なぜ人は物語を綴るんだろう?
「今年読んでよかったマンガリスト」を作ったときに、今年読んだ読み切りで何が良かったかな…と思いだす中で、真っ先に思い出したのが本作だったんですよね というか、「ゼロ災でいこうっ」のシーンが思い浮かんだ(添付) 衝撃的なシーンでした 大人になっていく中で、飛行機事故を契機に、自分の「核」が創作ではなくなっていたということ(又は、自分の「核」は最初からそんなところにはなかったということ)、そして、現実を前に情熱は失われてしまっていたこと、そのことを自覚する物語 それが、本作に対する私の印象でした …が、読み返してみると、実はそうではなかった だって、主人公は、そのことを自覚しながら、それでも、創作をやめられないから 「他の選択肢がない」という理由で、やはり創作を辞めることができない 別の人生を歩めるなら歩みたいと泣くのに、それでも辞めることができない それどころか、キャロット通信は解散し、仲間もいなくなり、 誰も読んでくれない、読者すらいないのに、辞めることができない 「にもかかわらず…私は…懲りもせず」 「また繰り返す…どうして?」 「なぜ??」 たぶん、このセリフこそが、この作品の核心なのでしょう 主人公にとって、創作は、苦痛なのでしょう でも、主人公の救いは、もはや創作しかない だから、主人公は、創作に向き合い続ける 「赤羽」に登場するペイティさんが、 「やはり創らないと気が狂いそうだから創るってコトですね…」 と言ってました(増補改訂版4巻、ボーナストラック9話)、 「創作」というのは、もともと、そういうものなのかもしれないです あ、ところで、そんなふうに「創作」をやめることのできない綿本おふとん先生ですが、トーチwebで新連載とのこと!みんなで応援しようね! https://x.com/offton_w/status/1873197901478019149
小説家はとうの昔に諦めてしまったけれど、何者かになりたい気持ちを捨てきれずに集まり続ける3人の女の子。
平和で楽しそうな3人の文芸サークル「キャロット通信」が何をきっかけに崩壊したのかを描く作品。
可愛らしくあたたかみのある絵柄、女の子たちのほのぼのした会話、そこからの残酷で現実的な展開がおもしろいのはもちろんだけど、主人公・川上の人物描写が素晴らしかった。
工場で長年働きながらも工場の人たちをナチュラルに下に見てる感じが節々に現れていてゾクゾクした。ちょっとしたリアルさがいい。
この描写があるから後半の展開がさらに残酷に見えていいんだよな……と感心してしまった。
夢を諦めないのはいいこととされがちだけど、諦めきれないのは悲劇でもあるんだなあと改めて実感させられる作品。
救いと見るか呪いと見るかは読む人次第なのかも。