兎来栄寿
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2023/10/27
美少女の容赦なき攻め、開眼するイケメン #1巻応援
強気に攻める美少女・攻められて悶え赤面するイケメンを見たい方にうってつけな、『君をダメにするキス』、『聖なる夜に×××』の遠山あちはさんによる新作ラブコメです。 ヒロインの鈴は、箱入りのお嬢様として育てられながら8歳のときに映画で責め苦を受けている男子を見て密かに"覚醒"してしまった少女。クラスメイトにも大人しい女の子と思われていた鈴ですが、その内心ではめちゃめちゃにされているM男子を求め続けていました。 そんな鈴の前に現れたのは、同じクラスの遊び人と話題の鳴川くん。彼が強がれば強がるほどはちゃめちゃにして泣かせたくなる鈴が、鳴川くんの秘めたるドMの素質を開花させていく物語となっています。 イキがるイケメンが美少女に主導権を奪われ、自分でも知らなかった感情や快楽を引き起こされていく描写がシンプルに最高です。こんなに良い反応を見せてくれる人がいたらもう……ね? と心の中の何か小さくてかわいい生き物が首肯します。 遠山あちはさんがノリノリで描いていることが伝わってくる、美麗で表情に艶のあるキャリアハイの作画。鈴も鈴で天性のドSの気質を持っており、クラスメイトを調教していく背徳的な楽しさを満喫していきます。ずっと秘めていた誰にも明かせない欲望を心置きなく解放できる瞬間の訪れ、堪らないことでしょう。鈴が楽しそうにしている姿を見ると、心がほっこりします。 ふたりは一体どこまで駆け昇っていくのか? この作品を読むことで、新たな開眼を果たし向こう側へ至る方も現れるかもしれません。
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2023/10/27
懐かしい手触りと令和の質感の同居 #1巻応援
表紙やタイトルからはかなりイロモノ的な印象を受けるかもしれませんが、笑って感じ入ることのできる素敵な作品です。 40歳で女子高生になる、というタイトルは主人公の森梅(もりうめ)が定時制高校に通い始めることを意味しています。10代で娘を産むも、夫に逃げられ高校もしっかり卒業できなかった梅。母子家庭で身を粉にして必死に働いてきた梅が、定時制高校で出逢うさまざまな人々との交流を通して人生の後悔を取り戻していく物語となっています。 それなりの苦労をし、人生経験を積んできた梅ですが、そんな彼女ですら想像が及ばないような生き方や思考をしている人がたくさん通う定時制。花ちゃんやキララなど、一筋縄ではいかない訳アリでキャラの濃いクラスメイトひとりひとりのエピソードに見どころがあります。 さまざまな不遇の原因を「個々人の努力不足」と断じることに対して、近年はそもそも努力ができる環境にあった人は自分が恵まれていたことを理解していないケースが非常に多く、また身体的な理由や精神的な理由によって同じ環境であっても同じパフォーマンスが出せない人もいるという当たり前のことが少しずつ浸透してきてはいます。しかし、まだ十分ではありません。人間は自分の当たり前を基準に他人のことも推し量ってしまいがちですが、それが通じない相手も数多くいることを肝に銘じておかねばならないと感じさせてくれます。 ともあれ、コミュニケーションや言動で失敗を重ねながら、それでも持ち前の性格や行動力で道を切り拓いていく梅を見ているととても元気が出ます。 少女マンガのカテゴリーですが、恋愛メインではなく人間ドラマが中心なので男性にも非常にお薦めしやすいですし、実写化も映えそうです。古き良き少女マンガの性別を問わない人情コメディを思わせながら、価値観としては令和の今に応じて描かれている、そんな作品です。
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2023/10/25
よしながふみさんの素晴らしさを1冊で味わえる #1巻応援
よしながふみさんの円熟味、精髄をたっぷりと堪能することができる連作短編です。 https://shueisha.online/entertainment/167862 上記のインタビューによると16年前から構想はあったものの、『大奥』と『きのう何食べた?』の2本の長期連載があったため、集英社のラブコールを保留し続けてようやく始まったというこの連載作。 「環(たまき)」と「周(あまね)」。 どちらも円の意味を持ち、古来から男女どちらでも使えるふたつの名前。本作はタイトル通り、すべて時代や性別や関係性は異なれど「周」と「環」という名前を持つふたりを中心にした物語を描いた連作短編です。 よしながふみさんらしく、時代や設定を変えてさまざまな形での人と人との絆が抒情性豊かに綴られていきます。中学生の女の子同士がキスをするシーンから始まるのも、とてもらしさが出ています。 上記のインタビューでも触れられている通り、当たり前の男女のすれ違いを描くだけではなく会話が成立しているけれど上手くいかない部分であったり、希望も絶望も同居しているさまであったり、人間が生きる世界の片隅にあるリアルを鋭敏な感覚と卓抜した手腕で的確に切り取り料理して提示してくれます。さりげないシーンであっても、ひとつひとつのセリフや表情、間に宿る重みに良さが溢れています。 人の裡にあるものは誰にもわからない。周りからどんな風に見えていようと、いかに恵まれた環境にあろうと、そこで抱えている芯にあるものは当の本人にしかわからない。その、当たり前のようで忘れがちなことが切々と語られているところは沁みます。 もし今までよしながふみ作品を読んだことがないという方でも、令和の今お薦めする最初の入門の1冊としても申し分ありません。生きていることに、生きていくことにこの1冊から勇気をもらえる方は必ずいることでしょう。
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2023/10/23
今なら全編無料で読めます #1巻応援
以前に『モーニング・ツー』で「超長編読切」として発表された作品が、1冊の本となって電子でのみ発売となりました。 https://twitter.com/muukasa/status/1716108312281002167?s=46&t=S5wm4E-TmT39NBg4BgQsPA 電子単行本発売日に、作者が途中までの試し読みではなく全ページTwitterに公開というのはなかなか思い切ったことをされているなと。 最近、私は『サピエンス全史』から『ホモ・デウス』を経て『21 Lessons』とユヴァル・ノア・ハラリ氏の人類史にまつわる著作を読んでいるのですが、その中でも度々AIとその影響に関する記述が出てきます。 向こう20年ほどで、現存する多くの職業はAIに取って代わられていく。それと同時にまた新たな職業が誕生する。しかし、それは何も珍しいことではなく産業革命の前後などでも起こってきたこと。いわば「歴史は繰り返す」と。 特に私の観測範囲でも話題なのはイラストレーターや漫画家です。AIを使ったイラスト制作が飛躍的に簡便になり、まさにゲームチェンジャーと言えるでしょう。「私の絵をAIに学習させないで欲しい」という作家さんもいれば、AIを用いて背景やシナリオを作ることに挑戦する方もいます。さまざまな理由により新しい物事に挑戦するのが難しい人もおり、どうしたってそこには明暗が生じざるを得ません。変化に適応できる生き物が生存していくのが世の流れとはいえ、何十年も研鑽してきた技術が汎化し仕事が奪われてしまうのは個人としては厳しいものがあるでしょう。 本作は、そういった難しくデリケートな部分を漫画家である樺ユキさんが直々に描いているというところにまず構造的な面白さがあります。 自分の描画したものをそのまま模倣できるばかりか、更にその画風のまま応用的なものまで生み出せる小さなノームの出現により画家が仕事を失っていく世界。その中で、その新技術の台頭を素晴らしいことであると肯定していく画家・モーリスが主人公の物語です。 更に本作はAIに加えて戦争という現在の地球上で特に重大なテーマを扱いながら、芸術の意義や価値といった領域にも触れていきます。これだけ大きいテーマをひとつの作品の中で扱おうとすると普通は散逸してしまいそうなものですが、メインのストーリーラインにそのどれもが密接に関わってきており綺麗にまとまっています。 テーマも挑戦的で良いですが、何よりストーリーが、そしてそれを支える絵の良さが際立っています。議論の尽きないテーマですし、人によって各論に賛否はあるでしょうけれど、1冊という短い時間の中でありながら読めば何かを確実に残してくれる作品です。 無料で読めてしまうのがもったいないくらいの作品ですので、とりあえずこの芸術の秋の夜長に読んでみてはいかがでしょうか。
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2023/10/23
女体の美の追究 #1巻応援
女体を最上に美しいものであると思う高校三年生の主人公が、理想のヌード画を描こうとする物語。 かつて桂正和さんの下でアシスタントをされていた古味慎也さんが描く内容として、これ以上ない強い納得感があります。かつて『I”s<アイズ>』や『電影少女』などで描かれた柔らかい女体の美しさや布地の質感に魅了された人は数多いと思いますが、そのDNAが確かに受け継がれていることは1話だけでも読めば言葉でなく心で伝わってきます。 もとよりデッサン力が高く女の子のかわいさに定評のあった古味慎也さんですが、「人生を変えるほどの魔的な裸婦画」という本作のコアの部分にその画力がふんだんに生かされていて説得力を生んでいます。こんなものに幼くして出逢ってしまったら、魅了されてしまったら、それはもう呪いでしかありません。しかし、その呪いが人生を駆動させる純粋で強力なエネルギーの源ともなっていきます。 「美しい、最高のヌードを描きたい」 というシンプルで強固な動機が根元にあることは、物語に自然に乗っていける要因となっています。 そんな彼を狂わせた「魔女」も非常に魅力的で、彼女との関係性も見所です。その他の脇役にもキャラが立っている人物が複数いて楽しめます。豪快に応援してくれるお母さん、とても好き。 1巻の範囲で出てくるエピソードだと、ある女の子の絵を完成させるシーンや「自分の手」をどちらが面白く描けるかという勝負が好きです。私自身も昔、学校で図画工作や美術の先生に習った気がしますが、小さなキャンバスに切り取られた部分の外に広がる無限性を感じられる絵画の面白さや素晴らしさが詰まっています。答えのない世界で見つけなければならない答え。果たして主人公は、そこへ辿り着くことができるのか。 ヌードのことを「空をまとう」と表現するタイトルもまた趣深くて好きです。最近の美術系作品の中でも、また違った切り口で存在感を放つ一作で、注目です。
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2023/10/21
体も心もポカポカに #1巻応援
9月まで続いた猛暑の和らぎから一転、急速に寒さが増してきて秋が短すぎると感じる昨今。 いいとこ探しをするならば、温かいものが美味しく感じる季節になってきたというところですね。そう、たとえばおでん。皆さんはおでんの具では何が一番好きですか? 私はかつてはちくわぶ一択だったのですが、近年は大根・玉子という鉄板に加えてもち巾着も非常に好きで、なかなか選ぶのが難しいです。そんなわずかな好みの変遷も人生の一部だなあと、このおでんの向こう側に人生を見るマンガを読んでいると思い耽ってしまいます。 本作はおでんとコーヒーを提供するお店を舞台に、訪れる多種多様なお客さんたちが繰り広げる人情劇です。 お酒は置いておらず、あくまでコーヒーとおでんだけを楽しむというちょっと変わったお店。その取り合わせは未体験ですが、コーヒーも多様なのでおでんと合うコーヒーもきっとあるのでしょう。一度試してみたいです(ちなみに、作中で登場するおでんの残り汁とカレーを合わせたおでんカレーはたまに作って美味しいことは知っています。和風だしとカレーの相性はカレーうどんで証明されていますしね)。 こういった小さなお店は何より店主の存在が大きいのですが、このお店の店主は「粋」が解る人物で読んでいて安心できます。お店が人気になるのも納得です。 昔から変わらずある練り物やこんにゃくなどのベーシックな具材。ロールキャベツのような、後年にニューフェイスとして登場した具材。新旧どちらにも良さがあるおでんの具材たちですが、それは人間社会にも同様に言えることであるなど、おでんを通して人間ドラマの数々が描かれていきます。 個人的に、終盤のあるエピソードは特に共感するところが多く自分の過去を思い返しながらしみじみと読みました。 この作品の前身となる「さかえ通りO.D.N」も収録されているのですが、高田馬場のさかえ通りも少し馴染みがあるところなので親近感が湧きました。 おでんのように素朴で温かい、味の染みた作品が読みたいときにお薦めです。 なお、あとがきによると連載前にコルクの合宿で大谷翔平選手もすなるマンダラチャートをしてみんとてするなりと中央に「WEBメディアで連載する」と書いて、実際に連載を始められて、こうして本にもできたそうで驚きました。まさか、こんなところでも大谷選手のすごさを見せつけられるとは。
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2023/10/21
創ることに狂える者か、否か #1巻応援
「真面目で常識的で理性的で倫理的」 「故に平凡 凡庸」 主人公・マコトを断罪する、天才である後輩・黄泉野のセリフに身を切り裂かれる想いでした。 何者かになりたいという願望を抱き、小説というジャンルで黄泉野が意識する程の才気の片鱗は見せながらも、社会的な地位やパートナーを得て凡愚に成り下がって仮初の安寧を得ながら緩やかに魂の熱的死を迎えつつあったマコト。 私は、才能ある人を見たら素直に賞賛してしまいます。殺したいどころか、負けたくないという感情すら生まれません。そんな平凡な感性で、誰かを心の底から突き動かしたり震えさせるようなものを創ることなどできるわけがないだろうと、その温さや甘さをまざまざと突き付けられた思いでした。 「もっとちんぽを出せ」 という黄泉野の言葉は、死に体になっていた主人公を通して確かに私を貫きました。 「そちら側」の人間と、「こちら側」の人間。その間に聳え立つ壁を穿って、砕いて、崩して、乗り越えていけるのか。否か。 確実に「そちら側」に立てるであろうマコトに及ぶべくもないですが、それでも痛いほどの共感を覚えます。 結婚して、家族を持ち、家庭内に不和は皆無で世間的に見ればそれなりに幸せに暮らしている状態。でも、ある意味でそれはぬるま湯の幸せでもあります。 一方、一部の親友たちは今も日々命を削って創作しています。彼らの紡いだ作品が世界の誰かの深部に届き、人生に新たな彩りを与える。それは本当に素晴らしく喜ばしいことです。しかし、自身がそれを為せないままで今に至っていることに悔しさや歯痒さがあることは否めません。どこかで、燻る想いを抱えたままです。大企業でバリバリ働いて結果を出し、彼女もいる順風満帆だったマコトには、そういう意味でも深く共感します。人間はどこまで行っても満足することはなく、成功は次の成功を欲望させ、他者を見て相対比較しては羨望する生き物だということは痛いほどに解っていますが、それでもです。 最近話題の編集者が、物語は苦しみからの解放であると定義しました。その論は非常によく解ります。そして、こうも思います。作家の負の感情が、出力される物語を研ぎ澄まし輝かせると。幸せから生まれる物語も、もちろんあるでしょう。しかしながら、そもそも現実が幸せである人には物語はなくても生きていけるもので必要ではないのです。本当に物語を必要とするのは、現実の中で生きるのに苦しんでいる人。そういう人の怒りや嘆き、劣等感や嫉妬、喪失や諦観など諸々の負の感情が作品という形で解き放たれ、奇跡的な熱量や煌めきを生むケースが非常に多いです。極論を言えば、創作者は幸せにならない方が凄まじい作品を創れる確率は高いのでしょう(中には、自身は概ね幸せなままで凄い作品を作れる人もいますが、そういう方は感受性が飛び抜けていて他者の悲しみや苦しみを自分のこと以上に捉える力、それを出力する能力などが非常に優れているのだろうと思います)。 この作品でマコトが見せる「そちら側」に立つ資質の一片、狂気や没入力。かつて、私もそうした狂気に駆られて創作に励んだ時間はありました。しかし、ぬるま湯の温度に慣れ切った今もう一度同じようにできるか、あの狂熱を持てるかというと自信がありません。何なら、そこに憂いを持つ時点でもうダメだろうとも思います。 「編集者は作家と一緒に死んでくれませんよ?」 「最後の決定権は命懸けてる方が握ったって良いでしょ」 などの黄泉野のセリフであったり、遊園地での担当編集のリアクションであったり、心を掴まれる部分がたくさんあります。 燻る火種から大火が起きるのか。狂おしい感情に身を焦がされながらも、マコトの筆がどこまで走っていくのか目が離せない物語です。
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2023/10/18
多様化した現代における「保健師」という仕事 #1巻応援
前作は『夜明けの図書館』でレファレンスサービスの仕事を描いていた埜納タオさんが、今回描くのは保健師の仕事。どちらも、知っているようで知らない世界の事情を見せてくれます。 少子高齢化が急速に進み家族のあり方が変わって、孤立死の問題など新たな健康課題が複雑化・多様化しています。そうした状況の中で、従来の住民に身近なサービスに加えて専門性の高い業務や健康施策の推進にあたっての企画調整など、幅広く活動しているのが保健師です。 保健師の中にも地域の保健所や市役所で働く「行政保健師」、企業の医務室や健康相談部で働く「産業保健師」、小中学校などで働く「学校保健師」などの種類がありますが、本作は行政保健師を描いた作品となっています。 瀬戸内を臨む小さな町を舞台に、22歳の新米保健師である三御一花(さんごいちか)が主人公として、実地指導者(プリセプター)である七海さやかに鞭撻を受けながら奮闘していきます。 元々は陸上をやっていた一花ですが、ずっと補欠であり、しかしそのときに人を応援する歓びに目覚めたことで全力で誰かを助けることを職業にしたという動機付けは共感しやすく、物語に入っていきやすい要因となっています。 ただ、現代の保健師の仕事は非常に困難も多いであろうことが、さまざまなケースを読んでいて強く伝わってきます。 たとえば、子育て中の親御さんに対しては、子供に何かがあるという事実の指摘だけでも「自分に何か問題があって責められているのか?」というように感じられることが多いので、言い方に細心の注意を払わねばならないといったこと。「相手に何を伝えたかではなく『どう伝わったか』がすべて」というのは、保健師の仕事に限らずあらゆる場面で言えることだなあと他山の石となります。 対人間の仕事なので、マニュアルやセオリーが通じないパターンはいくらでもあります。しかし、そうした中でも 「誰一人取りこぼさない」 「予防で救える命を死なせない」 という上司の七海に教わった心構えの下で、ときに失敗をしながらも前に進んでいく一花を読者としても応援したくなります。 その人らしい生き方の支援をしていくという保健師の仕事のあり方を見てみたい方、埜納タオさんの素朴で温かな人間ドラマに触れたい方にお薦めです。
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2023/10/17
破滅的で文学的な女子校の王子様 #1巻応援
『SHAMAN KING FAUST8 永遠のエリザ』、『歌舞伎町ブルーフィルムの花嫁』、『箱庭遊戯』などの田中文さんが新たに描く、現代文学的な作品。 とある過去の事情により女性との関わり合いに困難を抱える男性教師・筧皇清が、女子校に赴任することになってしまうところからこの不穏な物語は幕を開けます。 もうひとりの主人公は、表では成績優秀かつフェンシング選手としても全国有数で学園の王子様として大人気でありがら心の中には深い闇を抱えている蛭間聖。聖はとある理由により担任の皇清のことを見初め、距離を縮めようとしてきます。彼女との出逢いが、皇清の運命を大きく歪めていきます。 人間のフリをすることはできても、本当の意味で人間にはなれず、人間とは繋がれず、人と人との間で存在できる人間としてはこの世界にいられない。形は違えど、行為に倫理的な問題はあれど、そんな孤独に共感する人は少なからずいることでしょう。誰にも理解されない感情を理解してもらえる……かもしれない。それは、儚い希望、あるいは思い込みであったとしても依存するに十分な理由たり得ます。 また、皇清は聖のアプローチに困惑しながらも、一方で園芸部の顧問に就任して蛇田と作業をする時間は想像だにしていなかった得難い安寧を得るという対照があるのもこの作品を面白くしているポイントです。 白と黒のコントラストがパキッと利いている田中文さんの綺麗な絵も、この光と影のある物語にぴったり合っています。 "人間"を描いてるなぁとしみじみ思う内容、また「卯の花腐し」や「犯文乱理」といったサブタイトルの語彙や作中の隠喩なども含めた全体の雰囲気などから、陰鬱な文学が好きな人にも親和性があると感じる作品です。
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2023/10/16
エロという無限の海の広さと深さ #1巻応援
『おしえて! ギャル子ちゃん』の鈴木健也さんによる傑作短編です。 「映画の中のエロ」というテーマを軸に、何の映画だったかは覚えていないものの断片的なキーワードを入力することでその映画を推測して当ててくれるサイト、そしてそのユーザーを巡る物語となっています。 皆さんは、まだ無垢な子供のころにうっかり観てしまい強烈に胸に刻まれたシーンはあるでしょうか。私も映画の名前は解りませんが未就学児だったころに観たシーンが今でも脳裏に焼き付いています。マンガでも同様のことは起こりがちですよね。 「人によってエロいと感じるものは違う」 「そもそもエロいとは何か」 という深淵にも光が当てられていきます。 その結果、最初は胸の大きな女性が出てくる映画だけを登録するユーザー(おっぱいは大きければ大きいほどいいが貴賤はないという哲学の持ち主)や、顔も体も良い男が最高として上質な裸の男が出てくる映画ばかり登録する女子高生(自称:皇帝のような暮らし)など比較的メジャーな性癖の持ち主が登場しますが、女性に金玉が蹴られているシーンのある映画だけを選出する老女を始め段々とコアな性癖の持ち主が登場してきます。 そういった作品を観たことでそんな性癖になったのか、あるいは、元からあった性癖がそれをきっかけに掘り起こされたのか。鶏と卵のどちらが先かはわかりませんが……ともあれ世界に存在する多様性の趣深さを短い中でも感じられる作品です。 それに加えて最後には謎の感動もあり、ワンコインかつ短時間で読める短編としては高い満足度を得られます。
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2023/10/15
漫画家と編集者のケミストリー
会社の人には内緒にしながら漫画家としても活動している名倉と、その担当編集である携帯向け漫画担当の近藤(非オタク)、ゲームコミカライズ担当の荒山(重度のオタク)の3人がマンガの打ち合わせをする様子を描いていくマンガ創作コメディです。 今回、描き下ろしを含めて特装版としてまとめられました。 「少女マンガに登場する″ごく普通の女子高生″は、概して美少女であったりコミュニケーション能力がバグっていたり決して普通ではない」 というような、マンガ好きなら誰しもうっすら考えたことがあるようなツッコミどころであったり妄想であったりが3人の話の中で次々と繰り出されていきます。 学園もの、異世界、BL、忍者、狼男などさまざまなジャンルの話から、時にVR4Dなど最新の企画にまつわるものまで毎回多種多様なネタが登場して楽しめます。 激しい脱線もありますが、意外とそういうところから新しいアイディアが出てきたりもするので雑談も大事ですし、漫画家と編集者の打ち合わせは側から聞いていても面白いものが多いです。 「イケメンがどういう職業に就くかじゃない―― 職業からイケメンを錬成するんです!!」 と、女性向けのマンガにおけるイケメンに向く職業/向かない職業は、創作論の一環として確かにと頷くところもあり。 屋上は立ち入り禁止で、校舎裏は公道に面していて告白も喧嘩もできず、テストの順位は貼り出されず、校則により髪色も髪型もみんな一律。そんなリアルな学園ものを読みたいか、と考えるとマンガならではのウソは一体何のためにあるのかというところを改めて考えさせられます。 「美容マンガは少年マンガと心理がシンクロしている」 というシャープな着眼点から生まれた、快作熱血美容マンガは必見です。 基本はコメディなのですが、個人的に一番好きで共感したのは 「現実に打ちのめされた私を癒してくれたのも やはり漫画でした」 という荒山さんの言葉。マンガに救われたからこそ、大変でもマンガのために、そしてこの世のどこかにいるこれからマンガに救われる人のために頑張れるんですよね。ゲームアプリのリリースメールを「復縁メール」と呼び二次元の彼氏を家族に紹介することを憚らない荒山さん、推せます。 小ネタも多いですし、名倉に好意を寄せる瀬古との関係などラブコメ要素も散りばめられており楽しめるポイントが多々ある作品です。
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2023/10/13
最高の芸術は美しく人を騙す #1巻応援
『緑の罪代』や『お兄ちゃんは今日も少し浮いてる』など、主に女性向け雑誌で活躍されていた梅サトさんが青年誌での初連載を始めた時はビックリしました。 安藤ゆきさんが『ビッグコミックスペリオール』で『地図にない場所』を始めた時も同様の衝撃がありましたが、しかしそれまでの作品の素晴らしさや男女の枠組を越えて普遍的な面白さを描かれていたことから、青年誌でも確実に面白いものを描いてくださるだろうという期待もありました。 梅サトさんに関してもほぼ同様で、かつ梅サトさんは絵的にも男性でも非常に読みやすいタッチなのでまったく問題ないだろうと思っていました。 蓋を開けて1話を読んでみれば、期待以上の面白さ! 30半ばにして何者でもなかった画家崩れの主人公・前田薫が、オリンピック開会式総合演出の女性に見初められたことで突然のスターダムに乗せられて一躍有名になってしまうものの、本人はその「嘘」をどうしたものかと悩んでいるという物語です。 そんな彼が出逢うのが、学食で蕎麦を茹でている津崎さん。栄養士である彼女との出逢いを通して、自分の原点に立ち返り再起していく薫の物語から目が離せなくなります。 1話で描かれる津崎さんのとある「拘り」、そしてそこから生じる「行動」がとても特徴的で、小学生のころから人一倍栄養学に興味のある私はとても深く共感してしまいました。 薫は祖父が昔住んでいた家をシェアハウスとして解放しており、そこの住人たちとの日々の生活やそれぞれのキャラクターも見どころとなっています。天才・泉真之介など魅力的な人物も後から増えてきます。 そして、最大の見どころはタイトルにもなっている「嘘」との向き合い方です。世の中には「嘘から出た真」という言葉もあり、また『エアマスター』の深道いわく「それしかないなら 人間は…最後は″ハッタリ″で動く」。何が嘘で何が真実かを決めるのも、最終的には自分。 梅サトさんの作品らしい、読みやすいネームやところどころでのユーモアもとても心地良く、安心して浸ることのできる物語です。 薫と津崎さんの関係性も含めて、今後どうなっていくのかとても楽しみです。
兎来栄寿
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2023/10/11
家庭の事情が呪縛する恋愛 #1巻応援
「自分だけ幸せになってはいけない」 という呪いを抱いて生きてきた人には、共感を抱かれる作品かもしれません。 容姿も性格も良く人気者である男子高校生・和泉の抱える闇は、とある家庭の事情。彼が中学校のころから一緒の立花への特別な想いが移動教室中の肝だめしというイベントで開花します。 そんな立花は、普段は口ごもりがちでありながら演劇の才能を持つ少女。彼女も彼女で、和泉に対しては特別な感情を抱いています。 お互いに特別な想いがありながらも、すんなりと付き合うことはできない事情を抱えたふたりを巡る物語です。恋物語は障害がある方が燃えるとはいえ、少々重いです。が、これはこれでこうした作風が好きな方も少なからずいることでしょう。 年頃の子たちが普通にしていることを、自分だけできず我慢を強いられる。そのストレスやそれによって生まれる歪みは非常に大きなものです。しかし、さまざまな理由によって現実にそうなってしまっている人は多くいます。その圧力が解き放たれる先が、内か外か。自分か他人が傷を負うことは避け難いです。 プロタゴニストは「主人公」の意。主人公になりたくてもなれない。そんな人生を、青春を過ごす少年少女たちが胸を焦がします。 立花の奥底にあるものも含めて、行末が気になります。
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2023/10/10
画力が高く続きが気になる台湾マンガ #1巻応援
良い台湾マンガが最近はどんどん邦訳されて読めるようになっていて、嬉しいですね。 本作は「#続きが気になる台湾漫画大賞」を受賞した作品という触れ込みですが、1巻最後まで読んだら「続き……! 続きをください!」とならずにはいられないでしょう。 近所に住む綺麗で何でもできるお姉さんに、子供のから憧れを抱き続けていた少年の物語です。 立派で素敵な大人になると思っていたお姉さんは、ちょっと思ったのと違う感じにはなってしまいましたが、それでも惹かれる部分をたくさん持ち合わせており思春期の少年の複雑な想いが揺れ動く様を堪能できます。また、彼の周りの人物にまつわる物語も、対照的に進行していきます。 恋愛の話もありますが、思春期に誰もが悩む未来についての普遍的なパートもあり感情移入はしやすいでしょう。 何より筆者の画力がシンプルに高く、キャラクターたちの豊かで魅力的な表情やアングル、日本とかなり似ていながらも細かい違いのある台湾の日常風景(スーパー、学食、ゲーセンetc...)を絵でたっぷりと楽しむことができます。ルーローハンがチャーハンより安いのは羨ましい限り。基本的には沁みいるようなお話なので静と動で言うなら圧倒的に静のシーンが多いのですが、幕間や合間合間で激しく動く描写も挟まれます。勢いのあるアクションを描くのも得意な方のようで、そういったタイプの作品も見てみたいと思わされました。 「はっ」と日本語に訳される効果音は「回神」であるなど、中国語のまま残されたオノマトペなども楽しいです。主人公が「和」と書いて「ホー」と読むのは、麻雀好きには馴染み深いことでしょう。 おまけマンガもかなりカオスで、作者の趣味嗜好がダダ漏れている感じも好きです。余談ですが、作中で登場する城に迷い込んだ少年が幽閉された少女と城を脱出するゲームは私も大好きです。
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2023/10/10
アンドロイドをレンタルして何をしたいですか? #1巻応援
ソフトバンクの孫さんが「ChatGPTを使ってない人は人生を悔い改めた方がいい」と発言して物議を醸していますが、AI分野が非常に盛り上がっている昨今。 『並木橋通りアオバ自転車店』の宮尾岳さんが描く、AIを駆使したアンドロイドをテーマにしたオムニバス作品です。 近未来の日本を舞台に、「貸人サービス」というアンドロイドを好きな容姿や人格に設定して一定期間レンタルできるサービスに関わる人々を描いていきます。 第1話の1コマ目が ″だから父さん! 免許返納してくれよ! もう80歳なんだぞ!″ というセリフから始まる辺りは現代的ですね。 家族の代わりとして利用する人もいれば、彼氏が欲しい女性や二次元の推しキャラに似せる少年など、目的やニーズは多種多様。 ヒューマンドラマの名手が描くAIと人間の交流ということで、素朴な温かさが感じられる話が多いです。派手な面白さや非常に斬新な発想や設定があるわけではないですが、それがいい。 個人的には、現在AIと人力を合わせて生み出すサービスに関わっており日々人間にできてAIにできないことやそれをどうシステムに落とし込めるかなどを考えているのですが、そのひとつの例となるお話もあってこのタイミングで読めたことに意義を感じました。ガンプラ的なものを大好きすぎる男性の話なども好きです。 「アンドロイドがいる未来に最も柔軟に付き合えるのは、アトム以来何十年もアンドロイドを見つめてきた日本人ではないでしょうか」 という宮尾さんのあとがきにも首肯します。これくらい精巧なアンドロイドが現実世界で活躍するのはいつくらいになるでしょうね。
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2023/10/07
咲-Saki-に人生を変えられた者として #1巻応援
「伊達朱里紗さんのマンガを、『アエカナル』や『ホーキーベカコン』の笹倉綾人さんが描く」。 初めてそれを聞いた時は正に驚天動地でした。思い入れがある方と、大好きな漫画家のコラボ。歓喜せずにはいられないな、と心の中の池田がリー棒をおもむろに掲げました。 伊達朱里紗さんと言えば今や押しも押されもせぬ大人気Mリーガーで、リーグMVPも獲得した 選手です。 そんな伊達さんは声優としても活躍されていますが、その初めての大きな役どころは『咲-Saki- 全国編』の上重漫役でした。『全国編』放映に際して最初に行われた新声優陣による数十人参加のお渡し会に伊達さんも出ており、私もそこで伊達さんに初めてお会いしたのですが、そのときはまさかこんな展開になるとは思ってもいませんでした。 そう、『咲-Saki-』に人生を変えられたといえば私もです。 アニメとしては前作にあたる『咲-Saki- 阿知賀編』の熱が冷めやらず、『全国編』が放映され始めた年から私は『咲-Saki-』を愛しすぎて聖地であり世界遺産でもある吉野山に移住して働き始めることになりました。それによって、さまざまな出逢いがあり経験があって、普通の人生では考えられないようなことをたくさん積み重ねてきました。『咲-Saki-』がなかったら、文字通りまったく違った人生を歩んでいたことでしょう。 私は子供のころから麻雀と『ガンガン』が大好きで、その延長線上に『咲-Saki-』が存在した形なのですが、伊達さんは麻雀とアニメの延長上で『咲-Saki-』を発見し、より麻雀の深みにハマっていったそうで。親近感を抱かずにはいられません。『咲-Saki-』が最初ではないにせよ、『咲-Saki-』きっかけで麻雀の深奥へと歩む人がどんどんでてきているのは大変にすばらなことだと思います。 このマンガでは、そんな伊達さんがプロ雀士を目指していく姿、またプロになってから奮闘する姿が、笹倉綾人さんの美麗な絵で描かれています。伊達さん以外のプロ雀士たちも、笹倉さんの絵の魅力もあってキャラが現実以上に立っているように感じられます。 美しくて強い女性麻雀プロが世間から注目され、闘牌が配信されて大人気を博す。まさに実世界が『咲-Saki-』のような世界となってきているのですが、その立役者のひとりである伊達さんの軌跡をマンガで楽しく読めるというのも、またすばらなことです。ここから実際にMリーグも観てファンになるという人も多いことでしょう。 ひとりの麻雀好きとして麻雀業界がますます盛り上がっていって欲しいですし、その過程で今後ますます増えていくであろうこうした展開も応援しています。伊達さんを初期から応援している者としても、今後もより一層のご活躍を楽しみにしています。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/10/06
幼馴染を取り巻く″縁″ #1巻応援
幼馴染の結婚式に出席するシーンから始まり、中学高校時代の回想にたっぷりと尺を割いて各々の背景事情と揺れ動く感情の変遷をとても丁寧に描かれていく物語です。 幼馴染……その関係性からしか摂取できない成分は確実にあります。積み重ねた時間の長さの分だけ、さまざまな思い出も想いも堆積しているわけで。知り合って数年では生まれ得ない濃厚なものがそこには確かにあります。 ただ、一口に幼馴染と言ってもそこには無限の色合いがあり形があり化学反応が存在します。冒頭のシーンからも解るように、決してこれは仲睦まじく結ばれる幼馴染の物語ではありません。むしろ、特別で大切な関係だからこそ行なっておかなければならないものを描いています。 それでも、ふたりの間には周囲からは届かず理解が難しいふたりにしか共有できないものがありました。その何ともいえない愛おしさと、綺麗な感情とは裏腹に生じてしまう歪さのリアリティが胸を焦がします。 また、そんなふたりを遠巻きに取り巻く外野の存在の描き方も大変良いです。巻末の描き下ろしは最高でした。 濃厚な学生時代の描写と大人になった後とを読んで、人生は往々にしてままならないけれどこうやって一歩一歩進んで行くものだよなぁとしみじみ感じ入りました。 上質な感情が紡がれている物語です。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/10/05
将来性を感じる短編集 #1巻応援
タイトルと、独特の世界観を感じる表紙に惹かれて手に取りました。 五つのお話を収録した同人短編集です。 最初の、2017年に出された『怖そうで怖くないちょっとだけ怖いホラー同人誌』に収録されていたという女子バスケ部の強化合宿の夜の話を描いた「合宿の夜」は、まだ少しこなれていない感じもありながら既に独特の感性の萌芽が見て取れます。 続く「大社会地域評議会」も、同人的な自由さを感じられる作品です。ただ、設定を踏まえながらしっかりと結びまで描いているところは単なる混沌だけではなく構成力を感じさせます。なお、たまたま隣にポメラニアンがいる時にページを捲ったら「ぽめ」というオノマトペが出てくるという謎のシンクロニシティに笑ってしまいました。 「マイナンバーナイ」は、未来の超管理社会を描くディストピア系の物語。設定の面白さや味のあるセリフ、主人公に起こるサスペンス性溢れるドラマなど個人的には本書の中でも特に好きな作品です。作画やネーム的にも、かなり熟れてきておりマンガとしての読みやすさも格段に上がっています。 「亜種特捜課」は、さまざまな怪物や異形が解き放たれた世界で見られた者は死ぬというベアードについて捜査する物語。ネットミームのイメージが強いベアードですが、フェルミ粒子やボース粒子といった単語が出てきてそうした妖怪的な存在と結び付けて説明するパートが非常に好みです。魅せシーンでのタチキリや見開きの使い方など、一層マンガ的なテクニカルさも見せてくれます。カルビクッパが食べたくなりました。 一番楽しみにしていた「世界が終わった世界」は、クトゥルフ的な香も感じさせてくれるフルカラー作品。こういう世界観は大好物です。この遺跡を、そこに刻まれた歴史をもっと見たくなりました。 個人制作で学漫的なテイストは強いですが、独特の世界を持っており描くたびに成長しているのが感じられるので、今後の活躍を楽しみにしたい方です。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/10/04
ママ友の友情破壊ミステリー #1巻応援
何の変哲もない日常風景が舞台であっても、殺人のような大きな事件ではなく今もどこかで起きているようなありふれたことを題材にしても、面白いミステリーは描けるという良いお手本のような作品です。 同じバス停から通園する子供を持つ、月村家・西井家・雪田家・高見家の4家族がメインメンバー。ある日、母親たち4人が話し込んでいる隙に子供たちの誰かが高級車に傷をつけてしまいます。一体誰がやったのか? 犯人はわからないまま高額の賠償金を支払わねばならなくなり、それまで仲の良かった4人はその事件をきっかけに諍いが起きたり距離を取ったりすることになり、生活が変わっていきます。 七夕の短冊に「ひとをけしたい」と書いたライムくん。 社宅で起きたボヤ騒ぎ。 続発する自転車のサドル損壊事件。 ある真相を知る人物の存在。 不穏さを煽るできごとが次々と起こりながら、物語は実にサスペンスフルに駆動していきます。 かわいらしい絵柄ながら、人間社会における歪みが表出したキャラクターたちのリアルさが見事です。特に、断片的な情報しか得ていないにも関わらず、真実を知った気になって誰かを断罪しようとしたり、それによって更に当事者を傷つける結果を生んだりしてしまう人間。そして、それに対してほとんど罪悪感などあるわけもないという。現実でも仮想空間でもありふれた人間の在りようですが、非常に恐ろしいです。 ママ友や子育ての闇の部分が、うまい具合にサスペンスの雰囲気と溶け合っています。それでも、醜い部分だけではなく人間の良い面も描かれているところは一抹の救いです。 すべての謎は、最終的に綺麗に氷解します。そこで一旦スッキリはするのですが、その更に奥底にあるものに対して考え始めるとまた大きな難題の壁が立ちはだかるような気分です。1冊完結のミステリーマンガとしては非常にお薦めです。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/10/02
殺すだけでは足らない夫への復讐 #1巻応援
三田たたみさん原作の、今年の初めにドラマ化もされた作品です。 元々は縦スクロールのフルカラー作品でしたが、単行本版として一般的な左捲り見開きマンガとしても今回発売されました。 最近また「旦那デスノート」における旦那の飲食物に不凍液を仕込み続けて秘密裏に衰弱させる手口が話題になっており戦慄しましたが、事実は小説より奇なり。とはいえ、言うまでもなく重大な犯罪ですのでそんなことは絶対にしてはいけません。 現実でひどい夫に苦しめられている妻の方は、せめて本作を読んで溜飲を下げるくらいにしておいていただければと思います。 こちらはモラハラやDVが酷すぎる旦那に対して物理的・精神的に復讐を果たしていく物語で、激しい抑圧からのカタルシスが描かれます。読んでいて妻のあまりの窮状がかわいそうになり、ただ殺すだけでは飽き足らない生き地獄を味わわせるための復讐に駆られるのも無理からぬことだと感じます。 主人公にはこんな男のことは人生のゴミ箱からも削除して20代の内に新たな人と新たな幸せを見つけて欲しいと思いますが、それでも復讐せずにはいられないほどの辛み、悲しみ、苦しみ、憎しみが募ってしまっています。 人が鬼と化するほど傷つけられた心というのは外からは見えないですし、ましてや傷つけた方は軽い気持ちでしかないというのがえてして不条理です。 不倫や夫への殺意などのキーワードに引っ掛かる方にお薦めします。