小宮山がキライだ

こういう作品を別マで読める嬉しさたるや #1巻応援

小宮山がキライだ 桃白茉乃
兎来栄寿
兎来栄寿

『ハム子とガオくん』、『ヘヴィ×ヘヴィ』の桃白茉乃さんによる、初の紙単行本作品です。 心の中の井之頭五郎が「ほーいいじゃないか こういうのでいいんだよ こういうので」と独りごちる、別マ作品に求めるど真ん中のような甘酸っぱい正統派学園恋愛マンガです。 自分より勉強も運動もできて容姿も良くて人気者というクラスメイトの同じ苗字の女の子に、何も持たない平凡な主人公の少年によるコンプレックス・嫉妬から始まる恋物語。転校で離れ離れになった後、苗字の変わったヒロインに高校で再会するというベタな設定ですが、こんなんナンボベタベタでも良いですからね。 この作品の良さを挙げて行きますと、まず絵がかわいい。シンプルに大事な要素です。桃白茉乃さんはここぞというシーンの絶妙な表情の描き方なども良いです。 また、良い学園恋愛マンガの要素として「周りの友人キャラが良い」というのがありますが、そこもしっかり押さえられています。個人的にはクールビューティーでイケメンな泉野さんなどは、今後掘り下げられたらとても好きになって行きそうな予感がします。そして、ある意味主人公以上にヒロインを好きな女の子である空の存在が、この物語では大事な鍵を握っています。 そして、何と言っても平凡な主人公を魅力的に描いているところが良いですね。特に何かSFやファンタジー的な設定があるわけでもない。芸能人や動画配信者やインフルエンサーでも、何か特殊な才能や特技があるわけでもない。本当にどこにでもいる、ただの普通の男の子。何ならずっと劣等感を抱えて生きてきた彼の、普通の人間としての優しさや魅力を丁寧にたっぷり描き出していくところが良いんです。そういった部分をヒロインが認めて、関係性が徐々に深まっていく展開への安心感があります。 男子主人公視点でヒロインの言動に振り回されながらも、彼女が抱える秘密のヴェールを少しずつ脱がしていく構成も続きを気にさせます。 ケンカップル好きの人、王道恋愛少女マンガが好きな人にお薦めです。

リュシオルは夢をみる

滅びた世界の静と美 #1巻応援

リュシオルは夢をみる 森川侑
兎来栄寿
兎来栄寿

溜息が出そうなほど美しい表紙・裏表紙に惹かれたなら、その直感を信じて手に取ってみて欲しいです。 『休日のわるものさん』や『ひるとよるのおいしい時間』の森川侑さん最新作は、滅びた世界で目覚めた少年と、彼をコールドスリープから目覚めさせた自称・大魔法使いの青年が、人間を探して旅をする物語です。 この作品は、表紙・裏表紙や広告のイラストを見てもらえば解る通りまず絵が素晴らしいです。文明が滅びて、植物に侵食された世界が緻密に美しくたくさん描かれていきます。カラーも美しいですし、白黒で細かく描き込まれた背景も魅力的です。樹々の間を差す木漏れ日、苔むした朽ちた建造物、人のいない静寂の世界でも美しく広がる空……廃墟好き・ポストアポカリプス好きには堪らない作品でしょう。 私自身もそういう趣味嗜好が多少ありますが、そのルーツを辿ると幼い頃に無限にリピート視聴していた『天空の城ラピュタ』に行き着く気がします。特に、ラピュタに着いた後に周囲を探索しているときの水面下で魚が泳ぎながらその下に滅びた都市が広がっているという構図が大好きです。『リュシオルは夢をみる』の中でも正にそういった感じの描写が行われていて「ああ、好きだなぁ」となりました。『DQⅢ』で大魔王ゾーマが「死にゆく者ほど美しい」と言っていた気持ちもちょっとだけ解る気がします。 即座に命を脅かすような危機もなくゆったりと静かに進んで行く物語ですが、その中でしみじみと感じ入るようなエピソードも描かれます。 滅びた世界を旅したい方、美しい背景に浸りたい方にお薦めです。

夏とレモンとオーバーレイ

絶妙なスピード感のレモン香る一夏の百合 #1巻応援

夏とレモンとオーバーレイ ミヤハラミヤコ 宮原都 Ru
兎来栄寿
兎来栄寿

「第3回百合文芸小説コンテスト」百合姫賞作品が原作ということですが、そんな雰囲気をひしひしと感じる良きお点前の現代的な百合でした。 売れない声優でコンビニバイトをしながら配信で小銭を得ているゆにまる。が、ある日「インスタやってそうなキラキラ女」こと大企業に勤めるOLのさやかから「自分の遺書を読んで欲しい」という依頼を受けるところから、二人の関係性と物語の歯車が回り始めます。 猥雑なカオスに満たされたTwitterランドを居心地の良い安息の地とする人にとっては、InstagramやFacebookの意識の高いキラキラ感は眩し過ぎて直視できない違う世界の住人であるように思うことがあるのではないでしょうか(というか、私自身がそうなのですが)。本作の主人公ゆにまる。も、最初の内はまったく属性の違うはずのさやかに対して警戒心を抱きます。 やたらと羽振りも気前も良く、金払いが良いのは生活的にはありがたいにしても、普段たんぱく質を卵と豆腐でしか摂っていないような自分と全然違うさやか。金銭感覚を含めた差異に、苛立ちすら募らせます。しかし、こんなに側から見たら恵まれていそうな人間が、何故死を希求してそこに向かっていくのか。色々な感情が綯い交ぜになりながらもこの物語における最大のミステリーに少しずつ近付き、同時に二人の距離感も徐々に縮まっていくそのスピード感が絶妙でした。 以前はミヤハラミヤコ名義で『一度だけでも、後悔してます。』や『ものつく~手作り生活、はじめました。~』などを描かれていた宮原都さんの美しい絵も、本作にはピッタリとハマっていて良かったです。 英語におけるlemonの「不良品」や「役立たず」という果物とは別の意味を思いながら、そういったものに宿る価値を見出してこそ人生も輝くというものです。 今日は一段と冷え込みが厳しい冬の日でしたが、読んでいる間は夏の香を感じられました。レモネードでも飲みながら読みたい上質な1冊完結の百合です。