スーサイドエイジ

青々とした影の下で息絶えるものたち #1巻応援

スーサイドエイジ あらやかわい
兎来栄寿
兎来栄寿

カドコミがリニューアルされ、とても見やすく使いやすくなった今日このごろ。アプリのBOOK WALKERもこの調子で使いやすくして欲しいです。 そんなカドコミで短期集中連載されていたこちら。 作者のあらやかわいさんは「絶対天使」や「ゾンビは走らねえんだよ」などでも感情を迸らせる女子高生たちを描いていましたが、この『スーサイドエイジ』も、まさに自身が高校卒業する際に同人誌として描いたもののリメイクだそうです。 第1話 天真爛漫な合田さん 第2話 陸上部の松田さん 第3部 惰性に生きる田嶋さん 第4話 優等生の真田さん 第5話 学校嫌いな金子さんと刈谷さん 第6話 卒業式 という目次を見ていただければ解る通り、概ね1話ごとにメインでフィーチャーされるキャラクターは変わりながらも、同じクラスで共に過ごす女の子たちを描いた群像劇です。 まず、シンプルに絵に惹きつける力があります。スタイリッシュな作画で描かれる女の子たちが魅力的で、特に三白眼になりがちな眼力の強さが良い。個人的な好みで言うと、4話でチラシを配っている金子さんの横顔と、6話の包帯の子が特に好きです。 そして、「女子高生」という特別な3年間が終わるに際して生じるさまざまなものが入り混じって消化不良を起こしそうな感情を若々しさを迸らせながら表現しているのも良いです。人生において、その瞬間にしか湧かないものというのがありますが、この作品にはそれがしぬかりと込めてあります。普通の人であれば、記憶の中から時と共に少しずつ薄らいでいくであろうものがこうして作品として永遠に残る形で留められている。それは、他者が触れれば自身の記憶に呼応して何かしらを呼び覚ます契機にもなり、またいつか歳を重ねて自分で読んだときにはその貴重さを噛み締める類の素晴らしい営みであろうと思います。今の私には、この昏さが眩しいです。 作品の構成もまたとても良く、1冊で綺麗に完成しているのも美しいです。あれだけ楽しい時間を一緒に過ごした友人でも、その裏にあるものをまったく知らないこともあります。努力していた人。怠惰な人。真面目な人。奔放な人。他者に行っていたさまざまなラベリングのその裏は、もしかしたらこんなだったのかもしれないと思わせてくれます。 ウクライナやパレスチナにいる同い年の子の存在を思えば日本に生まれて毎日食べるものや水に困らず今この瞬間に命が消されることに怯えなくてもよく、さまざまな権利があるだけでも幸せなはずです。しかし、たとえひとつひとつ大きな不幸を消していっても残った小さい不幸の大小が隣の人と比べてほんの少しでも大きければ結局不幸だと思ってしまうのが人間。難儀なものです。人間はどこでも幸せになれるし、どこでも不幸になれる。若いころなんて特に今の自分が宇宙のすべてであるのもよく解ります。ああ、苦い。 キャラクターで言えば、容姿的にも関係性的にも金子さんと刈谷さんのエピソードなどはどうしたって好きです。ここを煮詰めたものなども一回描いてみて欲しいなと思うくらいには、短い中に良さが溢れていました。 あらやかわいさん、瑞々しくて初期衝動に満ちていて、これからますますたくさんの傑作を描いていくであろうことを確信できる1冊で今後が楽しみです。

お見合いにすごいコミュ症が来た

もしもお見合いに虚無僧女子が来たら #1巻応援

お見合いにすごいコミュ症が来た 矢野としたか
兎来栄寿
兎来栄寿

Twitter(現X)で掲載した読切が大反響を呼び、連載化された異色のラブコメです。 40歳の会社員伊丹は、婚活サービスに登録して1年ほど頑張っているもののなかなか良い相手に巡り会えずにいた男性。そんな伊丹に密かに思いを寄せる28歳の部下の園田さんがかわいくて仕方がありません。 園田さんは、自分の友達を紹介するという体で自身が虚無僧の天蓋を被ってコミュ症の「野田」と称して伊丹とのお見合いを断行します。そうして12歳差+相手の顔を見れない状態での不思議なお付き合いが始まっていきます。 『光る君へ』で『源氏物語』が盛り上がっている昨今ですが、かつては滅多に顔を見せることがない状態が普通だったわけで、今の慣習からすると特異には見えますがある意味では回帰的であるとも言えるのかもしれません。 普段会社では常にクールな佇まいである園田さんですが、ひとりになると思考も言葉もヒートアップして暴走していくさまがたまりません。何なら、この作品はそのシーンを見るために読んでいるようなところがあります。がんばれ園田さん、負けるな園田さん! 君に明日はある!! また、そんな園田さんが惹かれる伊丹の優しさと健気が応援したくなる感じで良いです。なぜ好きになっていったのか、どこに愛情が湧いてくるのかという部分のエピソードが良いですね。伊丹はいわゆる子供部屋おじさんではあるのですが、おじさんというものが女性からあまねく嫌われる存在であることを自覚して常に一歩引いたところにいようとする姿に親しみを覚えます。 ただ、母親と同居している家を手放せないなどの事情もあって婚活難易度が高くなっているところがあるのはリアル。もし結婚しても、一回りの年齢差があり特に男性側の年齢が高い場合は老後も気がかりになるのはその通りです。男性も40を超えてくると妊活もなかなか大変なこともあるでしょう。それでも、園田さんと無事に幸せな家庭を築いていって欲しいです。 余談ですが、4話で登場する虚無僧にやたら詳しい主婦が好きです。

イムリ

頭おかしくなるくらい圧倒的に壮大なSFファンタジー

イムリ 三宅乱丈
ピサ朗
ピサ朗

地球とは異なる惑星で暮らす、奴隷民族であるイコル、支配民族であるカーマ、そして先住民にしてタイトルのイムリ、これらの戦争が描かれていくのだが、 三民族それぞれの文化、いわゆる魔法に相当する技術、支配種族の権力闘争、逆転に次ぐ逆転が続く展開、とにかく徹底して「世界」のディテールが細かく濃い。 ハッキリ言ってこのディテールの細かさは間違いなく人を選ぶ。 巻末で登場人物紹介や用語解説が掲載されているが、独自用語で耳慣れない単語が多いもんだから、別ウインドウ表示か小冊子にして読みながら確認させてくれと言いたくなるし、世界設定の説明や大まかな登場人物紹介と序章に当たるストーリーに3巻を費やしていので、ストーリーが動き出すまでも遅く、正直序盤はじれったい。 しかしほとんど説明なのにめちゃくちゃ中身が濃いし、後から見るとこれでも足りないくらいで、スケールのデカさに戦慄する。 最低3巻読まないと殆どストーリーが動かないという展開の遅さなのに、一度物語が動き始めてからは息をもつかせぬ急展開の連続で、疲労感すら漂う重い展開の嵐だが、ある種の絶叫マシンに乗ったような気持ちよさもあり、それぞれの戦いの方法も見応えがあり、胸を打つ場面も多い。 序盤の展開の遅さとオリジナリティの高さ故の入りにくさはあるが、描かれていく世界史と陰謀、英雄譚に和平は非常に読みごたえがあり、間違いなくハマれる人はハマれるタイプの作品。

冒険者絶対殺すダンジョン

ダンジョンが熱い今だからこそ #1巻応援

冒険者絶対殺すダンジョン 道満晴明
兎来栄寿
兎来栄寿

『ダンジョン飯』や『葬送のフリーレン』や『俺だけレベルアップな件』といった大人気作品のアニメ版でダンジョン攻略が現在絶賛放映中で、先日は弐瓶勉さんの最新作『タワーダンジョン』も1巻が発売し、いまだにTLでは『シレン6』が盛り上がっている世間がダンジョンに湧く今、最高のタイミングで満を持して発売されたこの『冒険者絶対殺すダンジョン』。 昔テクモの『刻命館』というゲームのシリーズが好きでした。普通のゲームは冒険者としていろいろな場所を旅するのですが、『刻命館』シリーズはそうした冒険者のような者たちを含めて侵入者を罠に嵌めて殺していくゲームです。罠によるコンボを作るのが非常に楽しかったですね(第1作はメモリーカードを9ブロックも使うので大変でしたが)。 本作は、まさにそんな『刻命館』シリーズのような楽しみを味わえる道満晴明さんの最新作です。 トラック事故で死ぬと冒険所に、落ちてきた飛行機のエンジンに潰されるとダンジョンのフロアスタッフに転生するという世界で、見事に飛行機のエンジンに潰されてしまったナハトとアイネのふたりが主役となり、毎回さまざまな方法で冒険者を待ち受けたり逆に自分たちが死んで復活(リスポン)したりする物語です。 道満晴明さんらしい、あっけらかんとした下ネタ(サキュバスに前立腺の位置を教えてもらったり、MM号が出てきたり)やメタさ(冒険者がエリクサー症候群で使わなかったエリクサーを回収して保管していたり、「ここだけSNSに拡散されたらやべえ奴〜〜」というセリフだったり)が随所に出てくるのも流石で好きです。マンドラゴラの描き方や設定ひとつとっても、これぞ道満晴明さんと膝を打ちます。 また、特に6話や14話などは短編で設定を活かしながら巧く落とすのが得意な美点もよく出ています。最後にブレイバーンのような最新のネタまで放り込んでくる辺りも流石です。 かわいい絵柄でありながらそこそこエロスとバイオレンスが盛られていますが、その辺り込みで美味しく食べられる方にはお薦めです。

ラスボスラブデス/ラスボスラブデス

ラスボスがヒーローを鍛える真の理由とは? #1巻応援

ラスボスラブデス/ラスボスラブデス 瀬口たかひろ 桑島由一
兎来栄寿
兎来栄寿

『グリーングリーン』、『私立アキハバラ学園』、『CARNIVAL』、『グリザイアの果実』などのフロントウィング作品や『神様家族』、『南青山少女ブックセンター』などでも知られる桑島由一さんが原作、『オヤマ!菊之助』の瀬口たかひろさんが作画を担当する作品です。 昨シーズンは『16bitセンセーション』が放映されさまざまな郷愁に駆られていましたが、昨日は『同級生2』のリメイク発売が発表され『夜勤病棟』リメイクが発売。『ヘブンバーンズレッド』は『Angel Beat's』との第二弾コラボで盛り上がっており、往年の界隈の熱が現代にも感じられることに目を細めます。 田中ロミオさんや丸戸史明さんなど強い作家性を持った方々もマンガ原作という形でも活躍する昨今、桑島由一さんも参戦してきたのは熱いです。 1ヶ月前に天からの啓示を受けて、悪と戦う正義のヒーローとなった3人の少女たち 「シールド」の渚楓花(ふうか)。 「スピード」のジュリ。 「パワー」の奏音(かのん)。 そして、彼女たちを統べるアルペジオ。 しかし、悪の組織"髑髏団"のボス・ダークスカルの圧倒的な力に完敗した後、名前や衣装にダメ出しされ説教を受けてしまいプロデュースされることとなります。 ダークスカルがなぜ、敵である彼女たちに手を掛けて強く鍛え上げるのか? その裏には確固たる使命と目的があり、さらにその部分にもさまざまな裏がありそうで、類似する要素を持つ他の作品群との差異化が図れています。この辺りはやはり別の畑で長年経験を積んできた方々特有のセンスと地力を感じさせてくれるとことで、大きな見どころとなっています。冒頭にとんでもないカットバックがありますが、それが夢オチ的なものでないとするならそこに至る関係性の変遷などの過程、その前後も楽しみです。 また、細かい掛け合いにも味があります。 「神話からの引用はもうお腹いっぱいなんですぅうぅう!」 「七つの大罪もだ」 「タロットカードとチェスからの引用もな」 「不思議の国のアリスもです!」 というメタい会話など、好きです。 なお、キャラで言うと私は当然奏音ちゃん推し。世界の半分を敵に回すことを覚悟で言うと、奏音ちゃんには常にメガネを外して髪を下ろし黒髪ロング状態でいて欲しいです。ひとりだけ効果音にやたら「むち♡」「むちちっ…」と付けられる彼女の体の描き方は、瀬口たかひろさんの精髄を感じます。一方で、彼女たちの能力を発動する際などの気合の入った作画は迫力満点です。 巻末で「続巻は怒涛の展開」と言及されており、今後のストーリーがとても楽しみです。