ルーカス・ウォーズ

映画大好きジョージくん #1巻応援

ルーカス・ウォーズ 原正人 河原一久 ロラン・オプマン ルノー・ロッシュ
兎来栄寿
兎来栄寿

ジョージ・ルーカスの半生、とりわけ『スター・ウォーズ』第1作のメイキングから完成に至るまでに尺を割いて描いたノンフィクションです。 お化け屋敷を営んで創造性を発揮する一面もありながら基本的には控えめな少年だったころ。命の危険にも晒され、人生の転機が訪れたティーンズ時代。コッポラやスピルバーグに出逢った若かりしころ。 登場するたくさんのビッグネームは、『スター・ウォーズ』を観ていない人でも楽しめます。 オーディションに来るのはまだ今のように有名ではなかったころのジョディ・フォスター、ジョン・トラヴォルタ、トミー・リー・ジョーンズなどなど錚々たる顔ぶれ。 ハリソン・フォードもまだ俳優業だけでは食べられず、他のバイトもしながら食い繋いでいたという時代で、撮影の際の裏話などもたくさん登場します。 スポンサー・配給会社とのタフな交渉に、現場の壮絶なマネジメント。多くの人が面白さを理解できず、SFなんてヒットするわけがないと言われていた時代に途轍もない記録を生み出した『スター・ウォーズ』第1作目ができるまで。 そんなの間違いなく面白いに決まってますし、帯文で山崎貴監督が言うようにこれ自体を映画として出したらそれも大ヒットしそうです。フランスでこちらが出版された際には5万部が即日完売したというのも頷けます。 今現在存命中の世界的に知名度のある偉人・有名人の中でも、こうした形で物語って面白い人物を考えたときにジョージ・ルーカス以上にうってつけの人はなかなか思いつきません。 映画を作るのが並大抵ではない苦労を伴うのは素人でも想像がつきますし、ましてや1000人規模の現場を回すに当たっては紙幅に収まらない辛いこともたくさんあったでしょう。1作目の段階で倒れるほど体調を壊してしまうのも仕方ないと思います。 しかし、いち『スター・ウォーズ』ファンからするとインダストリアル・ライト&マジック社を立ち上げてなしえた原初のSFXであったり、R2-D2やC-3POにまつわる舞台裏などは読んでいて楽しくて仕方ありません。 特に心に残ったのは『スター・ウォーズ』の最後のピースとなる音楽が最終段階でも決まっていなかったところで、契約に漕ぎ着けられたのは『ジョーズ』などでもお馴染みのジョン・ウィリアムズ。僅か3週間で90分分のオリジナル・サウンドトラックを完成させたという彼の曲を初めて最終的な形でルーカスが聴くことになる場面。 思わず私にもあの『スター・ウォーズ』のテーマ曲が脳内に鳴り響くと共に、感動と興奮が伝わってきてブワッと泣けてきました。その後、ルーカス氏はその素晴らしさを30分にわたって電話で熱弁したそうですが、それはそうでしょう! と。 音楽というものもまた、単体でも何十年経っても記憶に残るもの。特に『スター・ウォーズ』のあの曲は、あの字幕と共に脳裏に焼き付いています。 また、本書を読んで『スター・ウォーズ』を語る際にあまり出てこないもののとても重要な人物だと感じたのが、何度も何度も20世紀フォックスの上層部からストップがかけられるもののルーカスの映画に心酔して粘り強く説得し、最後には自分のクビまでかけて制作費の拠出がストップすることを凌いだアラン・ラッド・ジュニア。 本気の本気で行われたもの・創られたものはたとえ大半の人には理解されなかったとしても深々と刺さる人がいるもので、ジョージ・ルーカスが作ったものの本質的な部分がアランに伝わり、最初の熱狂へと繋がっていったことは胸が熱くなります。 ある意味でビジネスなどとも通ずるものがあり、iPhoneのように世界を革命する真に斬新なものというのは最初はその良さや凄さが真には理解されないものなんですよね。多くの人が反対し、そんなもの上手くいくわけがない、価値がないというものこそ断行する意義がある。アランがいなければ『スター・ウォーズ』も世に出ていなかったかも知れないと考えると、たとえ自分ひとりだけでも心が最高だと思ったものを、しっかりと最高なのだと推し続けることがいかに大事かとも思います。 『スター・ウォーズ』ファンはもちろんのこと、世界最高の映画がどのようにして作られたのかというドラマはファンでなくとも一見の価値があります。人類史における営みというマクロな視点で見ても、普遍的な価値をいくつも発見できるでしょう。

病棟夫婦

重く苦い、でもそれだけでもない人生 #1巻応援

病棟夫婦 宮川サトシ
兎来栄寿
兎来栄寿

『宇宙戦艦ティラミス』 『SUPERMAN vs飯 スーパーマンのひとり飯』 『僕!!男塾』 『ワンオペJOKER』 『LV41才の勇者』 『落合博満のオレ流転生』 など、さまざまな作品で楽しませてくれる宮川サトシさん。 送り出される作品はコメディが多いですが、こちらは原点である『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』を彷彿とさせるようなテイストの作品です。 互いにガンで同じ病院の隣室に入院している老夫婦。 仕事を辞めて10年引きこもっている息子。 誰にでも訪れるかもしれない、ある家族のままならない状態が描かれます。 夫の方は亭主関白であり、息子が仕事のかたわらでマンガを描いて芽が出たときも、辛くなって仕事を辞めたときにも理解は示さず強く当たっていた昔気質の男性です。ただ、そんな性格も病を経て少しずつ変わっていく様子を見せます。 結婚して子供も産まれて一見順風満帆に見える娘にも、少し陰が見え隠れします。10年引きこもっている兄がいて、両親も近い将来どうなるか解らないという状況も併せて考えればその心境が穏やかでいられないのも当然なのですが。身内が少しずつ衰えていくのを見守る時間の辛さはよく解ります。 歳を重ねて、変わったことにより初めて交わせる言葉があり、それでも変えられないものもあり。ささやかなものに幸せを見出し、拭えない後悔を抱く。重く苦く、されどそれだけでもない人生の味がとつとつと物語られていきます。 夜の消灯後に、ふたりで言葉は交わさずとも壁を叩き合って互いの存在と意志を確かめ合うシーンが何とも胸に迫ります。 いつかは必ず訪れる、身近な人との別れ。 あるいは、自分自身のこの世のすべてとの別れ。 そうした瞬間が訪れる前に、やりたいことやできることをなるべく悔いの残らないようにやっておきたいと思わせてくれる作品です。

星影作品集「大嫌いなキミに」

学園恋愛のバラエティパック #1巻応援

星影作品集「大嫌いなキミに」 星影
兎来栄寿
兎来栄寿

『愛の存在証明』の星影さんが2020年〜2024年にかけて描いた短編を集めた1冊です。 「大嫌いなキミに」は、母親が弟を妊娠している間に父親が不倫し、中二のときの彼氏には3股され男性不信になってしまっているヒロインの物語。 「好きです、先輩」は、とにかくバスケ部の先輩が好きで毎日挨拶のように好意を伝え続ける女の子のお話。 「猫宮くんに絆される」は、恋愛に興味のないヒロインが猫のような後輩をやたら構ってしまう話。 収録されている5編は形は違えど学園恋愛ものとなっており、少女マンガ読者のハイスタンダーズを叶えてくれる作品集です。王道のツボを押さえつつ、それぞれのヒロインの造形や関係性の構成の仕方に持ち味がたっぷり出ています。 星影さんは一番古い「刹那のインフェルノ」のときから絵の魅力がありどのヒロインもみんなかわいくて好きですが、この数年で更に磨きがかかっているのを感じ取れます。 その「刹那のインフェルノ」のお話の切り口は特に作家性が表れているところで、『愛の存在証明』にも繋がる部分を感じます。星影さんは濃厚な百合を描いても素晴らしいものが描けそうだなと。 個人的にこの作品集の中でも特に好きなのは最後の「一瞬間の青」です。弓道を題材にしており、ヒロインが同い年の男の子の射に一目惚れするも、同じ高校に入学したときにはなぜか弓道を辞めて女遊びに精を出していて……というところから幕が開けます。短編ではありながらも、心に沁みる内容で「人生」を感じました。クライマックスの見開きの使い方、そこからの真っ直ぐに届けるモノローグが素敵です。 最後の描き下ろしおまけマンガは、とても良いご褒美でした。 王道の少女マンガ成分や恋愛を浴びたい方には特にお薦めです。『愛の存在証明』も併せて読むと、星影さんの引き出しの豊かさをより感じられて良いと思います。

百万畳ラビリンス

2013年、多くの人の"想像"が拡がった頃

百万畳ラビリンス たかみち
さいろく
さいろく

連載開始からもう11年も経ったんだなーと驚いたりショックだったりもするけれど、思い返すと10年代前半は漫画もアニメも「なろう」の波に押し流されないように必死だった時期でもあったと思う。 なんでか、なろう系に限らずだけどオタク文化は未だギリギリ悪いものとして扱われがちだった時代な気がする。ラノベも一部インフルエンサーにTwitterで酷評され続けていたり。多様性を受け入れられていない社会だったんだきっと。 今思えば慣れたよね、受け入れられないのカッコ悪いみたいな空気ができて。でもって今はまた本流に戻そうとしていたりする風潮も一部ようだけど、それはずっと一部なのだろう。 脱線しまくったけど、2013年に連載が始まったこのJDが迷宮に迷い込んでなんとかしていくマンガ「百万畳ラビリンス」はそこそこ異彩を放つ存在だった。 ファンタジー要素ナシで(異世界じゃない)、流行ってた俺つえーでもなくて。 かつ絵が上手い。 登場人物が可愛い(人外も含む)。 ゲーム大好きデバッガー(自分の世代だとその頃デバッガーバイトでやってたやつが珍しくなかった)な女子大生が主人公。 なにより、話がショートショートっぽくてとてもいい具合にキュッとまとまっていて、かつ壮大だったので当時一度読んだだけだったけどお気に入りだった。 #2巻で完結したマンガ としてマンバでまとめられているところで超久しぶりに出会えてすごく嬉しかったので改めて電子購入。