パリッコの都酒伝説ファイル

酒が生み出す強めの幻覚のようなマンガ #1巻応援

パリッコの都酒伝説ファイル ルノアール兄弟 パリッコ
兎来栄寿
兎来栄寿

ルノアール兄弟×酒ライターパリッコさんという、混ぜたら危険な組み合わせによるとんでもないマンガの1巻が出ました。 この世には良い酔っぱらいと悪い酔っぱらいがいます。 悪い酔っぱらいは人に迷惑をかけます。一方、良い酔っぱらいは人の心を和ませて楽しませます。 この作品は、良い酔っぱらいの所業です。 さまざまな都市伝説やオカルトネタと、酒ネタを組み合わせることでとんでもない読み味を生んでいる作品です。 『MMR』の樹林さんがワインマンガの金字塔『神の雫』を生んだことを考えれば、あながち都市伝説と酒の組み合わせは悪くないのかもしれません(そうか?)。 とにもかくにも、語彙が強い。 「神秘交信飲酒(チェアネリング)」 「行きつけの路上飲みスポット」 「宝焼酎はノーマルでも  うめぇんだよおおお!!!!」 「麹次元の存在」 「上ミノタウロス」 「U うんと飲んでも  F 二日酔いにならない  O おじさんになろう」 「鬼ころダウジング」 「地球はホテイの焼きとり塩味だった」 「酒蒸しとは錬金術の一種なのです」 「缶詰太陽系」「缶詰グランドクロス」 「4千万年に1度の飲酒体験」 「キンミヤ焼酎はナスカ文明の遺したオーパーツ」 普通の人生を歩んでいたら、絶対に遭遇しないであろうパワーワードのオンパレードや細かいボケの数々には何度も声を出して笑ってしまいます。 チェアネリングサークルに宝焼酎4リットルを置いて交信飲酒することで極上宝焼酎を召喚する件とか本当に好きです。 ホッピー大好き人間としては、FILE.4の「ホッピーラビリンス」の回などは幕間コラム含めて愛しいレベルです。そう、このマンガの世界と現実をつなぐ役割を果たす酒好きならではのコラムもまた良いんですよね。 ホテイの缶詰が異様に美味しそうに描かれているので、静岡県民にも強く薦めたいです。また、地元である吉野の酒の八咫烏が登場する回は嬉しくなってしまいました。 酒蒸しに関しては本当に手軽で美味しそうなので、釣られて作ってみたくなります。実在する良い呑み処の紹介などもあり、酒好きは深い共感を得られる堪らない作品です。 基本的に1話完結型なので、どこから読んでも大丈夫です。どこか1話だけでも読めば、この謎の熱量の虜になる……かもしれません。 巻末を含めすべてが狂っていますが、狂気の沙汰ほど面白いのです。

レトロゲ

生粋の作者が描くレトロゲー×美少女 #1巻応援

レトロゲ 日下一郎 本多創
兎来栄寿
兎来栄寿

20年以上前のゲームをレトロゲーとするなら、プレイステーションやセガサターンはおろかプレイステーション2やゲームキューブやニンテンドーDSすら最早レトロゲーという時代。いかがお過ごしですか。良いんです、私たちは『ガンダムSEED』を観たり『FF7REBIRTH』をプレイして盛り上がって楽しく生きていましょう。 さて、皆さんレトロゲームはお好きですか。かわいい女の子×レトロゲームという組み合わせの作品も増えてきた昨今ですが、本作は一味違います。なぜなら、原作者があの『Final Re:Quest ファイナルリクエスト』の日下一郎さんだからです!(『ファイナルリクエスト』は私の激推し作品のひとつですので、未体験でしたらぜひ検索してみてください) 主人公・英川叡子の「サブカルにも詳しくレトロゲーの知識もYoutubeで学んだ」という設定は、時代だなあと感じずにはいられません。2000年以降に生まれた子がファミコンを知るのは親兄弟などに愛好家がいないと無理ですからね。カセットをふーふーした体験とか持ってなくて当然なわけですよ。 その成績優秀な叡子の更に上を行き、塾でいつもトップを取っている美原美子は、正真正銘本物のレトロゲー好き女子。いえ、好きというレベルを超えた何かの域に達しています。 第1話では、美子が「ファミコンを代表する1本は何か」と問い、叡子は『マリオ3』と答えます。わかります。アイテムで自由に空を飛べるようになってますますアクションに幅ができ、ミニゲームや満載の裏ルートや隠し要素なども最高ですからね。それに対して、とある理由により美子が返す答えは『'89 電脳九星占い』。もう、この時点で格が違っておりこのマンガの本気度が伝わりますね。 マンガに例えるなら、「『ガロ』を代表する1冊は何か」と問われて『カムイ伝』と答える一般人に対して『『ガロ』に人生を捧げた男 ― 全身編集者の告白』と答えるような感じでしょうか(余計伝わりにくそう)。 世間の皆が『ドラクエ』や『FF』に興じていた中で、それらもやった上で『アマランス』や『グレイストン・サーガ』にも興じていそうなオーラをビンビンに感じます。 3話では、究極の問題である『ドラクエ5』の結婚にも切り込みます。叡子はフローラ派であり、長年迫害を続けられつつもPS2版では幼少期にビアンカよりも早い登場があり大逆転を果たしたものの、『いたストDQ&FF』にて性格に難がありすぎてまた辛い思いをした私にとって推しポイントは違うものの勇気付けられる話でした。 5話の冒頭の懐かしいCMネタなどにも、往年のゲーマーならニヤリとしてしまうことでしょう。ドリームキャストで通信費がえらいことになって親に鬼詰めされていた友人は元気かな。 黒い「R7」などは、日下さんならではの、他の人にはなかなか描けない領域の濃ゆいレトロゲーネタでしょう。そういったものが好きな方には最高の作品です。もちろん私は大好きです。 クソゲーへの向き合い方も、愛を感じてとても良いです。さすがに6人プレイはしたことないですけど。 毎回のピアスやイヤリングに、そのときに扱う作品や事象が示唆されているのも面白いです。ただレトロゲームについてマニアックに語るだけでは終わらない展開も見どころです。 海外に日本のレトロゲームが流出していく流れが激化する昨今、ザリガニやミカドなどに行くのが好きな私としてはああいう遺産レベルのゲームを国内に保全する大きな場所ができてほしいですね。1巻最後に出てくる美子の家は憧れです。 ともあれ、レトロゲーマーとしては、「そんな話をもっとしてくれ…もっと……!」と赤木の前の銀次のようになる作品です。

アイアンファミリア

『オナ禁エスパー』作者が描く王道バトルファンタジー #1巻応援

アイアンファミリア 竜丸
兎来栄寿
兎来栄寿

『オナ禁エスパー』で一躍名を馳せた竜丸さんの、待望の連載作品です。 人造人間であるホムンクルスが存在する世界を舞台に繰り広げられる、随所に王道少年マンガ感が溢れているダークファンタジーとなっています。 王道であるが故に展開には既視感を覚える方、特に第1話はプロットに『チェンソーマン』を感じる方は少なくないでしょう。しかし、そこは竜丸さん。徐々に独自の持ち味を発揮していきます。 特に1巻で見どころなのは、3話の「新人の通過儀礼」。主人公テツヲが新たな生活を始める拠点となる蜂須館において、自称「かしこくて知的で頭の良い十四歳」シローと自称「十三歳で館一番の美女」カレンが課すとんでもない対決です。ここに竜丸さん節極まれり。 蜂須館の主であり母性と底知れぬ強さを感じさせる蜂須さんや、自称蜂須館で一番キュートなホムンクルスことクレコさんなどのキャラもとても良いです。立っているキャラは続々出てきますし、それぞれの固有の能力に伴った掘り下げも楽しみです。 また、 「多勢に無勢 去勢のひとつでも張ってみろ」 や 「血飛沫に反吐と硝煙」 のような七五調が滲み出る独特のセリフのセンスも小気味いいです。 時折混じるギャグとシリアスの塩梅も良く、濃ゆいオリジナリティを上手く人口に膾炙するように落とし込んである作品となっています。純粋な尖った作家性を見たい方は『オナ禁エスパー 竜丸短編集』の方をお薦めしますが、王道少年マンガを好きな方にはこちらもお薦めです。

パンチラッシュJKタラちゃん

『股間無双』作者が送る健康的JK格闘 #1巻応援

パンチラッシュJKタラちゃん ジブロー 斯道歩
兎来栄寿
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『股間無双~嫌われ勇者は魔族に愛される~』のジブローさんが原作を務め、新鋭の斯道歩さんが作画を担当する本作。 身長2mを超える威圧感ほとぼしる風貌で中学時代に喧嘩無敗の「拳王」と呼ばれ恐れられた男・二階堂勝王(かつおう)は実は一度も戦ったことがないビビりで、本当に強くて武で頂点を目指しているのは双子の妹である多薇(たら)だったという設定で始まる健康的学園格闘マンガです。 ジブローさんの作品ということで『股間無双』をお読みの方であればご存知の通り、良い意味でとても頭の悪いマンガとなっています。だが、それがいい。 勝王いわく「学校で一番風紀を乱している」教師である吉良綺羅々(きらきらら)先生はとにかく「バルン」「バルン」という擬音を放ちながら初登場から4ページかけてその恵体を見せつけてきますし、多薇と最初に戦うことになる″鉄拳アングリー″こと中島亜久里(あぐり)も自身の癖を露わにする妄想を3ページかけて見せつけてきます。いい趣味してるぜアングリー! 1話読めば解る、健康的な描写への尺の割き方に安心と信頼のジブロー節を感じずにはいられません。「パンチラッシュ」の「ッシュ」の部分から色を変える装丁も、作り手の意志と意気込みを感じます。 斯道歩さんの高い画力が存分に生かされたパンチラやパンツ舐め構図の豊富さは、大変に健康的です。かと思えば、格闘アクション部分の描写も非常に力が入っていて迫力があり格闘マンガとしての楽しさもしっかりとあります。 スネ毛のキモさに定評のある″スネ一文字″ローキック菊郎のようなダサい名前のイケメンがブチ切れている性格で、しかもしっかり強いのは坂本ジュリエッタ的な何かを感じます。 巨乳で絶対領域持ちの黒髪ロングストレートJKがガチで戦うマンガが好きな方、『はぐれアイドル地獄変』や『一勝千金』が好きな方にオススメです。 それにしても、長谷川町子さんもまさかこんな作品のモチーフになるとは思っていなかったでしょう。

小暮くんは美少女V(♂)に恋してる

推しVはクラスメイト!? #1巻応援

小暮くんは美少女V(♂️)に恋してる 流星ハニー
兎来栄寿
兎来栄寿

「マンガソムリエVtuber渋谷川トリカです  今日もご来店ありがとね  早速おすすめのマンガ、紹介してくね!  今回紹介するのはこちら  COMICポラリスで連載中の『小暮くんは美少女V(♂)に恋してる』!  作者の流星ハニーさんは『五人のセフレとカグヤ王子』や『にぶんのいちボーイフレンド』などを描いてた方ね  ポラリスでは『親友王子と腰巾着~推しの王子に求婚されて困ってます~』と同時連載中よ  Twitterで描かれている「オタクが猫を迎えた」シリーズもかわいくて好き  え、ポップン思い出す? わかるわかる〜  フィフネルの宇宙服めっちゃ好きー  もしかしたら作者さんも好きだったりするのかな  『小暮くんは美少女V(♂)に恋してる』は現役JKギャルVtuberの春風ヒナタちゃんを神推ししてる陰キャ少年グレのお話なんだけどー  実はその中身がクラスメイトの陽キャイケメン幸原(さちはら)ヨウだった!  っていう衝撃から始まるのね  みんなだったらどうする〜?  推しVの中身がクラスメイトのパリピ陽キャだったら  絶望?  無理?  推しとは適切な距離を取って眺めていたい?  うんまあそうだよねー  グレくんも最初はそんな感じで死んでたんだけどー  でもちょいちょいヨウくんから推しの影が漏れ出してきて混乱するのよ  ヨウくんはヒナたんじゃない! って頭でわかっていながら  段々いろんなイベントで距離が縮まっていって  自分はヒナたんの何が好きだったのか?  見た目はもちろんかわいくて好きだけど  何よりもいつも笑顔で元気をくれる優しさに救われてたんじゃなかったっけ?  ってなってくのね  しかもその推しから一緒に美少女Vやらないかって誘われてもう大変  どんどん外堀を埋められていくグレくんなんだけど  でもグレくんにもいろんな魅力があって  それをヨウくんがしっかり見初めているっていう構図がすっごくいいのね  グレくんがヨウを通してクラスメイトたちと少しずつ  打ち解けていくところとかは読んでてすごく良いなー  青春だなーって  あとヨウくんの陽キャグループにいる景虎くんとか  サブキャラクターもすごく魅力的で  私は景虎くん最推しかなー  何で推せるかはね〜読んでみて!   読めばわかるから!  Vtuberをテーマにしてる作品だけど  Vの文化とか基礎知識とかも読んでいる内にわかるようになってて  Vに全然詳しくない人でも楽しめとと思う!  あと流星ハニーさんの絵がめっちゃかわいい!  グレくんがVになったときのハイテク女騎士グレースちゃんも  すっごくかわいいからヒナタちゃんとどんどんコラボしてって欲しいなー  あ、トリガーはワシが育てたおじさんスパチャありがとー  読んでみたくなったって? うん本当面白いから読んでみて!  じゃあ今日の配信はこの辺でおしまい  またのご来店お待ちしてまーす!  ありがとうございました〜!」 (並行世界で行われた配信の様子)

ザ・キンクス

「うれいらずたのぼー!」 #1巻応援

ザ・キンクス 榎本俊二
兎来栄寿
兎来栄寿

『ルックバック』の劇場版アニメ化が本日発表されましたが、藤本タツキさんもファンであることを随所で公言する榎本俊二さん(『チェンソーマン』ファンの方はぜひ『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』を読んでください)。 これまでも『GOLDEN LUCKY』や『えの素』に始まり、『榎本俊二のカリスマ育児』や『思ってたよりフツーですね』、近年では『アンダー3』や『表4子ちゃん』などさまざまな作品で溢れ出る虹色の才能を披露してきました。下ネタとギャグの印象が強い方も多いかもしれませんが、決してそれだけではないことは『火事場のバカIQ』などを読めば一目瞭然です。 そんな榎本俊二さんの最新作。従来の作品とはまた違ったテイストを提供してくれています。35年のキャリアを重ねながら、未だに独自のセンスを縦横無尽に発揮し続けているのは尊敬します。まるで、汲めども汲めども枯れない泉のよう。 本作は、あとがきで筆者自身が語っているようにこれまでは掌編や4コマが中心だったものの残り少ない人生の中で挑戦をしようと描かれた、毎話16ページの連載です。 内容としては、小説家の隅夫・妻の栗子・中学生の長女茂千(もち)・小学生の長男の寸助の4人家族である錦久(きんく)一家を中心にしたコメディ……という字面から想像できるものの数段階斜めに行ったものです。 まず、4コマや掌編を思わせるコマ間のテンポの良すぎる展開。 栗子が 「うえー同窓会だって 行かない〜〜〜〜」 と言った次のコマではおめかしして 「行ってきまーす」 とコロッと言動が反転していたり、 「来月までにお芝居の台本書いてくれない?」 と栗子に言われた隅夫が 「断る」 とやや大きめのコマで拒否した次のコマでは 「おはよー何書いてるの?」 「芝居の台本だ」 と言った具合です。 普通ならこの間に何かしらのコマを挟みそうなものですが、それを省いています。 また、このスマホで読まれることを意識する時代には珍しく、各ページ3〜4段を基本として5段のコマもあります。これらによって、1話1話の情報量が多く密度が濃くなっています。 そして、普段は詰め込んだコマ割りでありながらここぞというときには大ゴマや見開きで爆発させる。この緩急が読んでいて非常に爽快です。毎回の「ザ・キンクス」の題字の出し方など最高です。 また、義両親との関係性であったり保護者面談であったり、子育てや田舎あるあるであったり、社会的に地の足のついたテーマをリアルに描きます。孫に良いもの食べさせてしまう祖母、かわいい。しかし、そこから突然翼を生やしたように羽ばたく自由な発想が注入されていくところは流石のセンスです。旗振り当番の話を考えさせても100人中99人はそうはならないでしょう。 1話の言葉遊びや5話の物語創作の技法や空想のお話、番外編の哲学性など、榎本俊二作品らしさが溢れているところも堪りません。6〜7話の構成力の高さなどは、素のマンガ力の高さに感服させられます。 かと思えば、抽選会の2等の賞品が「高級赤外線スコープ」であるところなどはちょっと普通には出てこないセンスです。 「うれいらずたのぼー!」は声に出して読みたくなるセリフで2024年筆頭クラスになるのではないでしょうか。マンガを読むときに普段はまったく使わない筋肉を使って筋肉痛になるような快感があります。 見所が詰まりすぎていて、人によって好きになる点や良いと思う点がそれぞれにあるのではないでしょうか。 榎本俊二さんは凄まじいマンガをたくさん描かれてきているのですが、近年の主要なマンガアワードではあまり名前が挙がることがありません。しかし、この『ザ・キンクス』はほど良い具合のキャッチーさとニッチさを併せ持っており、下ネタもないため広く薦めやすいこともあって「このマンガを読め!」のようなところで上位に入るポテンシャルを感じます。ぜひ何かで上位を獲って、改めてこの天才的なセンスを世に知らしめて欲しいです。 余談ですが、あとがきマンガの1コマで積み重ねられた本の中に「チェンソー」というタイトルがあるのは藤本タツキさんは嬉しかったんじゃないかなぁと勝手に思っています。『ロマンガロン』と並んでいるのも良いですね。

ハルメイ

ハル派? 漣派? #1巻応援

ハルメイ 雨宮うり
兎来栄寿
兎来栄寿

大人気の『ハルメイ』連載マンガ版の1巻が発売となりました。元々、作者の雨宮うりさんがSNSで連作イラストとして上げていた一連の物語が『ハルメイ 雨宮うり ILLUSTRATIONーBOOK』として2022年に発売されており、それをベースにしたマンガとしての連載が2023年より始まりました。 高校1年生の主人公・橘芽衣と、幼いころから親しくしている近所の10歳年上のハル兄。タイトル通り彼女たちの関係性を描いた作品です。 ただ、こちらの連載コミック版では表紙絵が示しているように芽衣と同い年のもうひとりの幼馴染でその美貌が他校生の間でも話題となっているほどの漣との三角関係の色合いが強くなっています。 漣もまた、非の打ち所がないヒーローなんですよね。外見だけでなく性格も良いことがエピソードを通して描かれていて、もしハルがいなかったら心置きなく推せるタイプです。でも、このマンガ『ハルメイ』なんですよね……。漣は漣で幸せになって欲しいと心から願います。 なお、そんな漣の存在によって恋愛感情を意識し出して変わっていく芽衣の姿に危機感を覚えて大人気のない嫉妬を見せるハルはとてもかわいいです。 また良い少女マンガには良い友人キャラがつきものですが、芽衣の友人の環もナイスキャラで好感が持てます。 雨宮うりさんの絵が良いのはもちろんなのですが、少女マンガとしての呼吸もすごく自然体で上手さを感じます。 個人的に好きなポイントは、両ヒーローが決めシーンで少しだけ敬語になるところ。思わず口角が上がってしまいます。 少女マンガが好きな方、歳の差が好きな方、三角関係や複数のイケメンに同時に迫られるシチュエーションが好きな方にお薦めです。

十五野球少年漂流記

新たなる遺志を継ぐ、高校野球物語 #1巻応援

十五野球少年漂流記 白井三二朗
兎来栄寿
兎来栄寿

『カノジョは絶対、ボクのこと好きなはず』や『Dear Monkey 西遊記』の白井三二朗さんが描く、新たな野球ストーリーです。 白井三二朗さんといえばどちらかというとかわいい女の子を描くイメージが強かったのですが、2021年に読切「邪神打線」を描いていることもあり野球マンガを描きたい想いが強くあったのかもしれません。 タイトルだけ見ると「15人の野球少年が異世界転生して野球するのかな?」と思う方もいるかもしれませんが、純粋な野球マンガです。ただ、近年また新しい野球マンガがたくさん登場していますが、本作も切り口は独特なものとなっています。 30年以上の高校野球監督歴の中で3校通算22回も甲子園に出場し全国制覇も成し遂げた名将・大倉祐一。そんな大倉が率いる名門校・東王を、かつて公立校として追い詰めた県立大江山高校のピッチャーであった若林耕一郎。 そのふたりが、100年女子校として続いてきた博愛学舎が共学化するに際して新設される野球部で全国制覇を目指していきます。 そこまでは良いのですが、新チームを発足しようとした矢先に大倉のガンが再発して帰らぬ人となってしまいます。「大倉さんがいるなら新設の野球部でも」と入学しようとしてくれていた新入生も、半分以下になり残されたのはたった14名。 若林はそれでも残ってくれた者たちを大倉が残した50年分ノートを元に指導していこうとするも、肝心の中身の字のクセが強すぎて解読が困難であるという問題がありました。 そこに断片的に描かれた「部員全員がマウンドに立てることを目指す」という新たな野球の構想の実現に向け、チームをマネジメントしていくこととなります。 ピッチャーが野球において特に大切であるというのは、多くの人が納得するところでしょう。だからと言って全員を大谷翔平選手とまではいかなくとも投げて打てる選手にするというのはなかなか大胆な発想で面白いです。なぜ名将がそんな発想に至ったのかを読み解いていく、ある種のミステリ的な楽しみもあります。 野球マンガですが、監督側の苦悩も多く描かれており、硬式と軟式出身者の確執、陸上しかやってこなかった者や性格に難がある者など一筋縄ではいかないチームをまとめていかねばならない難しさが描かれています。 指導者側のキャラクターとしては、かわいい見た目でありながらセパタクローとスカッシュで日本代表を務め女子ラグビーを全国優勝に導いた責任教師・吉島苺もいい味を出しています。メンターとしての有能さと、プライベートの抜け感のバランスが良いです。 グラウンドを見たときの感想であったり、セルフマネジメントのシーンであったり、エピソードでそれぞれのキャラクターを描いていくのが上手いので14人それぞれの掘り下げが深まったらこのチームをとても好きになれそうです。 偉大な先人の遺志を受け継いでそれが大成するのかどうかという視点のウェイトもあり、従来の野球マンガとはまた違った部分で楽しめる新たな高校野球譚です。

エルピーと推しの生活

推し活、してますか #1巻応援

エルピーと推しの生活 えるたま
兎来栄寿
兎来栄寿

webとはいえ『ちゃお』系列でこの作品が連載されている日本の未来は明るいなと思います。 学業と弁当工場でのバイトをこなしながら推し活に邁進する21歳の女子大生エルピー。 エルピーと地元が同じで中学時代の同級生でありエルピーによって沼に引きずりこまれたプ〜コ。 オタク歴の長い古参で経験豊富なチョキ単推しの年上お姉さんペチねえ。 彼女たち3人が「ジャンケンボーイズ」(通称:ジャンボ)を推して推して推しまくる日々の様子がコミカルに、しかしリアルに描かれる作品です。 絵はかわいくデフォルメが強くて小学校低学年くらいでも親しみやすそうな感じですが、彼女たちの繰り広げる推し活模様は″ガチ″です。 トレカやコースターの交換 ぬい ライブ前の物販 現場でのマナー 店舗別特典 リリイベ お渡し会 コラボカフェ 誕生祭 自作グッズやケーキ カラオケや上映会 などなど、推し活経験者ならいろいろな感情を持って″理解る″であろう様子が描かれていきます。 とりわけすごいなと思ったのが、大阪遠征編です。ヤコバ(夜行バス)での移動はまだしも、某地区の安宿の様子まで克明に描いているのはびっくりでした。繰り返しますが、『ちゃお』系列作品なんですよこれ。『ちゃお』系列で西◯が描かれることあります?  「2段ベッドとかたたみの部屋はあいてるし安い!!」 で笑ってしまいました。ちょうど、私も最近泊まったところですが、昔と比べると治安もだいぶ改善して宿も星野リゾートが進出するなど綺麗なところも増えたので女性ふたりで行ってもまあ大丈夫かなと思えるようにはなってきましたが。でも、そういう経験がまた思い出に残るんですよね。 何しろ、推しを推すことによって人生が充実してエネルギーに満ち溢れるのは素晴らしいことです。推しを推している人であれは、ジャンルを超えて共感が吹き荒れるであろう作品です。

えをかくふたり

祈りに似た絵という言語 #1巻応援

えをかくふたり 中村一般
兎来栄寿
兎来栄寿

こういう作品が、とてもとても大切だと思います。 『ゆうれい犬と街散歩』の中村一般さんの新作です。 ″ふたりにとって、「絵」は言語だった″ という印象的で秀逸なモノローグから幕を開けるこの物語は、25歳のイラストレーター花海修(はなみおさむ)が主人公。AI人型ロボットがデータ収集目的でひとり暮らしのモニターを募集していたところに修が応募して見事当選したことで「DLHC2030」、通称ハルと共に暮らしていく日々の様子を描いていきます。 元々イラストレーターとして活躍されていた筆者自身の経験がふんだんに込められているようで、現代におけるイラストレーターの仕事描写の解像度が高いです。本の装画の仕事では、帯やバーコードの位置を意識して絵を考えるなど言われてみればなるほどと思うような仕事のディティールの妙があります。装画仕事の進め方やリモート会議の様子など非常にリアルです そうした仕事マンガとしての興味深さもありながら、この作品の何よりの美点は創作者として生活している修の感性の豊さです。 2話の「夕陽はメッチャ動物的」の件なども良いですが、とりわけ1巻の最後に収録された5話が最高です。 ″俺の経験上、「絵を描くという行為」そのものは、  祈りに近いような気がしていて″ のパートは、読んでいてしみじみとする素晴らしい言語化がされているなと思います。絵のみならず、他の創作や多くのことに通ずる真理でしょう。 かつて神保町の高岡書店の店長が閉店時に「マンガがあれば、僕らはまたどこかで繋がれます」と語ってくださいましたが、マンガという言語で世界や人と繋がっている私にはとても沁みました。 ″いつから絵を描くことは  資本主義の競争に勝つための  武器になっちまったんじゃ〜!″ ″そういうことを忘れない人間でいたい  彼らにきちんと祈れる人間でありたい″ という修の語る言葉は、今の時代において極めて重要なテーゼです。一番大事なことを常に忘れずに、見失わずに生きていたいと思わせてくれます。 そして、イラストレーターということもあって決めのシーンの一枚絵から生み出される情緒がまた堪らず、湧き起こる感情を繊細かつ雄弁に補強します。 何気ない風景の1コマにも魅力が宿っており、読んだ後は心に風を通したように軽やかにしてくれる作品です。

女王陛下の紅茶

紅茶の奥深き世界 #1巻応援

女王陛下の紅茶 イトカツ
兎来栄寿
兎来栄寿

『銀のニーナ』のイトカツさんが2007〜2011年まで、かつて存在した『スーパージャンプ』及び『オースーパージャンプ』にて不定期で散発的に描いていたシリーズが長い時を経て単行本化されました。 鎌倉の紅茶専門喫茶店「ERNEST」を舞台に、さまざまな悩みを持った人が来店してそれぞれに合った紅茶を提供されることで人生の悩みを解きほぐしていく1話完結型の物語です。 我が家は常飲するのは緑茶とコーヒーがメインですが、それなりに紅茶も飲むので紅茶に関するさまざまな知識が詰まったこの作品は興味深く読みました。 イトカツさんがあとがきで述べている通り、リーマンショック直後のお話のように時勢が変わってしまっているものもありますが、一方で紅茶にまつわる基礎的な知識は年月を経ても普遍的なので今読んだとしてもまったく問題なく楽しめます。 ・硬水を使ったミルクティー ・中国のブルゴーニュ酒と言われる紅茶 ・フォートナム&メイソンのアールグレイクラシック ・レモンたっぷりドライベンガルタイガー ・紅茶の中にジャムを入れない正式なロシアンティー ・チャイ などなど、ひとくちに紅茶と言っただけでは想像しにくいさまざまな側面を見せてくれます。 そして、訪れるお客さんも老若男女さまざま。家庭の問題や仕事の問題、個人的な人生におけるモチベーションなど悩みも人それぞれ。人によって、共感できるエピソードがどこかしらあるのではないでしょうか。各々の物語に沿った紅茶が提供されることで、彼らが立ち上がって前を向いていく姿にも心が温まります。 奥深い紅茶の世界について知見を深められながら、温かい人情ドラマを楽しめる作品です。読むと、ちょっと良い紅茶を淹れて飲みたくなります。

タワーダンジョン

「弐瓶勉が描くファンタジー」に望む物が満載 #1巻応援

タワーダンジョン 弐瓶勉
兎来栄寿
兎来栄寿

「弐瓶勉が描く迷宮探索ファンタジー」。 男はこういうのを渡しておけば喜ぶんだよフェルン、とフリーレンも言いそうな勢いの作品です。 私は制約と誓約によりここ数年ゲームを死ぬほど我慢し続けているのですが、家族がとても楽しそうに隣で『シレン6』をやり続けているのに遂に負けて3時間だけ遊んでしまいました。最初のダンジョンをクリアして、久々のゲームの″味″にカイジが労働明けに飲んだビールくらい犯罪的に脳に熱く沁みました。 ローグライクであれ、『ドルアーガの塔』であれ、『スペクトラルタワー』であれ、『煉獄』であれ、『メイドインアビス』であれ、未知と危険がひしめく迷宮を一階層ずつ踏破していくものは無条件で堪らなく大好きです。ましてや、それを『BLAME!』や『バイオメガ』の弐瓶勉さんが描くとなれば。 しかし、弐瓶ファンとしては読み始めてすぐに「あれ、画風が違う?」と違和感を抱きました。直近の『大雪海のカイナ』と比べても、主線が非常に太くラフになっています。もしかすると、多くの箇所が一発描きなのかなとも思わせられました。体調的な問題で無理なく描ける画風を模索しているのか、ページ数を描くために作画カロリーを下げているのか、世界観に合わせ敢えてこういう形を取っているのかは解りません。 本音としてはもっと本気で描き込まれていたら更に凄いものになるだろうなとは思いつつも、元々の画力が高いのでラフな画風でも十分に魅力的であることは確かです。そして、何しろ旧来のやや硬派で仄暗いファンタジーとの相性が抜群です。「竜の塔」が見開きでバーンと出てきたときに否応なく高まるテンション。言葉ではなく絵で世界観を叩きつけられるこの感じ、昂ります。 ボス級モンスターの造形なども流石で、それぞれの階層のボスの見開き登場シーンなども根源的な恐怖を呼び覚ますかのように悍ましく、それ故に魅力的です。亜人系のキャラクターの造形センスも流石で、弐瓶勉さんの良さが溢れ出しています。 『タワーダンジョン』という、シンプルでストレートで無骨なタイトル。そこに求められるものが間違いなく詰まっています。 元々ゲーム的な魅力もあった弐瓶さんが描く、ハードな世界観のファンタジー。読んでいる間は非日常的な空間へと誘ってくれます。弐瓶ファンにはもちろんのこと、強大な敵が跋扈するダンジョンでの冒険のワクワク感を味わいたい方にもお薦めです。

ナリキンフットボール

現代的な主人公によるJ2からの立身 #1巻応援

ナリキンフットボール 明石英之 清水海斗
兎来栄寿
兎来栄寿

旧来の作品においては、データや科学的アプローチを重視する頭脳派キャラというのは噛ませ犬ポジションであることが非常に多いものでした。データを過信して、データを超える強さや成長やチームワークを見せる主人公側に敗れるというのが様式美です。 しかし、今は逆にデータで戦う頭脳派キャラクターが主人公になる時代なのだなぁとこの『ナリキンフットボール』を見てもしみじみ思います。 古くから行われてきたスポーツアナリティクスが近年では現実世界でも非常にメジャーな存在となってきたことはSports Analytics Labのこちらの記事に詳しいです。 https://www.sportsanalyticslab.com/column/sports-analytics-history.html 特に、2003年に発売され2011年にブラッド・ピット主演で映画化もされ大人気となった小説『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』の大ヒットもあり、一般的にもプロスポーツの世界でデータを分析し活用することを重視して戦うことはメジャーになりました。 それから更なるテクノロジーの発達によりGPSやドローンでより多角的にデータを採ることができるようになり、得られたビッグデータをAIによって解析させることも可能となりました。それによって、人間が抱く印象を超えたいくつもの真実が浮かび上がってきます。 本作の主人公は、サッカーIQが非常に高く目に見えない部分のチーム貢献度が大きいセンターバックの我王(がおう)。彼が、J2という舞台から最高の選手を目指していく物語です。我王は体力テストにおいてはJ2でも最下層で、技術的にも優れているわけでもない選手です。しかし、対戦相手や味方の分析を誰よりも深く緻密に行っており、俯瞰した視点から試合全体を見通すことのできる能力を持っています。 近年では、運動能力の66%は遺伝的な要因で決まるという研究もあるそうです。体格や骨格、柔軟な筋肉などはどうしたって天与のものです。フィジカルやスピードはいくら鍛えても先天的な才能の差で負けてしまうことも多いでしょう。しかし、たくさんの知識を得た上で他者よりも多く思考するというところに関して言えば、時間さえかければ誰にでもできる、努力の余地か大いにある部分です。 実際、近年目覚ましい活躍を見せる日本代表の三笘選手も目に見えるドリブルや決定力のすごさはもちろんのこと、それ以上に高いサッカーIQこそが特筆すべきものであると言われることもあります。 超常的な身体能力を持たなくても圧倒的なインテリジェンスがそれ以上の武器となること、それが主人公像にさえなり得ること。「頭が良いことはかっこいい」という、現代的な価値観が反映されています。 なお、我王はアナリストではなくあくまで選手としてのトップを目指します。なぜなら、アナリストではどれだけ頑張っても億単位の収入を得られないからです。サッカーが下手なままで、頭脳によって最上位のプレイヤーを狙っていく。そこに新鮮味のある面白さと熱さが詰まっている作品です。11人でやるチームスポーツだからこそ、個の能力以上に戦略やチームワークがものをいうサッカー。個性豊かなチームメイトと共に、我王がどのような戦略を打ち立ててチームを躍進させていくのかワクワクします。描かれているのはサッカーではありますが、ビジネスなどにも通じる物語でもあります。 J2のチームの予算配分などプロスポーツの経済的な部分も詳しく語られるので、『グラゼニ』のような作品が好きな方にもお薦めです。

天津水市「がご」撲滅だより がごはん

怪物退治する人間の方が怪物? #1巻応援

天津水市「がご」撲滅だより がごはん ゆのこショウ
兎来栄寿
兎来栄寿

かわいい絵柄で縦横無尽に暴走する、ブレーキの壊れたシュールでポップなファンタジーアクションコメディです。 妖怪や化け物を意味する方言から名前を付けられた、異形の怪異「がご」。 人口2万人ちょいの天津水市の人々をがごから守るために結成されたのが、一般市民からくじで選出された 理美容院店長の田上うめこ(健康維持の運動のため) 道の駅アルバイトの茶川みい(お金のため) 女子高生の柏木ひろみ(合法的に暴力を振るえるから) の3人。彼女たちに、うめこの店の従業員である咲本ゆうりも加わって、が「がご撲滅班」、通称「がごはん」となって戦っていく物語です。 敵味方含めて個性的なキャラクターたちがとにかく魅力的。通常時はデフォルメの強い画風とどぎついものも含んだテンポの良いギャグの連発で暴れ回り、ここぞというときに絵の緻密さが上がるコントラストも効いています。かわいい画風でありながらも当たり前のように併存する不穏当な部分が、ストーリーのヒキを強めています。 個人的にはサイコパス度が図抜けているひろみが好きです。脱臼は怪我の内に入らないという脳筋っぷり、子供たちに賽の河原のような遊びをさせて掌握しているさま、たまりません。3時間かけて削った鉛筆で「今日の私は精密動作性A(スタープラチナ)」のところも大好き。元々は黒髪ロングストレートだったのが、うめこの店でパーマを当てられているのがもったいないですが。生まれ持って与えられた黒髪ロングストレートというギフト、若い内は大事にして欲しいてます。 膝に矢を受けまくる天丼芸を披露してくる四大幹部のステルスムシャさんの件など、個人的にとても好きです。良い人ほど早く逝ってしまうんだ、この世界は。 独特のテンションで突き抜ける読み味は中毒性の塊です。頭でなく心で感じてビビビときたら手に取ってみてください。ワンダーランドがそこに広がっています。

天恵さんは甘えたいのに

応援したくなるお嬢様の訳ありピュアラブ #1巻応援

天恵さんは甘えたいのに ももたん
兎来栄寿
兎来栄寿

『本屋の鬼いさん』や『枯れ専女子高生と時かけおじさん』で独特の世界観を提示してきたももたんさんの最新作は、少し切なくて、笑えて、エールを送りたくなる素敵なラブコメです。 不思議な力に守られた一族で悪意を持って近付く者には天罰が下される天恵一族。それぞれが不思議な力を持つ家系で、主人公の心結(みゆう)は人の心の中が見える少女。その能力により苦しんでいたときに稀有な美しい心を持った正直(まさなお)に出逢い、彼が初めての友達兼初恋の相手となります。 しかし、その後とある事情で記憶を失ってしまった正直。15歳になってからお見合いをして、たとえ相手が自分のことを忘れていても振り向いてもらおうと懸命に努力していきます。 多くの女の子がそうしているように正直に可愛く甘えようとしても、いつも絶妙に間違って上手く甘えることができない心結がかわいいです。とにかく主役がふたりとも純朴で優しいことで、ひたすら応援したくなります。心結は恋に生きていながらもそれ以上に人として大事な部分を持っていて、いざというときにはそちらを優先するのが尊いです。お嬢様とはかくあるべきです。この子たちが幸せになれない世の中なんて嘘だッ! と言いたくもなります。 心を読めるというひと匙のファンタジー要素が物語とキャラクターに彩りを添え、正直の記憶が失われていても以前と変わらない心根や所作が切なくもときめきを与えてくれます。 ライバルのアイナが登場後の 「恋とはふわふわして可愛らしいことだけだと思ってましたわ  でもそれだけじゃありませんのね  痛くて苦しくて深い海の底にいるみたいなのも  恋なんですわ」 というモノローグなどはたまりません。ここではっきりと良い少女マンガだなぁと思いました。 何とか娘の恋を叶えてあげようとする心結の父親の金持ち特有の強引ムーブも、突っ込みたくなるけど楽しい部分です。 「笑顔が国宝」 「存在がファンサ」 などの心結の中のうちわ芸や、突然出てくる訳知りモブおじなど細かいギャグのジャブ連打も好きです。 巻末描き下ろしはもちろん、カバー下までサービスたっぷりでありがたいです。お見逃しなく。

私の描くセカイは壊れている。

統合失調症と創作 #1巻応援

私の描くセカイは壊れている。 宮古蜂 岩波明
兎来栄寿
兎来栄寿

幼いころから絵を描くことが大好きで、それによって周りを幸せにしてきた妹の維音。美大を目指す彼女ですが、どうも様子がどうもおかしく、実はいじめや親からのプレッシャーなど強いストレスに曝され続けて統合失調症を発症していたことが判明します。 まともな生活を送ることができない維音、そしてそれを支える兄の自分はどうなってしまうのか。現実でも大きな事件を引き起こすこともある切実なテーマに取り組んでいる作品です。 自分を罵倒する幻聴が聞こえてくる様子や、もうひとりの自分が視える様子など統合失調症の症状が上手く可視化され表現されておりその辛さがよく伝わってきます。 統合失調症を揶揄するモブの若者たちも登場しますが、後天的な要因で誰しもが陥ってしまう可能性があるもので決して他人事ではありません。自分や身の回りの人が突然そうなるかもしれないのです。そうなったときに、どんな苦しみがあってどうやって接するべきでどうやって乗り越えて前に進んでいけば良いのかという心構えがあるのとないのでは大きく差が生まれてくるでしょう。 元々は優しく真面目であった維音が豹変してしまう姿は、私が接してきた統合失調症の人とも通ずるものです。ましてや、唯一無二の妹がそうなってしまった時の主人公の苦しみを考えると居た堪れません。 しかし、救いなのはカットバックで冒頭に希望溢れる未来が示されていることです。 作中で担当の医師が ″苦しみの中で生み出されたものは 人の心を打つ力があると信じています″ という言葉を伝えてくれて、それが希望の縁になっていくシーンは沁みます。 苦難に満ちて傷つき汚れに塗れても、その先にある光への祈りを絶やしたくないと思う物語です。

小さなカルテ~新米獣医の診療日誌~【コミックス版】

命を救いたいという願いはひとつ #1巻応援

小さなカルテ~新米獣医の診療日誌~【コミックス版】 春川くるり
兎来栄寿
兎来栄寿

先日、これまでずっと元気で数秒前までも楽しく飛び跳ねていた我が家の愛犬が突然意識不明になってしまい動物病院へ駆け込みました。 そのとき、最初に診てもらったところは 「診療費がやたら高く必要なのか解らない検査を一杯する」 「ガンがあったのに見逃されて、他の病院に行ったらもう少し早く発見できていればと言われた」 など評判が芳しくないところでした。しかし、緊急でそこ以外に選択肢がなかったために仕方なく行きました。 結果的には、もう二度とそこへは連れていくまいという診療を受けました。セカンドオピニオンのために改めてかかりつけへも行ったところ、同じレントゲンを撮っての診断ひとつとってもまったく違うものでした。 最初のところは「心臓に肥大があるかも」として、もし原因が心臓の疾患であったなら余命は長くて1年ということで覚悟を決めていたのですが、セカンドオピニオンでは「心臓に異常はありません」ときっぱり言い切った上で最初のところではまったく触れられなかった「気管の形が少し変です」という指摘と共に適切な治療を施してくださり、その後は大事なく順調な回復を見せてくれています。もし、最初のところだけで治療を進めていたらどうなっていたかと考えるとぞっとします。 そんなことがあった直後に読んだこちらの作品は、あまりにも身につまされました。 犬や猫を始めとして、さまざまな動物が来院するシーナ動物病院。そこに訪れる飼い主たちの切実な気持ち。我が子のために少しでも良い治療を受けさせたい。少しでも良い先生に診てもらいたい。お金なんて、たとえ自分がどうなろうといくらでも払いたい。 でも、飛び抜けた知識を持つイギリスの王立大卒の宗野であっても、少しプライドが先立ってしまうと本当はもっと上手くできることができないこともあります。 彼を窘める役割を担う池ノ谷も、かつて起こった苦い経験があるからこそ厳格すぎてときに人に嫌われてしまう部分があります。 人間のやることなので完璧はありませんし、本当は誰もが根本では命を救いたいと願っているはずなのに、悲しいすれ違いや摩擦は往々にして起こってしまう。 「お前こそ俺を何だと思ってるんだ?  お前と同じ獣医だよ」 というセリフに、その辺りが詰まっています。過ちを通して人は成長していきますが、その前に大事な子を喪ってしまった飼い主には、そんな事情など関係ないということも痛いほど解ります。 私はペットショップは無くなって欲しいと願っていますが、本作で描かれている面も一理あります。悪意ある人間や蒙昧な人間を根絶することは原理的にほぼ不可能な中で、どういう選択をしていくか。読んでいてあまりに辛く、泣けてきます。 それでも、ペットを取り巻くさまざまな問題を取り扱いながら前を向いて現実的にできる営為をする中で可能な限りの命を救おうとする姿が、美しい絵で紡がれるこの物語から目を離すことはできません。 獣医という職業の大変な面も含めて真摯に描いた作品で、動物を飼っている人、飼いたいと思っている人、また職業マンガが好きな人にもお薦めです。

スペースカーガールズ

女子ふたり、東北車中泊旅情 #1巻応援

スペースカーガールズ 庄司七
兎来栄寿
兎来栄寿

山形県在住の庄司七さんが描く、車中泊旅マンガです。 かけだしのマンガ家・葉月と、幼馴染のフリーター・ほのかが「スペースラビット号」に乗って東北の名所を中心に、1巻では 山形県 鶴岡市・村山市 宮城県 伊豆沼・内沼 青森県 十和田湖・奥入瀬渓流 秋田県 大曲 を巡っていきます。 東北はあまり行けていないところが多く、個人的には新鮮味もあって楽しめました。宮城だけは複数回行ったことがあるのですが、遊覧船に乗って周遊する伊豆沼内沼のハスの群生沼は未体験。実際に行ってみたいなと思いました。 キャンプマンガ的な、ご飯を作って食べて寝てという部分も楽しく描かれています。回を追うごとに少しずつ車中泊・キャンプ用品を揃えていくのが、RPGで段々と良い装備を整えて強くなっていく感覚に似ていて楽しいです。『ゆるキャン△』などがきっかけでキャンプに入門した人は特に共感も深いのではないでしょうか。 高いキャンプ用品はなくとも、300円ショップなどで何とか工面して 「こういうのでいいんだよねー あたし達は」 とできる友達がいることが何よりの財産です。 1話からエビフライカレーとチャーシューメンと日替り定食とカツ丼を一度に頼んで一口もシェアしない大食いのほのかが、毎回ご当地グルメを爆食いする様子も見どころです。 布海苔を使った西馬音内そば 羽後牛の焼肉丼 五葉豆のジェラート など、知らなかったものも多く行ったら一度食べてみたくなりました。 山形弁全開の葉月は、山形県民の方が読めば安心するのではないでしょうか。山形県の方には特に、そうでない方でも旅やキャンプが好きな方にお薦めです。 余談ですが、私は日本酒が大好きで特にお米が美味しい東北の日本酒にはリスペクトしかなく、とりわけ一番好きなのは山形の十四代。また、あとがきにも書かれていましたが冨樫義博さんを育んだのも山形県。最高のお酒と最高のマンガは山形県なくしては存在し得なかったわけで、山形県に感謝です。

悪役令嬢に転生したらヒロインが元彼だった【コミックス版】

泣く子とイケメンムチムチ雄っぱい石油王には勝てぬ #1巻応援

悪役令嬢に転生したらヒロインが元彼だった【コミックス版】 絶蝶
兎来栄寿
兎来栄寿

『菊門高校モテ部』の絶蝶さんが描く悪役令嬢モノです。 『菊門高校』から数年経って絵がとても美麗になっており美しいキャラクターたちに見惚れます。その一方で突き抜けたテンションは相変わらずで、もう大好きです! 物語はというと、1ページ目から22歳の乙女ゲーマーであるヒロインの希美(のぞみ)が彼氏をイケメンすぎる石油王にNTRれます。 もう一度言いますね。 1ページ目から22歳の乙女ゲーマーのヒロインが彼氏をイケメンすぎる石油王にNTRれます。 「悪役令嬢」というタイトルなのに、イケメン雄っぱいムッチムチ石油王に彼氏がNTRれるところからスタートする。なかなか想像だにしない展開で、序盤から情報量の嵐とテンションの高さに気持ち良く翻弄されます。 それに対して 「まあまあのんちゃん、尊いBL CPの犠牲になったと思えば…」 という返しをするお姉さんも最高です。開始2ページでもうその先に凝縮されているであろう面白さのエキスをたっぷり感じられました。 そして何やかんやあって希美がハマっている乙女ゲーム『ハイリゲシュヴァンツ』(通称:「ハイチン」)の世界に入り込み、モトカノア・アザリア・ディ・ロ・ストーキングホース15歳として転生してしまいます。 そこで出逢うのは、そのゲームのヒロイン聖巫女ワミアンヌ・サラとして召喚された元彼の環宮くん。 希美はヒロイン役ではなく悪役令嬢として、推しのユーリス=トビア・ブラコニアを始めとするイケメンたちと相対していくこととなります。 とにかくハイテンションな掛け合いや顔芸、強すぎるパワーワードの連発で終始楽しいです。特に、タイトルにもなっている「シュヴァンツ」を巡るパートは抱腹絶倒です。かと思えば、シリアスなシーンは絵のかっこよさと迫力でも魅せてくれます。 一般的な悪役令嬢ものとはまた違った魅力を湛えた作品で、乙女ゲーや女性オタク文化に親しみがある方には特にお薦めです。