名無し1年以上前編集レオナルドとかミケランジェロとか考えると、工房=分業がないほうがレアかもしれませんね。そもそも、アシスタントがそうなんだろうし。 みんなが手塚治虫になれるわけじゃないって、悪くない。1わかるmode_comment1返信favoriteわかるreply返信report通報
夏目房之介1年以上前編集レオナルドとかミケランジェロとか考えると、工房=分業がないほうがレアかもしれませんね。そもそも、アシスタントがそうなんだろうし。 みんなが手塚治虫になれるわけじゃないって、悪くない。@名無し個人の作家という概念が確立するのはほとんど19世紀の西洋みたいですね。ルネサンスはダ・ヴィンチにせよ誰にせよ工房が基本で、日本でものちに美術と見なされる工芸も絵もかつては工房制作です。それが明治維新以降西洋の美術概念を輸入することで個人の芸術家が美術を制作するという考え方に切り替わる。歴史的には親方と弟子の徒弟制工房がずっと基本でした。近代芸術観はここ二百年とかの話で、日本ではそれこそ明治維新以降の輸入概念なんだそうです。1わかるfavoriteわかるreply返信report通報
夏目房之介1年以上前個人の作家という概念が確立するのはほとんど19世紀の西洋みたいですね。ルネサンスはダ・ヴィンチにせよ誰にせよ工房が基本で、日本でものちに美術と見なされる工芸も絵もかつては工房制作です。それが明治維新以降西洋の美術概念を輸入することで個人の芸術家が美術を制作するという考え方に切り替わる。歴史的には親方と弟子の徒弟制工房がずっと基本でした。近代芸術観はここ二百年とかの話で、日本ではそれこそ明治維新以降の輸入概念なんだそうです。マンバ通信さいとう・たかをと分業制−1【夏目房之介のマンガ与太話 その4】1わかる
レオナルドとかミケランジェロとか考えると、工房=分業がないほうがレアかもしれませんね。そもそも、アシスタントがそうなんだろうし。
みんなが手塚治虫になれるわけじゃないって、悪くない。
個人の作家という概念が確立するのはほとんど19世紀の西洋みたいですね。ルネサンスはダ・ヴィンチにせよ誰にせよ工房が基本で、日本でものちに美術と見なされる工芸も絵もかつては工房制作です。それが明治維新以降西洋の美術概念を輸入することで個人の芸術家が美術を制作するという考え方に切り替わる。歴史的には親方と弟子の徒弟制工房がずっと基本でした。近代芸術観はここ二百年とかの話で、日本ではそれこそ明治維新以降の輸入概念なんだそうです。