腸よ鼻よ

内臓までエンターテイメントにできる天才

腸よ鼻よ 島袋全優
野愛
野愛

世界一面白い闘病漫画ここにあり。 漫画家を目指すうら若き女の子に突然訪れた悲劇、なんだけど読んだら絶対笑う死ぬほど面白い漫画です。 漫画を描いては入院し手術し、退院して漫画を描いては入院し…という楽しくないはずの日常をひたすら楽しく見せてくれます。 クソな医者にあたったことも、駅のトイレ使っただけで感染症になったことも、成人式行けなかったことも全部全部笑いにするんだから全くん(お姉さんの呼び方で呼びたい)すげえな!かっけえな!ってなります。 全くんがストーマの袋たっぷんたっぷんにしながらプロレス観戦して一緒に写真撮ったスーパーマンタロウの中の人より元気に生きてるもんな。マンタロウの中の人は最近病んでてちょっと心配。嫁かわいいのにな。 いちばん笑ったエピソードは美容師にリーゼントにされて海に行った話なので病気あんまり関係ないですね。 腸があろうとなかろうとこの人は世に出ていただろうという面白さ。自分の内臓までエンターテイメントにできる人間なんてなかなかいないよ、天才としか言いようがない。 ガンマと言えば腸よ鼻よとはずネジが二大巨頭よね。異論は認めません!

学園恋愛者!

タイトルは直球だけど内容はかなり突飛

学園恋愛者! 栗原まもる
nyae
nyae

恋愛禁止の女子校に入ったものの、コッソリ恋愛をしようとしてしまう主人公。バレた時にはもう大変。犯罪者扱いです。しかし、いずれ学園の横暴なやり方に反発し、校則をも変えてしまおうと、立ち向かうというストーリーです。 禁止されてるから燃え上がるのか、純粋な恋愛をしているのか。つい周りが見えなくなってしまう幼稚さもある10代の恋愛が、学園から受ける仕打ちによって冷静に俯瞰で見ることができるようになるという構図が面白く読めます。 なにより自分は栗原まもる先生のユーモアセンスと緩むことのない猛スピードなストーリー展開のファンで、この漫画もそれをこれでもかと味わうことができるので好きなんです。 また、脇役キャラとして出てくる松木さんというわりとボーイッシュな見た目の女子がいるんですが、その子の見た目が本当に好きで、大袈裟ではなく惚れます(正直、いちばん強く言いたいのはこれ)。あまり恋愛に関心が高くなさそうな松木さんが、違反者が入れられる反省棟で主人公と出会うのは、なぜなのか。そこには切ない理由があるんですけど、松木さんを主人公にしたスピンオフを描いて欲しいくらい良いんです。 ▼松木さん(右)

おじさん、ドル活はじめました!

アイドルを好きになることのポジティブな効果

おじさん、ドル活はじめました! シバタヒカリ
hysysk
hysysk

私もおじさんですが最初にK-POPを好きになったのは約10年前。KARAや少女時代、2NE1が活躍していた頃です。f(x)が初来日すると聞きつけて東京国際フォーラムにも行きました。めちゃくちゃ女性客が多くて、こんなに女性のファンがいるのか?と驚いたのですが、一緒に出演していたSHINee目当てだったことが判明(青春不敗というテレビ番組の記念イベントだったのだけど、そういう文脈を知らなかった)。女性ファンのお洒落さと、いい匂いに衝撃を受けました。 当時男性ファンが中心のアイドル現場に行くと、悪臭で不快な思いをするし、服装もだらしないので、正直周りから同類だと思われたくないという気持ちが強かったのですが、女性ファンには「好きな人に会いに行く」という意識を感じました(握手の前にお手拭きを使っている人もいた)。 前置きが長くなり過ぎました。 話自体はおっさんがアイドルを好きになることで、会社でも若者と打ち解け、家庭の絆も深まり、いいことづくめというご都合主義的なもの。でも、これ実際本当にいいことづくめなんですよ。アイドル達はダンス、歌、語学とあらゆる面で努力しており、その姿を公開しています。ファンはそれに刺激されて、自分も頑張ろうと思う。そういう熱量が描かれています。熱量だけでなく、節度(自分の振る舞いが周りにどう影響するか)についても。当初は3話の予定が7話になったとのことですが、もっと長く続けて、K-POP業界の仕組みや文化(カムバックとかトレーニングとかオーディション番組とか)も解説的に描いて欲しかったです。 私もNizi ProjectをきっかけにK-POP熱が再燃、TWICE、ITZY、BLACKPINKとはまっていき、挫折した韓国語の学習も再開し、ようやくハングルは読めるようになりました。早く歌詞や会話をダイレクトに理解できるようになりたい。そして踊れるようになりたい。。

潮騒のふたり

今年最高峰のBL

潮騒のふたり 遠浅よるべ
兎来栄寿
兎来栄寿

すっかり寒くなってきましたね。寒さには強い私もとうとう暖房を使うようになってきた今日この頃ですが、この『潮騒のふたり』は読んでいるだけでじっとりと汗をかく蒸し暑さを覚えるような、そして同時に胸を焦されるような、異様で夥しい熱量を放っています。 1994年、関西のとある中学を舞台に、不良新任教師・屋敷と8歳年上の人気教師・比奈岸の恋愛が描かれる物語です。 90年代半ばという時代設定を非常に丁寧に巧みに描いており、令和3年にもなろうという時期にこんなにエモいポケベルでのやり取りを見られるとは思っていませんでした。 絵も設定もディテールが丁寧で素晴らしい作品なのですが、特に好きなのはインモラルで奔放な屋敷が教師用の格安アパートを借りずにわざわざ自分で部屋を借りているその理由です。普段の彼の姿からは想像もできないロマンチシズムの発露とそのギャップは、人を好きになるのに値する良いエピソードでした。 屋敷の刺々しくも内にある柔らかなもの、比奈岸の順風満帆に思える人生の向こう側にあるもの、その二人の交わりによって生まれる化学反応、そして変化に胸の奥が疼きます。 こうした描写の積み重ねによりキャラクターにも肉感が与えられているからこそ、まだBLという言葉が浸透していなかった頃の、男性同士での恋愛の禁忌性が今より遥かに強かった時代設定が輝いています。また、今よりも更に厳格さが求められまだ体罰などもあった時代の、規範たるべき教師としての葛藤も美味しいです。 オタクという言葉がまだ平仮名で書かれていた時代の不登校のおたくである女子生徒が長野まゆみ、銀色夏生、栗本薫が大好きというシーンがあるのですが、90年代にその辺りを読み漁っていた人間として非常に強い共感を覚えると共に懐かしさに浸りました。 50ページ以上の描き下ろしがあり、webで読んだ方もこの結末は必見です。 BL作品でそれなりに交合するシーンも描かれはするのですが、それでもこれは男性と男性でありながら人間と人間の普遍的で切なく狂おしくも愛しい物語であり青年マンガ的な側面も強いので、普段はBLは読まないという男性にも、『コオリオニ』位なら大丈夫というマンガ好きの方にもお薦めしたい作品です。 様々な部分で好みは分かれる作品であることは間違いないですが、それでも今年のBLの中でも個人的にはトップクラスです。

江波くんは生きるのがつらい

小説を書くためにヒロインとの出会いを待ち続ける男

江波くんは生きるのがつらい 藤田阿登
ANAGUMA
ANAGUMA

小説家志望の江波くんは理想の処女作を書き上げるため、実生活で運命のヒロインと出会いを待ち続けているという思い込み激しい系の陰キャ大学生です。 しょっちゅうカワイイ女の子との遭遇イベントを発生させてるのですが、なんだかんだ理由をつけて「ドラマチックじゃない!不採用!」とすべてのフラグを叩き折り、自らの殻に篭もろうとするありさま。読んでる側としては「十分ドラマチックだから!」とキレそうになること間違いなし。えっ…選り好むな…! 情けない態度ではありますが実のところ「これくらいのドラマではいい小説を書けないかもしれない」という執筆へのプレッシャーからきているものなのです。単純なロマンチストというわけではなく、江波くんの場合は女性との距離と創作への怯えが密接に結びついていて、これが面白いところですね。 そんな彼のイカれた生態に目をつけたのが同級生の清澄さんで、この女もヤバい。江波くんの自我が苦しむさまを見ることに快楽を覚える愉悦系ヒロインで、彼の周囲をかき乱し続けます。江波くんVS清澄さんの自我バトルが衝撃の形で決着する最終回、見届けてほしい。 江波くんの生き様を通じ、創作と自意識が孕む闇が炸裂しながらも面白かわいく描かれています。身に積まされながら楽しく読めました。江波くんのデビュー作読んでみたいですね。

高校生を、もう一度

定時制高校に通う人々の胸打つドラマ

高校生を、もう一度 浦部はいむ
兎来栄寿
兎来栄寿

『あ、夜が明けるよ。』や『僕だけに優しい君に』で去年話題となった浦部はいむさんの新作です。端的にとても素晴らしかったです。 定時制高校へ実際に通っていたという作者によって、定時制高校の日常の悲喜交交が解像度高く描かれます。 主人公は、昼間は工場で働きながら夜は定時制高校に通う21歳の女性。周りより少し歳が上であることに引目を感じ、体育の時間にペアになる相手も見つからないというところから始まります。 それ以外にも、沢山の大なり小なり訳ありのキャラクターが登場し、群像劇が織り成されます。 真っ直ぐ一番人が多い通りを歩むだけではなく、脇道に逸れたところに咲いた花やそこでしか見られない景色に出会いながら、自分のペースで進んでいっても良いし、むしろその方が他の人が経験できなかった素晴らしい体験を得ることができるかもしれないのが人の生きる道です。 色々な人に出逢って、良いことも悪いこともあって、気づいたら前より人に優しくできるようになっていて、それが切っ掛けで人生が少しずつ良い方向へと回っていく。その様に、静かでありながら大きく胸を打つ感動を貰いました。 一冊を読んだ時の満足度は今年読んだ中でも上位で、ぜひお薦めしたい作品です。