ラプソディ・イン・レッド

届かぬ想いを88鍵に乗せて #1巻応援

ラプソディ・イン・レッド あみだむく
兎来栄寿
兎来栄寿

先日、『最果てのセレナード』を読んだ友人が「ピアノが出てくるマンガが面白い確率は78%くらいで異常に高い」ということを言っていて、極めて同感でした。 思うに、ピアノとマンガは似ています。 ヴァイオリンを全く弾いたことがない人は多くても、幼稚園や保育園、学校などに置いてあったピアノを鳴らしてみた経験が一度もない人は少ないのではないでしょうか。また、マンガはキャラクターの落書きくらいはしたことがある人が多いでしょうし、描くまでにはいたらなくとも、全く読んだことがない人はほとんどいないでしょう。万民共通の体験として、理解・共感できるのは強いです。 そして、肝心なのはピアノもマンガも独力で表現可能な幅が極めて広いということです。オーケストラや映画などのようにたくさんの人の手でなければなし得ない形態もありますが、ソロピアノや個人制作のマンガなどはそれらにも劣らないレベルの表現が可能です。幅が広いということは、そこにあらゆる想いや感情を乗せることができるということで、物語との相性が非常に良いということです。 想いや感情、努力や研鑽の集大成に心を奪われ揺さぶられ、人生を変えられ、苦悩や葛藤を経ながら表現に向き合い、時に挫折し時に再起し、喜びも怒りも哀しみも楽しさもすべてを乗せて世に送り出し、それによってまた誰かの人生を変えて行く……そんな瞬間が切り取られて描かれるからこそ、ピアニストや漫画家を描いた作品には面白いものが自然と多くなっているのかもしれません。 ということで、この『ラプソディ・イン・レッド』もまた名作として名を連ねていくことが期待されるピアノマンガです。 とにかく、第1話を読んだ時点で今までのあみだむくさんの作品の中でも一番面白く、凄まじい熱量を感じました。血の繋がらない母親と暮らし、周囲からは問題児のレッテルを張られ、鬱屈としている主人公・寅雄。彼の心の叫びが聞こえてくる1話でした。「音」と書いて「こえ」と読ませ、自分の「音」を伝えて世界と繋がりたいと渇望する寅雄の感情の起伏が、非常に強く荒々しく描かれています。 言葉とは便利なものですが、時に言葉では伝わらない想いもあります。逆に、言葉に頼らず想いを通わせる瞬間というのは非常に美しいものです。寅雄は、自分の想いを言葉以外で伝える手段としてピアノに出逢い、そしてその願望を成して行きます。その姿には昂らずにいられません。 未経験でありながら曲を聴いただけでコピーできる桁違いのセンスと、しかも膨大な努力することに全く躊躇がない精神力を持っており、音符すらまともに読めない素人でありながら恐ろしいほどの速度で成長して行くであろうことにワクワクします。 芸術の世界といえば変人がつきものですが、濃いサブキャラたちも続々と登場して物語を盛り上げていきます。今後も非常に楽しみです。

プライベートレッスン

憧れ?恋?ピアノとお姉さんと私の関係

プライベートレッスン ナヲコ
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

友達に恋をすると、相手を恋人にしたいと思うのと同時に、友達を失うのが怖くなる。そして悩む。私は恋人が欲しいのか、それとも友達が欲しいのか……。実際に欲しいのは、いつも変わらない「あの人の隣」ただそれだけなのではないか? ♫♫♫♫♫ 従姉妹のとり姉が弾く楽しそうなピアノに惹かれたたまご(本名たまこ)は、とり姉にピアノを教わっている。長年の二人の関係に疑問を持たなかったたまごだが、ふとしたきっかけでピアノと、とり姉の交友関係に向き合うことになる。 私はとり姉が好き!と一方的に想うたまごは「じゃあ、とり姉は誰が好き?」という疑問を初めて持つ。周囲の関係性を理解しても、見えてこないとり姉の心。そして自分のとり姉への「好き」は、恋なのか?心が揺らぐたまごの迷走は歯痒く、痛々しい。 誰かへの心に、恋とか嫉妬とか憧れとか、名前を付けて何らかの関係性に落ち着く事が、本当に欲しい物だろうか?たまごが出す「本当に欲しい答え」と、その真っ直ぐさに心動かされるとり姉の終着点は、物凄く腑に落ちる。そうか、こんな簡単な事だったんだ、と。 最後に二人が、頭をくっつけ寝こける姿に、ホッとする。私もこの安心感が欲しいと、心から思わされる。 (身を寄せて寝こける安心感は、たまごのピアノ仲間の籠原さんのエピソードにも変奏的に登場する。そちらも優しいお話だ) ♫♫♫♫♫ 『voiceful』『なずなのねいろ』『プライベートレッスン』と、音楽で誰かと繋がる連載を描いたナヲコ先生だが、これ以降姿を消す。HPもTwitterも更新が無い先生の事を案じてしまうが、奇跡の様に残されたこの3作品を、大切に読んでいきたいと思う。

プライベートレッスン

じっくりたっぷり繊細に描かれた恋のようなもの

プライベートレッスン ナヲコ
野愛
野愛

言葉では言いあらわせないような揺れ動く心のうちを、たっぷりと描くのは凄く難しいことなのではないだろうか。 物語が大きく展開するようなわかりやすいものじゃない、愛よりもちょっと手前の、恋というには大きすぎる、でももっとふわふわした曖昧な感情を、ナヲコ先生はじっくりたっぷり繊細に描ききる。 いとこのとり姉のピアノに憧れて、個人レッスンをしてもらうたまこ。 ピアノが好きなのかとり姉が好きなのか、とり姉のピアノが好きなのか思い悩んだり とり姉の憧れの先輩や、とり姉にピアノを教わっていた同級生にもやもやした感情を抱いたり 「それは恋だよ」なんて下世話な読者は言ってしまいたくなるけれど、たまごをあたためるかのようにじっくりたっぷり時間をかけて物語は進んでいく。 物語のはじまりと終わりで、たまこととり姉の関係性は変わった…のかな? はたから見るとなにも変わらないかもしれない、でもその内側はじっくりたっぷり時間をかけて大きく成長しているのがわかる。 『なずなのねいろ』でなずなの子どものような容姿に意味をこめたのと同じように、『プライベートレッスン』ではたまこのピアノの技術が重要な意味を持つ。 台詞が多い物語ではないからこそ、成長したたまこが発する言葉が胸に響く。 ナヲコ先生はどうやら今は活動されていないようなので、もっと作品が読みたかったなと思いつつも出会えたことに感謝したいと思います。

蜜蜂と遠雷

至高のコミカライズ…!

蜜蜂と遠雷 恩田陸 皇なつき
たか
たか

初めて恩田陸の小説を読んでから15年以上経つのですが、コミカライズされた作品を読んだのはこれが初めてです。 『蜜蜂と遠雷』という作品に触れるのは2016年に原作を読んで以来で、いい感じに細部を忘れている状態で読み始めたのですが、もうとにかく作画が素晴らしい…!! キャラデザもコマ割りもこれ以上ないくらい洗練されていて、ページを開いて眺めるだけで贅沢な気持ちになりました。 (実は皇なつき先生のことを本作を読むまで存じ上げなかったのですが、wikiで過去の経歴を見て「このコミカライズは神と神の共演だったのか」と震えました。) まず表紙をめくってすぐの見開き、ホフマンからの推薦状のページが雰囲気がいい。そして1話の見開きでスタイリッシュなキャラデザで描かれる主役4人がババーンと登場する…!もうなんてかっこいい構成…! https://i.imgur.com/OIINWvo.png https://i.imgur.com/OwlhUiK.png (『蜜蜂と遠雷』 恩田陸/皇なつき) ただ一方で、みんなイマドキの美女・イケメンすぎて若干の戸惑いと気恥ずかしさを感じています。 自分にとっての恩田作品の良さの1つが「キャラがまとう80年代〜90年代の空気」なので、脳内作画もそれに合わせてちょっと古い感じで想像していました。 それがどっこい、皇先生の美麗な絵で描かれ「え!君たちこんなにかっこよかったの…!?」と、初めて生で会った知り合いがメチャクチャ顔が良かったみたいな照れと戸惑いが(笑) 冒頭で「いい感じに細部を忘れている」と書いたように、漫画と小説のセリフの違いに気付けるほど細部は覚えていないのですが、キャラクターが発するセリフがところどころ「ちゃんと恩田陸」で、「ああ、本当に漫画で恩田陸作品を読んでいるのだなあ」と不思議な感動がありました。 https://i.imgur.com/kfjv0Bi.png (『蜜蜂と遠雷』 恩田陸/皇なつき) 1巻を読み終わってもう続きが読みたくてしかたない…!!連載を追いながら原作を再読しようと思います! https://comic-boost.com/series/133