実験的な漫画の例や、それが成功したか失敗したか、 面白かったとかつまらなかった、惜しかったとか、 あれは今後に流行りそうとか、 そういう話を教えてもらえませんか? 漫画ってこの世に生まれてから、 大勢の作家が色々なことを試行錯誤して 進化成長を続けていると思うのです。 作画技術、ストーリー展開、その他モロモロ。 出版事情や作画道具の変化でも影響はあったでしょうし、 最近ではデジタル作画とかネット配信なんてのも進んでますし。 トキワ荘の時代に石ノ森先生が 見開き2ページ1カットの絵を描いたら編集から 「漫画はコマ割をするもの、手を抜くな!」とボツにされたとか。 なので先生は1カットを無理矢理コマ割して返したとか聞きました。 (このへん、あやふやな記憶です。すみません。) 当時はそういう描き方は認められなかったんですね。 「コブラ」の寺沢武一先生は、デジタル作画の先駆者だと 思いますが、たしか普通に描いたコブラの話のなかに、 絵の中にBGM的に洋楽の歌詞を字幕のように書き込んだような 作品も見たことがあります。 これは自分としては違和感が強くて馴染めませんでした。 最近(でもないかも)は「喧嘩稼業」の木多先生が、 フルデジタルで描いているみたいですけれど、 前作とキャラの顔が凄く違ってしまっていたり、 手書きのときとの違和感を多く感じて戸惑ったりします。 そういった実験的な取り組みについての 例話、感想などあれば、よろしく御願い致します。
@名無し

デジタルに移行して絵が変わっちゃう先生と全然違和感ない先生が居ますよね〜。

有名なところだと鳥山先生はかなり昔の絵と変わってしまいました。デジタルもデジタルで悪くないんですけど、やっぱ昔の絵のすごさにはかなわないというか。

逆に奥浩哉先生と浅野いにお先生メチャクチャ自然ですよね。CGや写真を背景取り入れた作画、当時はメチャクチャ画期的だなと思いました。今や普通のことですけど笑
https://news.mynavi.jp/kikaku/20180427-asanoinio/2

浅野先生の記事、読ませていただきました。
とても面白い内容でした。
浅野先生のデジタル作画に関する説明が
とても上手くて判りやすくて色々と驚きました。
あえて手書きの味を加味しようとしたりしているんですね。
川三番地先生の「あしたのジョーに憧れて」という
ちばてつや先生のアシスタント時代の漫画がありますが、
そちらでは、ちばてつや先生がいかに手書きの味を出すかに
努力されているかみたいなことが書かれていて、
それはそれで凄い努力で驚きました。
ちば先生と浅野先生、ほとんど真逆の技術を駆使していますが、
描きたい漫画の方向は、かなり近いんじゃないかと思いました。

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