SPUNK - スパンク! -
″好き″こそパワー! #1巻応援
SPUNK - スパンク! - 新井英樹 鏡ゆみこ
兎来栄寿
兎来栄寿
いま私は……『SPUNK - スパンク! 』が大好き!! この楽しいは譲らない!! 難しいことを平易に、子供でも解るように変換して伝えられることこそが真の賢さであるという風に言われることがあります。部分的には解らなくもありません。 しかし、世の中にはどう頑張っても単純化できない(あるいはすべきでない)複雑なものも存在します。それは、まさしく新井英樹作品のようなものです。 新井英樹さん待望の最新作『SPUNK - スパンク! 』を3行でまとめろと言われれば、まあできなくはないでしょう。あらすじに書かれている情報をまとめて呈することは可能です。しかし、本作は第1話だけでもあまりに膨大な情報量が詰まっています。3行まとめでは、そこに存在する数多の機微を欠いてしまうわけです。 主人公の栗田夏菜が、幼い頃から人形より怪獣やゾンビが好きで、男子と遊ぶのが好きだったこと。 絵やマンガやロックや映画が好きだったこと。 吉田戦車や岡崎京子の良さが解る中学生で、自分でもマンガを描いてたこと。 男子とばかり遊んでいたら、女子グループからイジメられたこと。それに対して、全校集会で校長と取引して大々的に反抗したこと。 自分と同じ白線の上を歩くのが好きな返り血塗れの女(彼氏を刺殺した直後)の「譲るなJK どんと行け人生こっからだ」という言葉が心に刻まれていること。その女は次の瞬間トラックに跳ねられ潰れ肉片となったこと。それを見て何故だか元気を貰って笑ったこと。 その夏にナンパして来た男とホテルで初体験を済ませたこと。その頃に酒・タバコ・薬も一通り通ってお金のために法律無視のバイトも色々とやったこと。 高校卒業後は映画を撮りたくなり専門学校に通い始めたこと。 その後、六本木のクラブでホステスとして働く中で暴力団の若頭に気に入られたこと。 その若頭が実はドMであり、そこから女王様としての道に開眼していったこと。 縦横無尽にS道を驀進する自分が大好きであること。 これでもかなり端折っており、実際の第1話ではより濃密な人生が詰め込まれています。ひとつひとつの表情や、手指の演技に明確な意志がたくさん込められています。この文章を読むより、1,2巻をまとめて買ってそれを読み通し味わって欲しいです。切に。 そうした複雑さこそ世界や人間の在り方や本質に迫り相似している部分でもあります。人は往々にしてシンプルで解りやすい答えや飲み込みやすいものを欲します。しかしながら、こうした複雑で咀嚼も嚥下もし難いものと全力で格闘し、自分のものにしていく時間は人生において非常に大切であろうと思います。 『SPUNK - スパンク!』1話が世に出たときのキャッチフレーズ、「『好き』をナメるな」という言葉が私は心底大好きです。 人間の好きという気持ちから発せられるエネルギーを信じているから。 自分自身も、好きだけを突き詰めて生きてきたから。 他者の好きを突き詰め煮詰めたものが、大好きだから。 嫌いが生むものより、好きが生むものの方が強くて素晴らしいことが圧倒的に多いから。 わざわざ嫌いなものに自分から近付いていって誰も(自分も)幸せにしないことに貴重な人生の時間を費やすより、自分の好きな対象を愛することに1秒でも多く使った方が皆幸せになるのに、と常々思っています。故に、この作品の主人公・夏菜の自分の感情にとことん素直で好きを貪欲に突き詰める生き方は大変痛快で大好きです。 そして、本作の鍵となる人物は夏菜と対照的な冬実。SMバーの面接に行ったところで「私ごときが」と、入門を躊躇している彼女。名前の字面からして夏と冬で、性格的にもイメージそのままで奔放な夏菜に対して真面目で大人しく抑圧的な冬実は、夏菜から見ても理解しがたくつまらない存在です。しかし、常連客のひとりは冬実の潜在能力を感じ取っており、冬実の変化と共に物語はドライヴ感を増して疾走していきます。疾走感マシマシのパートの一連のセリフは、声に出して読みたくなる魅力があります。そして、読んでいるだけで新しい扉が開けるようなパワーが宿されています。 「SMも人生も笑いである」 「切実と滑稽の世界へようこそ」 酸いも甘いも散々噛み分けた先にある人の生の境地が、ここにはあります。SMバーを訪れる客たちも、それぞれ物語の主人公になれるような人生を背負っています。普通なら悲劇と呼ばれる話であっても、笑い話として笑い飛ばし蹴り飛ばす。そんな力強さと優しさに満ち溢れていて、読むとSPUNKを与えられます。 普通のマンガの主要人物たちには幸せになって欲しいなと思うことが多いのですが、彼女たちに関してはもう幸も不幸もすべて人生の一部であり等価値で何が起こってもいいし、どっちでも面白いと思えます。ただただ、見ていたい。何とも不思議な読み心地です。 雑誌で読んでいても十分面白いのですが、『SPUNK - スパンク!』は単行本になってこの世界だけに集中・没入して読むのが最も楽しめるなと感じました。1,2巻が同時発売となった理由も、よく解ります。2冊まとめて買って一気に読むことを強く推奨します。続きが気になった方は、新発売のビーム最新号で続きを読むこともできます。 『ザ・ワールド・イズ・マイン』、『なぎさにて』、『SCATTER あなたがここにいてほしい』、『ひとのこ』など超大な物語を経てこの個々人の物語に辿り着いているその意味も、読むことで言葉でなく心で伝わることでしょう。
フツーと化け物
化け物から習う「普通」の人間のあり方 #1巻応援
フツーと化け物 羽流木はない 篠月しのぶ
兎来栄寿
兎来栄寿
皆のように普通に生きたいのに、それが難しい。 人と同じようにできない。 そんな経験がある方には刺さるかもしれない作品です。 『百合の園にも蟲はいる』や『世界の終わりのオタクたち』の羽流木はないさんと、『幼女戦記』のイラストを担当していた篠月しのぶさんが組んで送る日常異端系ストーリーです。 クラスメイトから「距離感バグってる」と評される伊藤さんは、友達を求める女の子。ある日、同じクラスの高橋さんに成り代わっていた化け物が先生を丸呑みしている現場に遭遇します。殺されてしまうかと思いきや異形の化け物と友達になり、「フツー」の人間らしさを教わっていく奇妙な日々が始まります。 「プリクラを撮ろう」と自分から誘っておいてその場でプリクラを捨てるなど、あまりにフツーに生きることができない伊藤さん。彼女の奇行と、それでも友達が欲しいという切実な願いが哀切を誘います。他の人のように上手く生きられない人は共感したり共感性羞恥を催したりするでしょう。 そんな彼女ですが、初めてできた友人である高橋さんとフツーの女子高生が当たり前にしていることをする時間が訪れ、まるで爽やかな百合を読んでいるかのように錯覚するシーンもあります。ただ、この物語はそれでは終わらず毎回非常にサスペンスフルに進行していきます。連載で読んでいると、毎話毎話ヒキが強くて続きが気になるタイプの作品です。 本作のひとつのテーマである「普通」について、作中でも色々なシーンや言葉を通して語られますが、羽流木はないさんらしい作家性がそこかしこから出ています。ドラッグストアの件とか好きです。 また、黒髪ロングストレートの高橋さん、篠月しのぶさんの絵の魅力もあってすごく好きなんですが(3話や6話の白と黒のコントラストがバチッと利いた絵など特に好きです)、既に怪物に殺されてしまっているのは至極残念。ただ、スマホの操作はもちろんのこと盛れるアプリの使い方にも習熟している怪物は大分愛らしさもあります。ある種、『うしおととら』のような関係性も髣髴とさせる彼女たちの行方が気になります。 また、伊藤さんのおばあちゃんも特筆すべきキャラ立ちをしています。ど派手な服装と車に、抜群のスタイル。格好いいおばあちゃんキャラって良いですよね。おばあちゃんの作った明太子・じゃこ・牛の三種のコロッケ、台風の日に食べたいです。
サバイバーズゲーム
UFOが吸うスピード遅すぎ!?ゲーマー女子の命を懸けた青春譚
サバイバーズゲーム 山素
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)
前編だけで文句なしに面白いです!! いいところで後編に続くのズルすぎますね!? https://twitter.com/5670000000LDK/status/1668077030603378688 巨大UFOに吸い上げられたゲーマー小学生女子だったけど、吸い上げのスピード遅すぎて12年間空中で生活する話。 話の導入から思ってもみなかった軸で話が進むのすごいです! 普通のベタな思考だったら吸い上げられたあとにどうするか、どうなってしまうかを考えるところ、思考のリズムの手前の死角になってる角度からぶん殴られた感じ。 しかも主題が、前編の段階ではUFOとかSFものというよりも身動き取れないけど時間が有り余る状況をいかに有効活用するか、そしてもっと普遍的だけど同じ状況にある人にそのまま置き換えたときの不思議な共感まで描いていてちょっとすごかったです。 時間はテンポよく飛ばしながらめちゃくちゃいいところで後編に続くので来月号(7月12日)が待ち遠しすぎます!! 山素(やまそ)先生は、以前コミックDAYSに掲載されていた読切『時間跳躍式完全無劣化転送装置』(モーニング月例賞)も最高に面白かったです。 https://comic-days.com/episode/3269754496432828238
琥珀の貴女
喪失と影が生に輪郭を与える百合 #1巻応援
琥珀の貴女 東河みそ
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ
あらゆる物事は始まり、終わってゆく。生まれ、死んでゆく。物語も、恋も、そして命も。 死の波打ち際で生を振り返る時、または仮初の死から生還するとき、生は強く輝く。あるいは現実感がない喪失は、反芻していつまでも心を縛る。喪失が生きることに、輪郭を与える。影が光の世界にディテールを与える。 そんな影と光が描かれるのが、この大人百合短編集だ。強い物語も、ふんわりとした物語も、そこには喪失や影があり、それゆえに登場人物たちは複雑で、切実になってゆく。 どの物語もなかなか真相が明らかにされず、ショッキングな体験をくれる。そしてその核を貫くのはまごうことなき百合だ。昏くても明るくても、その百合は暗闇に差す細い光のように印象的だ。 ●chandelier 恋を失い死を願うレズビアン風俗のキャストは、好きな人との予行練習だと言う客に惹かれる。死の淵で手を取る二人。 ●ふたりの楽園 政略結婚に臨む花嫁と、彼女を束縛する幼馴染。昏い関係の真実に驚く。 ●えりちゃんのハイヒール 二丁目で私にキスをした、ゴツいハイヒールの小さな女性。たまさかの出会いと不在にぼんやりと心を縛られる感じ、なんかわかる。 ●水際 レズビアン風俗の30代のキャストは日本画の大家の女性にモデルとして雇われる。「よぼよぼのババア」に惹かれてゆく恋は強力だった。 ●転石苔むさず バイト先の苦手な先輩を、一晩泊めてやる。一瞬近づき、離れてゆくその距離感をこちらも想像する。 ●ひかり 母を亡くした新興宗教二世は、昔世話してくれた信徒の女性のために「神の子」になる。信頼を巡る物語は複雑に正しさを挫いてゆく。すごいものを見た……。