テムジンは、トオリル・ハーン率いるケレイト族に苦戦していたが、ケレイト族の内部分裂により形勢を逆転し、モンゴル高原の東部、中部までを勢力圏を拡大した。テムジンが国造りに力を注いでいる一方、ナイマン国では、メルキト部族らの生き残りと協力し、モンゴル族を攻撃しようと計画が進んでいた。それを知ったテムジンはナイマンを討伐し一二〇六年、全モンゴルのハーンを宣言しチンギス・ハーンと名を改めた。しかし、新興国家であるモンゴルは安定せず、また金国への復讐も残されていた。※秋田書店刊ハードカバー版を分冊しています。