Birdman Rally 鳥人伝説
青春を描いた佳作
Birdman Rally 鳥人伝説 𠮷田聡
ナベテツ
ナベテツ
数年前、久々に検索してみたら新装版が出ていたことに気がつきました(この手の話をするとおっさんだと感じます) 新たに収録された○吉~の方も実家にはあるので、帰省したら久々に読もうかと思います。 旧版に収録されているタイトルのうち、表題作と天翔ける鈴はサンデー誌上で読んだこともあり、ヤングサンデーに掲載されたダックテイルが当時の自分には新鮮でした。 旧版では宮崎駿監督(時期的にはトトロ前後だと思います)が𠮷田聡はドン・キホーテであると題した解説を寄せているのですが、湘南爆走族での大ヒット以降、学園という枠から飛び出た少年達を描いている、という旨でした。 18歳がまだ未成年だった時代、大人でも子供でもない自己の不確かさ、青年の不安という古来から描かれてきたテーマに𠮷田先生が挑んでいたのではないかと思います(旧版の作品の主人公は皆高校生ですが、それぞれに葛藤というものを抱えています)。 この頃の𠮷田先生のエッセンスが詰まった作品集だなあと、今更ながらに感じる短編集なのではないでしょうか。 末筆になりますが、幸村誠先生のバードマンラリーのツイートを見かけ、懐かしいタイトルだなあと思ったのも良い思い出です。
七月の骨
「ヘッショナル」になる前に
七月の骨 𠮷田聡
ナベテツ
ナベテツ
漫画家マンガというジャンルが広く描かれて久しいのですが、その描き方は十人十色であり、人柄やクリエイティブというものが色濃く反映されているところに、ファンは強く惹かれると思います。 湘南爆走族で鮮烈な連載デビューを飾った𠮷田聡先生が描いた本作では、まだ何者でもない青年のもがき苦しむ様がリアルに描かれています。 デビュー作が大ヒットし、様々な漫画家さんに影響を与え、映像化までしたという事実でもって、読者は順風満帆な漫画家生活なのだろうと思い込んでしまいがちなのですが、この作品で描かれているのは、明日の自分への不安を抱え、必死に「ヘッショナル」を目指す等身大の物語でした。 主人公の時田青年が𠮷田先生をどれだけ投影しているのかは、読者には正直分かりません。ただ、そこには「真実」というものもあるのだろうなと、中年の読者は過ぎ去った青春というものに思いを馳せます。 𠮷田先生のファンを公言している藤田和日郎先生が、本作を読んで涙を流したというツイートを以前みかけ、さにあらん、という感想を抱きました。夏の終わりに、過ぎ行く季節を感じる作品なのではないかなあと思います。
荒くれKNIGHT リメンバー・トゥモロー
黒い残響完結編からの新たな完結編
荒くれKNIGHT リメンバー・トゥモロー 𠮷田聡
名無し
荒くれKNIGHTは一旦終了したのちに 脇役でありライバルチームであるCOBRAを 主人公にした「黒い残響完結編」が描かれた。 この「黒い・・」はスピンオフだが荒くれのメインストーリーの プロローグやエピローグを語っているような面もあり、 本編で脇役だったコブラ達にも厚みや深みをを与え、 結果、スピンオフ作品としても良かったし、 荒くれ本編のストーリーも丁度良く補完した感じもあった。 まさに黒い残響完結編は良い感じの完結編だったな、と 私的には思っていた。 そこにこの新章であり本編の続編の 「リメンバー・トゥモロー」だ。 いやいや黒い残響で綺麗に終わっといてくれよ、と 思わないでもなかったが、 黒い残響で深みをましたCOBRAや輪蛇のメンバーが 改めて登場してくる話となると興味を惹かれてしまう。 新たな新キャラというか闇に潜んでいたキャラ?も加わって 登場人物はかなりの数になっているし、 (まだ3巻までしかよんでいないので) まだ話が混とんとしていて先が読めない。 また、荒くれ本編は読んでいたけれど黒い残響は 読んでいない、という読者もいると思うのだが、 そういう人は、ちょっとわかりづらい話になっているとも思う。 敵か味方か敵の敵なのかもよくわからない相手との抗争が 徐々に表面化し激化していきつつある。 いまのところ、リメンバー編が終了した時に やはり残響編で終わっとけば良かったのに、と残念に思うか、 これがホントの完結編だったんだな、と唸ってしまうか、 それは判らない。 だが、もともと私は吉田先生が描く ロマンが絡んだ抗争やバイク乗りの哲学が漂う話が好き。 リメンバーでも吉田流は健在のようなので、 今後の展開を楽しみにしてしまっている(笑)。
純(ジューン)ブライド
愛するという一つの例として
純(ジューン)ブライド 𠮷田聡
ナベテツ
ナベテツ
まだ少年と呼ばれる頃に、何も知らずにこの作品を買って読みました。マセガギと言われても仕方ないし、母親にこっぴどく叱られたこともあります(それでも捨てられたりはしなかったんで良い親だと思います) 恋愛が甘い物である、ということは流石に否定出来ません。ただ、二人が一つ屋根に暮らすということは、終わらない「日常」に暮らすということでもあります。そこは決して天国ではないし、息が詰まるようなこともある。 それが「愛」という感情によって始まることだと、この作品はかつての少年に見せてくれました。恋人は決して美しいだけの存在ではない。自分と同じように肉体を持った存在であり、そのことで苦しめられることもあるんだと、異性のことを何も知らなかった頃に学んだものでした。 バブルの頃、恐らくこの作品のような生き方は現実感を失っていたのではないかと思います。今の時代にはどうでしょう。若者が貧しくなっている現実もありますが、こんな関係からは恐らく逃避するんじゃないかとも思います。ただ、作中に登場する人達は、自分自身を取り巻く日常に対して必死で生きています。誰に笑われても構わない。唯一人のために生きているという現実は、自分のためだけに生きている人間には、まっすぐで美しいものに映ります。 この時期スローニンやDADAを描いていた吉田聡先生にとって、明らかに異なる作品であり、ある年代にとっては忘れられない作品だと思っています。
走れ!!天馬
青春漫画に迷走・逆走はつきモノか?
走れ!!天馬 𠮷田聡
名無し
𠮷田聡先生の作品はどれも好きだが、 なんだか連載が進行するうちに漫画のテーマや 登場人物のキャラが変わっていく作品が 多いようにも思う。 湘南爆走族も当初の雰囲気と中盤以後では大分変わる。 荒くれKNIGHTも細かく何々編、と変わって行った。 いい意味で、登場人物達のキャラが変わっていく感じを受ける。 結果的?に、それらはいずれも面白い漫画になるのだが。 ただの脇役と思っていたキャラの、 その後の味の深まりがかなり強かったりするので。 𠮷田聡先生自身がキャラに愛着がわいていき思い入れが増し、 結果、キャラ変更を活かす形で より良い作品になっていくという印象がある。 言い方をかえて表現するなら、 連載開始時点で完成されたキャラを描く先生ではなく、 暖気運転とか熟成期間を置いて キャラ変更路線変更ありきで面白い漫画を作る先生なのかも。 「走れ!!天馬」は、主人公も脇キャラも、 読者の共感を得る前の段階でアクセルを吹かしまくって 飛ばしすぎてしまった感じがする。 ちょっと、読んでいてついていくのが辛い感じがあった。 勝手な想像だが、当初はハイスピードな展開にして、 後半に流れを変化させること自体は、 連載前からほぼ構想していたことかと思う。 だが、読者がついてこれなかったので、 途中でのキャラが肉厚になって行って 読者も引き込まれていくという段階に 時間をかけてジックリと移行する展開に 繋げられなかったという感じがする。 梃入れを急いでしまった感じというか。 第2巻の後半くらいから、各キャラも話の内容も いい感じに動き始めるのだが、 出来ればそのへんはもう少しジックリと話を 展開して欲しかった。 キャラの変化が自分には少し急に感じられた。 当初の展開に比べると逆走感というか、 あれ急にキャラ変わったな、どうしたの、 という感じに戸惑ってしまった。 ラスト2巻あたりは、天馬も斉藤主将も他のキャラも かなりいい感じになる。 自分としてはそういった天馬や斉藤主将の変化は 読んでいて凄く良いなと思ったし、 そう思えたことでこの作品は良い作品だと思った。 だが、当初の展開から逆走気味にキャラや話が 変換するギャップは、読者万人が 良かったと思う流れではないようにも感じる。 自分としては第4巻とかの斉藤主将とかは 𠮷田聡先生の漫画のキャラらしい、その中でもとくに 物凄く良くて応援したくなるキャラになるので、 読んでよかったと思った漫画だ。