にがくてあまいのは行為ではなく心理

にがくて美味い、と
にがくてあまいにがくてあまい、は違うものだと思う。
この漫画「にがくてあまい」に例えて言えば
にがくて美味い、は、そのまんまBLでありゲイの味覚だと思う。
にがいのが美味いんだよ禁断の味で、というか、
ゲイとしてストレートに味わう快楽の味というか。
自分はゲイでもないしBL信者でもないので想像だが。
にがくてあまい、はBLでありゲイである男が
自分がゲイであることを自覚した上でそれでも
生きていくことで感じる心理的な味の事だと思う。
くどいようだが自分はゲイじゃないので想像だけれども
世の中に数多あるBLやらゲイやらの漫画は
にがいのがうまい、を描いている「だけ」だと思う。
にがくてあまい、を描こうとするなら
ゲイの心理にもうはじめの一歩一歩、踏み込まなければ描けない。

この漫画「にがくてあまい」が凄いのは
ゲイである渚の心理にも「だけ」でないレベルで
踏み込んでいるし、
同様に親子関係や仕事関係で屈折したものがあった
マキの心理にも踏み込んでいく。
漫画家をめざし渚の兄と関わったミナミの心理にも踏み込む。
踏み込んで初めて見出せる「あまい」を見せてくれている。
単にイケメンのゲイとアラサー女の同居コメディではない。
ゲイという一般人がしらない禁断の味をあまいといっている
わけでもない。
ゲイを切り口やとっかかりにして、
人の心や生き方に踏み込んでいくことでみつけられる
「にがくてあまい」を表現しているのだと思う。

さらに凄いのは、そうやってズカズカと渚やマキの
心に踏み込んだ上で、時によっては
単にイケメンのゲイとアラサー女の同居コメディとして
平気で渚やマキの心も
「踏み荒らしまくったりもする」
のだ。まあ主にギャグ回のオチとしてだけれども。
「人の不幸は蜜の味蜜の味」という言葉もあるが、
唐突に無慈悲な面白コメディとしてソッチ方向に
舵を切って「笑えるにがくてあまい味」を
味あわせてくれたりもする。

そう思う。
くどいようだが自分はゲイではないので想像だけれども。

にがくて美味い...

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