デビルズキャンディ

ハロウィンに読みたいマンガ2023第1位 #1巻応援

デビルズキャンディ Bikkuri Rem
兎来栄寿
兎来栄寿

渋谷ハロウィンにも大規模な規制が入り大人しかった今年。代わりに池袋ハロウィンでは小林幸子さんが鬼舞辻無惨のコスプレをするなど大いに盛り上がっていたようですね。 ハロウィン本番は今日10月31日なわけですが、そんな本日にこそ読みたいのがこのアメリカ発のアクションモンスターコメディです。さまざまな悪魔や怪物たちが暮らす世界で、幽霊が暴れ、コウモリが舞い、骸骨が郵便配達を行う。そして、ヒロインはフランケンシュタイン的な美少女。これ以上ハロウィンにぴったりなマンガもなかなかありません。 物語は、主にヘムロックアカデミーという学校を舞台に、人造悪魔のパンドラを作ったインプの少年・カズを中心としたドタバタ劇です。生徒も教師も軒並み強い個性を持っていて、ひとりひとりの濃ゆい特徴も見所となっています。 特に、カズのことが好きなサイクロプスの女の子・ヒトミの片思いラブコメ部分は力が入れられており注目です。 アメコミというともっとコテコテな画風をイメージすると思うのですが、本作の画風は表紙絵だけでも解るようにとても日本のマンガに寄っています。またページこそアメコミと同じく右開きですが、ネームや演出などもかなり日本のマンガに寄っており多くの日本人が親しみ易いことでしょう。 ファンタジーならではの架空のさまざまな競技が登場し、アクションの見せ場となるシーンの演出も派手で楽しく、国境を越えて目で見ているだけでも楽しめる作品です。 果たしてカズの作ったパンドラはどのように成長していくのか、その道程を見守る楽しみもあります。 皆さんが良きハロウィンを過ごせますように。 HAPPY HALLOWEEN!

コロッケと栞

ガールミーツ人外オムニバス #1巻応援

コロッケと栞 高橋祥志
兎来栄寿
兎来栄寿

『青騎士』の目次を見ると、いつも「コロッケ」や「ハンバーガー」などの文字列が並んでいてお腹が空くというのはさておき。 本作は、ある街で起こるさまざまな事件を描いた群像劇です。 最初のエピソードは、書店の娘である仁美とその幼馴染で仁美に好意を抱く肉屋の一樹、そして突然現れる来訪者のお話から始まります。タイトルの「栞」は仁美を、「コロッケ」は一樹を表しているのでしょう。 そのふたりが中心となって進行していく物語かと思いきや、その次はアイドルのYUKINAを神推ししている等々力とそのアイドルになぜか似ている部分のあるイケメン転校生のお話。その後は、神社の娘で物語のような恋に憧れる巴と彼女の想い人である藍沢先輩と神社のお狐様のお話と続いていきます。 舞台は同じ街・同じ学校ですが、エピソードごとに主軸となる人物がシフトしていく構成となっています。共通しているのは、女の子が少し不思議な存在に出逢うところから始まっていくというところ。もし涼宮ハルヒがいたら歓喜しそうな街です。 それぞれのエピソードに連関があるところがこの作品の要となっていそうで、最終的にどうまとめ上げられていくのか楽しみです。 なお、この作品の商店街は大山商店街をモデルにしているようです。大山といえば『上京生活録イチジョウ』で一条が住んでいた街であり、私も聖地巡礼に行ったことがあります。大山はカレーパンやチーズメンチカツが有名ですが、再び訪れてコロッケを食べながら書店に行くのもアリかもしれません。

針と羊の舟

ペットロスから始まる羊毛フェルト道 #1巻応援

針と羊の舟 幌琴似
兎来栄寿
兎来栄寿

人生でペットを飼ってきた経験は無かったのですが、近年保護犬と暮らすようになってから日々愛着は募るばかりです。 逆に、もしある日何か突然の悲劇が起きてしまったら……と思うと居た堪れません。故に、本作の主人公の気持ちは痛いほど解ります。 この『針と羊の舟』は、飼っていたうさぎが突然死してしまった青年・花原純が、羊毛フェルトで本物そっくりなうさぎを作ろうとする物語です。プロの羊毛フェルト作家である母親の技術を受け継いでいる弥生に師事を受けながら、純は簡単なものから徐々に挑戦していきます。小学生の頃の家庭科で多少似たようなことをやった経験はありますが、現代の羊毛フェルトがどのような作業工程であるかなどは新鮮で興味深く読めます。 根底には悲しみの感情を湛えながら、作品自体はコメディテイストも強いです。かわいいコツメカワウソに対する獰猛なワニをも喰らうオオカワウソの顔であったり、カワウソやポメラニアンの羊毛フェルトの出来上がりであったり、思わず声を出して笑ってしまうところが多々あります。たまに勢いが凄かったり、さまざまなパロディも挟まれたり。 ただ、笑えるところがあるからこそ、よりシリアスな部分も引き立っているのが本作の良いところです。飼いうさぎを喪った純はもとより、弥生や他のサブキャラクターたちのバックボーンも見え隠れし、その中では心に残るセリフやモノローグも登場します。彼らの感情のやり取りも等しく好きです。 なお、我が家で暮らすポメラニアンは犬としては抜け毛は少ない方なのですが、それでも人間と比べれば夥しい量の毛が抜けます。正に羊毛のような白いふわふわの塊は保存してあり、いつか自毛100%のぬいぐるみを作る予定なので、その辺りも主人公に共感しながら読んでいます。 珍しいテーマですが、良質な作品です。

ピッコリーナ

男とバニーガールと笑顔とやきとりと #1巻応援

ピッコリーナ 大槻一翔
兎来栄寿
兎来栄寿

『欅姉妹の四季』の大槻一翔さんが、舞台を『青騎士』に移して新たに素敵な世界を紡いでくださっています。 バニーガール×やきとり。 何を言ってるのかわからないと思いますが、私もわかりません。考えずに感じてください。美人がやきとりを美味しそうに食べて幸せそうになっている、それだけで救われる命もあります。 タイトルの「ピッコリーナ(piccolina)」とは、イタリア語で「小さい」「小さくてかわいいもの」の意。ヒロインのバニーガール峰香(ほうか)さんは、どちらかというと170cm近くあって高身長なのに、タイトルはどういう意味なのだろうと思うかもしれません。その意味も、読んでいくと解ってきます。 本作の1番の見どころは主人公の朗(あきら)と蜂香さんとの関係性の進展に他なりません。美人すぎる蜂香さんとの距離感に戸惑いながらも、少しずつ関係を深めて行こうとする朗、それに対する蜂香さんのひとつひとつの反応が実に良い味わいです。ささやかなやり取りの中に、深い良さみがあります。 それに加えて、大槻一翔さんの画力があるからこそ描ける華やかなバニークラブの様子なども良いです。セクシーではありながら、爽やかで嫌らしさがないのが流石です。あまりこういったキャバクラ含むクラブを楽しむ文化圏にはいなかったのですが、その楽しさを教えられた気がします。 読むと炭火で焼いた美味しいやきとりを食べたくて仕方なくなりますので、読むタイミングにはゆめゆめお気をつけください。

エレナの炬火

戦火の下、命の真価に向き合う物語 #1巻応援

エレナの炬火 小板玲音
兎来栄寿
兎来栄寿

″こんな深い暗闇のなかでなら、 こんなにも美しく 輝き燃える命が見えなくなるというのか。 消えることなく、人の生を照らす導きの光。 『青騎士』第8B号で『エレナの炬火』が連載を開始したときの扉絵のアオリ文です。雑誌掲載時しか読めないアオリ文ですが作品によっては非常に印象的で心に残り、単行本では見られないのが勿体ないとすら感じさせてくれるものもあります。この『エレナの炬火』のアオリ文、特に1話と4話のものは、絵・物語内容とあいまって強く心に響いて残るものでした。 かわいらしい表紙絵だけ見れば「ケモミミメイドの日常コメディかな?」とすら思ってしまうかもしれませんが、 ″慈しみを持って生きなさい。 祈りとともに歩みなさい。″ という帯コメントが示唆する通り内容は重厚で骨太です。れおはりうさん改め小板玲音さんが新たに紡ぎ出す世界は、極めて難しいテーマへと挑んでいます。 まず、1話を読んでもらえればこの作品に宿る大いなる価値は十分に感じてもらえることでしょう。しかしながら、1冊を読み通すことで1話で感じたものに類するものだけに留まらない本作の多様な側面を堪能できるはずです。 戦争だけでもなく、平和だけでもなく。この1冊の中に宿る多様性は、ある種まさに現実世界に存在する多様性と相似しています。昨日と同じような今日が続いていく保証なんてどこにもなく、力学が傾くきっかけはどこにでも転がっている。今日もウクライナやその他紛争地域で命が潰えているその一方で、平和を謳歌し文化的な活動に勤しむ人や、無為な行為に溺れる人もいる。そんな世界の複雑さが立体化され、描かれていきます。 ときに優しく、ときに毅然と自らの使命に邁進するエレナの姿は、後々民衆を導く大きな炬火となっていくであろう気高さを感じさせます。高潔なる戦いの中で、彼女はどのような成長を見せてくれるのか。どのような選択を採っていくのか。そこにある「祈り」を強く感じ、心を揺さぶられながら目が離せません。 今年単行本が発売される作品の中でも個人的TOP10に入ってくるかもしれないくらい大好きな作品です。 最後に、4話の魂がこもった秀逸なアオリ文を引用して紹介を締めます。 ″家族や街を、身近なものを守るために、鉛の弾丸をこめる。 輝く勲章もなければ、武勲の栄光もなく、銃口を向ける。 故郷に残した生活と来るべき平和を想い、引き金をひく。 殺した敵兵と、その愛する人のために祈りをささげる。″

凍犬しらこ

でっかい犬に乗って滅びた北海道を大冒険 #1巻応援

凍犬しらこ ハラヤス 安原萌
兎来栄寿
兎来栄寿

人間より大きい犬に乗って、広大な世界を走り回って冒険の旅をしてみたいと思ったことはありませんか? これは、そんな夢を叶えてくれる作品です。 氷河期(スノウボールアース)が訪れた未来の北海道を舞台に、体が氷雪でできている「凍犬」のしらこと旅をする青年・太一が主人公。 世界は徐々に温暖化が進んで春が訪れようとしていますが、しかし人間の体温でも溶けてしまう凍犬は、春になると消えてしまう定めを背負った儚い存在。そんな凍犬のしらこを生かすために、太一は世界が暖かくなっても冷たいままの場所である虹の根を求めて旅をします。 設定から既に切なさが溢れ出ているのですが、それを吹き飛ばすくらいにしらこの犬としての動きが愛らしくてかわいいです。サイズは大きくても、行動は犬そのもの。ボールを投げてもらうのは大好きだし、人間に構ってもらうのも大好き。はぁ〜〜〜、わっしゃわしゃに撫で回したい。雪原の上で思い切りのしかかられたい。毛の中に埋もれて一緒にお昼寝したい。はぁ〜〜〜〜〜…………。おやつに氷柱を齧るのもかわいい。ただかわいいだけではなく、時にはとてもカッコ良いシーンも見せてくれるしらこにもうメロメロです。  作品としては、ポストアポカリプスを北海道でやるというのが面白いですね。地元の方や、北海道の地理に詳しい方なら、色々とニヤニヤしながら楽しめるのではないでしょうか。「あ、ここは残っているんだ」とか。『ゴールデンカムイ 』などとはまた違った楽しみがあります。 世界観的には当然なのですが、シリアスな描写のところはちょっと衝撃もあり、どうか最後のときまでしらこが元気なままでいて欲しいなぁと祈るばかりです。

萩埜まこと短編集 どこかの星のふたり

1粒で5度美味しい短編集

萩埜まこと短編集 どこかの星のふたり 萩埜まこと
兎来栄寿
兎来栄寿

「『熱帯魚は雪に焦がれる』の萩埜まことさんによる短編集」と言うと百合を想像されるかもしれませんが、雑誌『青騎士』に連続掲載された作品群はさまざまなタイプのお話があり、そのどれもが上質です。 西洋が舞台で、作家と少女との出会いから始まる「窓辺のリノア」。 田舎の高校生たちの淡い青春を描いた「波よりもおだやかで、雲よりも速く」。 スタイリストになりたての青年が、初めて美容院に来た女子高生との接客中に自分が美容師になった動機となる復讐について語る「髪結いの娘」。 神社に住む少年が、人生を諦めそうになっていたダメな大人に神様のフリをして援助を行う「神様ごっこ」。 人類が滅んだ後の宇宙を舞台にしたSFでありながら、ゴーストというファンタジックな概念が物語の鍵になる「どこかの星のふたり」。 時代も場所も設定も多彩で、ひとつとして似通ったものはなく1冊の中で多くの味わいを楽しめる様はまるでフルコースの料理のようです。 「窓辺のリノア」が『第七天国』から着想を得ていることが幕間の解題で明言されていますが、『熱帯魚は雪に焦がれる』も井伏鱒二の『山椒魚』をモチーフにしていたように、他の作品から取り込んだものを自分の中で咀嚼して独自の物語として出力する力に長けていると感じました。 どの作品も読後感の良さが共通していて、多くの人に受け入れられ易いタイプの作劇であるとも思います。個人的にはすごく大事に描かれた感のある表題作が最も好きです。 2022年に出た短編集の中でも、特に良くお薦めしやすい1冊です。