マグネット島通信

独特な磁場が、読後の満足感を引き寄せる

マグネット島通信 伊藤正臣
名無し

南の島に移住してきた低迷気味な青年翻訳家。 爽やかさとほのぼの感の両方が漂う島の女子高生。 空から降ってきたらしい謎の金属片。 ちょっとSFが混じったメルヘンでドリーミイな物語が 始まるのかと思いきや、謎のカケラが色々なことを引き起し、 繋がり、広がって、やがて時空を超えた壮大な物語になっていく。 空から金属片が降ってくるという完全なSF設定でありながら、 SF設定を夢や愛や物語を成就させるためだけで使っていない。 小さな部品それぞれがちゃんと繋がることで 凄い働きをする機械が出来上がるように、 夢も希望も不満も事情も抱えたそれぞれの人たちの心が いくつも繋がって動いて大きなものになっていく。 その「ちゃんとした繋がり」にするためにSF設定が 使われてはいるが、決して安直に使われていない。 SFで繋げることで、湿っぽい繋がりにならずに済んでいるし、 パニック物な展開もありながら、最後までほのぼの感も崩れない。 夢物語と論理的物語をバランスよく組み合わせて 「マグネット島通信」という物語を構築するために SF要素が必然性を持って組み込まれている。 読後には滅多にないそして独特な満足感を味わいました。

魔神伝

来留間慎一(秋恭摩)のバトルSFは良いものだ。

魔神伝 来留間慎一
さいろく
さいろく

Switchで真・女神転生シリーズがちょいちょい無料追加されてて(SFC版)懐かしすぎてついついやってたんだけど、その都度思い出す「あの頃」っぽい作品。 時期は少し違うかもしれないけど、自分の中ではBASTARD!!とか幻魔大戦とかAKIRAとかファンタジー系とサイバーパンク(ネオトーキョー)系とかの入り混じった80年代後半の感じが、昔のメガテンと似た空気ですごく好きだった。 この魔神伝(神は本来は「神」の下に「人」と書く)は80年代のオタクのノリとシリアスな展開、今で言うと俺つえー系な俺様主人公。 シンプルでわかりやすい設定で、展開は継ぎ足しして作られているものの、1巻は面白い。 ただ、2巻から始まるRPGの中に入る展開がちょっと…恐らく不評だったのか、打ち切りになってしまったんだと思われる。(本来は全4巻なので巻数は電子版の話) 余談ですが、「来留間慎一」は石川賢の魔獣戦線の主人公の名前からとったそう。 wiki情報だけど、連載誌に石川賢が参入することになって、気まずくなってか「秋恭摩」とPNを変えたそうです。 ※「秋恭魔」というエロ漫画家としてのPNもあるみたい。 秋恭摩としても作品がいくつかあるが、いずれも女性がかわいく、人体絵が当時にしては筋肉や骨格の描写も含めてリアルで上手い。 80年代ということを考慮すると今っぽい先進的な要素がいっぱいある。今もマンガ描いてるのであれば読みたいなぁ。

TIGER & BUNNY 2 THE COMIC

独占配信のもったいなさとマンガ版の変わらぬ素晴らしさ

TIGER & BUNNY 2 THE COMIC 桂正和 上田宏 吉田恵里香 BNPictures 西田征史 T&B2 PARTNERS
兎来栄寿
兎来栄寿

2011年に放映され、熱狂的なファンを多数生み出した大人気作品『TIGER & BUNNY』。 当時は私もロックバイソンとコラボした牛角に足を運んだことを懐かしく思います。放映前からユニゾンファンだったのでオリオンをなぞるで更に人気が広まってくれたのも嬉しかったですし、藍坊主さんのED曲・星のすみかがメロディも歌詞も本当に大好きでした。 「僕が消え、遠い未来で、化石になったら、人は僕に何を見るだろう 分析して、名を付けて、解読をしても、愛した人は僕しか知らない」 とかもう最高ですよね。 2014年公開の『劇場版 TIGER & BUNNY -The Rising-』から8年が経った2022年、遂に待望の『TIGER & BUNNY2』が放映されました。新キャラクターは敵も含め非常に魅力的で、全話見終えたときの満足感は初代と同等でした(ところどころの若干作画の不安定さは2022年になると気にはなりましたが)。 ただ、勿体ないのは「Netflix限定」であること。そのせいか、あれだけ覇権級のコンテンツとして君臨していたにも関わらず私の周囲でも話題にしている人が驚くほど少ないです。また、pixivでも「TIGER&BUNNY」「タイバニ」といったタグが付けられた作品はそれぞれ14万件・1万件以上ありますが、「TIGER&BUNNY2」「タイバニ2」のタグでは170件・75件と驚くほど少ないです。1のタグに吸収されているとしても、零細ジャンルのような数字に愕然としました(私はもっと白黒が見たい、見られると思っていた)。 『ダンス・ダンス・ダンスール』や『サマータイムレンダ』、『風都探偵』などもそうですが今年は独占配信であるが故にブレイクしきらない作品が多く、実に勿体なく感じます。良い作品なだけに切実にもっと多くの人に観てもらえたらと思うばかりで、この文章もささやかな応援の意味を込めて綴っています。 そこで、この上田宏さんによるコミック版です。10年前にも素晴らしいタイバニマンガを描かれていた上田さんですが、そのクオリティは健在。 物語は、アニメでは描かれていない部分を描いており相互で補完し合うものとなっていますが、それぞれ単体でも楽しめるように作られています。コミック版の『TIGER&BUNNY2』にも、真っ直ぐな熱い血潮が流れています。 キャラクターもアクションも非常に魅力的な作画ですが、驚くべきは作画もほぼ一人で行ったとか。このクオリティを、独力で……。頭が下がる思いです。 かつてタイバニが好きだった方、興味はある方、知らないけれど熱くて面白いマンガが読みたい方にもオススメです。

渚 ~河野別荘地短編集~

個人的に期待の作家

渚 ~河野別荘地短編集~ 河野別荘地
六文銭
六文銭

短編集を読めば、その作家との相性がわかると思うんです。 短編という基本1話完結形式のなかで、物語上最低限必要なエッセンスのみつまっているから、その取捨選択というか、核となる部分だけみせてくれると相性も定まる気がするんですね。 そういう意味で、本作を読んだ瞬間、この作家さん好きだなと思いました。 個人的に石黒正数先生に近しいイメージなのですが、何気ない日常の中にファンタジーやホラーっぽい要素をスパイス的にいれてくるの、ホント好きなんですよね。 この作家さんも、似たような感じで、ドツボでした。 日常の切り方って、作家さんの個性が光ると思うんですよ。 え、そんなとこ注目するの? ってポイントが、興味深かったりするとそのままハマってしまいます。 (逆もまたしかり・・・) 本作も、短編の中にぎっしり作家の魅力がつまっております。 「スマートアシスタント」では、突然意識や感情を持ち始めたスマートアシスタントとの交流を描き、「生水」ではスライムみたいな生き物「生水」が当たり前のように日常にいる世界を描き、「旬」では書道教室の未亡人と、書道教室に通い始めた女子高生、そして主人公の3人をエロスこみでリアルな肉体関係(そしてほんのり切ない関係)を描き、そして表題作「渚」では人魚が、下半身を手術して人間になるという話たち。 題材とする着眼点もさることながら、人物の描き方もリアリティがあって自分好み。 作風も派手さはないのですが、じんわり染み込んで惹きつける魅力があります。 なんにせよ今後が楽しみな作家さんでした。

人間不信の冒険者たちが世界を救うようです

正直ラノベ版の方が好きだが

人間不信の冒険者たちが世界を救うようです 川上真樹 富士伸太 黒井ススム
ピサ朗
ピサ朗

美麗な絵が付くとやはり読みやすいし、短くされているとはいえ冒険者たちのダメダメな表情が実に愛おしい。 ストーリーを言うと中堅どころの冒険者PTに所属していたニックだが、細々とした裏方仕事をウザがられて追放されて…といういわゆるなろうの「追放物」のテンプレっぽく、実際なろう版も存在するのだが この作品の実に面白い所は、そうして身を堕としたダメ人間描写が一々説得力と生命力にあふれまくっている所。 メンバーが落ち込んだ時に出会ってしまった趣味がアイドルオタク、キャバクラ好き、賭博好き、食い歩きなのだが、小説版ではここがまあ実に生き生きとしたダメな趣味に出会ったダメ人間を軽妙な筆致で描いていて、感心した物。 漫画版ではこの部分が、主人公ニックのアイドルオタクになる部分しか描かれていないが、実に残念。 とはいえ人間不信なりに仲間との絆を作っていく姿、その為のルール作りなどは所謂ぼっちの人には中々共感できそうな部分も有り、何だかんだ仕事と生活が充実して、現実から逃げるようにハマったダメな趣味が、健やかに自分の生きがいとなる健全な趣味になっていく様なども中々読ませてくれる。 戦闘部分は小説版ではそれ程しっかり読んでいなかったのだが、作画担当の絵が上手いのでここも楽しめる物になっていて、コレは漫画版ならではの利点と言える。 タイトルからするとこの後は大きなヤマにぶち当たるのだろうが、なろう版を読んでも世界を救うのはだいぶ先になりそうである。