獣王星 完全版

全5巻の超傑作SF #マンバ読書会

獣王星 完全版 樹なつみ
兎来栄寿
兎来栄寿

「全5巻の名作」として思い浮かぶマンガの筆頭、少女マンガでは『獣王星』です(『ポーの一族』や『アンの世界地図』など無限にありますけれども)。『OZ』も後から出た版では全5巻であり、樹なつみさんの2つの名作SFは併せて想起されます。樹なつみさんは他にも『朱鷺色三角』や『ヴァムピール』なども全5巻ですね。 『OZ』も『獣王星』もハードなSFで、重厚な設定のの下に一度読み始めると続きが気になって仕方ないサスペンス性の高いドラマが繰り広げられます。それぞれ80年代後半、90年代前半から描かれた作品ですが、今読んでも十分面白いです。 『獣王星』は、地球から離れた星系とコロニーの中で繁栄する未来の人類を描いた物語です。なぜか極秘裏にされほとんどの人がその存在を知らない流刑星である「獣王星」。そこに主人公の少年が陰謀に巻き込まれて落とされるところから物語は始まります。 常に命の危険に身を晒され生き残ることすら過酷な環境で、未知の星の生態系やルールに抗いながらサバイバルしていく部分だけでもエンターテイメント性たっぷりです。謎が謎を呼ぶ展開で、怪しい人物が多過ぎて誰の言っていることが真実なのか、真意はどこにあるこか解らなくなります。SF的な設定を巧みに用いながら目まぐるしく状況が変わっていく中で、全5巻でテンポよく駆け抜けてしっかりまとめていく疾走感はたまりません。 現代の地球とは異なる様々な価値観の下で、懸命に生きる人々に触れられるところも良質なSFの良さが溢れています。 『獣王星』に限りませんが、樹なつみさんの絵はスタイリッシュで美しく、内容的に男性が読んでも楽しめるという点でお薦めしやすいです。 #5巻くらいのマンガ

ふたりのポラリス

孤独を癒す義姉妹の連帯

ふたりのポラリス 柚原瑞香
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

誰も自分の事なんか見てくれない……そんな思いを抱えながら、人の輪の中で笑って相槌を打つ私は悲しい。そんな私の寂しさを、この『ふたりのポラリス』は、全力で肯定してくれる。 ----- 親の再婚で義姉となったクラスメイトは、クラスに馴染めず、パシリに使われる存在だった。そんな義姉の問題を解決しようと立ち回る主人公女子も、実は問題を抱えていた……という物語。 主人公が抱える問題……集団の中で自我を出せず、空気を読んで快適さを演出する心情は闇が深いのだが、実は誰でもよく分かるのではないか(勿論私もよく分かる)。 そんな主人公が不器用な義姉のまっすぐさに打たれ、手を引いていた筈の義姉に助けられ、新たな姉妹パートナーシップに力を貰って自分の問題に向き合う物語は、こちらの心を溶かす。 彼女の問題を生んだのが「親」である事は大きなポイントだろう。母親は一見感じが良いが、悪意無く娘を傷つけている。その「悪さ」を明確に描き、主人公の辛さを全面的に肯定するので、この作品は普段から「我慢をしている」孤独な人を癒す。 こんなに美しい姉妹パートナーシップや、寂しかさからの解放はなかなか得難く、現実は変わらない。それでもこの作品に触れた事で、私は自分の「我慢」が少しだけ、癒されたと感じた。 #マンバ読書会 #5巻くらいのマンガ

君と僕。

ゆるゆる青春グラフィティー #完結応援

君と僕。 堀田きいち
Nano
Nano

まずは完結おめでとうございます!!! 中学時代くらいからめちゃくちゃ好きな漫画です。 高校2年生になった双子の悠太と祐希と、その幼馴染の要、春の4人は平凡でゆるい日常を送っていた。 ある日、協調性が足りないとの理由で、祐希を部活に入れようとする3人。 バスケや柔道、水泳、茶道など見て回るが、どれもしっくり来ず。 しかしマンガとアニメが大好物、と後から祐希が言い出したことにより漫研に入部届を出すことになる。が、漫研は半帰宅部状態で、結局これまでと状況ほぼ変わらねえじゃねえか、というのが一話の内容。 ゆるすぎて刺激が足りないとか思う人もいるかもしれません。 しかし彼らの日常はゆるいだけじゃないんです。 恋愛模様がめっちゃいい!!! 可愛い!尊い!!しんどい!!!アーーーーーーーーー!!!!! とにかく読めば分かります。男子高校生っていいな、ってなります。 ちなみに私は要っちが一番好きです。彼氏であり嫁であり推しです。 要っちのことを語るとなると長くなるので自重しますが、彼らを好きになること間違いなし!! 登場人物みんなが優しくて可愛くて、心が温まります。 アニメも凄く好きです。声優さんも音楽もめちゃくちゃいいです。 とにかく!お手を触れてみてはいかがでしょうか!!

アンナ・コムネナ

自己"皇帝"感高い皇女の生き様 #1巻応援

アンナ・コムネナ 佐藤二葉
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

時は十字軍初遠征の頃、ビザンツ帝国の皇帝の娘として生まれ、夫を早くに亡くしたアンナ皇女は新たな婿を取る。 弟が生まれた事で皇位継承権を失っていたアンナ。弟と敵意剥き出しに口喧嘩するのが可笑しくもありつつ、頼りないと思っていた夫に自らを深く理解され、強く想い合う様子にときめきを貰える。 アンナはめげない。どこまでも自分らしさを失わないまま、素晴らしい皇帝になれると信じて疑わない。知恵と好奇心と気高さに満ち、そして理性的な思考は現代人から見ると真っ当に見えるが、時代的には異端。 宮廷の女性の生き方に反発を覚える様子が、何度も描かれる。女性だから能力を軽んじられる、生きたいように生きられない、美貌も結局男性の所有欲に絡め取られる、女性は女性なりの戦い方しか出来ない……これらにほんの12、3歳のアンナが否を突きつけ、男とか女とかではない、アンナらしく生きるのだ、と宣言するのが小気味良い。 歴史物に現代的言い回しを取り入れた、軽やかなやり取りを笑いつつ、自分らしい人生を歩み始める一人の女性の真っ直ぐな意志に胸打たれる、そんな作品だ。

甲子園の空に笑え!

初めて「クワドラプル」という言葉を覚えた『銀のロマンティック…わはは』について

甲子園の空に笑え! 川原泉
兎来栄寿
兎来栄寿

北京の冬季五輪では、羽生結弦選手が挑戦した前人未到のクワドラプルアクセルが大きな話題になりました。 私が「クワドラプル」という言葉を知ったのは、川原泉さんの『銀のロマンティック…わはは』でした。 川原泉ファンの間でも屈指の名作とされており、花とゆめコミックス版では単巻で発売されていたのですが、電子化されているのは文庫版『甲子園の空に笑え!』の中に収録されているものだけです。『川原泉傑作集 ワタシの川原泉』というシリーズの3巻にも収録されていますが、こちらも紙版書籍のみとなっており、電書派の方からは非常に見付かりにくくなっていると思うので、これを機に紹介しておきます (『甲子園の空に笑え』自体や「ゲートボール殺人事件」も面白いのですが、そちらは別で非常に熱いクチコミが書かれていますのでそちらをご参照ください)。 本作は、元々スピードスケートの選手だったものの競技中に怪我をしてしまいフィギュアに転向することになった影浦忍と、父親が世界的な天才バレエダンサーでありながら母から教わったスケートの方が好きで初のジャンプでトリプルアクセルを飛べてしまう才能を持つ由良更紗の二人がペアを組み、ペアスケートという道で戦っていく物語です。 この作品が書かれた1986年には、まだ公式戦でクワドラプルを成功させた選手は現れていませんでした。それから2年後、カナダのカート・ブラウニング選手が1988年の世界選手権で初めて4回転トウループを成功させることとなります。伊藤みどりさんがトリプルアクセルを決めて世界を沸かせて本格的なスケートブームが日本に訪れるのもその後の時期です。川原さんがフィギュアスケートを題材として選び、(「アーティスティック・インプレッション」など現在では採用されていない基準ですが) ルールの解らない読者にも懇切丁寧な解説を挟みながら、クワドラプルに挑戦していく様を時代を少し先取りして描いたのは流石の慧眼と言うべきでしょう。 本作のみならず川原泉作品に通底する特徴としてシリアスとギャグのバランスの良さが挙げらます。中でも、この作品は特に抜群です。時にメインキャラクターが酷い境遇であったり、理不尽が襲い掛かったりするのですが、抜け感のすごい絵柄によって悲しみが緩和されながらも心の奥底にはしっかりと届く作りとなっています。シリアスな絵柄と混ざり合い、しかし決めのようなシーンでも絵が抜けているところはあり、それでいて深い感動を与えられる……。こんなにも軽やかでありながら沁みるマンガを描ける人はそうそういません。「川原節」と言うべき、独特の読み味を実現しています。 元々はB6サイズ1冊に収まるお話ですが、その分テンポも良く充実感も大きく、何度も何度も読み返したくなる名作です。 時代は移り変わり、とうとうクワドラプルアクセルを現実に行う選手が現れたことに目を細めながら、クワドラプルという単語を聞くといつもこの作品の「ある見開き」と、最後の二人の表情を思い出さずにはいられないのです。