あらすじ

南陽での不穏な動きを察知した曹操は、再び南陽に出陣する。しかし作戦の裏をかかれ、またもや敗走した。徐州では、曹操と玄徳がひそかに進めていた呂布討伐の企みが発覚、呂布はただちに玄徳のいる小沛へ攻め寄せた。曹操も援軍を出したが、苦戦しているうちに小沛は落城。城兵は四散し、玄徳は呂布に追われて消息不明となる。
三国志 1巻

今から約1800年前、中国・後漢時代末、黄巾の乱と朝廷内の争いによって、漢王朝は滅びようとしていた。乱れた世を正し、人々の苦しみを救おうと、玄徳・関羽・張飛の三人は、桃園で義兄弟の契りを結び立ち上がった。巨匠・横山光輝の熱筆によって新たな生命を吹き込まれた英雄たちが、悠久の大地を舞台に繰り広げる壮大な歴史ドラマ、ここに開幕!

三国志 2巻

玄徳・関羽・張飛の三人は、義勇軍を結成し黄巾賊討伐に出陣する。初陣の大興山では数万の黄巾賊を一蹴、大戦果を収めた。義勇軍は青州城を救援し、さらに玄徳の幼少時代の師・盧植が指揮をとる広宗にむかった。盧植の頼みで出陣した玄徳は、火攻めの計で黄巾賊を打ち破る。玄徳はこの地で終生のライバル、曹操と運命の出会いを果たす。

三国志 3巻

人々を苦しめた黄巾の乱が平定され、都の洛陽では連日お祭り騒ぎが続けられていた。しかし最も戦功をあげた玄徳には、権力を牛耳る十常侍に賄賂を贈らなかったため、田舎の警察署長の官職しか与えられなかった。この地で賄賂を要求してきた巡察官を張飛が叩きのめす。玄徳は天下万民のために立ち上がろうと官職を捨て放浪の旅に出る。

三国志 4巻

宮廷内は何進と十常侍の争いが続いていた。これに便乗した董卓は大軍を洛陽に入城させ、朝廷を力でおさえこむ。大宴会の席上、董卓は今の帝を廃して陳留王を立てようと呼びかけるが、一人荊州の丁原が異を唱える。丁原の養子で天下無双の呂布を名馬「赤兎」をえさに手に入れた董卓は、丁原を始末させる。董卓の暴虐が始まると曹操が動いた。

三国志 5巻

乱世の奸雄・曹操が、逆賊・董卓追討の檄を飛ばした。曹操の檄に豪雄たちが立ち上がり、玄徳・関羽・張飛も追討軍に加わった。先陣をきって戦った呉の孫堅は大勝利をおさめるが、味方からの兵糧攻めにあい、窮地におちいる。眼前に敵勢が迫っていた。敵将の首をとってみせようと名乗りをあげた関羽は、敵陣にたった一騎で乗り込んでいく。

三国志 6巻

董卓は長安への遷都を強行し、洛陽を焼き払った。単独で追撃した曹操は待ち伏せにあい、危機におちいる。曹操は一命をとりとめたものの、兵の大半を失う大惨敗をした。洛陽に入った孫堅は、焼け跡の井戸で皇帝の玉璽を見つける。追討軍に見切りをつけた孫堅は玉璽を持って帰国するが、袁紹はそれを許さず孫堅に追っ手をさしむけた。

三国志 7巻

冀州をめぐる袁紹と公孫サンの戦いに決着がつき、公孫サンを助けた玄徳は平原の相となった。その頃、南陽の太守になっていた袁術は、窮地を助けてくれない兄・袁紹と荊州の劉表に恨みを抱いていた。袁術は長沙の孫堅に偽りの書を送り、荊州を攻めさせようと企てた。孫堅はこれを信じたふりをして勇躍出陣したのだが……。

三国志 8巻

長安に都を移してからの董卓は、ますます横暴なふるまいをするようになっていた。これを嘆いた司徒・王允は侍女の貂蝉の力をかりて、董卓と呂布の仲をさこうとしていた。呂布は貂蝉と一緒になれることになり舞い上がっていたが、董卓の心変わりにあい、大恥をかかされる。恋に狂った呂布は、ついに董卓暗殺にのりだす。

三国志 9巻

曹操と呂布の長い戦いは、イナゴの大群が襲いかかり、中断となった。一方、徐州へ援軍に駆けつけた玄徳は、病に倒れた陶謙から太守の位を譲られた。曹操は戦さもせずに一国の太守となった玄徳に腹をたてるが、自国の領土を取り戻すため、再び呂布との戦いを開始した。曹操に敗れ、逆境の流軍となった呂布は劉備のもとにむかう。

三国志 10巻

帝をおさえた曹操は、都を許昌へ移した。強大な権力を手にした曹操の気がかりは、徐州の玄徳。ここには流軍の将となった呂布がころがりこんでいる。曹操は二人の仲をさこうと「二虎競食の計」、「駆虎呑狼の計」をしかける。帝の勅命で南陽へ出陣した玄徳は、張飛に留守を任せる。禁酒の誓いを破った張飛は、大失態をしでかす。

三国志 11巻

孫堅亡き後、孫策は伝国の玉璽をカタに袁術から兵を借りて立ち上がった。孫策は楊州の劉ヨウ攻撃を皮切りに、快進撃を続ける。孫策の勇名は天下にとどろき、小覇王と呼ばれるにいたった。戦いのなかで敵の猛将太史慈を部下とする。太史慈は孫策のために三千の精鋭を集めてきた。勢いにのった孫策は江南・江東へ駒を進めた。

三国志 12巻

曹操は、都の許昌を狙っている勢力が南陽宛城に集結していることを知り、十五万の兵を率いて遠征した。宛城の張繍は降伏し、曹操は無血入城する。しかし宛城の未亡人に夢中になった曹操は、油断したところを張繍に襲われ、命からがら許昌へ逃げ帰った。傷も癒えた頃、呂布の使者・陳登が袁術と呂布の企みを知らせに曹操のもとを訪れた。

三国志 13巻

南陽での不穏な動きを察知した曹操は、再び南陽に出陣する。しかし作戦の裏をかかれ、またもや敗走した。徐州では、曹操と玄徳がひそかに進めていた呂布討伐の企みが発覚、呂布はただちに玄徳のいる小沛へ攻め寄せた。曹操も援軍を出したが、苦戦しているうちに小沛は落城。城兵は四散し、玄徳は呂布に追われて消息不明となる。

三国志 14巻

曹操軍が徐州に迫ると、陳父子は奇策を用いて、呂布を追いつめた。下ヒ城にたてこもった呂布は、曹操に城を完全包囲される。冬将軍の到来でさらに身動きのとれなくなった呂布は、袁術に政略縁談をもちかけて救援を請う。呂布は娘を袁術のもとへ送り届けようとするが、行く手を関羽にさえぎられる。ジリ貧の呂布に残された道は……。

三国志 15巻

呂布との決戦を終えて、玄徳と曹操は連れだって都に凱旋した。帝との同族が明らかになった玄徳は、帝の厚い信頼を得る。帝位を狙う曹操は、帝を誘った狩りの場で、帝をないがしろにする。漢室の行く末を嘆いた帝は、董承に「曹操を討て」と書いた密詔入りの玉帯を授けた。董承は密かに同志を集め、玄徳も仲間に加わった。

三国志 16巻

偽帝袁術を討った後も、玄徳は徐州にとどまり、曹操から借りた兵を返さなかった。業を煮やした曹操は車冑に玄徳暗殺を命じた。しかし玄徳に味方する陳父子の知らせにより、関羽と張飛が独断で城に乗り込み、車冑の首をはねた。曹操を完全に敵に回した玄徳は、一通の手紙を送り、袁紹に兵を出させた。対する曹操は……。

三国志 17巻

曹操毒殺計画が発覚した。曹操は計画に加担した一族郎党すべてを斬殺。徐州にいた玄徳にも兵をさし向ける。玄徳は袁紹を頼るが、袁紹は子どもの病気を理由に兵を出さない。張飛の提案した奇襲作戦も失敗し、玄徳は徐州を追われ流軍となる。ひとり下ヒを守りぬいていた関羽は、3つの条件を曹操に飲ませて軍門に降った。

三国志 18巻

曹操と袁紹の戦いが始まった。曹操はまき餌の策を使い、袁紹軍の指揮官文醜を深入りさせる。顔良に続き文醜を討った関羽は、曹操への義理を果たす。玄徳が袁紹のもとにいること知った関羽は、立ち去る準備を進める。だが曹操は避客牌をかけて、関羽にいとまごいをさせない。一日でも早く玄徳に会いたい関羽は、力づくで五関を突破する。

三国志 19巻

五関を突破した関羽は、玄徳との再会を果たした。関羽は関平を養子にし、趙雲は念願かない玄徳に仕えることになった。一方、小覇王孫策の治める呉は目覚ましい躍進を遂げていた。孫策は曹操の裏工作を見抜き、袁紹との軍事同盟を考えて国外の憂いを取り除いた。しかし民に慕われていた于吉仙人を斬って以来、孫策は幻覚にとりつかれる。

三国志 20巻

曹操は官渡の戦いで袁紹を滅ぼし、北方全土を制圧した。追われた玄徳は荊州の劉表のもとに身を寄せた。江夏の反乱を鎮圧した玄徳は、劉表の頼みで新野の守りにつく。後継ぎの阿斗も生まれ、玄徳は平和に暮らしていたが、劉表のお家騒動に巻き込まれる。豊年を祝う宴の会で命を狙われた玄徳は、凶馬に命運を託し、壇渓の激流に飛び込んだ。

三国志 21巻

玄徳軍の軍師に迎えられた単福は、攻撃してきた二万五千の曹仁軍を見事な戦略でたたき伏せた。曹操は、知恵者・徐庶が単福という偽名を使い、玄徳に仕えていることを知ると、彼の老母を捕らえて、徐庶を呼び寄せた。別れを惜しむ玄徳に、徐庶は「伏竜・鳳雛」の名を明かし、伏竜・諸葛亮孔明の居場所を教えた。玄徳はみたび孔明のもとを訪れる。

三国志 22巻

南方攻略の号令を下した曹操は、玄徳のいる新野へ十万の兵を向かわせた。初陣の指揮をとる孔明は、曹軍を博望坡で迎え撃つ。孔明は伏兵をしかけ曹軍を深入りさせ、大軍を火攻めにした。大勝をおさめた玄徳軍は喜びに湧き、孔明の才に懐疑的だった関羽や張飛も、孔明に心服する。だが今度は、曹操自ら五十万の大軍を率いて荊州に乗りこんできた。

三国志 23巻

私情にとらわれ荊州を奪えない玄徳は、新野を焼き払い、進撃してきた曹軍に多大な被害を与えながら逃げた。玄徳と孔明は、難民を連れて襄陽についたが、城内で同士討ちがおきたのを見て、江陵へ進路を変える。荊州城に入った曹操は、玄徳追撃を命じる。長坂で曹軍に追いつかれた玄徳軍に、趙雲が寝返ったとの報告が飛びこんでくる。

三国志 24巻

曹操と孫権の開戦を望む孔明は、単身呉に赴いた。降伏を主張する呉の重臣たちを相手に、孔明は大論陣を張る。決断を迷う孫権は、水軍提督・周瑜にすべてを委ねる。周瑜のもとを訪れた孔明は、巧みな心理戦で周瑜を動かし、開戦へとこぎつける。孔明の慧眼と知慮に恐れを抱いた周瑜は、孔明殺害の機会をひそかに狙い始める。

三国志 25巻

周瑜を呉軍から骨抜きにしたい曹操は、周瑜の旧友・蒋幹を送りこんだ。しかし周瑜は、蒋幹を利用して、曹操に水軍提督・蔡瑁を殺させた。孔明がこの謀略を見抜いていることを知った周瑜は、孔明に十日で十万本の矢を作るよう無理難題を吹っかける。孔明は三日で“作る”と宣言し、ワラ人形を積んだ船を出して曹操の陣に夜襲をかけた。

三国志 26巻

曹操の大艦隊に圧倒された周瑜は、戦旗が当たったことを口実に寝込んでしまう。周瑜の不安を察した孔明は、火計を用いるには東南の風が必要だと説く。孔明は祭壇にたち、風を祈る。東南の風を呼び起こした孔明は、周瑜のもとを去り、敗走してくる曹操を迎え討つ準備を整える。周瑜率いる呉軍は火攻めの計で、曹操に一大決戦を挑む。

三国志 27巻

赤壁の戦いに勝ち勢いにのる呉軍は、南郡攻略を開始した。周瑜は出陣を前に、玄徳のもとへ赴き、呉より先に南郡を取るなと釘を刺す。呉軍は夷陵城に閉じこめられた甘寧救出に向かい、曹軍に打撃を与える。曹軍の諸将は命からがら南城に逃げこんだ。南城を包囲され、切羽つまった曹仁は、曹操が万が一の時にと記した一巻の秘策の書を開く。

三国志 28巻

荊州、南郡、襄陽を手にした玄徳は国力強化のために、南征軍をおこした。玄徳軍は零陵城を落とし、桂陽へと駒を進める。先陣争いに勝った趙雲は、桂陽太守・趙範を降伏させた。趙範の兄嫁を巡る騒動で、趙雲は命を狙われるが、機転をきかせ難を逃れる。趙雲に手柄を立てられ面白くない張飛は、孔明にかけあって、武陵城へ出陣する。

三国志 29巻

孫権は合肥城攻略に手を焼いていた。太史慈の奇策も失敗に終わり、呉軍は南徐まで敗退した。ジリ貧の呉は、劉琦の病死をきっかけに、荊州返還を玄徳に迫ってきた。孔明は一通の証書を書いて、魯粛を追い返した。これを知った周瑜は、孫権の妹との縁談を玄徳にもちかける。孔明は趙雲に三つの秘策を授け、玄徳を呉に送り出した。

三国志 30巻

孫夫人を妻にした玄徳は、夫人を連れて帰国する。これを追った周瑜は、玄徳軍に罵倒され、血を吐いて倒れた。その頃、曹操は壮大な銅雀台を築いて、連日祝賀の大宴会を開いていた。だが玄徳が荊州を獲得したとの報に、急ぎ都へひき返す。一計を案じた周瑜は、荊州通過を要求。孔明は周瑜との決着をつけるべく、この要求を認める。