兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
「お前なんて安い低層階に住んでるくせにっ!」 子供同士の喧嘩ですら、こんなセリフの出てくる世界の何と歪なことか。 Twitterで大人気の窓際三等兵さんが原作の、タワマンを舞台にした群像劇です。 野球少年の息子を持つ九州から引っ越してきた淵上家の舞の視点から始まり、瀧本家、堀家の3つの家庭の様子を中心に描いていく構成となっています。 田舎では誰もそんな話はしていなかったのに、東京に来たら皆が子供の受験の話で持ちきりというのは大いにあるあるでしょう。私も、都心で育ち小学校6年生のころには半分くらいの生徒が登校しなくなりそれぞれ家庭教師や塾で毎日12時間以上勉強しているような環境にいたので、理解できる部分は非常に多いです。 夫の勤め先・年収・学歴や、子供の成績・特技、住んでいる階層など、すべてにヒエラルキーを作り終わりなき不毛なマウント合戦が繰り広げられる世界はそこらのホラーよりよほど恐怖に思えます。これが現実にも存在するので恐ろしいです。読んで、恐らく死ぬほどマウントを取られ続けて心を擦り減らしてきたであろう母に思わず改めて感謝してしまいました。 ただ、この作品の面白いところはステレオタイプなマダムとマウントバトルするだけではなく、それぞれの家庭の外から見た部分とは違う内情が描かれていくところです。どんなに華やかに思えたり羨ましいと思えるところでも、その裏には何があるか解らないというのもまたリアルです。そして、逆に元々は普通の田舎の家庭であった淵上家が都会の文化に染まり狂っていくところも見ていて苦しいですが見ものです。グラハム子さんのかわいい絵柄がクッションになっていますが、総じて現代の「人間」が色濃く描かれています。 ある種、今のタワマン最高層並に豪奢な生活をしていた友人の家庭の闇を直視した経験もあるので「幸せとは何だろう」「それは相対比較し続けた先に見つかるものなのだろうか」と考えずにはいられません。タワマンに限らず、SNS全盛で人間は羨望や嫉妬という感情を抱きやすい時代です。皆『ブッダ』や『咲-Saki- 阿知賀編 episode of side-A』を読んで、他人と比べて苦しむことから解き放たれて生きれば良いのにと思わざるを得ません。それができないから苦労するのもまた真理なんですけれども。 余談ですが、「第4章 嫌よ、埼玉なんて住みたくない」というサブタイトル、そして「埼玉はね みんな色々抱えてるのよ」というセリフが愛しくて堪りません。
兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
『東京心中』や『ジドリの女王』で知られるトウテムポールさんが歴史マンガ、しかも戦国や幕末などタレント揃いの時代ではなく奈良時代の坂上田村麻呂を描いていくという挑戦的な内容には期待に胸が躍りました。 なお、BLレーベルで出されており公称も歴史BLではありますが、少なくとも1巻の時点では男性同士で抱擁し合う程度でむしろ歴史マンガとしての趣が断然強いので、男性でも抵抗なく読めるでしょう。 阿倍内親王=孝謙天皇が寵愛した僧侶・道鏡が完全なイケメンとして髪の毛フサフサで描かれていたり、少しだけファンタジー要素も出てきたりしますが、基本的には史実に忠実なドラマを描こうとしているのが伝わってきます。 権力闘争が激しい時代において後の桓武天皇である山部王と、幼少期の坂上田村麻呂である利仁の国を良くして民を助けたいという志を同じくするふたりの出逢いから歴史が動き出していきます。 利仁は他人のために自分のものを躊躇なく分け与える清廉な心を持っていますが、優婆塞の老人に「本当に人を助けたことがあるかい?」「それは自分の力ではなく与えられたものではなかったかい?」と問われるシーンがとても良いです。理想だけでも、力だけでも、世界を良くすることはできないという厳しい現実を受け入れながら彼はどのように成長して行くのか。 更に、その優婆塞との暮らしの中で農耕や麻を使った布作り、ヘクソカズラの実を用いた調薬など当時の庶民の暮らしぶりが丁寧に描かれていくところは学びもあります。 今後の描写次第では学級文庫に置くには難しいかもしれませんが、奈良時代の歴史を学ぶ際に読んでおけば解像度が一段高まること間違いなしの良質な歴史マンガです。 なお、坂上田村麻呂といえば征夷大将軍であり蝦夷の征伐を成し遂げたことで有名ですが、彼はそのときの好敵手に対して敵味方を越えた友情があったという話もあります。BLという題材においては非常にうってつけの関係性であり、良い種の蒔かれたその部分が今後どのようにエモーショナルに描かれて行くのかは本作の最大の焦点で非常に楽しみです。