外見至上主義

大人気Webtoonの横スクロール電書化 #1巻応援

外見至上主義 T.Jun
兎来栄寿
兎来栄寿

Webtoonを全く読んだことのない人に最初に薦めるとしたら、T.Junさんの作品は筆頭に上がるでしょう。『外見至上主義』、『喧嘩独学』、『人生崩壊』はどれも面白く抜群の人気を誇る作品です。 T.Junさんは鳥山明さんを一番尊敬しつつ、古谷実さんが一番好きな漫画家で、『闇金ウシジマくん』なども好きだと公言しています。となれば、どんな作品が生み出されるかは想像に難くないことでしょう。 少なくとも、『外見至上主義』はタイトルとあらすじで想像されるものよりは多様な魅力を湛えた作品です。私は連載で読んでいて、泣かされたシーンもありました。 本作の最大の美点は、何と言っても躍動するキャラクターです。先に進めば進むほどたくさんの魅力あふれるキャラクターが登場して、その魅力をさまざまなエピソードで見せてくれます。2巻表紙のバスコや3巻表紙の四宮などは皆好きになるキャラクターでしょう。「マンガはキャラクター」とよく言われますが、友情あり恋愛ありで無限にエピソードを作れるだろうなと感じる生きたキャラクターの群像劇になっています。ギャグも多めでありながらシリアス部も光る構成は、T.Junさんが好きだと語る『今日から俺は!!』からの影響も感じます。 そして、エンターテインメント性とテーマ性を兼ねた設定の妙。経済的な豊かさ、ルックスの良さ、腕力の強さ……。残酷なまでの格差に支配される社会で、それを逆転する手段を手にした主人公が普段とはまったく違う扱いを受けていくところは、無双的なカタルシスがあります。しかし、一方で諸々の格差自体は厳然と存在し続け、それによって不条理を強いられる人間もいます。それぞれの生き様、戦いや抗いも見所です。 また、これはWebtoonの王道設定なのですが、母親が辛い境遇に遭いそれに主人公が立ち向かっていくというシチュエーションが本作でも描かれます。家族という単位は万国共通。基本的にT.Junさんは韓国の読者向けに作品を作っていてグローバル化は考えていなかったそうですが、国境を越えて伝わる魅力と強度を持っています。 もしどうしても縦スクロールは受け付けないという方がいたら、この通常のマンガと同じ形式に編集されたこちらのバージョンで読んでみると良いかと思います。そしてこちらの電子書籍版が2/1に発売となりました。昨年末にはNetflixでアニメ化もされ盛り上がっていますので、この期に推薦します。

おじくんとめいちゃん

いつも心の中にめいちゃんを。 #1巻応援

おじくんとめいちゃん ナキエイドー
兎来栄寿
兎来栄寿

元気溌剌で天真爛漫なかわいい姪が自分のことを無条件で応援し続けてくれる。現代社会にはこういう作品が求められていることでしょう。しかも黒髪ロングとなれば、私の個人的需要もストップ高です。 赤ん坊のころからかわいがってきた姪ももう高校入学。かたや自分は36歳の連載が短期で終わった出不精かつ不摂生のおっさん漫画家。そんな2人の「おじめい」が織りなす日常コメディです。 姪の芽衣(わかりやすい!)からのフェイバリット値は非常に高く、すぐに抱きついてくるし、すぐにどこかへ2人でのお出かけに誘ってきます。ファンタジックですが、ひとつまみのファンタジーが必要だと『さよなら絵梨』でも言ってました。 喜怒哀楽を全身で表現するかわいい芽衣と、それに振り回されつつも大人としてのサポートを適切に行なっていく様子が微笑ましく、癒されます。 基本は明るいコメディなのですが、それだけでないところも魅力です。自分のアシスタントが連載デビューして、他の知り合いもそれぞれに活躍している中で自分は連載企画が通らず無職との間を彷徨っている。そんなときにその元アシスタントから作画の手伝いをしてもらえないかと打診されたときの 「君の善意から勝手に苦しみを受け取ってしまいそうで  そうなったら罪悪感に耐えられないから…」 というセリフが、この作品を引き締めています。 そのような苦しみを抱えているときに、漫画のことも全部解ってくれるわけではないけれど、親身になって悩みを聞いてくれて応援してくれる姪がいる。ひとりの人間にとって、そんな存在がいることがどれだけ救いになりありがたいことか。そうして得た活力で、できることを頑張ってやっていく内に道が開けていく様は素晴らしいですね。 元の個人誌バージョンでも、ところどころサイレントになり絵だけで魅せる演出が効果的に行われていましたが、この商業版でも同様にセリフのあるシーンとないシーンで上手く抑揚が付けられています。特にふたりで推しのライブ映像を観ているときに、家族が続々とノリノリで参戦してくるシーンは勢いと一家の仲の良さが好きです。 余談ですが、男4人での飲み会の内の2人に美少女アバターがあるというのも現代的で、自分も近い将来置かれそうな状況だなと思いました。 現実に芽衣ちゃんはいなくても、否、いないからこそ『めいおじ』を読んで心の中の芽衣ちゃんに応援してもらって頑張って生きていきましょう。

ぼっち死の館

ヒューマンドラマの極致 #1巻応援

ぼっち死の館 齋藤なずな
兎来栄寿
兎来栄寿

生きて、死ぬ。すべての人間に例外なく訪れるその最後のときを、どのように迎えるのか。 40歳で漫画家を志してデビューし、現在76歳の齋藤なずなさんが数年前から少しずつ描き連ねた連作短編が単行本化されました。 「現在、読者のニーズは多様化しているにもかかわらず、『青年誌』『青年コミックス』という大きな呼称ではシニア読者に届けきらない時代になってきました。そのため、人生のフロントライン(最前線)に立つ70代以上の読者に向けたレーベルとして、新たな売場を創設していく必要性を感じ、今回『ビッグコミックス フロントライン』レーベルを誕生させました」 として「老いや介護、看取り、終活、終の棲家など、シニア世代向けの題材」を扱った新レーベル「ビッグコミックス フロントライン」の作品です。第一弾の『父を焼く』から始まり、読み応えのある作品を送り出してくれています。 内閣府のデータによると、1980年には65歳以上の高齢者を含む世帯数は800万世帯ほどで、その内単独世帯は90万世帯ほどでした。それが現在では、昨年厚生労働省により公表された「2021(令和3)年国民生活基礎調査の概況」によると、65歳以上の高齢者を含む世帯数は1500万世帯で、その内単独世帯が742万世帯と約半数を占めます。今後ますます高齢者を含む世帯、とりわけ単独世帯は増えていくことでしょう。 本作では、かつて「ニュータウン」と呼ばれた街のとある団地を舞台に、主に高齢者を中心にした群像劇が描かれます。1話完結型ですが舞台や登場人物は共通しており、それぞれの人物の語られる深度の違いや、異なる視点から見たときに感じられるものがまさに団地での人付き合いに似た手触りを覚えさせられます。現代的な、基本的に隔てられていながらも薄く繋がっている時代における「最期」を意識したお話たちは、来るべき未来のお話として切実です。 中心となっている人物のひとりは一人暮らしでマンガを描いている女性で、同じく団地暮らしであるという筆者の実体験や考えが多分に反映されているのでしょう。 自分から見れば羨ましく見える状況が、その人にとっては悩みの種であったり。 表には何の苦労もなく生きているように見える人が、裏ではとても辛い想いを重ねていたり。 人にはそれぞれの幸不幸、天国と地獄があってそれは簡単に外から推し量れるものではないということをさらりと鮮やかに見せてくれます。 自分は売れた経験もなく、若い才能はどんどん出てきて、苦労して描いたネームも没になり、それでも僅かな国民年金では生きていけないので体調不良を押して次から次へと死ぬまでマンガを描き続けねばならない。しかし、そんなことすらもある人からは「辛くても本気でやらなくちゃいけない、誰でもできることじゃない自分だけの仕事があることが羨ましい」と言われます。こういう所が本当にグッときますね。 どのお話もそれぞれの良さがありますが、1話のガラケーからスマホに変えて「フェースブック」を始める男性のお話がとても好きです。SNSは負の側面が取り沙汰されがちですしそういう部分もしっかり描かれますが、ひとりで暮らしていても繋がりを持てることや、アップする写真を撮るためにそれまで見向きもしなかったものに触れることで生まれる豊かさは良いものです。このお話は構成も良く、ラストの美しさに感じ入ります。 試し読みの冒頭から情報量が多く、最初は少し取っつきにくさも感じるかもしれませんが、本当に素晴らしい作品で広い世代に届けたい1冊です。

胚培養士(はいばいようし)ミズイロ~不妊治療のスペシャリスト~

おかざき真里さんが描く「不妊治療」 #1巻応援

胚培養士(はいばいようし)ミズイロ~不妊治療のスペシャリスト~ おかざき真里
兎来栄寿
兎来栄寿

夫婦5〜6組の内1組は不妊治療を受けていて、14人にひとりは体外受精で生まれていて、治療件数が世界で最も多く、しかし最も妊娠率の低いという超少子高齢化社会の日本。 『阿・吽』という傑作を完結させたおかざき真里さんが新たに挑むのは、そんな日本社会における不妊治療とそのスペシャリストたち。重いテーマを選ばれたなと思いますが、おかざきさんが描くのなら絶対に素晴らしい作品になるだろうという確信もあり、連載前から期待せずにはいられませんでした。 『コウノドリ』を読んでいる方であればご存知の通り、この世のすべての出産は奇跡です。残念ながら望んでいても授かることができなかったり、授かっても無事に産まれてくることができなかったりすることもままあります。 女優としてのキャリアと、子供を産みたいという願望が対立してしまい葛藤しながら妊活をする45歳の女性。 突然、無精子症を宣告された男性。 卵子凍結を希望する女子高生。 それぞれの、さまざまな理由を抱えた人々を通して、命をその手で扱う胚培養士の仕事の全貌が描かれていきます。「卵子凍結」と一言で述べられますが、それがどのような工程で行われているのか。綿密な取材をされたことが伝わってくる詳らかな描写は、現代に生きる者として一読の価値があります。 不妊治療に関しては、自分が死ぬ程苦労していることを他人があっさり成し遂げているのを目の当たりにして「何で自分だけ」と相対比較により苦しむことも、往々にして起きます。 「人は自分の見たいものしか見ない」 「見たいものだけ見られればどれだけ良いか」 という言葉が重いですが、見据えて立ち向かわねばならない現実が美化されず真摯に描き連ねられていきます。 特に、男性は不妊治療を「男である自分とは関係のないもの」と思ってしまっている方も少なくないでしょう。そういう方にこそ読んで欲しいと思います。本日1巻発売ですが、2巻で描かれることになるであろうエピソードは男性も考えさせられる人が多そうです。 『コウノドリ』と共に多くの方に読んで知って考えてもらいたい作品です。自分や家族が不妊治療を行なっていなくても、知っておくことで変わるものは必ずあります。

スティアの魔女

謎多き少女と世界 #1巻応援

スティアの魔女 牧瀬初雲
兎来栄寿
兎来栄寿

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」 不意に『方丈記』の冒頭を思い出すようなファンタジーです。美しさと共に、無常感も覚えさせられる水の流れ。清流もあれば、濁流もある。それは恰も人生のようで。 本作はいろいろなお客さんを舟で運ぶ「渡し守」として活躍する少女を描く物語で、最初は『ARIA』的な感じになるのかなと思いました。実際、同業者であったり舟を造ってくれる人であったり、さまざまなお客さんとの交流などには近しい要素もありはします。種族も老若男女もバラバラな人々との交流が必然的に生まれる接客業ですから、それだけでもお話は無限に生まれそうです。ただ、1話を試し読んでいただければ解る通り、この世界はもう少し剣呑です。 魔族が存在し、人類の生存域も脅かされていて、ヒロインのハルも何やら訳ありの過去を持っている様子。日々の渡し守としての生活を営みながら、彼女の過去に何があったのかも少しずつ明らかにされていきます。 また、魂の眠る場所とも伝えられ、未知の魔法や財宝や神が存在するとも噂される謎に包まれた「歪みの霊峰」という本作の焦点になりそうな人類未踏の地の謎とも併せて、ミステリー的な箇所の存在によってこの先の展開への興味を誘ってくれます。幕間では、設定の詳細が解説され、世界観が作り込まれていることも感じさせられて期待が高まります。 大きな想いを抱えながらも一日一日を丁寧に生きるハルの姿は、現代に生きる私たちにも通ずるものがあるでしょう。過去への向き合い方、選択への責任。ファンタジーであるからこそ、より響くものもあります。 静やかに始まりながら、徐々に徐々に振幅を強めていくこの物語が、どこへ漕ぎ着くのか。この先も楽しみです。

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