えれほん

リアリティのあるディストピア社会を描く

えれほん うめざわしゅん
ANAGUMA
ANAGUMA

さまざまな仮想社会を描いた短編が3本収録された短編集。 萌えキャラを象徴と仰ぎ「リア充アジー」を弾圧する一党独裁国家、鼻歌を歌うだけでも厳罰となる知的財産権管理が超厳格な社会、母親とつながった臍の緒を切ると死んでしまう「臍子」の居る世界…。 いずれも大胆かつ緻密な世界観設定で、読むのに僕はかなり頭使いました。 秀逸な設定と連動してキャラクターの心がグラグラと揺れ動くことで物語が駆動していくのですが、そのリアリティがすごい。 「ありえるかも」という絶妙な法律や制度が仮想されていて、それを受けたキャラクターが「こう感じて、こう行動するだろう」という感情の表出に説得力があります。 自分は本作を読んで『リベリオン』という映画が頭をよぎりました。特に一作目の『善き人のためのクシーノ』などは、おそらく意識して描かれていると思うのですが。 『リベリオン』では制度を守る人間を主人公に据えることで、制度の内側からその歪みと悪辣さを指摘し、社会の閉塞状況を打破することをある種反証的に肯定していました。 『えれほん』においても同様の構造が採用され、読者は制度に囚われた人物の視点で、その欺瞞と息苦しさを反芻し、世界のあり方を仮想する箱庭的な思考実験に望むことになります。 『リベリオン』では現状の制度を否定し、異なる社会を提示する「外への働きかけ」が首肯されますが、本作では物語の結末は徹底して登場人物個々が「内へ潜心」することで決着するのが非常に印象的でした。 乱暴にまとめれば、彼らは「気持ちひとつ」で制度との関わり方を変えていくのです。 息苦しいことやネジ曲がった制度をスカッとブチ壊す物語はいくらでもありますが、本作の登場人物たちが見せるこの捉え方はとても魅力的に思えました。簡単に答えを出さず、ちょっとのことでは世界は変わらないけど、それでも踏ん張って思考を重ね続ける姿は非常に前向きで、僕は大好きです。 簡単なハッピーエンドと言えるものはひとつもなく、禅問答のような作品群ですが、圧倒的な読み応えがある一冊です。

マイダスの薔薇 黄金のギャンブラー

伝説のギャンブラー「マイダス」が活躍する痛快ギャンブルアクション

マイダスの薔薇 黄金のギャンブラー 金井たつお 宮﨑信ニ
マウナケア
マウナケア

薔薇の名前であり、伝説の王様の名前でもあるコードネームを冠したチームが活躍するギャンブルアクション。美女に金、そしてケレン味もたっぷりの王道路線であり、ゲームのルールに疎くても素直に読めます。前半はキャラ紹介的なストーリー。登場人物の設定にはなかなか味があって、主人公・通称ボーイは驚異的な動体視力と暗算能力の持ち主。アンクルことバロンは指先に第三の眼をもつ男。レディことスカーレットはルーレットで赤が出ることを予知することができ、実はもうひとつの秘密も。そして博徒風のグランパこと銀蔵。彼らがその技術を駆使して悪徳同元を退治し、それが後半の世界一ギャンブラー決定戦への布石となる構成です。前半は必殺仕事人的な流れだっただけに、この後半への場面展開はちょっと意外。ですがそれぞれの通り名から連想されるファミリー要素をふんだんに盛り込んで、最後はうまくまとめてくれてます。ま、私にとってうれしいのはイカサマの手口などをきちんと説明してくれているところなんですがね。麻雀でこっそりとか、宴会で使えないものかなあ、なんて…。

ゲコガール

ゲコにケロッを指南するカエル似の酒妖怪

ゲコガール 魚田南
名無し

私はそこそこに酒は飲める。 だがかつて先輩社員が新入社員に酒を強要して 急性アルコール中毒にして病院送りにして、 さらに私を下手人に仕立て上げて以来、 下戸な人に酒を勧めることは一切しない。 酒は美味しいし気分が良くなるし、 料理の味も引き立ててくれるし酒席を和やかにしてくれる。 とはいえ、酒に強い弱いは体質的な面が大きいし 下戸な人にあえて酒を勧めるよりは勧めないほうを選んできた。 なのでこの漫画は凄く面白いしタメになるのだけれども それをそのまま現実に実践する気は無い。 ましてや下戸の主人公に獲り憑いたのが ゲコっと鳴くカエル似の妖怪だとか 酒の妖怪なのに自身も一杯しか飲めないとか、 「ヒネリも深みもまるで無いじゃねーか」 「舐めてんじゃねーぞ」 という第一印象しか受けなかった。 だが下戸相手だからゲコッと鳴くカエルの妖怪かよ、 という軽すぎる印象も、後々に ケロッと鳴くシーンが登場して 「・・だからカエルか、上手いこと言うじゃねーか・・」 と妙に納得した(笑)。 このカエル似の酒妖怪の酒指南は 「いいから呑め」だけではない説得力がある。 現実にはそこまで上手く(そして美味く)は いかないかもしれないけれど うーん、そういうものなのかも、と思わせる面は感じた。 下戸な人にも酒ドリームを抱かせる美味さのある漫画 なのではないかと思った。 私は下戸ではないので、この漫画の通りに飲めば 下戸の人も酒を克服できるかどうかは判らない。 基本的には体質とか生物学的な問題だし。 というか下戸の人がこの漫画をどう思うか判らない。 だが、下戸の人でも他人に強要されずに飲むことが可能な時間とか 最悪、翌日に夕方まで寝込むことになっても大丈夫な時間とか あるならば、試してみたら、というか、 この漫画を読んでみたら、くらいにはオススメしたい。

空拳乙女

空手少女ではなく「空拳乙女」

空拳乙女 湯浅ヒトシ
名無し

入学した女子高に空手部がなかった。 なら自分で立ち上げようと頑張る少女。 仲の良くなった級友がなんだかワケアリ風で・・ 初回がそんな話だったので、漫画では良くある話だな、 廻し蹴りでのパンチラ・シーンとか交えながら 仲間を集めて空手を真面目に頑張るという チョイエロ交じりの青春ストーリーか、と思っていた。 ところが、まだ第一巻しか読んでいないのだが 実際に廻し蹴りパンチラは登場してきたが、 なんだかんだであっというまに コスプレ美人女子高生による地下格闘技的大会に 参戦することになるという 意外に派手な展開に。 イマドキは美女が主人公のバトル物は珍しくない。 それどころか美少女で達人ぐらいではありきたりで 爆乳半裸美女戦士が色々と揺らしまくったりしながら 戦う漫画やアニメは世の中にゴロゴロしている。 とはいえ現実を考えると、 爆乳半裸美女戦士が登場するストーリー展開、 いわゆるエロゲー的な展開は、やはり 非現実的なありえないものがほとんどだ。 爆乳半裸美女戦士とかコスプレ格闘家とかが登場した時点で、 漫画としては格闘漫画というよりはエロ漫画と 評価せざるを得ない内容になるものがほとんどだ。 「空拳乙女」はわりとそのへんがしっかりしていて 急展開で予想外ではあるが、コスプレ格闘技大会に 参戦することになるまでの過程は、それなりに 納得のいくストーリーになっている。 そりゃ漫画的な都合の良い展開は多々あるが あきれるような無茶な展開とまでいうほどではない。 「エロいにこしたことはないでしょ」 という考えはあっただろうが、 エロ重視でストーリー軽視、という漫画ではない。 考えすぎかもしれないが題名が空手少女ではなく 「空拳乙女」になっているのもそういう意味合いかと思った。 空手少女、だったら話にコスプレ格闘技を介入させるのは 無理が有りすぎる。 だが空拳というのが「徒手空拳」を意味し、 「己の力で素手で困難に立ち向かう」という意味を強調 するための題名なのだとすれば、わからないでもない。 主人公が体をはって部の設立、練習場の確保、 その過程での仲間作りとか空手やコスプレ格闘の世界に 「徒手空拳」でチャレンジしていくことを表している、 みたいで。 それと、良くも悪くも湯浅先生の描く 「パンチラ」や「コスプレ」はそれほどエロくない。 色々と揺らしまくったりはほとんどしない。 そういう意味ではエロ要素ありの格闘技漫画ではあるが、 エロ嗜好より本格格闘技嗜好の漫画ファンのほうが 楽しめる漫画だと思う。 そういうこの漫画が、漫画ファンのニーズに 爆乳半裸美女戦士が登場する漫画よりも あっていたかどうかは不明。 私はこの漫画も爆乳半裸美女戦士が登場する 漫画も好みだが。

日本をゆっくり走ってみたよ

男子たるもの、一生に一度ぐらいはバイクで日本一周したい

日本をゆっくり走ってみたよ 吉本浩二
マウナケア
マウナケア

そうそう男子たるもの、一生に一度ぐらいはバイクで日本一周!なんて思うよね。それは自分探しの旅だったり、まだ見ぬ日本各地の風景に憧れたり。その旅が終わるころには何か新しいものが待っていて、道中の経験が明日への糧になる、みたいな清々しさがこの手の物語にはあるはずなんですが、ああなのにこの作品はとっても息苦しい。主人公は30代半ばの連載が終了して先のあてがない漫画家。秘かに憧れる女の子に告白するため、強い男になってくると奮起して旅に出る…、などど20代ならともかく、これ実話って言ってしまっていいの?って感じ。で、旅先でもやたら変な人に声かけられるし、風俗にも飛び込めずウジウジするしで、もうイタさオーラ全開。”てめーしっかりしろよ”って突っ込み入れたくなってしまいます。引いてしまう人は多いかもしれません。でもね、ダメ男の日本一周なんてこんなもの、とありのままに見せてくれてるのが潔いとも思うのです。最後はなんだかんだ思っても”頑張ったな”と言いたくなりましたもの。まあ、強くなってはいないぶん小声で、ですけどね。

武士道シックスティーン

メディアミックスと同時多発コミカライズ

武士道シックスティーン 安藤慈朗 誉田哲也
ひさぴよ
ひさぴよ

「薬屋のひとりごと」が話題になってますね。なろう原作の大ヒットからのコミカライズですが、2019年現在、別々の雑誌(「月刊ビッグガンガン」「月刊サンデーGX」)で同時期にコミカライズを連載するという事態になってます。これはまぁ、色々とメディアミックスに関わる事情があってこういう事が起きてるんでしょうか。 で、過去にも同時コミカライズパターンあったな〜と思い出したのが、この「武士道シックスティーン」です。2009年に、「アフタヌーン」と「マーガレット」が同じようにコミカライズを展開していたのですね。結局どっちの方が売れたのか?今更ながら気になるところですが、とりあえずここではアフタヌーン版の感想を書こうと思います。 作画は安藤慈郎。「しおんの王」のコミカライズを経験し、次の作品で今度は武士道シックティーンの作画を手掛けています。他作品と比較してみて、特に違いを感じるのはキャラの性格付け。個人的にはアフタ版の方が地味…いや、落ち着いた雰囲気があって好きです。逆に、「地味なのは嫌!」という人はマーガレット版を読むのがいいかと。 キャラの性格の違いについて。剣道エリート・磯山香織に関して言うと、表情の変化こそ少ないものの、武士のような真剣味や生真面目さ、気迫のこもった表情が良いんですよね。これは、青年誌だからこそ磯山の「男っぽい」部分をより上手く引き出せたのかなと。 対する西荻早苗についても、ウザくなりすぎない天真爛漫さ(←ここ大事)と、舞踊の経験から来るしなやかさ、芯の強さを感じます。磯山と西荻、どちらも過不足なく、対比の描き分けが秀逸です。 メディアミックス化作品の場合、小説、映画、漫画のどこから触れるかで、作品の印象は変わるものだと思います。そういう意味では、最初にこの漫画から読めたのは自分にとって幸せなことでした。