針と羊の舟

ペットロスから始まる羊毛フェルト道 #1巻応援

針と羊の舟 幌琴似
兎来栄寿
兎来栄寿

人生でペットを飼ってきた経験は無かったのですが、近年保護犬と暮らすようになってから日々愛着は募るばかりです。 逆に、もしある日何か突然の悲劇が起きてしまったら……と思うと居た堪れません。故に、本作の主人公の気持ちは痛いほど解ります。 この『針と羊の舟』は、飼っていたうさぎが突然死してしまった青年・花原純が、羊毛フェルトで本物そっくりなうさぎを作ろうとする物語です。プロの羊毛フェルト作家である母親の技術を受け継いでいる弥生に師事を受けながら、純は簡単なものから徐々に挑戦していきます。小学生の頃の家庭科で多少似たようなことをやった経験はありますが、現代の羊毛フェルトがどのような作業工程であるかなどは新鮮で興味深く読めます。 根底には悲しみの感情を湛えながら、作品自体はコメディテイストも強いです。かわいいコツメカワウソに対する獰猛なワニをも喰らうオオカワウソの顔であったり、カワウソやポメラニアンの羊毛フェルトの出来上がりであったり、思わず声を出して笑ってしまうところが多々あります。たまに勢いが凄かったり、さまざまなパロディも挟まれたり。 ただ、笑えるところがあるからこそ、よりシリアスな部分も引き立っているのが本作の良いところです。飼いうさぎを喪った純はもとより、弥生や他のサブキャラクターたちのバックボーンも見え隠れし、その中では心に残るセリフやモノローグも登場します。彼らの感情のやり取りも等しく好きです。 なお、我が家で暮らすポメラニアンは犬としては抜け毛は少ない方なのですが、それでも人間と比べれば夥しい量の毛が抜けます。正に羊毛のような白いふわふわの塊は保存してあり、いつか自毛100%のぬいぐるみを作る予定なので、その辺りも主人公に共感しながら読んでいます。 珍しいテーマですが、良質な作品です。

じじいくじ ~元最強刑事の初孫育児~

筋肉は裏切らない!

じじいくじ ~元最強刑事の初孫育児~ 上地拓郎
ゆゆゆ
ゆゆゆ

新生児育児は体力が必要。 定年退職後なら、なおさら大変。 だから、鍛えてきた筋肉とともに乗り越えよう。 ふにゃふにゃの新生児の体はとてもこわい。 だから、鍛えてきた筋肉でしっかり支えよう。 これまで刑事として働いてきた経験と筋肉で、産後間もない我が娘を支えていく! 頼むよ筋肉!! というかんじのあらすじです。 元鬼刑事のじーちゃん(ムキムキ)による孫育児が描かれており、第一話は娘が出産後退院して間もないころから始まります。 娘の旦那さんは単身赴任をしているようです。 娘さんは実家へ帰ってきているようです。 赤ちゃんの何気ない表情がリアルだなあと思ったら、作者さんに子どもが生まれてから描かれた漫画なのだそうです。 赤ちゃんの表情に癒やされます。 そしてキャラクターがすごく筋肉なのですが、我が身が筋肉の塊なら!と思うことがあったんでしょうか。それとも、鍛えていたんでしょうか。 twitterで見かけたお試し漫画の意味が分からなくて、本編を読んでみたら、本編も筋肉でした。 最後のほうに出てくる、赤ちゃんを膝に乗せているじーちゃんが主人公?です。 思考がとってもポジティブで、刑事で、筋肉のじーちゃんです。 https://twitter.com/uechitakro/status/1654084487393996800

ラプソディ・イン・レッド

届かぬ想いを88鍵に乗せて #1巻応援

ラプソディ・イン・レッド あみだむく
兎来栄寿
兎来栄寿

先日、『最果てのセレナード』を読んだ友人が「ピアノが出てくるマンガが面白い確率は78%くらいで異常に高い」ということを言っていて、極めて同感でした。 思うに、ピアノとマンガは似ています。 ヴァイオリンを全く弾いたことがない人は多くても、幼稚園や保育園、学校などに置いてあったピアノを鳴らしてみた経験が一度もない人は少ないのではないでしょうか。また、マンガはキャラクターの落書きくらいはしたことがある人が多いでしょうし、描くまでにはいたらなくとも、全く読んだことがない人はほとんどいないでしょう。万民共通の体験として、理解・共感できるのは強いです。 そして、肝心なのはピアノもマンガも独力で表現可能な幅が極めて広いということです。オーケストラや映画などのようにたくさんの人の手でなければなし得ない形態もありますが、ソロピアノや個人制作のマンガなどはそれらにも劣らないレベルの表現が可能です。幅が広いということは、そこにあらゆる想いや感情を乗せることができるということで、物語との相性が非常に良いということです。 想いや感情、努力や研鑽の集大成に心を奪われ揺さぶられ、人生を変えられ、苦悩や葛藤を経ながら表現に向き合い、時に挫折し時に再起し、喜びも怒りも哀しみも楽しさもすべてを乗せて世に送り出し、それによってまた誰かの人生を変えて行く……そんな瞬間が切り取られて描かれるからこそ、ピアニストや漫画家を描いた作品には面白いものが自然と多くなっているのかもしれません。 ということで、この『ラプソディ・イン・レッド』もまた名作として名を連ねていくことが期待されるピアノマンガです。 とにかく、第1話を読んだ時点で今までのあみだむくさんの作品の中でも一番面白く、凄まじい熱量を感じました。血の繋がらない母親と暮らし、周囲からは問題児のレッテルを張られ、鬱屈としている主人公・寅雄。彼の心の叫びが聞こえてくる1話でした。「音」と書いて「こえ」と読ませ、自分の「音」を伝えて世界と繋がりたいと渇望する寅雄の感情の起伏が、非常に強く荒々しく描かれています。 言葉とは便利なものですが、時に言葉では伝わらない想いもあります。逆に、言葉に頼らず想いを通わせる瞬間というのは非常に美しいものです。寅雄は、自分の想いを言葉以外で伝える手段としてピアノに出逢い、そしてその願望を成して行きます。その姿には昂らずにいられません。 未経験でありながら曲を聴いただけでコピーできる桁違いのセンスと、しかも膨大な努力することに全く躊躇がない精神力を持っており、音符すらまともに読めない素人でありながら恐ろしいほどの速度で成長して行くであろうことにワクワクします。 芸術の世界といえば変人がつきものですが、濃いサブキャラたちも続々と登場して物語を盛り上げていきます。今後も非常に楽しみです。