聖女メリアと千年王国の騎士

少女が聖女となる物語

聖女メリアと千年王国の騎士 神江ちず
兎来栄寿
兎来栄寿

『しかばね少女と描かない画家』を読んで以来、神江ちずさんのオリジナルファンタジー作品に全幅の信頼を置いています。この新作、『聖女メリアと千年王国の騎士』も非常に楽しみにしていました。 表紙・裏表紙を見ていただければ解る通り、まず何と言っても絵が良いですね。試し読んでいただけるのであれば、1ページ目のカラーも美麗で、これから始まる物語に期待を高まらせてくれます。また、本作はカバー裏の絵もデザイン含めファンタジー全開で、大好きです。 物語としては、いわゆるシンデレラストーリー、あるいは貴種流離譚的なタイプです。主人公のメリアは、ある特別な才能を持っているのですが過酷な境遇で生活することを余儀なくされて育ってきました。しかしある日、王室直属の七騎士のひとりであるダグラスと出逢うことで運命の輪は回り出していきます。 苦境を乗り越えて元々持っていた特別な才能を発揮するシーンは王道ですが、カタルシス抜群です。 千年前に受けた王家の呪いを解く物語であることは明言されていますが、それをいかにして成していくのか。1000年前の謎など、散りばめられたピースがどう産められていくのか。メリアとダグラスの関係性の行く末や、個性豊かな七騎士たちが全員出揃うのも楽しみです。

生活保護特区を出よ。

紙版で欲しくなる神装丁

生活保護特区を出よ。 まどめクレテック
兎来栄寿
兎来栄寿

トーチwebで連載されているこの作品、また素晴らしい才能が出てきたな、と思いました。 生活能力が低い人が、生活保護特区トーキョーに強制的に収容されて共同で暮らしていく世界を描いた作品です。 若干のマンガ的な嘘こそあれ、この作品で描かれる人間たちの姿は現代を生きる私たちと地続きで、そこで生じる葛藤や不条理は単なるファンタジーや他人事とは到底思えない迫力があります。 1,2巻が同時発売された本作ですが、私がこの作品を強く推したい理由は、2巻に集約しています。特に2巻収録の6話や9,10話はたまりません。「生活保護」という単語によって引っ張られてしまうかもしれませんが、それを超えた普遍的な文学性が存在します。様子見で1巻だけ買ってみようかな、と思う方もいるかもしれませんが、『生活保護特区を出よ。』は1,2巻を同時に買って一気に読んで欲しいと強く願います。 そして、何より本の装丁が凄いのです。2022年ベストに選ばれてもまったくおかしくない、素晴らしい仕事です。 装丁を担当した鈴木哲生さんによると、昨今の紙の値上げにより用紙の原価を押さえねばならないという事情があったのを逆手に取り、 「『特区』の環境を想定すると AdobeCC 不使用で作るのがいい」 として、 「本屋に並ぶような本を作る設備のない(特区の)環境」 で、特区の中にいる人が実際に作り得るような本として作られているそうなのです。普段は電子派という方も、もし書店に行く機会がありましたら実物を手に取ってみていただきたいです。

パワー・アントワネット

ベルサイユのバルク

パワー・アントワネット 縞 西山暁之亮 伊藤未生
兎来栄寿
兎来栄寿

突然ですが、漢字テストです。以下は何と読むでしょう? 1.筋肉 2.武術服 3.希望 すべて、この作品の中での読み方ですが答は…… ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1.フランス 2.ドレス 3.プロテイン です。 応用で、「筋肉万歳」は「ヴィヴ・ラ・フランス」となります。 他にも 「ゴリ押し」と書いて「シャンゼリゼ」や 「堅牢さ」と書いて「バリカタ」、 「身に余る光栄です」と書いて「ナイスバルク」など、 『忍者と極道』ばりのルビ芸が繰り広げられます。 そう、これは鍛え上げた筋肉によりすべてを解決しフランスを革命していくマリー・アントワネット改め、パワー・アントワネットの物語。襲い来るギロチンは所詮バーベル以下。何なら武器に加工して闘います。 「パンがなければ己を鍛えなさい」 「常に筋肉は上品で優雅たれ」 など文字通りのパワーワードも連発。 1話では太眉かわいいシャルル=アンリ・サンソンが登場。2話からはローズ・ベルタンも登場しますが、彼女は現代的ギャルキャラに(ローズ・ベルタンのことをしっかり知りたい方は『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン』もぜひ)。まだ登場していないフランス革命周りの主要人物がどのように描かれていくのかも楽しみです。 筋肉が好きな人、圧倒的パワーですべてを解決していくカタルシスを得たい人にお薦めです。

青野くんに触りたいから死にたい

2017年からずっと一番好きな漫画

青野くんに触りたいから死にたい 椎名うみ
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)

この作者はいわゆる天才なんだと思う。 いつも年末にその年一番良かった、好きだった漫画は何かを考える。 でも結局いつもよく分からなくなりそこから数か月経って、これかもしれないなーというのがふわっと浮かび上がってくる。 それが2017年は『青野くんに触りたいから死にたい』だった。 天然で思い込みが激しいタイプの女の子・優里に青野くんという初めての彼氏が出来るが二週間後に事故で亡くしてしまう。 優里は絶望し死のうとすると、幽霊になった青野くんが現れ…。 という始まり方で、これは一風変わったラブストーリーなのかと思った。 ところが読んでみると、とんでもない、そんなところじゃ収まっていなかった。 女の子の方のタガが外れているので何をしでかすか分からないドキドキ感と、青野くん本人も自覚していない隠された秘密が少しずつ露呈していく描き方がたまらなくゾッとする。 ピンク色イチャイチャからのゾッ、これがたまらない。 黄金比だ。 そして、異常事態を許容してしまうタガが外れた女の子優里ちゃん。 ここには人間の怖ささえある。 この漫画には、論理で捉えられない人たちの逸脱した思考・行動の怖さのようなものがずっと漂っていて、頭で理解できない本能的な部分にこそ恐怖を訴えかけてくるのだ。 なんかよく分からないけど怖いってやつ。 でもこれはホラー漫画では決してない。 1人の女子高生の繊細な恋心と仲間たちの感情の機微、つまりは青春を描いた漫画なのだ。 大好きだ。 この漫画が好きな人には是非、映画『イット・フォローズ』も観てほしいし、『イット・フォローズ』が好きな人にはこの漫画を読んでほしい。 ----------------------------- 追記 2020.07.04 話が続いていくほどに怖くなるこの漫画がなんでこんなに怖いんだろうと考えるんだけど、恐怖の根源ってそもそも理解が及ばないものということに気づいた。 昔から人間は理解できない自然現象や見えないけど確実に存在するもの、光や闇などを神とか悪魔とかの所業として畏敬や恐怖を感じていたから、それに近い気がする。 そこに厳然たる理論が横たわっているはずなのに、自分の理解ではどうにも分解できなくて考えが追いつかない感覚。 僕たちには理不尽にすら感じる霊との関わりの中で、ミオちゃんらの協力で少しずつ法則性が見えてきて恐怖が緩和されてきたようにも感じる。 恐怖に対抗する武器は理解なのかも。 自分自身の読解力のせいかもしれないけど、物語から作者さんの意図を読みきれないのが素晴らしくて、対談相手に『青野くん〜』は切り分けられずに様々な感情が付随して描かれていると言われたのに対して、 「私は、境界線を引きたくないんです。明確に境界線を引くって、何かを切り落とすってことだと思うから。そうすると、解像度が下がるので。」 と言っていて、すごく腑に落ちた。 漫画って線画のように、いかに現実の場面から情報量を減らして伝えたいものを画面に落とし込んで伝えられるかっていうメディアだと思ってたんだけど、それは線画の話であって、感情の話ではない。 一般的にデフォルメされた絵柄の漫画で語られる内容は絵柄に比例してシンプルなものが多いので、思えば『青野くん〜』の絵柄もそういう前提で読んでしまってこの感情の解像度の高さとのギャップに面食らってしまったのかもしれない。 当時テレビ放送時に『魔法少女まどか☆マギカ』にも驚いた記憶がある。 作者が感情ではなく理の人だと分かって、それ故に客観視されたような感情の言語化が果たされているのかと。 『青野くん〜』が三幕構成の話で、「キスを返して」までが一幕、『四つ首様編』までが二幕。 二人と仲間たち、どういう結末に向かっていくのか楽しみで仕方がない。