、父親が世界的な天才バレエダンサーでありながら母から教わったスケートの方が好きで初のジャンプでトリプルアクセルを飛べてしまう才能を持つ由良更紗の二人がペアを組み、ペアスケートという道で戦っていく物語です。 この作品が書かれた1986年には、まだ公式戦でクワドラプルを成功させた選手は現れていませんでした。それから2年後、カナダのカート・ブラウニング選手が1988年の世界選手権で初めて4回転トウループを成功させることとなります。伊藤みどりさんがトリプルアクセルを決めて世界を沸かせて本格的なスケートブームが日本に訪れるのもその後の時期です。川原さんがフィギュアスケートを題材として選び、(「アーティスティック・インプレッション」など現在では採用されていない基準ですが) ルールの解らない読者にも懇切丁寧な解説を挟みながら、クワドラプルに挑戦していく様を時代を少し先取りして描いたのは流石の慧眼と言うべきでしょう。 本作のみならず川原泉作品に通底する特徴としてシリアスとギャグのバランスの良さが挙げらます。中でも、この作品は特に抜群です。時にメインキャラクターが酷い境遇であったり、理不尽が襲い掛かったりするのですが、抜け感のすごい絵柄によって悲しみが緩和されながらも心の奥底にはしっかりと届く作りとなっています。シリアスな絵柄と混ざり合い、しかし決めのようなシーンでも絵が抜けているところはあり、それでいて深い感動を与えられる……。こんなにも軽やかでありながら沁みるマンガを描ける人はそうそういません。「川原節」と言うべき、独特の読み味を実現しています。 元々はB6サイズ1冊に収まるお話ですが、その分テンポも良く充実感も大きく、何度も何度も読み返したくなる名作です。 時代は移り変わり、とうとうクワドラプルアクセルを現実に行う選手が現れたことに目を細めながら、クワドラプルという単語を聞くといつもこの作品の「ある見開き」と、最後の二人の表情を思い出さずにはいられないのです。
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2022/02/07
元気良すぎるモブたちも愛しいラブコメ #1巻応援
タイトルから想像されるのは、女性が主人公でかっこいい幼なじみがいる物語でしょうか。半分はその通りなのですが、本作の特徴は男性側のみならず女性側も超絶にイケメンすぎるというところです。 ヒロインのいつきは、容姿も性格もイケメンすぎて冒頭から女生徒に告白されます。そんないつきの幼馴染で、彼女のことを想い続けている男子・あおいもまた文武両道で性格も外見も文句のつけようのないパーフェクトイケメン。 スパダリ×スパダリの両片想い、一体どうなっちゃうの〜!? という本作ですが、もうひとつこの作品で面白いのは、この二人が全校生徒の「推し」と化しているというところ。モブたちがエネルギッシュな強火オタクさながらに、二人の関係性が少しずつ進展していくのを尊さに身悶えしながら応援していく様子がたまらなく面白いです。 「寿命伸びすぎて不老不死になったわ」 「顔、良…ッ!!」 「著名美術家の彫刻かよ……」 「まぶすしすぎる 朝だっけ?って思うくらいまぶしい」 「(吐血)」 と時に語彙豊かに、時に人語を失って元気なモブたちが大好きです。 茶畑真さんは初単行本だそうですが、絵は綺麗でネーム的にも読みやすく、マンガが上手な方だなと思います。今後も楽しみです。
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2022/02/07
確かな質量を持ちながら、軽やかに沁みる短編集 #1巻応援
『緑の罪代』や『お兄ちゃんは今日も少し浮いてる』など秀作を次々と送り出してくださっている梅サトさんの短編集です。 表題作の「ユカリさんはクローン」は、人口の1/3がクローンで占められるようになり自分と同じ顔の人が様々な場所で違うことをして活躍している世界を描いたお話。すこしふしぎ感のあるSFで、「複製された私たち」というモノローグにアイデンティティについて考えさせられました。 「放課後の最後の晩餐」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画の中の使徒たちを絵画の通りに演じてみてその気持ちに迫るという授業を描いたお話。見るだけなのと実際にやってみるのには大きな隔たりがあるのはすごく解ります。物語を普通に読むのと、人に聞かせる朗読をするために読み込むのとでは全く解像度が違うように。 「妖精裁判」や「アンコンシャスワールド」では、それぞれ1ページ丸々使った決めのページが印象に残りました。 5つ目の「最期の人形」も含めて、5篇に通底したテーマを感じさせてくれますが、そこには敢えて触れません。実際に読んで確かめてもらえればと思います。 シリアスな雰囲気の作品がメインではあるものの、肩の力を抜いて自然体でいるような軽やかさがある短編集です。過去作と同様の梅サトさん作品の良さが味わえます。 あとがきでは作者の梅サトさんがどうして梅が好きなのかが語られていますが、まさに梅が綺麗に咲き始める時期、冬が終わり雪の下から草花が芽吹くような春の訪れを少しずつ感じるこれからの季節に読むと良い塩梅な一冊だと感じました。
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2022/01/10
悲しみを乗り越えて生きていくふたり
おじいちゃんが育児をするマンガといえば『じじいくじ ~元最強刑事の初孫育児~』がありますが、あちらよりもかなりシリアス寄りな作品です。切なく、しかし心温まる内容になっています。 妊娠報告を受けた時に「もう帰ってくるな」と勘当して以来会っていなかった娘が、その5年後に交通事故で帰らぬ人となってしまい、遺された5歳の男の子・尓太郎(にたろう)を引き取ってふたり暮らしを始める68歳の老年男性が本作の主人公です。 5歳にしてしっかり初対面の人への挨拶やごみの分別ができる孫と、葬儀の仕事一筋だったため家は散らかり放題で味噌汁すらろくに作れない祖父。色々といびつなふたりが、それぞれに支え合いながら否応なく始まる新生活の様子が描かれます。 (ご愁傷さまの) ”愁とは憂い 傷とは痛み 心の傷を癒やすには 思い出を分かち合うこと” というモノローグと共に、孫から見た母親である自分の娘の話をするシーンが印象的です。自分を「じじちゃん」と呼び、自分にも母親にも似た部分がある孫の愛しさといったらないでしょう。 私自身も割とそういう子供で、その時分に『こどものおもちゃ』を読んだ際にも同じことを思いましたが、幼くして老成せねばならない境遇は不幸です。が、それ故に他者に優しくなれる部分もあると思います。 生前にもっとできることがあった、掛けられる言葉があった、という後悔は一生消えないでしょう。それでも、悲しみと共にそれらを乗り越えて新たな小さな幸せを得ていく彼らを応援してしまいます。尓太郎くんが元気で優しい青年になりますように。
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2022/01/10
特別でないからこそ大事なもの
この単行本を家に置いておいたら、家族が「この方!!個人サイトの頃から十数年追ってた!!!!」というガチのファンであることが発覚しました。何でも、お気に入りの絵をプリントアウトしたものをずっと大事に携行していたそうです。Twitterで時折上げてらっしゃるのでそちらをご覧いただければと思いますが、水彩画がとにかく言葉を絶する上手さです。 しかし、昔はどちらかというと一枚絵中心だったので、近年マンガも描いてくださるようになったのはマンガ好きとしては大変に喜ばしいことです。 絵が上手いのはもちろんのことなのですが、オリジナルのお話もとんでもなく上質。これまではコミカライズが主でしたが、お話作りまでハイレベルとは神は二物を与えるのか……いえ、ご本人のたゆまぬ努力の賜物なのでしょうね。 本作はとある家族の何の変哲もないそれぞれの日常を描いた作品ですが、読んでいて本当にあたたかく幸せな気持ちに包まれます。 ひとつひとつのできごとは自分の日常で起きたとしてもあまり気にも留めないであろうことの積み重ねです。些細な喜び、些細な驚き、些細な幸せ…………。 しかし、それを俯瞰して見た時にそれがどんなに尊いことか、と噛み締めることができます。人生の最後に走馬灯のように回想した時には同じように感じられるかもしれません。 これを読んで、更に美しい水彩画の数々を見たら稲空穂さんのファンにならざるを得ません。これからも稲空穂さんの手から沢山生み出されていくであろう素晴らしい世界が楽しみです。
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2022/01/08
漫画村と戦った弁護士が描くリアル
マンガに対して大きな愛を持ち、漫画村などの違法アップロードサイトに強い危機感を覚え、コンテンツ産業を守るために実際に漫画村やファスト映画と戦ってきた中島博之弁護士。何と、その中島弁護士が原作者となっている作品です。 しかも、この作品の序盤では違法マンガアップロードサイト「漫画谷」と法的に戦っていく様子が描かれます。 もちろんフィクションなので脚色してある部分はありますが、海外にサーバーを置く違法アップロードサイトに対してどのように法的な責任を追及していくのかの一部始終を漫画として読めるのは凄いことで、このエピソードだけでもコンテンツ産業に携わる方・興味がある方は必読です。 その他にも、巷で話題になっているSNSを使ってお金やプレゼントを配るという名目で金を稼ぐ悪徳集団との戦いなど近年の社会情勢を色濃く反映した内容になっており、リテラシーを上げるために小中学生に読ませても良い内容です。なぜ、海賊版サイトでマンガを読んではいけないかということも教えられそうです。 今後も様々なテーマを面白く、学べるように描いて行けそうで楽しみです。 なお、作品の印税収入は海賊版サイト撲滅のために使われるそうですので、ぜひ支援のためにも買って読んでみてください。
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2021/12/09
長距離バス運転手の日常
私も以前は年間30回くらい夜行バスに揺られていたので、長距離バスをテーマにした作品というだけで興味津々でした。バスタ新宿がメインの舞台として出てくるだけで「おおっ」と嬉しくなってしまいます。 長距離バスは長い距離を一人だけで運転するのは安全面での心配があるため、基本的に男性二人組の交代制が多いです。なので、そのバディ関係を物語にした作品はあって然るべきですね。得心しながら読み進めました。 主軸となるのは、性格のタイプがまったく異なる二人のイケメン。元ホストで情に厚い陣と、クールで普段は口数が少ないけれど言う時ははっきり言う鳴瀬。彼らの仕事の大変さもその上にある喜びも描かれます。 バスの運転手も接客業であり、厄介なお客様からワケアリなお客様までさまざまなお客様を乗せる中で上手くいかないこともあれば心が穏やかになる時間もあり、上質なヒューマンドラマが胸に降りてきます。 また、各サービスエリアのグルメは私も行く度にチェックして色々と買い食いしますが、長距離移動の楽しみですよね。「浜名湖サービスエリアの三ヶ日みかんが美味しい」というセリフにうんうんと首肯。富山の白エビかき揚げ蕎麦はぜひ現地で食べたいです。 彼らがもっと色々なところへ走っていき、色々人と出会って別れ、色々な景色や色々な美味しいものに出会う時間を見続けたいです。
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2021/12/04
磨き上げられた骨と肉、そして神の与えし顔(かんばせ)
『インヘルノ』や『美女が野獣』のマツモトトモさんの最新作。 「剣聖」と呼ばれた祖父を持ち16年間剣道に邁進してきた少年が、3人の美形ダンサーと出会ってA(エース)と呼ばれるようになり、ダンスの道に引き摺り込まれていく物語です。 印象がほぼ闇金の人であるリーダーのJ(ジョーカー)、派手なK(キング)と地味なQ(クイーン)。抜群に顔が良くてダンスも上手い3人の素性・バックボーンは物語を読み進めるにつれて明らかにされていきます。そうしてキャラクター性が確立されてくると、脇役も含めて全員とても魅力的でどんどん彼らが織りなす物語を読みたくなります。 シリアスとギャグがいい塩梅で調和しており、Aが最初のボックスステップで 「これは…靴を履かされた実家の犬…!(ポポちゃん3歳)」 と言われたシーンでは声を上げて笑ってしまいました。しかし、剣道一筋で培った体幹や身体をコントロールする技術によってみるみる成長していくAの姿はワクワクします。 絵柄が非常にスタイリッシュですが、それに加えて 「磨き上げられた骨と肉」 「顔面が良すぎる…!全てのパーツがすっきり整った圧倒的端正なお顔立ち…ああ神の与えし顔(かんばせ)…!!」 「踊るということは 常に今の自分を否定されるという事」 など、随所に出てくるさり気ないセリフやモノローグのひとつひとつにパワーワードが溢れており、惹き付けられます。 こんなにスタイリッシュな作品なのに、 「この漫画を読み終わったら社員食堂の本棚の美味しんぼの隣あたりにスッと置いといてもらえると嬉しいです」 という冒頭の作者コメントも何とも良いです。
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2021/11/26
中年男性とパパ活少女、それぞれの絶望 #1巻応援
今とても熱いレーベルのひとつであるコミックアウルから、新進気鋭の才能により放たれた鋭利なる一撃。 「これが令和の『罪と罰』だ!!!」と帯に銘打たれていますが、読んでいる時の常在的な息苦しさはまさにドストエフスキー作品を読んでいる時のそれです。 「中年になっても性欲はみじめに残る  俺は生きているだけで害悪だろうか」 と吐露する40歳中年男性がこの物語の主人公です。幼い頃は「お父さんみたいな人と結婚したい」と自分を慕ってくれた娘が思春期になると自分を汚物のように嫌悪してくるようになり、奔放に浪費する妻を尻目に辛い労働に勤しむ日々。 ぱっと見は普通の中年男性なのですが、娘のブラジャーを見て劣情を催したり、醜く毛が突き出た自分の手指を見て「俺 指も汚な…」と自己嫌悪を深めるシーンなどディティールの積み重ねによる絶望感が利いてきます。 父としても夫としても自分の存在意義に悩む主人公は、ある日15歳の訳ありパパ活少女と遭遇します。彼女もまた、とある事件とそれに起因する鬱屈した日常を送る人間でした。若い身体に価値がある内に小銭を稼いで海の見える遠い町で花屋を営み穏やかに生きて死にたい、と願う少女。二人の歪みが重なり合うことで生じる奇矯な関係性から、物語は駆動していきます。 とにかく本作はさまざまなシーンでの表現力と迫力が見どころです。全力の嫌悪感や全力の絶望感、背徳感と欲求との鬩ぎ合いが、叩き付けるような描写によって暴力的に繰り出され続けていきます。ひたすら辛いのに、ある種の疾走感すら覚えるほどです。 表紙のかわいい女の子からは想像しにくいかもしれませんが、読感としてはビーム系の作品に近いです。かわいい女の子を描けるからこそのギャップが非常に活きていると言えるでしょう。 闇の深い物語を好きな方には強く推します。
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2021/11/26
ハートフルヒモ飼いおにロリ物語 #1巻応援
母子家庭でありながら母親が僅かなお金だけ置いて失踪してしまい、11歳の美少女・凛子が50万円でイケメンのヒモ・春乃を飼う物語です。「ひもすがら」と「ヒモ」が掛かったタイトルなわけですね。 「普通」に家族と暮らし、「普通」に色々な将来の夢を持って過ごすクラスメイトたちと対比して、温かいご飯を家で食べることすら経験できずに育ってきた不憫な凛子。彼女の欠けた部分を、働きはしないけれど家事全般は得意で優しい言葉もたくさん与えてくれる春乃が埋めていってくれる、奇妙な関係が成立していきます。 しかしながら、春乃の優しさも歪さが生んだものであることが段々明かされていきます。それでも凛子が現状で心を保って生き長らえるためには、それが解り切った空虚であったとしても必要なものであるという構造がエモさを醸し出します。メリハリのある心情描写がとても心地良く感じます。 そして七瀬八さんの絵がとても良く、苦痛に歪む表情も、見渡せば美しさが広がる世界も、総じて綺麗に描かれます。春乃は本当にだらしのない立派なヒモなんですが、顔が良い。ヴィジュアルも中身も、とても良いおにロリです。 母親が残した金額は僅かであり長い間春乃を養えるほどではないのが明白で、物語の期限を思わせます。ただ、1話の冒頭で凛子の幸せな未来が描かれているのが救いです。すべての黒髪ストレートロング美少女の安寧と幸福を祈ります。
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2021/11/25
小林多喜二もびっくり #1巻応援
まさか、あの『蟹工船』がこんなSFバトルマンガにされるとは小林多喜二氏も想像もしなかったことでしょう。 この『新約カニコウセン』は、日々命懸けで「蟹」との死闘を繰り広げる立場の弱い奴隷のような労働者と、彼らを支配する者を描いた作品となっています。 恐ろしい進化を遂げた「蟹」とのバトルシーンは非常に激しく、緊迫感があります。傷つけ過ぎると商品としての価値が損なわれるのでただ殺せばいいというわけではないのは、モンハンでの捕獲の難しさを髣髴とさせます。 アクションも良いのですが、この作品の一番の見どころは何と言っても原作『蟹工船』に通底するテーマ性です。原作が書かれてから100年近くが経ちましたが、労働者の苦しみは今の世でも不変。もう少し未来になれば、AIなどによる労働が普及して人間が働かなくていいようになり事情も変わっているかもしれませんが、過酷な労働を課せられて命まで絶ってしまう人は令和になっても存在します。 しかし、もし仮に人間が全く働かなくて良くなったとしても、別の面で人間は互いを相対比較してマウントを取り争いを起こし優越感に浸る体験を求めて止まないし、それによって傷つき悲しみを抱える人間は尽きないであろうなという絶望感を感じさせるエピソードが描かれます。 SFバトルアクションになりはしましたが、一見した印象とは違い深奥のテーマとしてはしっかり『蟹工船』を踏襲しており、リスペクトも感じる内容です。 時代を越えて人間の普遍性へ響く名作の力を感じずにはいられませんでした。
兎来栄寿
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2021/11/25
スペインはグラナダ、世界遺産の街での新生活 #1巻応援
「天狗の赤い髪」、「ノウゼンカズラの夏」の福浪優子さんの初連載・初単行本が発売されました。 舞台は、スペイン、アンダルシア地方のグラナダ。『茄子 アンダルシアの夏』でご存知の方も多いかもしれませんね。 グラナダはスペインの南端にあり、街全体が世界遺産となっている場所。作中ではアンダルシアが大好きでバルセロナから夏になる度に来る、という人物も登場します。しかし、東端にあるバルセロナからは電車で11時間ほど掛かる場所。日本だと青森から山口まで電車で行くような感覚でしょうか。 グラナダは歴史があり自然も多く美しい街で「いつか移住したい」と語る夫婦には、かつて世界遺産に月1以上で通ってそこの自然と街並みを愛しすぎて移住した身として深く共感しました。 そんな余談はさておき、本作は両親を亡くした14歳の少年が叔母の住むグラナダに移住して新生活を始めるという筋書きです。 美人でスタイルも良くてぶっきらぼうで「強い女」感がビンビンの叔母さんですが、主人公に対しては確かな優しさを感じさせてくれます。 見知らぬ土地で少しずつ色々な人たちと関係性を築いていく様子や、慣れないスペイン料理を苦労しながら作って食べる日常風景は見ていて癒されます。ガスパチョやシナモンレモンプリンはとても美味しそう!福浪優子さんの絵柄がまたテーマにピッタリとハマっています。 現代のスペインをメインの舞台にしたマンガというのはあまり多くないのでそれだけでも面白く、このアンダルシアの風を感じる作品をもっともっと読みたい! という欲求に駆られます。いつか実際に行ってみたいですね。
兎来栄寿
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2021/11/24
きらら系に擬態したゆるアングラ日常もの #1巻応援
刑務所生活は様々なマンガで描かれていますが、その中でも最もかわいく、しかしリアルでミニマムな事柄まで女囚の実態を面白おかしく描写しているのはこの作品でしょう。 独居房から雑居房に転房になった主人公うらら(罪状:大麻取締法違反)を中心に、目つきが悪く不器用だけど面倒見のいいひまり(罪状:業務上横領罪、スタイル抜群の美人な姉御・柚木(罪状:傷害罪)、大人しくてミステリアスな敬語キャラ・華(罪状:不明)のかわいい4人組が送る刑務所生活が描かれます。 日々の大きな楽しみである入浴時、お湯に浸かる際には外に手を出していないといけない理由であったり、獄中生活に大きな危険を及ぼす水虫にどう対処しているかなど、初めて知ることも多く興味が尽きませんでした。 幕間のコラムでは監修者の実体験が更に詳しく書かれており、コミュ障で集団生活が苦手という方の視点から語られる獄中生活は新鮮でとても面白かったです。 アングラに精通した草下シンヤさんも監修に入っているので、見た目に反したガチさは折紙つき。 「この世で最も聖地巡礼をオススメできない萌え漫画」という、usagiさんの帯コメントも大好きです。 彼女たちが一緒にいる時間は短い期限付きですが、ずっと眺めていたくなる魅力があります。