まみこ
まみこ
5ヶ月前
幾つかある「江戸前の旬」のスピンオフ作品。と言うか、「別冊ゴラクスペシャル」なんて、どこにも置いてない雑誌(超失礼)に掲載だったので、単行本が揃ってから読みましたよ。 主人公、田ノ上水産二代目の田ノ上蒼、って本編でも全然記憶にないキャラだったので、慣れるにはちょっとかかりましたね。本編の舞台「柳寿司」の仕入先も、河岸をめぐる人達も、基本、柳葉旬の奥さん、藍子の実家「朝岡水産」ですし。 ですが、柳葉旬、藍子、工藤和彦、吉沢大吾ら、本編のレギュラーメンバーは、一通り登場しますし、「柳寿司」で柳葉旬が調理するシーンも多いので、外伝/スピンオフ作品の中でも、一番本編に近いですね。実際、本編でも柳葉旬が殆ど登場せず、周りのキャラだけで回す話もちょくちょくありますので…。 主人公は、ガタイが良くて力持ち、大食漢で、おせっかい焼き、押しが強くて、行動力とバイタリティは人一倍強い。「江戸前の旬」の登場人物は、大概おせっかい焼きなんですが、この主人公は、それが頭一つ抜けていますね。 「近くにいたら、ウザいだろうな…」と思う人もいるかもしれませんが、まぁ、フツーにウザいです(?) この作品には出てきませんが、現状、イタリアンバル、カジュアルフレンチ、小規模割烹等々、多少気の効いた店では、こと鮮魚に関しては産直相対取引で仕入れちゃうんですよ。 河岸の仲卸の目利き、みたいなのは、相対的に存在意義が薄れている、と言うか大半が幻想でしょう。「流通の都合上の調整弁」以上でも以下でもない、と言う、夢も希望も浪漫も無いのが現実です。 だからこそ、この主人公の、産地と、調理人を結び、食べる人に美味しい魚を食べて欲しい!という熱意が、ウザさを突き抜けて仕事の矜持にまで昇華されている、この作品の描写は良いですよね。 インスタントな食生活を送っていると、ついつい忘れがちな、海産物とそれを取り巻く食文化、もう一度見つめ直すには良い教科書、とも言えるのではないでしょうか。 そういう視点で読み返すと、主人公のウザさも…、やっぱちょっと気になるんですけどね(?)
兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
胡原おみさん、以前に描かれていた『赤毛のアンの食卓から』や『みけねこ鍼灸院』などが隠れた良作で大好きだったので、新作も楽しみにしておりました。 すると、期待以上に素晴らしい作品が登場して嬉しい限りです。 『逢沢小春は死に急ぐ』は、日本でも安楽死が法的に認められるようになった世界の物語です。有名人を多数含んだ集団自殺が契機となり、本人の意志を尊重して自由意志により安楽死を選択することが可能となっています。 世界的にも類を見ない少子高齢化社会であり、労働人口は減る一方であるのに対して医療費は青天井である日本。今後ますます医療技術が発達して平均寿命が伸びていけば同時に尊厳死の問題も広がり、安楽死に関する議論もより活発になっていくことでしょう。本作は、そんな社会を先取りした思考実験的な作品でもあります。 端的に言えば、本作のヒロインである逢沢小春はタイトル通り「高校を卒業したら安楽死する」と決めています。その理由は、聞けば理解できてしまうものであるため、主人公の柏原常(とき)も軽々に止めることは難しい。しかしながら、常もとある理由により小春の安楽死を止められるものなら止めたいと強く思っています。 そんな彼らにより、限られた時の中での青春が繰り広げられていきます。高校生の頃なんて時間は無限にあるように感じられるのが普通で、無為に時を過ごすのも青春の一部という感すらありますが、死を意識している状態だからこそ日々を無駄にしないように大切にやりたいことに全力で生きる彼らは輝いて見えます(純粋に胡原おみさんの絵がかわいいのもあります)。 この作品が良いなぁと思うのは、周囲の脇役たち。ヤンキーやカースト高め女子など、普通の作品であれば悪役や嫌なキャラとして配置されそうなところが、徹底的に良いヤツらとして描かれる優しい世界であるのが、逆に今の時代のリアルも感じさせます。色々な人たちと徐々に繋がって、助け合って。そういう学生生活の描写が本当に気持ち良いんですね。 普通、良いヤツだけだと盛り上がりに欠けそうなものですが、本作は主軸となるテーマとそれに寄り添った全力の青春の気持ち良さだけで十分素晴らしいものになっています。 果たして、小春の死を止めることはできるのか。彼らの時が終わらないことを祈りながら、続きを楽しみに待ちます。