仏師

幻の逸材

仏師 下村富美
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

時に、途方もない才能が世に生まれ落ち、そして、それほど大きな支持を得ることなく、シーンからフェイドアウトしていってしまう。 そんなことは、どんなジャンルにも、よくあることだろう。漫画界にも、それこそ数え切れないほど「幻の逸材」は存在してきたと思う。 しかし、明らかな才能のきらめきに満ちているにも関わらず、なぜ彼らの作品は多くの読者を得ることができなかったのか。 もちろん理由はそれぞれだろうし、それは読者サイドからは掴みきれないことだ。 私たちは、ただ、その単行本を初めて読んだ時の、新しい「なにか」に触れたという心の震えだけを、それ以降、モヤモヤとただ胸中で反芻することしかできない。 私にとって、下村富美はそういう才能だった。 『仏師』のプチフラワー版コミックスを読んだ時、「ああ、この漫画家さんはすごい。絶対来る」と確信したのだが、それ以降、下村はそれほど活躍することなく消えていってしまった。 後にイラストレーターとして多くのヒット小説の装画などを担当しているので、「消えた」と言ってしまったら失礼かもしれない。 しかし、その漫画作品が持つ、素晴らしい絵のクオリティーと奥行きのある物語は、「花の24年組」や「ポスト24年組」に匹敵するような才能であったと、今も思う。 もっと下村富美の漫画を読みたいと、ずっと願っているのです。

黒のもんもん組

「おっ いっちょまえに男色家だな」

黒のもんもん組 猫十字社
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

猫十字社という奇才がかつていたことを、もっと思い出さないといけない。 佳品『小さなお茶会』のほうが少し有名だとは思うのですが、やっぱり『黒もん』ですよ、『黒もん』! 例えば、今や大きな潮流となっている「BL」的なるものの前段としてのJUNEについてとか、その源流『風と木の詩』まで遡るタイプの言説は、それなりにあると思うのですが、少女漫画的「少年愛」を、「男色!」として破壊的なギャグで表現したのは、この猫十字社『黒のもんもん組』をもって嚆矢とする…とかいうテキストは、ほとんど見ないですよねえ。 でも、そういう意味で、山上たつひこ『喜劇新思想体系』や新田たつお『怪人アッカーマン』に並ぶインパクトですし、少女漫画ギャグ史的には、少年漫画史の巨大なる高峰『マカロニほうれん荘』に匹敵する重要性を持つ作品だと思うんです。 (連載時期的にも作風的にも、『マカほう』の影響は強いだろうなあ) とにかく、これだけ好き勝手やってる少女誌のギャグなんて、今はほとんど存在しない。 本当に、当時の『LaLa』は、ものすごいラインナップでした。 とはいえ、もう40年以上前の漫画になっちゃうのか…。 『黒もん』完全版というのが出ているのをマンバで知りましたが、やっぱり今の読者には『県立御陀仏高校』や『華本さんちのご兄弟』から入ったほうが、読みやすかったりはするのかもしれませんね。

江口寿史のお蔵出し

磨き上げたセンス

江口寿史のお蔵出し 江口寿史
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

マンバで江口寿史の作品一覧見たら、『パイレーツ』と『ひばりくん』と『キャラ者』と、この『お蔵出し』しか登録されていなくて驚いた。 ほとんどクチコミも書かれていない。 つい最近も、雑誌のillustration (イラストレーション)2019年3月号【特集:江口寿史】がよく売れて増刷されたとか聞いていたので、人気は衰えないなあ…と感心していたのだが、やはり漫画家としては、忘れられた存在になっているのだろうか…。 江口寿史って、むちゃくちゃ「センスの良い」漫画家です。 「センス」という曖昧な言葉が、なにを意味しているのかは、実は結構難しい問題なんですが、やっぱり江口寿史は、「センスが良い」としか言いようがない。 私見ですが、「センス」には二種類あると思ってます。 例えば、ジャンプで同時期に活躍した鳥山明みたいな、もう「生まれつき」としか言いようがないような才能を持った天才タイプのセンスの良さ。 もう一方は、自らの趣味性や嗜好を大切に捉まえて、その大きくはないかもしれないけれど堅固な才能を、多様な方法で一所懸命に磨いて磨いて、「センス」として花開かせた努力型のタイプ。江口寿史は後者だと思うのです。 漫画家としてもイラストレーターとしても、江口寿史は本当に磨き上げたセンスを持つ、優れた表現者です。 絵については、多くのかたが今も魅了されていて知られていると思うのですが、ホント、ギャグ漫画のセンスが良いんですよ。 テーマも演出もすごく考えられていて、読んでいてとても快適で、ちゃんと笑えて、読後こちらもセンスが良くなったように思える、風通しの良さがある。 もちろん、いろいろ「悪名高い」人ですから、未完の作品も多いですし漫画を描かなくなって長いので、作品世界の風物に少しアウト・オブ・デイトなところもありますが(ジャンプ系は特に)、彼のイラストは好きだけど漫画を読んだことがないというかたがもしいたら、とりあえず、この『お蔵出し』とかショー3部作(『寿五郎ショウ』『爆発ディナーショー』『なんとかなるでショ!』)あたりの短篇集で、そのセンスの良さに触れていただきたいです。

変態性低気圧

4コマギャグの、早すぎた金字塔

変態性低気圧 なんきん
(とりあえず)名無し
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吉田戦車『伝染るんです。』は、4コマというジャンルを超えて、ギャグ漫画の歴史における激震のサード・インパクトだった。 それは、劇画における大友克洋の存在に匹敵する衝撃だっただろう。 しかし、とりあえず4コマというジャンルに絞れば、吉田戦車に先行する才能として、今は忘れられがちなふたつのギャグ漫画家の名前を思わずにはいられない。 (「西の巨人」いしいひさいちは、ちょっと別格とさせてください) いがらしみきお(『ネ暗トピア』等)と、なんきんである。 彼らふたりがいなければ、吉田戦車に代表される「不条理4コマ・ムーブメント」は起こり得なかった、と個人的に思っているのです。 いがらしみきおは、『ぼのぼの』で大きな商業的成功を収め、『I (アイ)』のようなシリアス長編でも評価されていますが、もともとは「とんでもなく破壊的な4コマギャグ漫画家」だったのです。 そして、なんきん。 素晴らしく先鋭的、まさに「シュール」でキュートな4コマギャグを発表し、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『ポンキッキーズ』に絵柄を提供するなど、一部に熱狂的なファンを得た稀有な才能なのですが、なぜか漫画シーンからは早々に姿を消してしまいました。(WAHAHA本舗とか、ご本人はずっと活躍中ですが) 自分は『ネ暗トピア』と『変態性低気圧』が大好きだったので、吉田戦車が登場してきた時に、「ああ、ついに“この新たな流れ”の決定版が現れたぞ!」と、すごく嬉しかったし、納得感が強かったんですよね。 今は、ギャグ漫画不遇の時代だと言われます。 それについて細かく考察していくことは、このクチコミの趣旨と異なると思うので控えますが、「いがらしみきお」と「なんきん」が4コマギャグを描かなくなったということが、その手がかりになるのではないか、と思っていたりしています。 まあ、そんな面倒くさいことは置いておいたとしても、なんきんの漫画は、超ステキですから、現在の読者にもぜひ読んでいただきたい! 手に入れるのは大変だと思うけど!

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