獣人メイドエレナが、人が生きる意味を考える物語
世界観的には、人間と獣人が共存しており、基本的に獣人は人間に雇われて仕事をしながら生きているという感じ。主人公のエレナは就職先の屋敷で、言葉も発しない、自発的に動けない女性・ヘンリッカの世話を担当します。エレナはとてもよく働きましたが、一度内緒でヘンリッカを屋敷の外へ連れ出します。その際、一瞬ヘンリッカが感情を取り戻したもののその日の夜暴れて拘束されてしまいます。それをきっかけに、エレナはこの屋敷が「戦争により心や身体が不自由になり社会に復帰できない人」たちの世話をする施設であると知ります。 エレナは彼らを通じて「生きる意味とは何なのか」を考えます。 猫耳メイドちゃんがお仕事に奮闘するほんわか系化と思いきや、1話でガツンと来ました。名作の予感がする。
″こんな深い暗闇のなかでなら、
こんなにも美しく
輝き燃える命が見えなくなるというのか。
消えることなく、人の生を照らす導きの光。
『青騎士』第8B号で『エレナの炬火』が連載を開始したときの扉絵のアオリ文です。雑誌掲載時しか読めないアオリ文ですが作品によっては非常に印象的で心に残り、単行本では見られないのが勿体ないとすら感じさせてくれるものもあります。この『エレナの炬火』のアオリ文、特に1話と4話のものは、絵・物語内容とあいまって強く心に響いて残るものでした。
かわいらしい表紙絵だけ見れば「ケモミミメイドの日常コメディかな?」とすら思ってしまうかもしれませんが、
″慈しみを持って生きなさい。
祈りとともに歩みなさい。″
という帯コメントが示唆する通り内容は重厚で骨太です。れおはりうさん改め小板玲音さんが新たに紡ぎ出す世界は、極めて難しいテーマへと挑んでいます。
まず、1話を読んでもらえればこの作品に宿る大いなる価値は十分に感じてもらえることでしょう。しかしながら、1冊を読み通すことで1話で感じたものに類するものだけに留まらない本作の多様な側面を堪能できるはずです。
戦争だけでもなく、平和だけでもなく。この1冊の中に宿る多様性は、ある種まさに現実世界に存在する多様性と相似しています。昨日と同じような今日が続いていく保証なんてどこにもなく、力学が傾くきっかけはどこにでも転がっている。今日もウクライナやその他紛争地域で命が潰えているその一方で、平和を謳歌し文化的な活動に勤しむ人や、無為な行為に溺れる人もいる。そんな世界の複雑さが立体化され、描かれていきます。
ときに優しく、ときに毅然と自らの使命に邁進するエレナの姿は、後々民衆を導く大きな炬火となっていくであろう気高さを感じさせます。高潔なる戦いの中で、彼女はどのような成長を見せてくれるのか。どのような選択を採っていくのか。そこにある「祈り」を強く感じ、心を揺さぶられながら目が離せません。
今年単行本が発売される作品の中でも個人的TOP10に入ってくるかもしれないくらい大好きな作品です。
最後に、4話の魂がこもった秀逸なアオリ文を引用して紹介を締めます。
″家族や街を、身近なものを守るために、鉛の弾丸をこめる。
輝く勲章もなければ、武勲の栄光もなく、銃口を向ける。
故郷に残した生活と来るべき平和を想い、引き金をひく。
殺した敵兵と、その愛する人のために祈りをささげる。″