あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ
1年以上前
数年に一度、ダムの渇水の報に触れる。映像は、干上がったダム湖の底を写し、学校や神社の鳥居といった、かつての村の遺構から、不意に人の気配を感じることがある。 その気配とは、かの地に生きた人々の「記憶」なのかもしれない。この『水域』という作品は、そんな「記憶」を巡る物語である。 ----- 渇水の続く夏、高校生の千波は、夢の中で雨の降り続く集落に迷い込む。そこには澄夫という少年と、その父親しかいない。 寂しがる澄夫と遊ぶうち、ある時、千波の母や祖母の若い頃、そして村人達が戻ってきて、賑やかな時を過ごす。しかし、翌日には皆、消えてしまい、夢から覚めるはずの千波は、現実に戻れなくなる……。 ダムの水底に沈んだ、そして渇水で露わになった故郷に集まった、かつての村民達の夢。 沢山の記憶をそこに留め、ダム建設に心乱され、故郷を裏切り、棄てた後悔に苛まれる人々の心情は、誰をとっても苦しい。 かつて幼い澄夫を失い、故郷も捨てた澄夫の父=千波の祖父は、結局思いを断ち切れず、夢の故郷に、澄夫と共に留まる。そして彼らに思いを寄せる千波は……。 ----- 喪われた人や故郷を、思い続ける切なさを伝えるこの物語は、その一方で、愛する人や故郷の命を、記憶を、何とか喪うまいとする、生者の懸命な祈りを描いた物語でもある。 生者は水面を見つめるように、時折記憶を確かめる。 生きている限り、 あなたの記憶を、喪わない。 そういう意思を胸に、乾いた世界を生き続けるのだ、という、諦念にも似た覚悟が、読後の余韻に響く。
影絵が趣味
影絵が趣味
1年以上前
唐突ですが、他人のする夢のはなしほど面白みに欠けるものはない、と思ったことはないでしょうか。 夢、それ自体は魅惑的なものにちがいありません。何なら、夢のたったひとつで人生だって狂いかねない。私には経験がありますが、当時の恋人に「夢のなかでひどいことをされた!」と泣きながら怒られたことがあります。その当時は、なんて理不尽な! 寝言は寝てから言うものだ! と思って、まったく取り合わなかったのですが、いまでこそ気持ちが少しわからないでもない。 他人のする夢のはなしほど面白みに欠けるものはなけれど、夜にみる夢ほど魅惑的なものもまたとないのです。 まだ経験があります。ある夜、知人が夢にでてきたのです。そして翌朝、目が覚めると、私はそのひとのことを現実に好きになっていました。たかが夢にみたことで、そのひとと現実になにかあったわけではないのにもかかわらず……。夢で体験されたことというのは誰とも共有できない代わりに、少なくとも本人にとってみれば、まがうことなき事実なのです。 夢の夢たる最たる由縁はきわめて体験的なところにあると思います。夢はほかでもない当の本人に体験されてはじめて夢となる。夢でひどいことをされて激怒する、というだけにとどまらず、夢に知人が出てきて、それがきっかけでそのひとを好きになってしまうことがあるのも、それが当人にしてみれば、きわめて体験的な事実だからだと思われます。夢をはじめから嘘と決めつけていればそんなことは起こるはずもありません。それどころか、夢には現実を変容させる力さえあります。 他人のする夢のはなしが往々にして面白くないのは、体験という夢の本分を欠いて、それを言葉にのせて話しているからなのでしょう。しかも、その言葉が夢にみた事実に近づけば近づくほど、かえって面白さからは遠く離れてゆく。というのは、やはり、夢は体験された本人"だけ"のものだからです。 夢のはなしを面白く聴かせるのには、ある種のテクニックが必要となってきます。すなわち、夢をわたし"だけ"のものにしないということです。つまり、嘘という手法をつかって、夢の枠をあなたにも伝わるようにひろげてあげるんです。そうすることで、夢の核たる部分は失われてしまいますけれど、少なくともあなたには伝わるようになる、共有に耐えうるものになるんです。 それは、なんだか不誠実だと感じられますか。そんなひとのために、もうひとつだけ方法があります。つまり、嘘をつかって夢の枠をひろげるのと真逆のことをするのです。ひろげるのではなく、夢を閉ざしてゆく、針先の鋭い一点のように凝縮するまで閉ざしてゆく。そうすれば、もし運がよければ、生きているあいだに、もうひとつの針先とぶつかることができるでしょう。確率はとても低いと思われますが。しかも、それまであなたは誰とも夢を共有することができず、とても孤独な思いをすることになるでしょう。 もし、それでも誠実を貫こうという方がいらっしゃるならば、萩尾望都の『バルバラ異界』を読むことをオススメします。あなたはここで夢を体験することができる、ひとに聴かされる夢のはなしではなしにです。この『バルバラ異界』というマンガを読んでいる時間だけは、あなたは孤独を忘れることができる。なぜなら、バルバラ異界はほかでもないあなたに体験される夢なのですから。
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)
1年以上前
望月ミネタロウ × 話・山川直人 かつて描いた漫画は評価されたが、しばらく新しく描けていない30過ぎの主人公がフランスで翻訳、出版されてサイン会をすることになったところから話は始まる。 1話目には出てこない『フレデリック』とは一体なんなのか? 気になって調べたら、 https://www.excite.co.jp/news/article/Rooftop_30674/ 「絵本『フレデリック』(作:レオ・レオニ、 訳:谷川俊太郎)からインスパイアされた、 まったく新しい物語。」 らしい。 絵本『スイミー』と同じ作者の作者さんですね。 この絵本『フレデリック』を読んだことはないけど、評判を見てみると人の存在や役割にはいろんな形があり、他の人とは違う考え方をするようなことがあってもそれでいいんだよ、と多様性を許容してくれるっぽい内容なのかなと受け取れる。 読まずにこんなの書くのは駄目すぎると思うので早めにちゃんと読みます。 待ち合わせの空港で、モブ化してて気づかなかったと担当編集に言われたのは、どこかで見たことあるような髪型、ファッションだからだろう。 冒頭で、マクドナルド(っぽい店)にいて、旅先であるパリでさえ知った味であるスタパ(スタバっぽい店)に行きたがるのは、そういった誰もが知り冒険しない安心感を求めてのことからなのではないか。 主人公は内向的で人見知りだと自覚しているが、担当からそれがプラスになるなら評価するしマイナスになるようなら見捨てると宣言される。 誰もが知るなにか、ハズレがない、尖ってないなにか、例えばファッションだったり食事だったりそういったところで、他人と同じことをしていることに安心しきって、挑戦すること刺激を受けること他人と違ってしまうことをどこか怖がっているようにも見える。 他人と違ったっていいのに。 旅に同行する大手出版社担当編集・大畑壮吾(40)、同出版社入社3年目の国際室の風見悠子はそれぞれ分かりやすく極端に違う人間だし、それを気にする様子もない。 そして、こういった他人による違いをこの漫画がさらに奥までつっこむためのフランスだろう、移民の問題だろう。 1話の終盤で少しだけ出てきたチュニジア移民で清掃員をやってる女性、メリナ。彼女に焦点が当てられていくことで、その国ではマイノリティとして扱われるということなどの問題にスポットライトが当てられ自分らしく生きることへのヒントを掴むのではないか。 そこで、冒頭のマクドナルドでの移民女性従業員に対してモヤッと感じたなにかもはっきりするに違いない。 担当編集が求めているのも、人間至上主義、その作家自信から滲み出るものだから再び漫画を描けるようになるのではないか。 そうなってほしいと願ってしまう自分もいる。 最近自分自身、何をしたらいいのか、どこへ向かえばいいのか混乱している部分がある。 自分が何をしたいのか、はっきりさせて道を見つけたい。 誰かが言っていたからとか、最近こうだからというのは抜きで、自分の意志を貫きたい。 主人公の井手陸さんと僕も年齢が近い。 職業も不安定だ。 この連載が進む中で、読者として僕自身も何かつかめたらいいなと思う。 君は、何のために生まれたの、フレデリック。 君は、何のために生きてるの、フレデリック。 君は、何のために働くの、フレデリック。 僕は、誰のために戦うの、フレデリック。
望月ミネタロウ × 話・山川直人

かつて描いた漫画は評価されたが、しばらく新しく描けてい...
名無し
1年以上前
奔走ってのは、物事がうまくいくようにと 駆け回って努力することだそうで。 「ゆうきまさみ先生の作品にハズレなし」 と思っているので期待していましたが、 この題名や、第一話の最初の数ページで、 やはり、ゆうきまさみ先生は面白い、と思いました。 もうね、最初の見開きでの 名告りを上げる新九朗と、従者のツッコミ?や、 それから数ページ先に11歳の新九朗が登場するという 流れだけで、もう色々と話の筋を想像してしまいます。 27年間も雌伏のときを過ごす物語なのかな、とか、 題名からしても翻弄されて奔走する物語なんだろうな、とか。 新九朗という名前って実名らしいけれど、 心苦とか苦労とかを引っ掛けて題名にしたのかな、とか。 ただ第一話の数ページ後からは、延々と、 馴染みのない時代の話が続きます。 制度や世相や、官職名や名前すらわかりにくく覚えにくくて 読み進めるのに少々時間がかかる。 けれどもこれはむしろ、ゆうきまさみ先生の作品だから、 まだわかりやく展開されている、と思います。 他の作品に比べると、強烈なギャグとか少ないので 少し退屈な展開にも見えてしまうけれど。 いや、随所にゆうきまさみ先生らしい 愛嬌のあるシーンが出てきて面白いですけれどね。 おそらく話の展開としては、数巻分の話を経た上で 最初の名告りをあげるシーンに回帰して、 さあいよいよ新九朗が思うがままに暴れだすぞ、 という展開になるのでは、と思います。 そうなったら、それまで溜めた分だけの 爆発力は凄いだろうと期待しています。
奔走ってのは、物事がうまくいくようにと
駆け回って努力することだそうで。
「ゆうきまさみ先...
異世界スキー
1年以上前
昨今の転生モノ市場、これまでにない題材でいかに外角際どめのコースを攻められるかという過酷なレース展開になってきた感があります。 もはやなにが外道でなにが正道か分別つかないバーリトゥードの様相を呈してきたおかげで、逆説的に物語やキャラクターそのものが持っているパワーを見極めやすくなっているのでは?という気がします。(気がするだけか?) それでいうと本作のキャラとストーリーフックはなかなかエネルギッシュで見応えあります。 主人公のユキトは父親に宗教団体の教祖として生きることを強制され、神の依代として「望まぬ死」を迎えることになります。転生後の異世界は宗教も神も存在しない彼にとって理想の社会でしたが、決定的に異なるのが死生観。 異世界の住人は死を恐れず、国の定めによって自らの命を絶つことを厭わないどころか、それを拒む者を「カクリ」と呼称して差別し、その命を奪うことも当然としています。 ユキトはその行為を許せず、皮肉にも彼らに「救い」を与え、神としての権能を振るうことになるのです。 古今宗教とは人間の死生観と密接に関わって発達してきたものです。 死生観が根本からズレている世界で神を描くというのは個人的には非常に興味深い試みに思えます。 特に最新6話では、この異世界には「理解できないもの」に神性を見る原始宗教的な心のあり方が存在しないことが示されました。 神のいない世界で神となり、人間の生死を左右する…。 「キャッチーな装いの下で実は相当に重厚感のあるテーマを描こうとしているのでは…?」とひとりソワソワしてしまいました。 観測していきたいと思います。