預言者ピッピ

もしかしてAIが発達したらこうなるんじゃね?

預言者ピッピ 地下沢中也
かしこ
かしこ

マトグロッソさんのインタビューで預言者ピッピの続きについて触れられていたので久しぶりに読みたくなりました! https://manba.co.jp/manba_magazines/25517 自然災害を予知する為に作られたロボットのピッピ。災害に対するあらゆるデータをインプットし予測の実験を繰り返すことで大地震の発生を3ヶ月前に予知することにも成功していました。ピッピを作り出した科学博士の息子タカオは「ピッピが願ったから多くの人を助けられたんだ!」とまるで兄のように慕っていましたが、交通事故によりピッピの目の前で亡くなってしまいます。自分の予測に反した出来事が起きたことで一時的に活動を停止してしまいますが、再起動したピッピの中にはなんとタカオの人格が生まれていたのです。そしてピッピは自然災害の予知以外にも自分の能力を使いたいとデータの入力制限の解除を求めてきて…。 AIが発達した社会はこうなるんじゃないかと予知していたかのような内容です。読んでいて最初は人知を超えた力を持ったピッピのことを畏怖しますが、だんだんとそれに振り回される人間の集団心理の方が恐ろしく感じられるようになります。ピッピがデータの入力制限の解除をすることに反対していた博士の「人間には迷う自由、間違う自由がある」という言葉に今は共感するけど、今よりAIが発達するであろう10年後の自分が全然違うことを感じたらどうしよう。

江口寿史のお蔵出し

磨き上げたセンス

江口寿史のお蔵出し 江口寿史
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

マンバで江口寿史の作品一覧見たら、『パイレーツ』と『ひばりくん』と『キャラ者』と、この『お蔵出し』しか登録されていなくて驚いた。 ほとんどクチコミも書かれていない。 つい最近も、雑誌のillustration (イラストレーション)2019年3月号【特集:江口寿史】がよく売れて増刷されたとか聞いていたので、人気は衰えないなあ…と感心していたのだが、やはり漫画家としては、忘れられた存在になっているのだろうか…。 江口寿史って、むちゃくちゃ「センスの良い」漫画家です。 「センス」という曖昧な言葉が、なにを意味しているのかは、実は結構難しい問題なんですが、やっぱり江口寿史は、「センスが良い」としか言いようがない。 私見ですが、「センス」には二種類あると思ってます。 例えば、ジャンプで同時期に活躍した鳥山明みたいな、もう「生まれつき」としか言いようがないような才能を持った天才タイプのセンスの良さ。 もう一方は、自らの趣味性や嗜好を大切に捉まえて、その大きくはないかもしれないけれど堅固な才能を、多様な方法で一所懸命に磨いて磨いて、「センス」として花開かせた努力型のタイプ。江口寿史は後者だと思うのです。 漫画家としてもイラストレーターとしても、江口寿史は本当に磨き上げたセンスを持つ、優れた表現者です。 絵については、多くのかたが今も魅了されていて知られていると思うのですが、ホント、ギャグ漫画のセンスが良いんですよ。 テーマも演出もすごく考えられていて、読んでいてとても快適で、ちゃんと笑えて、読後こちらもセンスが良くなったように思える、風通しの良さがある。 もちろん、いろいろ「悪名高い」人ですから、未完の作品も多いですし漫画を描かなくなって長いので、作品世界の風物に少しアウト・オブ・デイトなところもありますが(ジャンプ系は特に)、彼のイラストは好きだけど漫画を読んだことがないというかたがもしいたら、とりあえず、この『お蔵出し』とかショー3部作(『寿五郎ショウ』『爆発ディナーショー』『なんとかなるでショ!』)あたりの短篇集で、そのセンスの良さに触れていただきたいです。

ベランダは難攻不落のラ・フランス

素敵な短編集

ベランダは難攻不落のラ・フランス 衿沢世衣子
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)

どこか海外の香りがするなーと思っていたらロンドンで美術学んでらしたんですね、衿沢世衣子さん。 いろんな雑誌に載っていた短編をギュッと集めた短編集。 表紙の素敵さがヤバい。 ポスターにして飾りたい。 タイトルは掲載された短編のタイトル3つを合わせたもの。 衿沢世衣子さんを初めて知って読んだのが、『うちのクラスの女子がヤバい』だった。 思春期の性だったり関係性など彼女らにそっと寄り添ったような悩みを淡々としているようですごくいいバランス感覚で描くなーと思っていたんだけど、それももしかしたら海外にいたことで培えたものもあるのかもしれない。 すごく勝手な話だけど、こういう価値観をもって描けるような大人が親戚の叔母あたりのポジションで自分と仲良かったらいいのになと思ってしまう。 いや、違うか、こういう人と結婚したい。 短編はどれも素敵で健やかで愛しい。 8本ある短編だけど、ちょうどタイトルの ・ラ・フランス ・難攻不落商店街 ・ベランダ が好きだった。 その中でも特に「ベランダ」。 たわいない会話にグッとくる。 そして見た目から推測できることはあくまで推測でしかなく、心配することは大人の自分勝手な善意の押しつけのようなもののしんどさや重さと表裏一体だ。 何かから逃げてきた子供の「別の国じゃなくなっちゃった」のセリフを描けるのは本当にすごい。 自在に特定の年代の人間と同じ目線になれるんだろうか。 よっぽど深く潜れないとその言葉は引き出せないと思う。 しかし、ここで見せたいのは少女の方ではなく、あくまでそれを聞いた大人の女性の表情だ。 僕たち読者は一緒にハッとさせられる。 それまで呼んでいた「テキサス」というおちゃらけたあだ名が耳の奥で響き宙に浮く。 このあと、結局最後までストーリーには一切関わってこなかった主人公の杖が気になるようになった。 彼女も過去に何かあったのかも、とは深読みのし過ぎか。 誰にだって何かの事情はあるものだ、ということかもしれない。 梅雨が明けた頃、この短編をもう一度読もうと思った。 画像は僕が一番好きな、なにげない会話のシーン。