Bite Maker ~王様のΩ~

これが音に聞くオメガバースというヤツか…

Bite Maker ~王様のΩ~ 杉山美和子
sogor25
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概念としては知っていたオメガバース。今まで手を出したことはなかったけど、一般的な概念だけ見ると「これって異性間の関係も加えたほうが物語が広がるんじゃないの?」と漠然と思っていた。そんな中で登場したこの作品。 1巻はオメガバース+この作品特有の世界観の説明を完了させることに注力してる感じだったけど、βが基本αに無抵抗な存在として描かれているので逆に過激な内容に(オメガバースでは一般的な設定なんでしょうか…?)。 主人公が女性のΩということで、発情期の設定は弱めに(抑制剤を飲んでいる描写はあり)、代わりに「Ωは確実にαを産むことができる」という所から番の意識を高める設定。 今のところは男性αに女性Ωの組み合わせなので、俺様男子系の少女マンガの文脈に近くて意外とオメガバースの設定が馴染んでる。逆に言うとシンプルに展開するとちょっとエロの強い俺様男子作品になってしまう可能性もありそうなので、発情期に対する心の抵抗だったり、女性αや男性Ωなどの他の性別のキャラだったり、オメガバースならではの展開が見られるのを期待。 1巻まで読了。

CLOTH ROAD

「キルラキル」が好きな方におすすめです

CLOTH ROAD 倉田英之 okama
兎来栄寿
兎来栄寿

最初に出会った時は、その圧倒的なデザインセンス・線の美しさに惚れ込みました。 作画を担当しているOKAMAさんは、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』で使徒やセントラルドグマなどのデザインもされている方。 その緻密な筆致により描かれる服飾や背景美術が、唯一無二の世界観を生み出しています。 独特のアーティスティックなセンスが一コマ一コマに行き届いて、画集のような楽しみ方もできる漫画です。個人的には、背景を眺めているだけでも十分に楽しい作品。 きっとこの世界が好きだけれど未読という人は、まだ世の中に一杯いる筈! 是非ともそういった人に届いて欲しいと願います。 又、キャラクターもとても魅力的。 元々女の子の可愛さに定評のある方で、事実可愛いのです。 でも、それだけではありません。格好良いおっさんだって沢山出て来ます。 感情が迸ってくるようなキャラの表情も良いですし、躍動感溢れる構図は画面の外まで突き抜けて来るかのよう。 そして、ビジュアル面のみならず物語自体も実に面白いです! 脚本を担当するのは、今季では『東京レイヴンズ』『サムライフラメンコ』に携わっていた倉田英之さん。 『R.O.D』で紙を用いて戦う少女を描いていましたが、今作では服で戦う少女を巧みに熱く描きます。 ここで、ちょっとばかりその独特な作品世界を説明しましょう。 ナノテクノロジーが極限まで進化し、産業革命ならぬ「繊」業革命が起きた時代。 ケーブルは繊維に、基板は布になり、コンピューターは服と一体化。 世間では服を作る「デザイナー」と、服を着こなす「モデル」が脚光を浴びる中、生まれてすぐ捨てられた双子、デザイナーの少年ファーガスとモデルの少女ジェニファーを中心に物語は進みます。 この世界のモデルは、デザイナーの作った服の驚くような機能を駆使してバトルを行う存在でもあります。モデル同士のバトルは人気の競技であり娯楽。 生き別れの双子が再会し、ファーガスが作った服をジェニファーが纏って戦っていくという大筋です。 そして、物語が進むにつれ話はどんどんスケールアップ。 それこそキルラキルばりに、星をも巻き込む物語になって行きます。 ユニークな要素が沢山詰まった作品ですが、大筋を辿れば実は正統派ビルドゥングスロマン。 少年と少女の成長、人と人との暖かい絆、熱い絆を感じられるようになっています。 この部分がしっかり創られているからこそ、私としても多くの人に呼んで貰いたいと思うのです。 『クロスロオド』が素晴らしいのは、全11巻で11巻が一番面白いということ。 序盤はもしかしたら乗り切れないものを感じるかもしれません。 が、尻上がりに面白くなっていきますので安心して下さい。 とりあえず、まずは4巻まで読んでみるのが良いでしょう。 最初は三流・二流モデル達がメインですが、トップモデルやトップデザイナー達のキャラ立ちぶりは凄まじいです。 中でもメイ様と呼ばれるモデルは非常にカリスマ性が高く、格好良いです。 『クロスロオド』自体名言が頻出する作品ですが、特にメイ様は名言製造機と呼んでも良いほど。 少々引用すると…… > どこで咲こうと花の美しさは変わらないよ   > シャクナゲの花言葉は『威厳』『荘厳』君たちにはないものだ  > そしてもう一つは『危険』 君たちが今味わっているものだ   > 隣で世界が滅亡しても気づかない鬼の集中モードにいつでも入れるように   > 風まかせかい? ……違うね  > 勝利の風は自分で吹かせるものだっ! ああ、メイ様格好良いィッ! ちなみに、一番好きな名言はここでは伏せておくので、是非実際に読んで昂って下さい。 一部キャラの激しい狂気や、ページを捲った次の瞬間に起きる衝撃という意味では『HUNTER×HUNTER』を思い出す位の内容です。 ジェットコースター的な展開が好きな方にもとてもお薦めです。 『クロスロオド』の華やかな世界と凄絶なバトルシーンも、アニメで観てみたいなぁ…… この精緻さを動画でやるのは非常に大変だと思いますが、その分創り上げてしまえばアニメ史に刻まれる作品になると思うので、こっそり期待しています。

男の操

今年最高の恋愛マンガは『男の操』かもしれない。

男の操 業田良家
兎来栄寿
兎来栄寿

>  みさお〔みさを〕【操】 [名・形動]《不変の美や気高さなどをいうのが原義》 > 1 自分の意志や主義・主張を貫いて、誘惑や困難に負けないこと。節操。「信徒としての―」 > 2 女性の貞操。「―の固い妻」 > 3 上品で、みやびやかなこと。また、そのさま。 「うとき人に見えば、おもてぶせにや思はむと憚り恥ぢて、―にもてつけて」〈源・帚木〉 > 4 常に変わらないこと。また、そのさま。 「深き山の本意(ほい)は、―になむ侍るべきを」〈源・東屋〉 >   小学館 デジタル大辞泉より 恋愛。それは、いつの世にも人々に親しまれる永遠不滅のテーマです。小説、演劇、映画、ドラマ……ありと、あらゆる物語の根幹として、スパイスとして不可欠なもの。 世界最古の文学と云われる『ギルガメッシュ叙事詩』でも、愛の女神イシュタルのギルガメッシュへの愛とそれに付随する歪んだ感情が描かれています。日本の最古の歴史書『古事記』においても、イザナギ・イザナミから禁断の兄妹愛を描いた一大恋愛物語「衣通姫伝説」まで、数多くの恋愛が描かれています。 近年では『恋スル古事記』という本も出されている程。最早、紫式部の『源氏物語』を繙くまでもないでしょう。近親相姦や幼女愛は日本のみならず、古来から世界中の人類全体の業……という話は長くなるのでまた別の機会にするとしまして。 古代から現代に至るまで、人々の心を掴み続ける恋愛物語。マンガ業界においても恋愛モノは不滅のジャンルです。近年でも『ハチミツとクローバー』、『のだめカンタービレ』、『君に届け』、『ストロボ・エッジ』などなど、大ヒット作も枚挙に暇がありません。 そんな中、今年出版された、そしてこれからされる恋愛マンガの中でも確実に屈指と言える、されどきっと多くの人は知らないであろう作品があります。それが、この『男の操』です。 「最近、オススメの恋愛モノありませんか?」 そう尋ねられたら、まずこの作品を差し出します。多分、差し出された方の顔は歪むでしょう。表紙、パッと見の印象、掲載誌、タイトル……どれをとっても恋愛マンガっぽく感じないことと思います。しかし、外見で判断するなということを私たちはフリーザ最終形態から学んでいる筈です。騙されたと思って読んでみてください。又、普通の恋愛マンガがちょっと苦手だという方にも強く推薦します。 ■目に見えない大切なもの ところで、サン=テグジュペリの『星の王子さま』はお好きですか? > 大切なものは目に見えないんだよ    > 目にはみえないことこそ、一番大切なものがある 『星の王子さま』の中で語られるこのセリフが、私は大好きです。そして『男の操』は、正にそのことを体現した物語。そもそも、業田良家先生は常に「目に見えないけれど大切なもの」を切々と描き続けている作家です。だからこそ、私と同じようにこの『星の王子さま』のセリフが好きな方には是非とも読んでみて欲しいです。 『男の操』が描いて行くのは、恋愛を含む、広義の愛。心。そして、それらから自然と生じて来る、「操」という語の原義である所の不変の美や気高さ。形がなくても見えるもの、形がないから美しいもの、形がないから消えないもの。そうした人間として本当に大事にしなければいけないものに感じ入り、暖かい涙を流すことのできる作品なのです。何とも、堂々と口にするには少々こっ恥ずかしいテーマかもしれません。しかし、業田良家先生は、それを真っ向からどこまでも篤実に投げ掛けて来ます。 > 真心を人に差し上げるってことは素晴らしかことたい。本当に強か人間にしかできんことよ。 作中に登場する真っ直ぐなセリフが、真っ直ぐな想いが、真っ直ぐに胸を貫いて行きます。真心を伝えようとする人間の営みの、何と尊く美しいことか。 > 瞬間と永遠は、きっと同じものでできているよ 帯でも引用されているこの名セリフ、この名ゼリフが使われる名シーンの素晴らしさを、私はどこまでも広めたいですし、分かち合いたいのです。永遠はあるよ。ここにあるよ。 ■イケてないけれど、最高に格好良い男 このマンガの五五分け坊っちゃんカットの主人公・五木みさおは、35歳の売れない演歌歌手です。妻には先立たれてしまい、娘にサクラまでして貰ってもなかなか売れない、あまりにも情けなく冴えない男。しかし、読み進めて行くと、この丸顔ででかっ鼻で太眉の主人公がとてつもなく魅力的な人物に感じられて来るのです。 イケメンが格好良いのはある意味で当たり前。そうでない人物をどうやって魅力的に見せるかは作家の腕の見せ所。それができている作品は名作が多いですし、『男の操』はそれをしっかりこなしている作品です。 亡き妻への想い。亡き妻の想い。子どもへの想い。隣人への想い。隣人の想い。社長への想い。社長の想い。友への想い。友の想い。最初はただのギャグマンガにしか見えないかもしれませんが、物語が進むにつれて徐々に明かされていくそれぞれの相互の想い合いや過去が、前半とのギャップによって強く際立って提示されて行きます。 それは、あたかも人間そのもののようでもあります。本当は辛い想いを抱えながらも表向きは笑っている。人は往々にしてそういった時があります。その笑顔は、ただ単純に楽しいから笑っているわけではない。様々な悲しみや辛みを乗り越えた上で無理をしているのかもしれないし、あるいは漸く何とか少しだけでも乗り越えたからこそ辿り着いた境地のものかもしれない。そして、この新装版の表紙ではメインとなる登場人物たちが皆笑顔で描かれていますが、それも単純な笑顔ではなく裏には実に複雑な様相があるのだ、と。この表紙は、みさおが様々な経験をして作り上げた曲「男の操」の歌詞のあまりの美しさと共に、物語の余韻として深く心地よく響き沁み渡ります。 ■『男の操』は試し読むべからず 『男の操』の試し読みは敢えてオススメしません。ただ、買って下さい。このマンガは『自虐の詩』などと同じく、最初だけ読むとどうでも良いギャグマンガにしか見えない恐れがあるからです。しかしながら、試し読みを読んで「あ、いいや」となってしまうのはあまりにも勿体ない傑作。私と業田良家先生を信じて、敢えて試し読みは読まずに買って、一冊最後まで読み切って頂きたいのです。そうすれば、きっと伝わる筈です。

テレキネシス 山手テレビキネマ室

理不尽な社会で生きるために、心に気高き物語を

テレキネシス 山手テレビキネマ室 芳崎せいむ 東周斎雅楽
兎来栄寿
兎来栄寿

> 「大人になるとどうなるんです?」 > 「人生が理不尽だと理解できる。希望をかなえるためには、失敗や恥をたくさん経験しなくちゃならないことがわかる。だから理不尽な人生を許せるし…他人を許せるようになる」 歳を重ね、大人に近付くごとに実感したことがあります。 それは今回紹介する『テレキネシス~山手テレビキネマ室~』で交わされる上記の会話にあるような、世の中の理不尽さです。 私は「大人になる」とは、襲い掛かる理不尽や伸し掛かる責任と上手く折り合いを付けて生きて行く能力を得ていくことだと思います。 人は生まれた時から不平等な理不尽さに晒される運命にあります。 子供の頃から家庭や社会といった枠組みの中で、大小様々な摩擦や軋轢を経験して成長して行きます。自分が悪くなくとも叱責・罵倒され頭を下げなければいけない時、やりたくない事をやらねばならない時、どうしようもない災難に見舞われる時…… そんな「酒!飲まずにはいられないッ!」というような瞬間が生きていれば幾らでもやって来ます。 特に、社会に出て勤め始めれば、そういった機会は高校生・大学生の頃より格段に増えるでしょう。 「生きることは不本意の連続で、時には全く理不尽な仕打ちもある」と赤木しげるも言っています。 それでも辛抱し、本当に自分が望む自分の姿を心にしっかりと定めて真っ直ぐに生きていれば、生を肯定できるような輝ける瞬間に達することができる。 『テレキネシス』では、そんな風に謳われます。 とは言っても、辛いものは辛いですし、死にたい時は本当に死にたくもなってしまうものですよね。 そんな時、誰か寄り添ってくれる人、支えとなる人がいてくれれば、そんな幸せなことはないのですが…… もし、そういった人が身近にいないとしても、精神的に寄り添ってくれるのが「物語」です。 漫画や映画などの究極的な価値は、そこにあるのではないかと思います。 ですから、マンガソムリエの私としては、そういった苦境に立たされた人にこそ漫画を読んで欲しいと願います。 そこで紹介するのが、この『テレキネシス~山手テレビキネマ室~』(全四巻)です。 左遷が決まり妻にも逃げられた男、短大卒だからと上司や同僚にナメられどうでもいい雑用ばかりを大量に押し付けられるOL、どうしても企画が通らない男性、付き合って一年で彼氏との今後に悩む女性、会社を辞めて何もする気が起きない若者…… そんな、仕事や人間関係で悩みを持つ多くの大人達が映画を紹介され、その映画から人生のヒントを得てブレイクスルーを果たして行く、という連作短編の形を取った物語です。 今作で描かれる人々の様々な思い煩いは、どこかしらで共感できる部分、あるいは人生の予習となる部分があるでしょう。 登場する映画作品は1940~70年台のものが多く、『大脱走』や『ニューシネマパラダイス』などの超有名作品を除くと、大半の作品を知りません。 知りませんが、そこで熱を持って語られるストーリー、人間の生き様には引き付けられます。各話の後には、その話に登場した映画の詳しい紹介コラムも付いており、実際にその映画を観てみたくなります。漫画も映画も、人類の生み出した文化の極みです。 そして、この作品自体も人間ドラマが面白く、仕事を頑張る全ての人に読んで欲しい名言のオンパレード。 > 仕事はなあ…たった一人自分自身の責任においてやるものだ。 > 孤独を背負えない奴は、絶対仕事ができない! 社会人になると、沢山の責任を抱えることになります。 ただその分、誰かの為になる仕事・誰かに感動を与える仕事ができるようになっているはずです。 人は不思議なもので、自分の為よりも他人の為の方が頑張ることができてしまう生き物。 誰かの為になっているという実感は、そのまま生きる活力に直結して行きます。自分一人の為に生きるのはしんどいので、孤独に仕事をしながらも世の為人の為に生きるのが理想的ですね。 又、組織に属した時にどうしても遭遇するのが、反りの合わない上司や同僚。「辞職」という盾を振りかざせばどんな言動も無敵になりますが、それはあくまで最後の手段。『テレキネシス』においては、会社を辞めることなく、それでも歪んだ論理に屈せず自分の理想を貫き通すための敢然たる闘いが幾つか描かれます。 > 人は、一度や二度闘わなきゃいけない時がある。 闘うのにはとてもエネルギーが要ります。社会人ですから、ある程度の不平不満は飲み込む局面も必要でしょう。それでもやるべき時にはやるべきなのです! 又、「管理職論」的な話も幾度か登場します。そういった理由もあり、この作品は新社会人はもとより多くの人に触れてみて欲しく思います。 > 能力あるリーダーは不良を飼う余裕がある。 > 部下に疑心暗鬼にならない! > 部下がやなこと言っても耳を傾ける! > 能力のない管理職は、会社の論理を咀嚼できないまま、無意識に不誠実で嫌な奴に変貌する。 > でも才能ある人は意識して自分を変えて行く。 > 自分のやるべき仕事がわからない管理職ほど、ヒマだから部下をいじめる… > 嫉妬して企画を潰す。 > そんな奴は辞めちまえ! 立場によって感じる所の違うセリフでしょう。あるいは未来の自分がそうならないように、自分が理想とする姿、初心と共に常に心の片隅に留め置いておくと、良い指標になります。 基本的に他人を非難して得をするケースってほとんどありませんので、そんな暇があったらそれこそ漫画や映画に触れて粋なセリフの一つでも心のメモ帳に記録しておく方が、余程人生を豊かにするでしょう。   『テレキネシス』には仕事のみならず、友情や恋愛についても咄嗟に言えると格好良い名言だったり、深く感じ入ったりするエピソードなどが盛り沢山。とても良いメンタルの栄養剤になります。 ちなみに、この作品の二巻後半には「理不尽な人生に立ち向かう魔法の言葉」も書かれています。 正直、私は初めて読んだ時にはその言葉がピンと来ませんでした。 ただ、ある程度人生を重ねてから再読した時「ああ、そうだなあ」とその言葉を噛み締めました。 それがどんな言葉かは……是非読んで確かめてみて下さい!

アノナツ―1959―

自分用感想覚え書き

アノナツ―1959― 福井あしび
はんぺん

第1球 晴天の霹靂 ・雷でタイムスリップがいい 落雷では1.21ジゴワットの電力が得られる(BTTF並感) ・おじいちゃんの前作主人公感すこ ・主人公が「21世紀のアスリート」なのがいい 「試合後に腕をアイシングしながら、スマホでフォームをチェック」という、スポーツ科学とテクノロジーを使い倒し、アスリートととして、受け入れられないことはハッキリと断るのは今っぽい ・高校野球文化を描くのがうまい 県大会決勝の朝。祖父世代の後援会長、商店街の人々、少年野球チームの子どもたちが万歳三唱で主人公を送り出す…。 主人公を老若男女が応援している姿で、「高校野球」という日本文化をこれ以上なくわかりやすく描いている。 ・タイトルが覚えやすい やたら長い文章タイトルや、「○○と誰々」のようなタイトルが氾濫するいま、4文字で覚えやすく、かつ掛詞になっていてヒネリも利いているタイトルは高感度高い ・主人公の名前めっちゃ推してくる 祖父・正也とバッテリーを組んでいた友呂岐さんが、主人公のことを何度もフルネームで呼ぶのが上手いな〜と思う。 基本的に、登場人物の名前は覚えないで漫画を読む自分でも、こう連呼されたら覚えざるを得ない。

ゴーダ哲学堂

あなたに贈りたい哲学短篇集

ゴーダ哲学堂 業田良家
兎来栄寿
兎来栄寿

私が、業田作品の中で最も好きなのが、この『ゴーダ哲学堂』シリーズです。 一話完結型の短篇集なのですが、その一つ一つのお話に込められたテーマ性の深さ、訴えの切実さたるや! 愛とは何か、幸せとは何か、正義とは何か、人は何のために生きて行くのか……一篇は僅か16ページ程なのですが、「哲学堂」というタイトルに相応しい、深い洞察がそこには存在します。16ページの短編マンガとしてはあまりにも有名な萩尾望都先生の『半神』がありますが、『半神』を読んだ時と同じように、マンガというのはこの僅かなページ数にこれだけの物を込められるのだな、と感嘆せずにはいられません。 この世からあらゆる悲劇を排除したら世界はどうなるのかを描いた「悲劇排除システム」や、素粒子や「空」「物自体」「神」といった概念で世界を解体しつつ最終的に愛という究極の奇跡に帰着させる「原子的ラブレター」など、私は愛して止みません。 業田先生は、人間存在や社会を時に冷厳に見据えつつも、しかし根底では深い愛情を以って希望と共に包み込みます。この本は、読めばきっとあなたの人生の財産となります。もしも今読んで響かなかったとしても、何年か経ったらまた読み直してみて下さい。様々な経験と年齢を重ねて再び紐解いた時、この一つ一つの輝く結晶はきっとまた違った感動を与えてくれるでしょう。又、誰かにプレゼントするにも最適な本であると思います。

機械仕掛けの愛

人間賛歌の究極形

機械仕掛けの愛 業田良家
兎来栄寿
兎来栄寿

第17回手塚治虫文化賞短編賞受賞作。NHKでラジオドラマ化もされ、名実共に業田良家先生の代表作と言って良いでしょう。 こちらも、一話完結型の短編集です。上記の、『ゴーダ哲学堂』や『ロボット小雪』などでも描かれて来た、「心を持ったロボット」というテーマに今一度踏み込んだ物語群となっています。子供や老人と触れ合う、感情を持った純粋無垢なロボット達のお話は、ハートフルでとても感動的です。 しかし、この作品が凄いのは、そういった従来の「心を持ったロボットとのコミュニケーションによって生ずる感動」のみならず、戦闘用に作られたロボットや尋問用に作られたロボットたちが送るハードな物語も同時に描かれることです。その双極性によってそれぞれのテーマが立体化し、どちらもより痛烈に刺さって来るのです。業田先生は、ロボットを描くことによって、間接的にどこまでも人間を掘り下げて行きます。 今この瞬間に飢えている人に法を犯してでも食べ物を分け与えることは不正義なのか? 何かを築き上げてもいつかは天災などによって無に帰ってしまう不条理を前に、人間は諦観するしかないのか? 様々な哲学的な問い掛けに、業田先生は果てしない希望と愛情を以って筆を尽くします。誰かの為に何かを為すことの尊さは、決して失われることのない永遠性を持つのだと。そう、この作品は、負の面も含めた人間賛歌の究極形なのです!

神様の横顔

残酷なまでの天才に、秀才は努力と執念で勝てるか?

神様の横顔 朔ユキ蔵
兎来栄寿
兎来栄寿

才能を問い、芸術を問い、魂を焦がす美しき絶望と希望。 この物語の中には、こんなシーンがあります。 > 芸術と命の輝きは理屈を超越しとるんだ > それに触れただけで生きがいを感じ > すべての現実を忘れられるかのような瞬間を生む > > 空腹を忘れられる芸術を > あなたが感じたことがないのなら > そのことのほうが不幸だ この言葉は、作中では現実の飢えや貧困、それによる死を間近にしている者に「富める者の傲慢」と断じられはします。しかし、少なくとも理屈を超越し寝食を忘れて生きる歓びを与えてくれる芸術の存在を私は沢山知っています。むしろその為に、すべてを忘れて没頭し、胸を焦がされ脳を支配されるような体験と出逢うためにこそ生きていると断言できます。 食べた野菜や肉は身体を形成しますが、鑑賞した芸術は同様に心や魂の一部となります。そして、身体と違って物質的な制約がない分、幾千幾万幾億の世界や人生を味わうことができます。一回性の人生に与えられた、限りのない派生を可能にする階。俗世の理を超えた存在。それが芸術であり表現というものでしょう。 そして、この『神様の横顔』もまたそういった理を超えた所にあることを強く感じさせてくれる作品です。     ■秀才と天才の紡ぐ物語 人間は天才が大好きです。圧倒的なパフォーマンスで周囲を、常識を、世界までもをドラスティックに改変していく。そんな天才の姿に憧れます。願わくば、自分もそんな才気を発揮したい。自分も天才だったなら……。誰もが一度は思うことではないでしょうか。『神様の横顔』が描くのは、そんな天才と、才能を渇望する秀才の物語。 才能はどこから やってくるのか? 地からわき出すように 体の中に生まれるのか? 天から降るように 与えられるのか? 持つ者と持たざる者は すでに決まっているのか? > 嫌だ!! > 才能が生まれた時から決まってるなんて… > 俺は…信じない――!! 主人公・千鳥敬太郎のこんな独白から物語はスタートします。 そして、冒頭で敬太郎が祖父の創設した「青年劇団千鳥」の首席スターの華やかさに心奪われ、憧れるシーンが描かれます。「僕も真ん中に立ってあの人のようになりたい」という敬太郎の原体験は十分な説得力を持っており、物語の幕開け直後から入り込んでいけます。 成長した敬太郎は容姿・実力ともに申し分なく、千鳥で学年トップの座につき将来の千鳥のスターを嘱望されていました。しかし、理事長であり義母である千鳥藤子から「千鳥初の地方試験合格者である麦蒔摂(むぎまきせつ)に会って、あなたは真の首席スターではないと解った」と宣告されてしまいます。麦蒔こそは、秀才である敬太郎に立ちはだかる圧倒的天才。敬太郎は、同室で暮らすようになった麦蒔の才能を様々な局面で徐々に目の当たりにしていきます。 しかし、自分と掛け離れた圧倒的な才能を前にした敬太郎が陥ったのは絶望ではありませんでした。敬太郎は、麦蒔によって進むべき道を希望の光で照らされたと感じたのです。秀才の飽くなき野心にゾクゾクしつつ、滾ります。自らの凡庸さを自覚した上での戦い。それは、多くの人にとって少なからず共感できる所があるでしょう。 残酷なまでの天才と秀才の対比は、その後も切々と描かれ続けていきます。演技することを楽しむ麦蒔と、苦しみ悩みぬく敬太郎が同時に描かれる残酷なコントラストは特に印象的です。単行本の表紙においても、一巻の全てを覆うような黒の中で正面を向いて強く唇を結ぶ敬太郎と、二巻の純白の中で天使のような翼を生やして一人だけ神様の方へ向かっているかの如く横顔で柔らかく微笑む麦蒔という明暗の描かれ方。陰と光。月と太陽。果たして、敬太郎は自ら光輝き神様に正面から微笑んでもらえる日が来るのか。 演技での天才と秀才の激突というと『ガラスの仮面』を思い出さずにはいられないですが、『神様の横顔』はそこに留まらず彼らの間に生ずる感情も注目すべきポイントとなっていきます。ある意外な設定がもたらす関係性への波紋は、他の天才VS秀才の物語でもあまり見られない類のものです。又、1935年というのは第二次世界大戦の直前でもあります。藤子が「3年で次の主席スターを育てる」というセリフがありますが、もし育ったとしてその翌年、1939年からは大戦が開戦します。激動の時代の中で、彼らや千鳥はどんな運命を辿るのか。 ここで語った以外にも、本作には尽きぬ見所があります。特に十話は内容も、それを読んだ後に噛みしめる日本語/英語のサブタイトルも最高です。語りたくとも語れないその良さは、ぜひ読んで実感してみて下さい。