映写室のわかばさん

技術の進歩で風化される専門技術を思う

映写室のわかばさん 青山克己 神田川あゆ
六文銭
六文銭

時代の流れとともに、昔は人の手でやっていたことがボタン一つで片付いてしまう。 そんなところに、なんとなく哀愁を感じるんですよね。 電気をつけるのも昔は木から火を起こしていたわけです。 それがランプになって、今はスイッチひとつですよ。 手作りだった下駄も、今は工場であらかたつくってしまうわけです。 映画の世界も、時代はデジタル再生です。 なんなら人もいないかもしれない。 映写機を使ってフィルムでみれる映画館もどんどん減ってます。 本作はそんな希少職業の一つ「映写技師」のお話。 スクリーンに写す映像を、フィルムで順次流し込む仕事です。 映画1本で、巻き尺みたいに巻かれたフィルムの束を何本も使うこともしばしばで、そのつなぎこみをうまくやる熟練のテクニック。 1分1秒を見逃さず、観客にむけて映像を絶え間なくきちんと流す。 純粋にすごいのですが、機械に取って代わられてしまった技術なんです。 それでも人の手でやることに、私は味があると思うんですよね。 面倒だからという理由で、簡素に効率化して失われてしまったものたち。 そこに、本質があるんじゃないかと思ってしまうわけです。 本作の主人公も、そんなレトロな技術に没頭します。 これから先、使い物になるかどうかわからない技術なのに、 打算もなく、純粋にただ好きで楽しむ姿はすごく良いです。 あぁ、まだこんな世界があるんだなと痛感させられる作品でした。 やっぱり人が関わっている、人がつくっているっていいもんです。

びんちょうタン

大切に描かれ、大切に育てられた作品

びんちょうタン 江草天仁
なかやま
なかやま

自分はアニメからこの作品に入ったのですが、4コマと言うジャンルの枠を超えている素晴らしい作品で、主人公のびんちょうタンの生活を美しく描いていると思っています。 内容は主人公のびんちょうタンの貧しくも清らかに慎ましい生活を中心に描かれたもので、彼女の友人の話や学校へ行きたいなど、本人の世界が徐々に広がっているところが見ていて、心があたたかくなります。 特に、おばあちゃんの話は10年以上たっても、自分の心に刺さっています。 1巻前半の雰囲気とは後半から大きく変わっていくので、試し読み出来る部分と話の軸がちょっと変わります。(ちょっと注意ですが、読んでほしい) wikipediaをみると、即興で考えたキャラクターがひっそりと雑誌の片隅で始まり、徐々に人気が出てアニメ化とのことでした。 自分がこの作品を大きく評価しているのは、その即興で生まれたキャラクター達に命を吹き込んで且つ育て上げた作者の 江草天仁 さんの存在です。 例えば、 びんちょうタンが頭につけている「炭」ですが、コレは単純に備長炭のキャラクタだからつけている、というよりも村には「炭をつける」という風習があり、伝統を重んじる家庭の子供は炭を付けている と言う感じです。 そして、全4巻の作品ですが これ・・・同人誌版で『学校編』が存在します。 連載が終わった 2008年から同人活動として連載を続けて、2013年にまとめた本が発表されています。 これは、きっと作者さんがびんちょうタンを学校に行かせてあげたい、という優しい思いがあったのだと考えます。 大切に描かれ、大切に育てられた作品です、是非

ふることふひと

古事記から「藤原」を巡る秘史へ #1巻応援

ふることふひと 壱村仁 風越洞
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

藤原(中臣)鎌足の息子、史(ふひと)は朝廷で一官吏に甘んじていたが、大海人大王(天武天皇)より歴史書の編纂を秘密裏に命じられる。抜群の記憶力で叩き込んだ史文を、彼はある思惑から名を隠して口述する事に。しかし、倭語で筆記する者に正体を隠す為、止む無く女装をする。稗田阿礼と名乗る女装した史を見た筆記者の太安万侶は思わず言ってしまう……「愛(うつく)しい」と。 ◉◉◉◉◉ 歴史書とは「古事記」の事。梅原猛の「稗田阿礼=藤原不比等」説に「稗田阿礼女性説」を掛け合わせた感じのストーリーは、様々な秘密や疑問が折り重なった、多様な面白さが詰め込まれている。 女装を巡る秘密と太安万侶のドキドキはコメディとして。分かりやすくコミカルな神話語りは知的好奇心として。神話への思いがけない疑義は政治ミステリーへ……等々。 見所を沢山詰め込みながら、史の「中臣」への疑問は、「藤原」を巡る大きな秘密に向かって静かに、だが大きく進んでいく。 歴史を少し知っている人なら、家名を変えながら1200年もの間続く藤原家の権勢の、理由を知りたいと思うのではないか。始祖・鎌足の後、没落した藤原を再興した、史=不比等の存在にその根本理由があるとしたら……という大きな運命に、記憶力以外は割と真っ当な若者の不比等が今後、どのような心持ちで挑んでいくのか。 また一つ、嘘みたいな本当の様な、不思議に胸躍る歴史ミステリー(エンタメ要素もバッチリ!)が生まれてしまった……。

魔女のマリーは魔女じゃない

史上最もコミカルな"魔女狩り"の物語 #1巻応援

魔女のマリーは魔女じゃない 小林安曇
sogor25
sogor25

時は16世紀。神聖ローマ帝国は"魔女狩り"の最盛期である。勿論処刑される者の中に魔女はほとんどおらず、本物の魔女は密かに身を隠したり上手く人間社会に溶け込みながら生き永らえていた。 主人公の魔女・マリーも森の中の小屋に1人で済みながら薬草を提供するなどして人間社会との関わりを保っていた。この作品はそんなマリーと彼女の身に迫る魔女狩りの危機の物語 …を限りなくコミカルに描いた"スラップスティック魔女ライフコメディ"である! そもそもマリーは自身のことを魔女だと思っていない。ただちょっと箒で飛べたり悪魔を召喚できたりするだけである。ちなみに彼女の言動にツッコミを入れてくれる相棒のナハトは"カラス"である。 その上でマリーは人間社会との関わりを極力保とうとする。一応身を隠すために礼拝に参列したりはするのだが、魔女の使いと言われる黒猫を助けたり箒を武器にしたりして自ら墓穴を掘っていく。 その軽いノリとキレのいいボケツッコミを繰り広げながら、魔女狩りなどのシリアスな設定はしっかりと守られていてそのギャップが楽しい不思議な雰囲気がある。果たしてマリーは魔女狩りを避けながら平穏な日常生活を守ることができるのか。乞うご期待! 1巻まで読了

Still Sick

漫画で繋がる、拗らせた二人。

Still Sick 灯
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

秘めた同性愛を同人誌にぶつける清水真琴。父を見返すために漫画を描き、見失って描けなくなった前川茜。創作の動機も愛情の形も歪んだ二人の、繋がるような繋がらないような、絆の物語。 —— 拗らせながらも前向きに生きてきた清水の前に現れた前川は、拗らせ方が尋常ではない。清水は翻弄されるが、それでも前川を気にかける。 一方、清水を試すように距離を縮めたり、突き放したりする前川。 小悪魔女子の前川が抱く「病み」と、どうしようもない寂しさが、捻じ曲がって清水に向かうのが息苦しい。 彼女達を繋ぎ止めるのは「漫画創作」。過去に間違ったモチベーションで失敗した前川には、真っ直ぐに創作の楽しさを語る清水は苦しい存在。それでいて、自分の中にもあった創作の喜びを、思い出させてくれる存在でもある。 前川が自分の創作意欲を見出そうとするのを、清水は応援する。そして寄り添いながら、二人は思う。 「色恋で壊れるような関係など、いらない」 この想いは、例えば過去に、友情に恋愛を持ち込んで失敗したことのある人なら、分かるかもしれない。 大切な事との距離の取り方を致命的に間違えてきた、「未だ病み」の中にいる二人。それでも少しずつ時間を共有し、気持ちをぶつけ合ってきた彼女達は、今後、どのような絆を繋ぐのか。切ない気持ちを共有しながら、見守りたい。 (2巻までの感想) (創作の動機が歪んでいることを否定する意図はありません。本質的に創作の動機は属人的で歪んだものであり、だからこそ愛おしいものだと考えます)

ファンタジー老人ホームばるはら荘

もしもかつての勇者たちを"介護"することになったら…どうする?

ファンタジー老人ホームばるはら荘 岡村アユム
sogor25
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かつて魔王との死闘を繰り広げた歴戦の勇者たち。その死闘から数十年、彼らも加齢という敵には抗うことができず、平和になった世の中でひっそりと余生を過ごしていた。そんな余生を過ごす家、特別養護老人ホーム「ばるはら荘」。 そこに職員として紛れ込んだ魔王の孫娘・マリー。彼女の目的は祖父の復讐、つまり年老いた勇者たちに自らの手で仇を打つこと。しかし彼女は知らなかった。勇者たちは年齢を重ねても現役時代と同様の魔力・戦闘力を保っていること、そしてそれにも拘らず、すでにボケが始まっていて時折能力を不用意に暴走させてしまうことを… という、剣と魔法の世界×老人ホームという異色の組み合わせの作品。ファンタジーの雰囲気を保ちながら実際にやってることは老人介護というアンバランスさ、そして勇者たちを介護するために集められた超有能な職員たちと、その辺の事情を全く知らずにノコノコと介護の現場という"戦場"に足を踏み入れてしまったマリーの振り回されっぷりがクセになる。現段階でもすごく面白いけど、今後の展開の仕方、それとマンガ読みの間での認知のされ方次第では「ダンジョン飯」になるポテンシャルを秘めている、そんな作品だと思ってます。 …というのが、この作品をファンタジーもしくはコメディとして見たときの感想。それに加えて私個人としては"介護を描く作品"としても非常に注目しています。 作品全体としては介護の対象が勇者たちなだけあって"異世界モノ"特有のフィクション性の高い設定も数多く見られますが、入居者に対する個々の介護の様子を見てみると、現実の介護にも当てはめられるような描写も多く見受けられます。 現実世界では"介護"もしくは"介護士"というと非常に厳しい環境に置かれており、半ば社会問題となりつつあるように思います。そんな介護の現場をリアルに描こうとすると、社会性が高くなる他方でエンタメ性を保てなくなり、敷居の高い作品となってしまうのではないでしょうか。 そんな中でこの作品は、ファンタジーとして作品のエンタメ性を確保しつつ、いずれは誰もが接することになるであろう"介護"という存在をよりポップに読者に伝える、そんな意図も隠されてるのでは、というの深読みしすぎでしょうか? いずれにせよ、コメディとしての面白さもあり、介護というものに気軽に触れることもでき、読んでいていろんなものを得られる作品であることは間違いないです。 1巻まで読了

魔法使いの嫁 詩篇.75 稲妻ジャックと妖精事件

『まほ嫁』スピンオフのバディアクション!

魔法使いの嫁 詩篇.75 稲妻ジャックと妖精事件 オイカワマコ ヤマザキコレ 五代ゆう
ANAGUMA
ANAGUMA

『魔法使いの嫁』のスピンオフマンガ! 主人公は幼少期に「チェンジリング(取替子)」によって人間に育てられた妖精ジャックと妖精に育てられた人間ラリー。彼らが成長してコンビを組み、魔法絡みの事件を解決するためニューヨークを駆け巡る! 原作は舞台がイギリスで、ゆったりした時間の流れが味わいになってますけど、本作はニューヨークの賑々している感じとアクションの派手さで特徴つけてるなと思いました。 そしてバディものはやはりいい。 取替子として育ったジャックは人間の世界に馴染みきれない寂しさを抱えていて、それを同じ境遇のラリーと一緒に過ごすことで和らげている。この関係性やキャラクター造形も混沌と孤独の街ニューヨークが舞台になっているのが超効いてます。最高…。 ジャックちゃんがニッポン・アニメのオタクなのもツボ(かわいい)。 ただカワイイだけじゃなく、物語のキャラクターに自分のあこがれを重ねて、格好良くあろうとしているのもグッときます。彼女が一人前になるのを応援したくなりますね。 僕は原作途中で止まっちゃってたんですけど本作に触れて読むの再開しました。 『まほ嫁』の広大な世界観の一片を個性的に使いながらも、原作の魅力もいや増すような良スピンオフだと思います!