2021年3月2日、マンガファンにはとても嬉しいひとつのお報せが舞い込みました。

!?

復ッ
活ッ 

岩泉舞さん復活ッッ 
岩泉舞さん復活ッッ
岩泉舞さん復活ッッ

刹那、頭の中にヴィヴァルディ「春」が鳴り響き、枯れ果てた大地と鈍色にくすんだ空はみるみるその青さを取り戻し、蝶が舞い小鳥が囀り、大擂台賽が開催され、烈海王が大咆哮しました。

この驚きと喜びをどう表現すれば良いものでしょうか。

何と、1992年に短編集『七つの海』を1冊だけ刊行したのみでその後作品を発表されていなかった岩泉舞さんが、単行本未収録作品に加え新作も含む新たな作品集を『岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET』として5月28日に発売することが決定したそうです。

孫悟空が強敵たちと激闘を繰り広げ、桜木花道が湘北高校のバスケ部で躍動し、浦飯幽助が霊界探偵として活動していたころの『週刊少年ジャンプ』。それら看板作品の裏でひっそりと掲載された岩泉舞さんの読切は、ひときわ異彩を放ち不思議な読感を与えてくれました。

岩泉舞さんの才能は、当時から有識者たちにこぞって絶賛されていました。今回も、きたがわ翔さんのツイートが企画の発端となったそうです。

ふなつ一輝さん、成田良悟さん、緒方ていさんら数多くの作家の方々も当時を懐かしんでいました。私自身も、当時お小遣いを握りしめて買いに行った単行本を未だに大事にしています。本当に懐かしく嬉しいことです。

なお、この『七つの海』は、現在マンガ図書館Zで無料で全編読むことができます。以下ではネタバレもしていきますので、回避したい方はまず作品をお読みください。何なら以下のレビューは読まなくてもいいので、『七つの海』を読んでください。

2016年・2017年には、マンガ図書館Z上で岩泉舞さんから年賀状を送ってもらえるという企画も行われ、まだ画業を続けてらっしゃるということだけでも本当に嬉しかったのですが令和になってまさか完全新作まで読めるとは! 生きているといいことがあるなぁとしみじみ思います。

デビュー作「ふろん」
この短編集に収録されている作品の中でも、とりわけ特徴的なのはこの初投稿作品「ふろん」です。「ふろん」から始まるところが、この1冊を強く印象付ける要因にもなっていると感じます。「ふろん」は、ある日突然クラスメイトや先生、家族からも自分の名前を忘れられてしまった中学生の少年を描いた物語です。

同様の設定のストーリーは世の中に数多く存在します。ただ、そこは『週刊少年ジャンプ』ですから、普通であれば日常を脱して非日常に行った後また日常に戻ってくるのがお約束です。普通であれば。しかし、この「ふろん」は見た目こそ爽やかで軽やかなタッチでかわいい男女が描かれながら、そのお約束を容易く越えていきます。

名前を失った主人公は、小学3年生の時のクラスメイトであるナっちゃんの幽霊と出会い「脳みそがなくても脊髄反射で動く無頭がえる」に擬えられます。頭を取られても動くかえるは生きていると言えるのか。それと同様の自分は。名前を失ったときに残る自分と他者を区別するもの、自分らしさとは何なのか。今ここにいる自分は本当に自分と言えるものなのか。形而上学的な問い掛けがクリアな雰囲気の中でなされ、「人の心に住んでないなら死んだも同じよ」というヒロインのセリフと共に主人公は自らの生き様を後悔しながら現世からフェードアウトしていってしまいます。

夢と友情と努力と勝利の物語を浴びて育ったジャンプ読者に、いきなり浴びせ掛けられるバッドエンド。それは長年心にも残るというものですし、何ならここである種の「癖」を開発されて育った少年少女も多いのではないでしょうか。

岩泉舞さんの画風はジャンプというよりサンデーの系譜を感じさせられるのですが、「ふろん」における演出に関してはアフタヌーン的な要素も感じられます。この後の作品が「少年マンガ/ジャンプ的であること」を意識して描かれていることと、アクションも多くなるのに対して、ひたすら静謐なドラマが繰り広げられる内容はより際立っています。

岩泉舞さん自身の解説では「読み手のことを何も考えてない展開が、いかにも投稿作品」と評されています。「だがそれがいい」。それ故にエッジが鋭く、心に深く突き刺さる内容となっています。

「忘れっぽい鬼」、「たとえ火の中…」
田舎を舞台にした現代劇と、鎌倉時代を描いた歴史もので時代こそ違いますが、この2編を通して描かれるのは「鬼よりも人間の方こそがよほど鬼らしい」ということを通して描かれる「善悪」への疑義です。

きたがわ翔さんは、もし当時岩泉舞さんが連載を持てていたら『鬼滅の刃』のような作品を描いていたかもしれない、と語っていましたがまさにその通りだなと思います。「忘れっぽい鬼」で1歳の弟を自分の利益のために平然と殺そうとする少年とその父親の造形や、「たとえ火の中…」での出自による格差の描き方などには岩泉舞さんの作家性が非常によく現れています。

パッケージとしては少年マンガなのですが、その中にも普遍的なテーマへの眼差しが宿っており30年近く経っても決して色褪せない魅力が溢れています。

「七つの海」
子供のころ「大人になりたくない」「子供のままでいたい」と願ったことはないでしょうか。表題作である「七つの海」の主人公は、正にそんな風に願っている11歳の少年です。

のび太くんのように運動も勉強もできず、アトピーという自分でコントロールできない体質に悩んで過ごす一方、冒険の旅に憧れているごくありふれた少年。そんな彼と、彼の祖父の「童心」の部分が実体化した姿との交流を通して、思春期を迎える少年が大人へと成長していく中で訪れる内的な変化の端緒を非常に巧みに描いた作品となっています。

夢はあくまで夢であるということを認識し、現実と向かい合うことで着実に昇っていくありふれた大人への階段。もちろん、その先でだけ見られる景色もたくさんあります。しかし、その過程で失うもの、もう見られなくなってしまった景色もあります。まだ何者でもなく、故に何者にでもなりえる、ずっと無限の夢を見て夢想していられる子供でいたいという幼い願望がそっと閉じられる瞬間の言いようのない寂寥感。

子供のころに読んだ時は、主人公の大人になりたくないという気持ちに痛いほど共感していました。そのころに想像していたよりはずっと豊かで楽しく暮らす大人になれましたが、そのほろ苦さが大人になってから読んでも、いえ、むしろ大人になった今だからこそより強く沁みて堪りません。

10代前半ごろの思春期の繊細な感情の機微の描き方は、岩泉舞さんの卓越したセンスが解りやすく表出しているところです。これだけ描ける方なら、きっともっと沢山の素晴らしい物語も紡げるだろうと確信するに足る短編です。あのころは本当に岩泉舞さんの連載が読みたいと願っていました。

「COM COP」「COM COP2」
悪霊を聖剣で退治する幽霊課の刑事、という設定はまさしく少年マンガの王道であり「The ジャンプ」という感じです。ただ、そうした設定であっても人の心の在り方がドラマの主軸となっているところは岩泉舞さんらしい妙味です。

「COM COP」の締めに登場する「悲しい気持ちがやわらぐ時は…きっと遠くから誰かがぼく達を想ってるんだ 元気になれって…」というセリフの優しさが愛しいです。

そして、「COM COP」ではまだ赤ちゃんだった主人公の息子が「COM COP2」では8歳となり、小さな反抗期を迎えて描かれます。男手一人で育てられた息子は、ある日かつて自分の母親に悪霊が取り憑いてしまったせいで、父親の手で母親が殺められた事実を知ります。そして、息子の目から見れば母親を斬ったにも関わらず平気そうに生きている父親の姿に疑問符が浮かびます。

もちろん、父親は全然平気なはずもなく、それでも自分という存在を守るために平気なふりをしてずっと生きているのだということを知ります。

この、大人であることの苦しさと強さを知ることで少し成長する少年の描き方も本当に絶妙なんですよね。そして、やはり大人になってから再読することで思うところが多い物語でした。

余談ですが、「父ちゃんは大人だから平気でいられるのかもしれない 大人になればなんでも平気になれるほど強くなるのかもしれないけど 今のオレは平気になんかになれない」というセリフは今読むと炭治郎の「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」を彷彿とさせました。こんなところも通底するものがあるのだな、と。

「COM COP3」は『七つの海』には未収録だったのですが、今度発売する『岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET』にはめでたく収録されるようで、喜ばしい限りです。

同じく未収録であった「KING-キング-」、武論尊さん原作の「クリスマスプレゼント」、そして何よりタイトルからして岩泉舞さんらしい瑞々しさが溢れていることを想像させてくれる「MY LITTLE PLANET」、とても楽しみです。

読みたい
N

「N」へのカウントダウン #1巻応援

N
兎来栄寿
兎来栄寿
最初は中学生男子たちの肝試し。 その次は少女の授業参観。 暇を持て余したニートや、就活が終わった大学生など1話1話は独立していてありふれた日常から始まる、オムニバス形式で描かれた作品です。しかし、その日常はある瞬間から一変していきます。 すべてのお話に共通するのは、謎の存在「N」。バラバラの物語が、「N」に収斂していきます。 第1話「A」 第2話「B」 第3話「C」 と、アルファベット順に進行しながら、 第5話「E」 の次が 第7話「G」(7とGは鏡文字、目次でもこの部分だけ反転) で、その次が 第6話「F」 という構成で、その最後には 【第14話「N」まであと7話】 という死へのカウントダウンのような予告。 更には、単行本の最後に入っているおまけの部分も背筋が凍るようなものです。こうした演出も含めて、非常に良いミステリーホラーとなっています。 罪を犯したり禁忌に触れたりする瞬間の、胸の鼓動が早まり冷や汗をかくような心地が的確に描かれており、にことがめさんの作画も話に非常にマッチしていると感じます。 果たして、Nとは何なのか。 14話で一体何が起こるのか。 急激に夏感が出てきた最近ですが、こちらで涼を取ってみてはいかがでしょうか。
うちの母は今日も大安

素敵で前向きで偉大なお母様 #1巻応援

うちの母は今日も大安
兎来栄寿
兎来栄寿
私がありまさんを認識したのは、Twitterで公開されていたこの本のChapter1 第1話にある 「アメリカで事故ってハッピーバースデーを歌ったうちの母」 でした。 アメリカのスーパーの駐車場でバックしていたら、ショートカットしようとしたおじさんと衝突してしまい烈火の如く怒鳴り散らされたものの、「It′s my birthday」というフレーズを聴き取った筆者の母君が店員さんたちと一緒にバースデーソングを歌うと途端に機嫌が良くなり謝ってくれたというほっこりエピソードです。 本書は、そんな素敵な母君様の心温まるエピソードや人生を生きる上で大切にしたいことが詰まった1冊です。 夫の仕事の都合で行った慣れないアメリカで、言葉が解らないときにどうやって英語を覚えていったのか。 介護でしんどくなってしまったときにどう対処したのか。 子どもが元気がなくて学校を休んだときにはどうしたか。 さまざまな、身近にあるシチュエーションで輝く母君の言動に読んでいて心が解れ前向きになっていきます。 バイクの免許を取ったりフルマラソンを走ったり、いくつになっても新しいことに挑戦し続ける気概や、実家での本格的な擬似縁日開催を全力で楽しむ様子を見ていると「人生の達人」と呼ぶのが相応しい気がします。 私もどちらかというと全力で物事を楽しむ方で、そこに一緒になって楽しんでくれる人が集まってくれることが多くて感謝しきりなのですが、母君様には似た気質を感じて共感します。 他方で、 「好きなものをちゃんと持っておく」 「自分の人生を生きなきゃ」 「そもそも人に謝罪と感謝を求めてはなりません」 といった言葉は、心に留め置いて大事にしておきたいものです。 ありまさんが母君様の言葉や存在によってどれだけ助けられ感謝しているかも伝わってくる内容でした。 心を前向きに持っていきたい方にお薦めです。これを読んで、人生を大安にしていきましょう。
わたしって害悪ですか?~お花畑声優厨の場合~

推し活の光と闇の相転移 #1巻応援

わたしって害悪ですか?~お花畑声優厨の場合~
兎来栄寿
兎来栄寿
推しを推す。 それは、人の営みの中でもとりわけ尊いものです。しかし、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。その行為や付随する感情も、行き過ぎてしまうとむしろマイナスに働いてしまうことが往々にしてあります。 本作は、新米声優・土岐野カエデ(23)を推す会社員・美花(26)の推し活の物語です。 初めてアニメで主役を得たことで、露出が増えファンも増えていくフェーズにあるカエデ。しかし、そうなると必然的にアンチの声も目立ってきます。 本作ではSNSや配信コメント、現場などにおけるアンチの描写がかなりしっかりと描かれており、非常にリアルです。美花は大好きなカエデの活動に支障が出ないよう推し活の延長線上として、そうしたアンチに対する″駆除″活動を行っていきます。ファンは原義を辿ればfunではなくfanatic。光と闇は紙一重です。 ただ正直、美花の行為自体はやり過ぎであるとしても、そこで生じるモヤモヤとした気持ちには誰かや何かを強く推した経験がある人なら大なり小なり共感できるのではないでしょうか。 また、美花のそうした行為が生じている原因のひとつに会社のブラックさがあるのは現代社会の暗部だなと感じます。他の人より仕事が早いと待遇は変わらないのに労働量が多くなるので、生産性を下げることが最適解となる矛盾。昼休みまるまる使っても愚痴を言い足りない部長。そこで溜めたストレスが、推し活での快楽をより大きいものにして依存性を高めてしまう。 そんな美花の愚痴を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれて、推し活の応援もしてくれて、抽選にも付き合ってくれる友人のゆずちゃんのような存在は大事にすべきです。主人公が幸せになるのは難しいかもしれませんが、ゆずちゃんには幸せになって欲しい……。 推す熱量の軽さの割に美味しいポジションを確保していてモヤっとするまりんちゃんや、同担で戦友感のある蘭之介さんなど、味のあるサブキャラクターも豊富で今後も楽しみです。 推しは推しても害悪にはなるな、という反面教師的な役割を担ってくれる作品です。
蝶と帝国

帝政ロシアに咲く血塗れの百合 #1巻応援

蝶と帝国
兎来栄寿
兎来栄寿
南木義隆さんが2022年に上梓した小説を、『病月』や『北の女に試されたい』の箕田海道さんがコミカライズした作品です。 赤の広場で演説するレーニンを主人公が暗殺しようとするところから始まる百合物語はなかなかないでしょう。 第1話は丸々カットバックとして使われます。恐らく1920年5月に行われた赤の広場でのレーニン演説の際。すべてを奪われた主人公キーラがその怒りを刃に込めながらも、それをどこに振り下ろすべきか迷いながらレーニンを標的にし、しかし秘密警察に防がれて未遂に終わり捕えられる寸前までが描かれます。1話では、まだキーラの名前も出ないのが特徴的です。まるで、歴史という大海の暗く深い部分で藻屑として消えていったことを象徴しているかのようです。 そして、第2話から舞台は1905年の7月、ウクライナ南部のオデーサ(元々は「オデッサ」と呼ばれていましたが、2022年3月31日から外務省によりウクライナ支援及び連帯を示すためロシア語ではなくウクライナ語に基づく読み方にするという方針で「キエフ」を「キーウ」、「チェルノブイリ」を「チョルノービリ」と呼ぶのと同様に「オデーサ」と呼ぶことに決められました)に場所を移して、本格的に物語が始まります。 美貌と輝かしい未来がありながら暗澹たる過去を抱えるお嬢様のエレナ。エレナの屋敷に仕える、捨て子で故郷も血縁者も持たない16歳のキーラ。世の不条理によって奪われ欠落した部分を互いに埋め合うように、情愛を交わし合う間柄のふたり。その破滅的で危うく、しかし艶やかな営みが狂おしく胸を焦がします。 16歳のころは誰かを憎んだり復讐の炎を燃やしたりといった感情もなかったキーラですが、やがて反ユダヤの機運が高まる中で横行したポグロムという悲劇が彼女を襲います。運命の皮肉と言うべきか、レーニンも実はユダヤ系の血を引く人間でしたが存命中はひた隠しにされていたという事実はキーラも知りえなかったでしょう。 きっと、そこに刃を突き立てられていたとしても本質は何も変わることはない。それでも、突き立てようとせずにはいられない。その身から血と共に溢れる衝動を止めることはでき得ない。人はみな大河の一滴であったとしても、その大きな流れに抗う。その切実な在り方に、強く引き付けられます。 この物語によくぞ箕田さんを抜擢したなと。この黯さと、それだけに止まらない情感の表現をするならば理想的だと感じました。あとがきを読んでも、非常に真摯にディティールにもこだわって描いていることが伝わってきますし、神は細部に宿っています。 今の情勢下であるからこそ、『戦争は女の顔をしていない』や『同志少女よ敵を撃て』などと併せて読んでおくべき作品であると感じます。
巻き添えで異世界に喚び出されたので、世界観無視して和菓子作ります

異世界で小豆を煮て生きていく #1巻応援

巻き添えで異世界に喚び出されたので、世界観無視して和菓子作ります
兎来栄寿
兎来栄寿
和菓子、好きですか? 私はケーキなどの洋菓子も好きですが、和菓子には和菓子の魅力がありますよね。これを書いている今日も、どら焼きを食べました。あんこは体に良い成分がたっぷりなのも嬉しいところです。 本作は、和菓子職人となり将来は自分のお店を持つことを夢見ていた24歳の小百合の物語。彼女は、異世界にもうひとりの「聖女」と共にイレギュラーで同時召喚されてしまい、一生をそこで暮らしていくことに。公爵家のセリウス・ラティオールに助けられながら、新たな世界での新生活を始めていきます。 一般的な中世RPG風の世界観ですが、魔物の血によって汚染された地には作物ができず世界的に食糧難になっているというのが本作の特徴です。 そんな状況下で、小百合は厳しい祖父に受けた教えを胸に、家名に恥じないよう自分にできることをなしていこうとします。小百合が基本的に素直で優しくて努力家という好感度の高い主人公で、推せます。 「異世界×和菓子」と聞いたら「1話から和菓子を作って異世界の人が気に入り感動〜」的なストーリーを想像しそうですが、本作ではそのような事情もあり、まずは元の世界での和菓子の材料に相当するものを探すところから始めていきます。そうした、地に足がついている丁寧な作劇に魅力を感じます。 食うに困っている民衆が多くいる世界で、甘い和菓子を頬張って幸せを噛み締める子供や老婆の姿には心が温まります。美味しいものをお腹いっぱい食べられるというのは、当たり前ではなく感謝すべき大いなる幸福なんですよね。 そして、本作のもうひとつの軸が、小百合とセリウスの関係です。こちらも一足飛びで男女の仲になるわけではなく、セリウスが自分にとって異性と関係を築く上で致命的であると思っていたポイントが、小百合にだけは当てはまらず特別な存在であることが解っていくなど少しずつ段階を経ていきます。 柔らかで優しいコミュニケーションを通して徐々に仲が深まっていく様子が何とも言えず微笑ましく、応援したい気持ちにさせられます。 大きな物語としては、クセのあるもうひとりの「聖女」の動向やおまけ扱いであった小百合に秘められたものなどもあり、お話の引きとなっています。 カバー下もとてもかわいく、和菓子好きとしては応援したくなる作品です。
楊貴妃、綺羅羅【電子単行本】

流麗に描かれる楊貴妃と四神たち #1巻応援

楊貴妃、綺羅羅
兎来栄寿
兎来栄寿
夢枕獏さんによる戯曲「楊貴妃の晩餐」に叶松谷さんが器を作り天野喜孝さんがイラストを添えた豪華なコラボレーションを原案として、『きみを死なせないための物語』にも協力されていた中澤泉汰さんが精妙な絵でコミカライズを果たした作品です。 「あなたの四神はどこから?」 という話題が一時期流行っていましたが(私は『幽☆遊☆白書』です)、本作はやがて王の妃となり楊貴妃と呼ばれる楊玉環(ようぎょくかん)が朱雀・玄武・白虎・青龍の四頭の聖なる獣たちが人間となった姿と関係していく物語です。 何しろ世界三大美女である楊貴妃が主人公。となれば、マンガ化するにあたってはその美しさをヴィジュアルで表現する必要があります。その点で、中澤泉汰さんが見事に楊貴妃の美しさを絵で表現していることは単行本の表紙からも一目瞭然でしょう。着飾っている姿はもちろんですが、ひとりになって弛緩した瞬間の髪を結っている所作なども非常に艶やかで美しいです。 また、楊貴妃のみならず物語の主軸である四神が人へとなった姿もまた麗しく、複数人の美形男子と運命性を感じさせる関係を連ねていくのは少女マンガとしてとても強い部分です。 彼らがどんな人物となっているのかは読み進めていくと解りますが、歴史的には非常に著名な人物たちの競演となるので、ある種『Fate』シリーズ的な楽しみもあります。 幼くして本当の両親を喪ってしまった上に、自由意志を持てず命じられるがままで、常に男たちの欲望に晒される玉環の運命は過酷なものですが、それ故に引き立つものもあります。今を生きる人にも共感されるところは多分にあるのではないでしょうか。 戦後すぐに生まれ伝奇的な作品を得意とする夢枕獏さんの傑出した想像力が生み出す魅力は、今読んでも損なわれません。 中華ファンタジーが好きな方、美麗な絵で描かれる恋愛譚が読みたい方、複数の美形が登場する作品に興味がある方に強くお薦めします。 余談ですが、スペシャルサンクスの中に菅野文さんのお名前があったことに「おお!」となりました。
終末ロッキンガール

祖父と孫とギターと終末 #1巻応援

終末ロッキンガール
兎来栄寿
兎来栄寿
『隕石少女』や『餓天使』の石山り〜ちさんが手がける新作です。 音楽で売れてやると家を飛び出した息子は、10年後に再会したときには遺体に。遺されていたのは生まれつき全盲の孫娘・光(ひかり)。光はに「自分の音楽で世界を一つにする」という父親の目標を継いで、目が見えないながらギターの道を邁進しようとします。 自分も音楽をやっていながら、親に売られて軍属になったことで道半ばで夢が潰えたことで息子にも厳しく当たっていたことを悔いる主人公・雷蔵と、幼いながらにギターの天賦の才の片鱗を見せる光の祖父と孫娘。 このふたりの関係性だけでも一本物語として成立していてそのまま読みたいくらいですが、そこは石山り〜ちさん。 本作はそこからタイトル通り「終末」が襲ってきます。突如襲来した謎の宇宙人によって人類は大規模な攻撃を受け、地上は大変なことに。 ハートフル家族ドラマ×音楽×ポストアポカリプス。 贅沢な三色丼のような作品です。 ポイントは、雷蔵が孫の光の夢を壊してしまわぬよう地上の惨状には気付かせないようにして、何事もなかったかのように振る舞い続けるところです。元気で奔放ですがギターにひたむきな光は守ってあげたい魅力があり、雷蔵の気持ちにも共感します。不器用な性格でありながら、孫愛溢れる雷蔵の姿にも心が和みます。 一方で、襲来する宇宙人たちのえげつない攻撃能力の高さからサスペンス性の強さもあり、しかし彼らにもどうやら弱点はあるようで、そこを突きながら上手く切り抜けていこうとするシーンも見ものです。 徐々に尽きていくであろう水や食料やその他ライフラインをどのように確保し、どのようにわたり合っていくのか。 他の生存者との関わりや、彼らに待ち受ける最終的な運命など目が離せない作品です。願わくば、終わった世界であっても、最後の瞬間には最高の音色を光が奏でて欲しいなと。
方舟

大人気ミステリのコミカライズ #1巻応援

方舟
兎来栄寿
兎来栄寿
週刊文春ミステリーベスト10国内部門第1位、MRC大賞2022第1位、 2023年本屋大賞 7位受賞など、高い評価を受ける夕木春央さんの『方舟』。 そのコミカライズを『誰かを呪わずにいられないこの世界で』の木場健介さんが構成、「5人の内、誰が死ぬか」の悠木星人さんが作画という形で行なっている作品です。 私は『方舟』は原作既読で楽しんでいたので原作との違いを楽しむ方向性で読んでいますが、「5人の内、誰が死ぬか」も良い短編サスペンスだったのでマンガ化にはぴったりだなと思いました。 『方舟』はいわゆるクローズドサークルで、若い男女が閉鎖空間の中から脱出できない状況に陥り、その中で事件が起こっていくタイプのミステリです。 この手の作品は大学生グループが多いのですが、本作の主人公たちは大学で繋がりを持った社会人です。それによって特徴となっているのが、主人公が大学時代から好意を抱いていたヒロイン的ポジションの女性が既に別の人物の人妻になっているという点。いわゆるBSS的な要素も入っており、そこもある種他の同系統の作品とは異なる見所となっています。 たくさんの名作が書かれてきたジャンルですが、そこでこの評価を受けるだけの理由はしっかりと存在する作品です。連載部分では遂に犯人が明かされるところまで描かれており、単行本を読んで続きが気になってもマンガUP!で読むことができるので親切です。 エンターテインメント性の強い設定なのでマンガにしても面白いだろうなと思いながら読んでいましたが、キャラクター含めおおよそイメージしていた通りにコミカライズされています。 普段小説は読まないという人も、推理系やサスペンス系のマンガが好きな方であれば間違いなく楽しめるでしょう。ぜひ、最後まで見届けて欲しいです。
幻想集

作家性が横溢する幻想短編集 #1巻応援

幻想集
兎来栄寿
兎来栄寿
『幸福はアイスクリームみたいに溶けやすい』、『書店員 波山個間子』、『三護さんのガレージセール』などでお馴染みの黒谷知也さん。 上記3作品のような線の整った作品群とは別に、よりコミティアなどで出逢うような雰囲気で作家性を剥き出しにして描いている短編。その中でも、本にまつわる話を中心としたシリーズに分類されるSNSで2021〜22年頃に公開していた短編を1冊にまとめた本です。 こういう夢想が自然に浮かんでくる瞬間ってあるなぁと思える幻想譚たち。泡沫の夢のように、何もしなければ刹那弾ける泡のように消えていってしまうものたちを、繋ぎ留めるように手繰り寄せて現出させ形に残しているような感覚があります。 ときに好奇心を、ときに恐怖を掻き立てられ、不思議さに戸惑いながら酔い痴れ、理不尽に鬱屈としながらそれが快感でもある。 本を愛するから解るところもあり、本を愛するから苦しいところもある。紙とインクによる魔的な被創造物。読書という広大な宇宙海を漂う、無常感と無上感。 本がテーマでないお話も、寓話的で批評的な「グドゥグドゥ」や「鰐の起立」などとても好みです。社会の形式が変わるifがある物語は、想像力を刺激されます。 「言葉の珈琲」という柔らかい口当たりで始まりながら、とても強い刺激に満ちた1冊です。尖った作家性を浴びたい方、非商業的な作品を好む方には強くお薦めします。

岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET

いわいずみまいさくひんしゅうまいりとるぷらねっと
著者:岩泉舞
最新刊:
2021/05/31
いわいずみまいさくひんしゅうまいりとるぷらねっと
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