たびじゃん フリー雀荘全県制覇!

麻雀も旅も、人生によく似ている。

たびじゃん フリー雀荘全県制覇! テラガミタクロウ
兎来栄寿
兎来栄寿

「日本全国の各フリー雀荘を周り、1着を取るまでその都道府県を出ることができない」 というルールの下で行われる麻雀旅マンガです。 麻雀部分と、全国各地の観光部分が良い感じで調和していて、麻雀マンガとしてもロードムービー的にも楽しめます。 麻雀は地方や雀荘によってローカルルールが全然違うので、3pが赤ドラになったり三人麻雀で北を抜き切ったらカンドラが増えるなど、各地の特殊なルールも知れて面白いです。 そんなことをするくらいなので作者はものすごく麻雀が強い人なのか? といえばそんなこともなく、符計算が怪しかったり山を崩してしまったりと、上級者ではまずないゆるさで闘牌描写も行われていきます。ただ、そのレベル感がこうしてマンガとして読む分にはドラマチックで面白く、応援したくもなります。 明日にはもう隣県の宿を押さえてしまっているのに、なかなか1着を取れなくて和了できない……。延泊や資産管理のプレッシャーの中でヒリつきながら、熱い逆転が起きた時てミッションを達成した瞬間には爽快感もあります。 しかも、この企画は編集部が予算を出しているわけではなくすべて自腹のようで。負けてしまうと、鰻や牡蠣など全国各地の美味しいものを食べるお金すら失われてしまうのです。 安宿でモバイル機器でネームを描き下書きをしペン入れをしながら、合間に観光名所やグルメ、お風呂などを訪れるパートは旅をしている気分になれて楽しいです。 また、やはり何よりも一番面白いのは人間。全国の雀荘には地方色もありながら、面白いおっちゃんや厳ついお兄ちゃんなど濃い人物が多数登場します。麻雀が対人コミュニケーションゲームであるというのがよく出ています。変な人に困惑する一方で、時には人の優しさに触れる旅情が良いです。 片山まさゆき先生と繋がりを持ったり、奈良や島根県松江で麻雀を打ったりしたところは麻雀マンガ好きとして「おっ」と思ったところ。 本の値段は高めに設定されており、その事情があとがきでも「『HUNTER×HUNTER』買いながらラーメン食えるぞ」と触れられているのですが、旅好き・麻雀好きの方にはお薦めです。

星のラブドール

もしも子供に「オナホールって何?」と言われたら

星のラブドール ぴのきみまる
兎来栄寿
兎来栄寿

あなたは何と答えるでしょうか。 主人公の初等科の少年・はるひとが、クラスメイトのじゅんちゃんに「オナホールって何?」と訊ねるところからこの物語は始まります。 表紙からして、非常にファンシーな色彩と絵柄で、キャンディや星が舞い、犬が笑い、クマのぬいぐるみが置かれている中で、よくよく見ればローターやブラジャーとパンティが散在。中表紙にも、表紙と同じクマのぬいぐるみとローターとパンティが。目次にはタヌキやバイブも追加。 でも、考えてみればパンティだって可愛さを追求して作られているものですし、ローターもバイブもピンクなのはある種の可愛さを指向しているからかもしれません。つまり、可愛いが敷き詰められた表紙や中表紙や目次と言えるでしょう。 本作の見所は、そんな前面に押し出された可愛さが溢れる中で、ラブドールのダミィに無垢な少年が恋をしながら性的に教育されていくところです。 まだ年端もいかないはるひとにとっては、「ぬるぬるローション」は回復アイテムに(語感もポーションみたいですしね)、光るバイブは武器に見えてしまいます(動くのはカッコいいですしね)。 子供用に得られる情報が制限されたスマートフォンを握りしめながら放たれる 「″ラブ″は″愛″で″ドール″は″人形″… 愛の人形… 愛の人形 すてきじゃないか!」 や、 「″せいし″が作れるようになったら一番にダミィにプレゼントしよう…」 など、純粋無垢なはるひとの言葉には、ダミィと同じように笑いが溢れてしまいます。しかしながら、根源的な部分に立ち返ればなぜそういったことを「おかしい」と思ってしまうのか。新たなる生命を誕生させる営みは神秘的で尊いものではないのか。 「恥ずかしい」という人間だけが持つ感情は、二足歩行を始めるようになったのと共に発達しヒトの生殖行動にまつわることは隠すのが自然となったと言われています。ほとんどの人がその営みの下で誕生している筈なのに、社会道徳的にはそれを忌避させるのが自然という矛盾は、色々な歪みを生みながら今日まで至っています。 はるひとのピュアな眼差しには、笑いをもたらすと共に普段は封じ込めている問いや真理を剥き出しにする力があります。 「シュールな笑いを誘う作品」や「性癖を捻じ曲げられる作品」といった見方もあるかもしれませんが、丁寧に誠実に大切なテーマに取り組んでいる作品であると思います。

match作品集

光マシ闇マシ百合濃いめ短編集 #1巻応援

match作品集 match
兎来栄寿
兎来栄寿

matchさんが同人誌やComic E×E、Dモーニングなどで発表した作品をまとめた短編集が遂に! 発売されました!! 初出が何年前か数えて遠くを見る作業は置いておきまして……。 『ゆる大罪』の作者としても有名なmatchさんですが、何と商業単行本はこれが初めてということで。しかし、タイトルに「1」と付いていることから、これから続々と出していただけることを期待してしまいますね。 表紙にもなっている「ハートのおくりもの」シリーズでは、少し特異なシチュエーションとして「互いに心拍数を把握できる百合」が展開されます。お互いがいつどんな時にドキドキしているのかが可視化される百合、天才的ですね。思わず好きなカップリングでそのシチュエーションを想像してしまいます。 しかし、その後に同じ世界観で主要人物を変えて描く「ふたつのラセン」は特に、甘々な百合だけでは終わりません。 matchさんの良さは絵の上手さ以上に、ここぞという決めゴマの演出力や、激情に駆られた時の表情です。思わずゾクゾクしてしまうような瞬間が訪れます。そこがもう堪らないわけですよ、ええ。 百合に限らず物語展開だけでも楽しめる独自の味があり、Dモーニング掲載の「不死身人間の就活〜ふっかつ!」はそれを堪能できる一般作品。 光だけでも、闇だけでも! と、キラ・ヤマトのように叫びたくなる方にお薦めの1冊です。

戦車椅子-TANK CHAIR-

気持ち良すぎるアクションと、秀逸な制約と、兄妹の絆と #1巻応援

戦車椅子-TANK CHAIR- やしろ学
兎来栄寿
兎来栄寿

やしろ学さんの名前を知っている人は少なくても、「叢鋼-ムラハガネ-」や「夏と神輿と巨大怪獣」といった作品を覚えている方は結構いるかもしれません。 「叢鋼-ムラハガネ-」を読んだ時は圧倒的な画力に驚嘆し、すぐにでも連載が始まるかと思っていました。 その数年後、横田卓馬さんとの共作である「夏と神輿と巨大怪獣」が登場した時も「あのやしろ学さんが!」となりましたが、その後暫く音沙汰がなかったので何をされているんだろう、と思いながら10年近くが経ち、遂に遂に個人連載作品である『戦車椅子-TANK CHAIR-』が登場!  どこへ行っていたンだッ チャンピオンッッ 俺達は君を待っていたッッッ やしろ学の登場だ――――――――ッ と叫びたくなる気分です。 最初はApple Books限定で知る人ぞ知る作品となっていましたが、マガポケでの掲載を経て、本日遂に単行本が発売となりました。 そして、肝心の内容ですがこれがまた最高なんですよ! まず問答無用で絵が良いです。画力はますます磨きが掛かっており、特にアクション描写は疾走感全開。魅せる構図も演出も豊富。ページを捲るたび脳から色々なものがドッパドパに溢れてきて気持ちいい! タイトルにある「戦闘椅子」のデザインもクールで、ロマンの塊。キャラクターについても、カッコいいキャラやかわいいキャラ、味のあるキャラが盛り沢山です。おまけページの騰子かわいい。 そしてまた、ストーリーの根幹となる設定が非常に面白いです。 「殺意を向けられている時だけ意識を取り戻す」兄のため、妹は最高の殺意を向けてくれる相手を探し求め続ける。 バトルマンガにおいて重要な主人公の弱点として斬新さもありながら、面白い駆け引きを生む制約としても秀逸です。 そしてまた敵を倒した後、束の間だけ取れる兄妹のコミュニケーションが良いんですよね。ここにも設定の妙が強く生きています。ダークさもありながら、根底にあるのが兄妹の絆であることで感情移入がしやすい作りになっているのも巧いところ。 バトルアクション好きの方も、そうでない方もまずは1話だけでも読んでみてください。言葉でなく心で「理解」ります。

さみしさの音がする

痛切で悲愴で珠玉の文学的百合

さみしさの音がする シギサワカヤ
兎来栄寿
兎来栄寿

今日は中村明日美子さんのお誕生日だそうで、おめでとうございます。 個人的に『楽園 Le Paradis』といえば中村明日美子さん、そして何と言っても創刊号から表紙を描いているシギサワカヤさんです。 シギサワカヤさんの描く諦念と寂しさを感じさせる瞳が昔から好きです。 そして、少しずつ降り積り音もなくすべてを覆い尽くす白雪のように、4年にわたって少しずつ少しずつ積み重ねられ昨年完結したこの『さみしさの音がする』は、シギサワカヤさんの作品の中でもとりわけ好きな物語となりました。 ふたりの女性の深く長い関係性を描いた作品で、いわゆる百合にカテゴライズされる物語ではあります。しかし、この物語においては極めて現実的な要請や抑圧から、一般的な百合ジャンルの作品ではまずされない選択を主人公は行います。それがこの作品ならではの痛切な音色となって心に響いてきます。 田舎故の閉塞感も強く感じさせる上に、優しい肉親の善意の言葉までもが地獄に直結する呪いとなる様の苦しさたるや。どう足掻いても、幸せな未来が見えないふたりはどのような結末を迎えるのか。 私も田舎の旅館で働いていたので、田舎の旅館の娘であるという設定とそこから来る悩みにも人一倍共感しました。 また、単行本の描き下ろしが非常に秀逸でこれによって真に物語が完結した感覚を得ました。最後に演奏される曲がたまたま私が大好きな曲であることもあいまって、深く刺さった作品でした。 狂おしい音色に心掻き乱される百合が好きな方にお薦めしたい、しんと冷気が身を裂く冬に読むのが相応しい1冊です。

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