凍犬しらこ

でっかい犬に乗って滅びた北海道を大冒険 #1巻応援

凍犬しらこ ハラヤス 安原萌
兎来栄寿
兎来栄寿

人間より大きい犬に乗って、広大な世界を走り回って冒険の旅をしてみたいと思ったことはありませんか? これは、そんな夢を叶えてくれる作品です。 氷河期(スノウボールアース)が訪れた未来の北海道を舞台に、体が氷雪でできている「凍犬」のしらこと旅をする青年・太一が主人公。 世界は徐々に温暖化が進んで春が訪れようとしていますが、しかし人間の体温でも溶けてしまう凍犬は、春になると消えてしまう定めを背負った儚い存在。そんな凍犬のしらこを生かすために、太一は世界が暖かくなっても冷たいままの場所である虹の根を求めて旅をします。 設定から既に切なさが溢れ出ているのですが、それを吹き飛ばすくらいにしらこの犬としての動きが愛らしくてかわいいです。サイズは大きくても、行動は犬そのもの。ボールを投げてもらうのは大好きだし、人間に構ってもらうのも大好き。はぁ〜〜〜、わっしゃわしゃに撫で回したい。雪原の上で思い切りのしかかられたい。毛の中に埋もれて一緒にお昼寝したい。はぁ〜〜〜〜〜…………。おやつに氷柱を齧るのもかわいい。ただかわいいだけではなく、時にはとてもカッコ良いシーンも見せてくれるしらこにもうメロメロです。  作品としては、ポストアポカリプスを北海道でやるというのが面白いですね。地元の方や、北海道の地理に詳しい方なら、色々とニヤニヤしながら楽しめるのではないでしょうか。「あ、ここは残っているんだ」とか。『ゴールデンカムイ 』などとはまた違った楽しみがあります。 世界観的には当然なのですが、シリアスな描写のところはちょっと衝撃もあり、どうか最後のときまでしらこが元気なままでいて欲しいなぁと祈るばかりです。

ガレキ!-造形乙女の放課後-

ガレキとは文字通り命を削って創るもの #1巻応援

ガレキ!-造形乙女の放課後- ヨゲンメ
兎来栄寿
兎来栄寿

古くは島本和彦さんの『ガレキの翔』から、最近では『となりのフィギュア原型師』など実は良作が多い造形ジャンルのマンガ。 本日発売したこの『ガレキ!-造形乙女の放課後-』も、そこに名を連ねるべき名作です。フィギュアとガレージキット、何が違うのか判らない。そんな人こそ、このマンガを読むと楽しめることでしょう。知らない世界を知ることは楽しいものです。 本作の主人公である、うどん屋の娘の真白もフィギュアのことなどまったく知らなかったのですが、ガレージキットを自作しワンフェスに出展しているクラスメイトの雛瑚と出逢ったことで、未知の世界へと入門していきます。 真白の性格がとても良く、ややもすれば否定的になられてもおかしくない雛瑚の趣味に対して、優しく積極的な理解を示す姿勢を見せてくれます。何なら創作元のアニメも一晩で観てくれるなど、雛瑚にとっては神対応の真白。しかし、ガレキの道は1日にしてならず。何なら有毒ガスの出る作業や危険の伴う工程もあり、文字通り命を削って作られている側面もあって素人には厳しい道ですが、真白は果敢に挑戦していきます。そうなったらもう、雛瑚との距離は縮まっていかざるを得ません。優しい世界がそこには広がっています。 読者としては、何も知識がなくとも真白と同じ目線で少しずついろいろなことを知りながら楽しく物語を追っていけますし、詳しい人はあるあると共感しながら真白の成長・沼へと脚を沈めていく様を笑顔で眺めていく楽しみ方もあろうと思います。 「無いなら自分で作る」 という、ガレキや引いては二次創作の究極的な部分も非常に気持ちよく描かれていて、好感触です。 令和的な感覚ですが、世間的にはこうした趣味も20〜30年前より格段に受け入れられ易くなっているのだろうと思います。アニメを観るのは普通のことになり、フィギュアもより身近なものになりました。真白のように、自分で積極的に手にしたことはなくても、それを創っている人に対して尊敬を持ち、好意的になる若い世代の子は増えていることでしょう。そう考えると、ある意味では良い時代になってきているなと。 気が早いですが、この作品がアニメ化されて人気が出たらそこから原型師になる人も出てくるでしょう。長く続いていって欲しいです。

夏とレモンとオーバーレイ

絶妙なスピード感のレモン香る一夏の百合 #1巻応援

夏とレモンとオーバーレイ ミヤハラミヤコ 宮原都 Ru
兎来栄寿
兎来栄寿

「第3回百合文芸小説コンテスト」百合姫賞作品が原作ということですが、そんな雰囲気をひしひしと感じる良きお点前の現代的な百合でした。 売れない声優でコンビニバイトをしながら配信で小銭を得ているゆにまる。が、ある日「インスタやってそうなキラキラ女」こと大企業に勤めるOLのさやかから「自分の遺書を読んで欲しい」という依頼を受けるところから、二人の関係性と物語の歯車が回り始めます。 猥雑なカオスに満たされたTwitterランドを居心地の良い安息の地とする人にとっては、InstagramやFacebookの意識の高いキラキラ感は眩し過ぎて直視できない違う世界の住人であるように思うことがあるのではないでしょうか(というか、私自身がそうなのですが)。本作の主人公ゆにまる。も、最初の内はまったく属性の違うはずのさやかに対して警戒心を抱きます。 やたらと羽振りも気前も良く、金払いが良いのは生活的にはありがたいにしても、普段たんぱく質を卵と豆腐でしか摂っていないような自分と全然違うさやか。金銭感覚を含めた差異に、苛立ちすら募らせます。しかし、こんなに側から見たら恵まれていそうな人間が、何故死を希求してそこに向かっていくのか。色々な感情が綯い交ぜになりながらもこの物語における最大のミステリーに少しずつ近付き、同時に二人の距離感も徐々に縮まっていくそのスピード感が絶妙でした。 以前はミヤハラミヤコ名義で『一度だけでも、後悔してます。』や『ものつく~手作り生活、はじめました。~』などを描かれていた宮原都さんの美しい絵も、本作にはピッタリとハマっていて良かったです。 英語におけるlemonの「不良品」や「役立たず」という果物とは別の意味を思いながら、そういったものに宿る価値を見出してこそ人生も輝くというものです。 今日は一段と冷え込みが厳しい冬の日でしたが、読んでいる間は夏の香を感じられました。レモネードでも飲みながら読みたい上質な1冊完結の百合です。

どうぞごじゆうに~クミコの発酵暮らし~【電子単行本】

手が掛かる子ほどかわいい理論

どうぞごじゆうに~クミコの発酵暮らし~ いのうえさきこ
兎来栄寿
兎来栄寿

皆さんは糠漬け、やったことはありますか? 毎日手間暇かけてこまめにメンテナンスがすることが苦にならずにできる人には、とても向いていると思います。 私はといえば、「この時間で○冊のマンガが読めてしまうな……」「マンガにこの臭いが移ってしまわないかな……」などと考えてしまったため、それはそれは向いておりませんでした。きゅうりの一夜漬けが精一杯です。嗚呼、心の余裕を失くしてしまった現代人。でも、糠漬けの味自体は大好きなんですよね。 というわけで、本日紹介するこちらのマンガは突然親類縁者から常滑焼の壺に入った立派な糠床が送られてきたことで、急遽糠漬けライフを送ることになるアラフィフの主人公・クミコの物語です。普段は中小製菓メーカーの総務としてさまざまな雑用をこなしながら気付いたら何となく独身のまま生きて来た主人公ですが、糠床いじりという新しい趣味に開眼していきます。 そして、古漬けの辛子茶漬けであったり、古漬けタルタルであったり、色々なレシピが紹介されます。やったことがないですが、ゆで卵の糠漬けは絶対美味しいのでやってみたいです。 糠漬けのために、普段は買わない高いお米を買おうとするところなど、わかるわかる楽しいよね、と共感します。普段特に何もやることがない人は、そこそこ手間暇がかかる上で成果物がかなり即時的にできて得られる満足感も高いであろう糠漬けはすごくいい趣味になり得ると思います。 ただ、手を掛けたにも関わらず必ずしも上手くいくとも限らないのもまた糠漬けあるある。繊細な糠床は、色々な要因によって大きな影響を受けてしまうんですよね。そういった方面のあるあるも、かなりしっかり描かれていきます。 それにしても、ヤクルト1000が相変わらず品切れている世界ですが、手軽に乳酸菌を摂って腸内環境を良くしたいという目的であれば糠漬けは非常に良いものです。最近は、無印良品でお手軽な糠床も売られているようですので、手軽に始めるのであればそういったものもありかもしれません。 ……私は何で糠漬けの回し者みたいになっているのでしょうか。

やも男と女形

家族を喪失した男と、自分を見失ないそうな女形

やも男と女形 会田薫
兎来栄寿
兎来栄寿

『写楽心中 少女の春画は江戸に咲く』の会田薫さんによる新作です。 妻と娘を亡くし、心を患って経営する喫茶店も閉めようかと思っていた青年・幸一のところに現れた謎の美少女。その正体は、15歳にして女形の大スター・艶之助(えんのすけ)。「鬼」と呼ばれる父親の下で幼い頃から役者になるべく厳しい指導を受けてきた艶之助は、束の間の自由を欲しており、かくして二人の奇妙な共同生活が始まりを告げます。 相変わらず会田薫さんは絵の良さもさることながら、人情ドラマの上手さが抜群で安定感すら覚えます。主人公二人はどちらもネガティブな動機から始まっていますが、そこまで重く感じさせすぎない筆致が絶妙です。締めるところはしっかり締めながら、メリハリの効いた喜怒哀楽を楽しむことができます。 私の小学校は中学受験が大変盛んで、6年生の時には学年の半分以上が塾か家庭教師に専念して登校してこなくなるようなところでしたが、「給食を1度も食べたことがないので、揚げパンを食べてみたい」と願うもそれすら許されない小学生の艶之助のシーンには、かつてのクラスメイト達を思い出しました。彼らも、厳しい親によって意識高く在ることを義務付けられ、普通の子供が普通にすることを許されずに制限され憧れていたものです。艶之助が堪えかねて逃亡したように、その歪みは人生のどこかで発露することがなかったのだろうかと詮方なき心配をしてしまいます。 そんな話はさておき、個人的に1巻だと3話が本当に好きです。娘と妻がまだ生きていたときの主人公のとある後悔にまつわる話なのですが、誰にでもこういうところはあるものだと思います。もしかしたら、この作品を読んでいつもとほんの少しだけ行動を変える人が生まれることで、世界の幸せの総量も増えるかもしれません。それくらい、良い話なんです。 女性向けレーベルですが、男性でも読みやすいと思いますので広くお薦めしたい秀作です。

アンノウン【単行本版(特典書下ろし付)】

碧く淡く彩られる、繊細な両片想い #1巻応援

アンノウン【単行本版(特典書下ろし付)】 神波アユミ
兎来栄寿
兎来栄寿

『ろくぶんのいち ~ぼくたちの格差~』や「宝くじが当たったら、母が家を出て行った。」の神波アユミさんによる1冊完結のBL作品です。 喘息持ちの少年・内田と、病院が実家で吸入器の使い方に詳しかったことで内田と仲良くなり惹かれて行く月城の二人が主軸です。しかしながら、元々内田は主治医であり月城の従兄弟にあたる圭介に対して昔から憧れの気持ちを持っていて、月城にとっても圭介はとある理由から尊敬という言葉では足りないくらいに想っている相手であると、最初から少し拗れた関係性となっています。更に、途中からはそこに薔薇に挟まる女性も介入してきて、なかなかにヤキモキさせられる両方想い系のストーリーです。 ただ、背景や心情描写もかなり丁寧に重ねられるのでそれぞれのシーンの納得感も強く、全員の気持ちにしっかり共感していくことができました。物理的・心理的な閉塞感をアングルでしっかり描き表す演出や、文字の処理の演出なども良いです。 本作で特徴的なのは、昔の雑誌の2色刷りのような、黒い線を基調にモノクロのトーンも使われながらもミントグリーンとイエローの2色だけカラーとして通常のトーンを貼るような部分に彩色がなされる特殊な作画。元々の絵が美しいこともあいまって、これがクリアで淡い読感をより強めています。空や海やプールの碧、夏の碧、青春の碧、緑蔭の碧が澄み渡って伝わってきます。 時として内田は思考が負の方向に進んでしまい、それに伴って起きる喘息の発作は爽やかな色合いと画風とは裏腹に、非常に胸に迫る苦しさを感じさせます。私も幼い頃は喘息持ちだったので、内田の苦しみが多少は解ります。苦しむ内田に対して、自分が何をできるのか必死に考えた結果、月城が行う決断をどうか見届けてください。 とても細かいところで言うと、国籍不明の「お前らネット張るの手伝エーヨ」と言ってくるキャラと、ワンシーンでとても良いことを言っていく野球部のガタイの良い阿部くんが地味に好きです。 絵良し話良しで、直接的な性描写までは行かないライトめなBLなので、この系統の作品をあまり嗜まない初心者の方にも推せます。

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