イケメン女子と金髪ショタ

おねショタ好きでなくとも響く物語 #1巻応援

イケメン女子と金髪ショタ ふじもとまめ
兎来栄寿
兎来栄寿

第1,2話がバレンタインデーのエピソードから始まる『イケメン女子と金髪ショタ』。正に本日2月14日に読むに相応しい作品です。 背が高く容姿端麗で運動神経がよく性格も優しく料理やお菓子作りも得意な愛波昴(まなみすばる)は、女子校で王子様ポジション。バレンタインデーにはチョコレートで山が築かれるほど大人気。そんな昴の家の隣に、最近引っ越してきたのが日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフの少年・マルクくん。物怖じしながらも、ときには海外流のスキンシップも厭わない無垢な少年によって昴の心は掻き乱されていきます。 いわゆる「おねショタ」ですが、王子様系女子のクールな佇まいが崩され、ドギマギするのが好きな方も多いのではないでしょうか。ふじもとまめさんの可愛らしい絵柄もあいまって、ラブコメとして非常に秀逸です。 ただ、タイトルからしてもライトな内容を想像するかもしれませんが、この物語の価値を高めているのは一見穏やかに見える状態の裏に登場人物たちが秘めている気持ちとその描き方です。昴は、周囲からは完璧な王子様であることを求められているが故にその役割を全うすることを半ば自分にも強いています。しかし、どこかでそれは本当の自分ではないのではないかという気持ちも抱いています。そんな自分の素の気持ちを引き出してくれる役割がマルクくんという存在。 マルクくんはマルクくんで、友達と別れてやってきた異国の慣れない環境で、ひとり色の違う自分が新しく通う学校で無事に友達ができて上手くやっていけるか不安を抱えています。そんなときに手を差し伸べてくれた昴の存在は、彼にとってどんなにか大きくありがたいものだったか。 ただ明るく楽しいだけではない仄暗さもありながら、お互いが関わり合うことによって光の差す方へと進んでいく。一見すればタイトル通りのおねショタではあるのですが、その奥にある本質的な部分での繋がり、救い合う関係性は、もしふたりがまた違った年齢・性別であったとしても変わりなく尊いものです。そうした関係性が丁寧に描かれているからこそ、読んだときにハートフルさが胸を温めてくれます。 個人的には、昴の本質に気付いておりその上で自分の想いに自覚的な幼馴染みの紀代乃ちゃんがとっても気になります。本作のタイトルからしても概ね大道寺さくらちゃんポジションになってしまうとは思うのですが、だからこそ美しい。そういうものもあります。 おねショタ好きの方はもちろんですが、そうでない方にも広くお薦めしたい作品です。

東千石さんのメイクアップドール

ガール meets かわいいを作れるスパダリ #1巻応援

東千石さんのメイクアップドール ことぶきりー
兎来栄寿
兎来栄寿

シンデレラの原型として最古のものと考えられているロドピスのお話は紀元前から存在し、類型となる物語は世界中にあるといいます。 少女マンガはもちろんのこと、少年マンガにおいても「変身」は普遍的なテーマです。普段の自分を脱して、憧れていた特別な存在に変わること。潜在的に多くの人が持つ願望を叶える物語は、2000年以上前から現代でも王道として親しまれる強靭な型です。 『東千石さんのメイクアップドール』は、そんなシンデレラ・ストーリーの最先端。万年ジャージ女子大生・玲(あきら)が、美容学生である東千石に「練習用人形(メイクアップドール)」として起用されることで、今までとまったく違う日常を過ごしていく物語です。 この最新鋭シンデレラ・ストーリーにおいては、シンデレラを着飾るのも綺麗にするのも魔女ではなく王子様である東千石さん自身。パーティ用のガッツリメイクから、普段用のナチュラルメイクまで完璧に仕上げてくれます。しかも、お召しになる素敵なドレスや衣類もすべて当然王子様からのプレゼント。何なら、ガラスの靴ではなく初めてのヒールすら王子様が跪いて履かせてくれるとなっては、 「こっ こんなの頭おかしくなっちゃうよ」 という反応が現れるのもむべなるかな。 更には、王子様はメイクの傍らで美味しい食事まで拵えてご馳走してくれるし、オイルマッサージなどエステ的な施術もしてくれます。旧来の少女マンガならヒロインが料理をして好感度を上げるところですが、ある意味ではシンデレラ以上の好待遇。玲に関してはやっかむような家族や貴族的な人もほぼ存在しません。逆に、美しくなったことを讃えてくれたり、王子様との関係性を囃し立てながらも応援してくれる良き友人がいるばかり。この辺りの優しい世界観も令和的です。 それでも、玲がこんな厚遇を受けるのを素直に納得できて応援できるのは、玲が気は優しくて力持ちで、「義理と人情」を金科玉条のように掲げて日々人助けをしながら生きており、王子様に料理を振る舞われたならお返しに自分も作ってあげようとするような気立ての良さ。また、幼い頃にかわいい格好をして笑われたトラウマから、半ばかわいくなることを諦めていたという事情。何の躊躇いもなく幸せになって欲しいと応援できるふたりです。 筆者のことぶきりーさんが、フリーのヘアメイクのお仕事をしながら漫画家も兼業しているということで、「丸顔だからヘアは額出して縦のライン強調させた方が大人っぽくなる」など、作中のメイク関連の技術や知識、アイテムなどかなり細かくしっかりと描かれています。玲の髪型も、細かく描き分けられていてそれぞれ可愛いです。そう、純粋に絵がかわいいしカッコよくて魅力的です。巻末のオマケマンガ「〜玲のめいくあっぷ道場〜 突然ですが教えてくださいっ東千石さん」も非常に実践的な内容となっていました。 ただ、「練習用人形」でいられる期間は1ヶ月。その12時の鐘が鳴ってしまったら、果たしてどうなってしまうのか。 スパダリ王子が登場する甘い王道恋愛が読みたい方に強くお薦めです。 余談ですが、単行本の作者コメントから感じる地元愛にも共感します。

東くんの恋猫

コントラスト巧みに紡がれるそれぞれの想い #1巻応援

東くんの恋猫 菅原亮きん
兎来栄寿
兎来栄寿

『猫で人魚を釣る話』の菅原亮きんさんによる新作です。今回も「猫」がタイトルに含まれており、内容ともども猫愛を感じます。 菅原亮きんさんの作品は、『猫で人魚を釣る話』からそうでしたが菅原亮きんさんだけにしか描けない世界が醸し出す雰囲気を持っているのがまず魅力です。 それを生じさせている要因のひとつが、独特の画面作り。純粋に絵柄による部分もありますが、1話の扉絵のような明暗の描き方であったり、輪郭を描かない絵本のような樹木や植え込みであったり、モノローグの並べ方であったり、ハイライトの描き方であったり、構図であったり……諸々ありますが、特に特徴的なのはオノマトペです。 「ガー」や「ポーン」の「ー」がベクトルを感じさせる矢印になっていたり、「キーンコーンカーンコーン」の「ン」の上の部分がベルになっていたり、『猫で人魚を釣る話』1話冒頭の雪が降るシーンの「しんしん」は猫のしっぽのように柔らかそうな質感であったりします。2話の見開きで猫が撫でられるシーンは5種類の感触に併せて5種類のオノマトペがそれぞれ特徴的に描かれている顕著なシーンです。「サラサラ」は薄く、「つるつる」はつややかで、「ゴツゴツ」はいかにも太く硬く、「ピリピリ」は刺々しく、「ベタベタ」は気色悪げに。オノマトペに「(笑)」や「(集)」などの感情や様態の情報が付加されていたり、読者から見ると鏡写しでキャラクターから見たときに正位置になるように描かれているものも。最初は無意識に読んでいることが多いと思いますが、再読するときにでもオノマトペに注目しながら読んでみると色々な遊び心や工夫が見られて面白いです。表紙や各話の題字も、それに倣ってか空間に溶け込んでいるのも良いです。ちなみに私が好きなのは、猫がご飯を食べるときの「ガシャガシャ グァつぐァつ」です。 そして、そんなオノマトペによって普段は全体的に賑やかな雰囲気を纏っているだけに、静かに感情を強く表出させるシーンがより抑揚を持って響いてきます。 本作は、主人公の16歳の少年・東大和(あずまやまと)の担任・椎名先生への初恋と、そんな大和のことを大好きな猫の來瞳(くるめ)が中心となって繰り広げられる群像劇。大和も椎名先生もそれぞれ過去に生じた出来事により抱えている想いがあり、その描写と共にそれぞれの想いも深掘られていきます。そこに、猫である來瞳の視点から見た世界と強い感情も上乗せされることで、より立体的な関係性が浮かび上がってきます。しっかりと「人間」が描かれているのが良いですし、また猫に限らず人間以外の家族がいる・いた人には強く響きそうなエピソードもあります。 菅原亮きんさんの作品は派手な解りやすいエンターテインメント作品ではないですが、じんわりじんわりと沁みてきて気付いたときに涙が零れているような良さがあります。1巻の後、雑誌連載分は更に見逃せない展開になってきており、静かにゆっくりと味わって行きたい作品です。

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