兎来栄寿
兎来栄寿
8ヶ月前
『36度』以来となる、ゴトウユキコさん2冊目の短編集が5年ぶり発売されました。 その名も『天国』。 さまざまなフックがあり読む人によって引っ掛かるところは違うであろうものの、何かしらの痕は残されるSNS公開た時にはバズっていた作品ばかりの短編集です。 天国とは、一体どのようなところでしょうか。 地獄の対極にある、死後に行く場所。 痛みや苦しみから解放された、幸福と安寧に満ちた世界。 現世で叶わなかった望みが叶うところ。 翻って、目の前にある現実の今生きているこの世界はどうでしょうか。痛みや苦しみが溢れ返り、叶わない想いが充満してはち切れんばかりです。 この『天国』に収録された4つの物語では、どれもそんな現実世界におけるそれぞれのままならなさに翻弄される人間たちが描かれています。 綺麗な感情だけ抱えて他人や自分を傷つけることなく生きることなど到底できない、思うようにはならない世界。祝いと呪いが表裏一体であるように、ある面では美しいと表される感情の別の側面にある醜さがどうしたって露わになる瞬間が人生にはあります。 ゴトウユキコさんはいつもそこを、人が目を背けてしまいがちな部分を上手に力強く剔出して提示してくれます。一見すると荒々しく無造作なようで、その実非常に繊細に作られた職人の名品のように。 ある人にとっては、記憶の奥底の泥濘に沈んでいた呪物を引き摺り出されるような。 またある人にとっては、決して切り離せない厄介な自分の一部が不意に肯定され奉賀されるような。 不気味で得体の知れない魔物のようでもあり、大切に宝箱にしまっておきたい輝石のようでもある。 表紙画と装丁はただただ美しいですがその中身は決して美しさだけではない、けれど醜さや絶望だけでもない。 「天国」へ至れるかどうかもわからない煩瑣な現実を営む私たちへ、同じように繁雑な世界を生きる人々を通して間接的に天国を覗かせてくれる1冊です。 ふと、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇ユイのセリフを思い出します。 ″ 生きていこうとすればどこだって「天国」になるわ。だって、生きているんですもの″
さいろく
さいろく
11ヶ月前
フリースタイル 54号の「THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め!」を読んでいて、本作は多くの選者がセレクトしていたのですごく気になっていたのだが、著者の自費出版しか存在していないというのが逆に面白くなってしまって通販購入させていただいた。 私はいしいひさいち先生を「となりの山田くん」と「ののちゃん」しか知らなかったが、特徴的な絵柄と抜群のデフォルメ力で「見りゃわかる絵」が描ける素晴らしい能力を持っていると思っている。 ROCAもその特徴的な絵で4コマで描かれている。 ただ、万人に理解できるようなギャグテイストは少し後ろに引っ込んでいて、冒頭に先生自身が書いていたとおりの物語だった。 「これは、ポルトガルの国民歌謡『ファド』の歌手を目指すどうでもよい女の子がどうでもよからざる能力を見い出されて花開く、というだけの都合のよいお話です。」 最後の最後でどう想像するのか、読者に委ねられるような形であるものの、とても読後感の良いものでした。 マンガを読みまくっているであろう猛者とも言える選者達がこぞってオススメする理由はわかった気がする。 例に漏れず、オススメしたい。
フリースタイル 54号の「THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め!」を読んで...