木洩れ日のひと

贖いの果てに仄見える光 #1巻応援

木洩れ日のひと 川端志季
兎来栄寿
兎来栄寿

『宇宙を駆けるよだか』、『箱庭のソレイユ』、『僕のオリオン』、などでお馴染みの川端志季さんの最新作です。 基本的には集英社系のレーベルでキャリアを重ねてきた方ですが、前作の『世界で一番早い春』で『KISS』を経て祥伝社で連載を開始したときにはとても納得感がありました。 川端志季さんの作品が纏う、仄暗さを纏った空気感。そして時代感覚を捉えた鋭敏なセンスから生み出されるキャラクターたちは、『FEEL』系とも絶妙にマッチしていると思ったからです。期待通り、本作でも開幕からその持ち味を出していきます。 議員の娘である白瀬皓子が国民的人気アイドルグループの烏墨真弘を轢いてしまい、彼女はその贖罪として意識を取り戻さない彼の下で10年の月日を看病に費やしていました。そして、遂に真弘が目を覚ましたことで物語の歯車が回り出します。 ヒロインが重い罪を背負い贖罪をし続ける状態で始まる男女の関係というのは流石になかなか『マーガレット』系列では見られないもので、媒体の特徴も活かした建て付けになっています。父親が参議院議員でその名誉に奉仕するよう定められた運命の不自由さ、息苦しさの描写も流石です。 そういった抑圧がしっかり描かれてていることで、皓子が外の世界を知って束の間の開放感や多くの人が普通に味わう感情を得ていく瞬間のえもいわれぬ良さが際立ちます。 真弘は、皓子のことを恨んでおらずむしろ10年間も付き添ってくれていたことに感謝しているというのがポイントです。ふたりの穏やかならぬ事故から始まった関係が今後どのようになっていくのか。10年間のブランクの先で真弘はどう生きて行くのか。 また、彼らを取り巻く家族や同じアイドルグループのメンバーたちなど脇役も魅力的なのですが、その関係図も複雑に絡み合って今後ますます盛り上がっていきそうです。

猫に育てられたドラゴン

辰年の2024年に読みたいマンガ

猫に育てられたドラゴン 神虫からすみ
兎来栄寿
兎来栄寿

私は龍が好きです。 『ドラゴンボール』と『ドラゴンクエスト』に育てられ、山全体が龍であり龍王神社や龍泉寺がある地を故郷としている私は、人一倍龍を愛し、龍に愛されています。 2024年は12年ぶりの辰年ということで、個人的には前年の卯年に続いて意気軒昂となる年です。 昨年の最初には干支にちなんで『兎』を紹介しましたが、今年も「龍」にちなんでこちらの作品を紹介します。 皆さんは、ドラゴンを飼いたいと思ったことはあるでしょうか。本作はそんな夢を少し独特な形で満たしてくれます。 迷い子ドラゴンを飼い猫が拾ってきたことで一緒に育てていくほのぼのコメディです。猫と一緒に暮らして育てられることで、自分を猫だと思いこんでいるドラゴンのかわいい仕草が特徴的です。 丸まったり、鍋に入ったり、伸びたり、いたずらをしたり……。フルカラーで描かれる、2匹を中心とした猫っぽさ溢れる営みに癒されます。猫好きな人ほど、思わず「あるある」に口元を緩めてしまうのではないでしょうか。 ハロウィンやクリスマスなどさまざまな年中行事も描かれ、こたつにみかんのお正月シーンもあるのでこのお正月に読むのにもピッタリです。 タツノオトシゴであったり来年の干支である蛇も登場して干支感もあるので、一気に読むのも良いですがシーズンごとに少しずつ読んだり読み返したりするのも良いかもしれません。 今年は年始から大変な災禍が起きて始まってしまいましたが、世界の人々の安寧を祈っています。悲報に心が疲弊してしまった方も、こうした作品を読んで気分を紛らしていただければと思います。 被災地以外の方は心身共に元気に過ごして経済や社会を回すことで、直接的な募金などの支援を生む余裕を生み結果的に最大の支援に繋がることもあるかと思いますので。

海はとおくに満ちて往く

綴られる繊麗な感情 #1巻応援

海はとおくに満ちて往く 日々の杏
兎来栄寿
兎来栄寿

遥か彼方まで続く海やそこから寄せては返す波は、それ自体に意味はありません。しかし、人はそこに何かを感じ取ります。ある人にとっては何でもない風景・何でもない言葉が、誰かにとっては特別で掛け替えのないものであることもあります。 『世界にさよならのキスをして』の日々の杏さんがこの短編「海はとおくに満ちて往く」は、波打ち際で粒立つひとつひとつの泡が砂に染み込んでいくように、誰かの心の深いところに繊細に浸透していくであろうシーンやセリフが満ちています。 知らず知らずの内に、誰かが誰かを救って回っているこの世界の営み。その構造の断片だけにでも触れられたとき、愛しみを覚えずにはいられません。 鍵となるアイテムが、メッセージボトルというのも象徴的です。手紙というのは本来誰か特定の相手に想いを届けるものですが、ボトルメールはそれが届くかどうかもわからないし、誰に届くかもわからないし、いつ届くかもわからない。それでも、そのときそこに込められた確かな想いは存在する。そのときにしか込められなかったものが。 「自分が幸せになることを許せない」という想いを抱いたことのある人には、特に響くであろう作品です。

SAWA-元殺し屋の推し活-

推しがいる人生の始まり #1巻応援

SAWA-元殺し屋の推し活- 裏ロジ
兎来栄寿
兎来栄寿

昨日は猫のためにマンションの一室を買い、更には一軒家を建てたマンガ(『借金1000万作曲家の人生を変えてくれた猫の話』)のクチコミを書きましたが、本日紹介するこちらの作品は推し活のためにマンションをビルごと買う元殺し屋のお話です。 作者は『たぬ恋。』の裏ロジさん。画風がスタイリッシュで魅力的です。 20年余りを殺し屋として過ごしてきた主人公・サワは、父親の借金を返し終えてボスから退職金代わりの莫大な報酬と共に自由を得た身。日本のネカフェで住所不定無職として暮らす中で出逢ったのは、俳優の蒼真(そうま)。殺し屋のお仕事を終え、推し事へと目覚めていくストーリーとなっています。 冒頭の殺し屋としての仕事のシーンなどはかなりガチですし、途中で元殺し屋としての緊張感を走らせる場面もありますが、そこと推し活を楽しみ尽くすところの風邪を引きそうな温度差が良いです。推しを推して、初めて覚える感情に戸惑いながらも幸せになる人を見るのは、良いものです。 日本の文化的自体にも疎いサワですが、さまざまなものに新鮮味を感じたり戸惑いながら愚直に郷に従ったりするさまが何とも面白いです。ファンクラブに入るには住所が必要なものの、外国人で部屋を借りるのも難しいのでビルごと買ってしまうエピソードは好きです。管理人室を推しグッズ塗れにして叱られるところはろもっと好きです。 「ファンミ」が何の略かもわからないサワに、さまざまな知識を授け伝道してくれる同担のみずほさんもまた良いサブキャラクター。みずほさんの優しさや、推し活を通して生まれる絆にも大いなる良さが宿っています。グッズが溢れかえって整理整頓がし切れていない人は、みずほさんが語るオタクグッズの収納テクニックが役に立つかもしれません。 1牧の最後のエピソードの引きの強さは最高です。描き下ろしマンガも、本編の隙間を埋める面白い内容です。 推しがいる人は、きっとそこかしこで共感しながら楽しめることでしょう。

借金1000万作曲家の人生を変えてくれた猫の話

それにしても猫がかわいい #1巻応援

借金1000万作曲家の人生を変えてくれた猫の話 ちとせ 響介
兎来栄寿
兎来栄寿

借金1000万円を背負いながら、猫のためにマンションを購入し、さらには1億の豪邸も建てたことでTVにも出演して有名になった作曲家の響介さん。 100万PVを超えて書籍化もされたその「猫マスター」としての活動の様子を、『ところにより犬や猫が降るでしょう』や『ねことボン』のちとせさんがコミカライズしたのが本著です。 私も大概ちとせさんの描くワンニャンが大好きですが、本作でもそのかわいさは飽和しています。特に、Story4でのポポロンの表情は反則的。0.02秒で″保護″ります。 猫への愛が高まりに高まり、猫ファーストを信条とする響介さんの、猫にすべてを捧げる生活の始まりから実際的な内容までが詳らかに描かれます。幕間では、熱の溢れるコラムも。 リュックやソラといった猫の名前の由来が響介さんの大好きなファイナルファンタジーやキングダムハーツにあるのも個人的に共感するポイントでした。なお、ちとせさんの絵も可愛いですが、実物の写真集も付いています。ソセコアカミミ。 響介さんは、元々借金のあるところから猫を飼い始めて、猫のために頑張ることで今の生活を手に入れることができたものの、猫のみならず動物を飼うに当たっては基本的に経済力を有していなければならないこと、そして大切な子たちに健やかに暮らしてもらうための大切な覚悟・心構えが説かれます。 あとがきに「保健所や里親に目を向けて」と書いてあるのも素晴らしいと思いました。 ″猫には「いい」か「よい」しかない″ Exactory(その通りでございます)